38th BET 『告白する来訪者達』 2
――時は少し戻り、夜更け前――
「これで……どうにか、手当てになっていると思います……」
「……ゴメン、ありがとう」
顔色を青くしたルージュが、そっと鈴の両手から手を放す。
アンプの鞭に打たれた手首は、ルージュの残った僅かな体温と、彼女の渾身の意地のおかげでほぼ塞がっていた。
「この程度の出血、両手さえ使えればたちどころに止血できるのに……!」
口惜し気に鈴は両手を縛る荒縄を睨みつける。ヘスの『結合』は、手に触れなければ発動しない。両手を繋がれては、自分の手首に触れることすらかなわない。
出血が止まらず、化膿しかかっていたため、ルージュが最後の力を振り絞ったのだ。
「詫びるのは私の方です。自分の能力を過信し、限界を見極めることができませんでした。申し訳ございません」
顔色の悪さは、精霊術の使い過ぎだけが原因ではなかった。ルージュは、いまだに火の精霊術『裁きの炎』の扱いに不慣れなままだ。
ふいに、幼い頃のトラウマがよみがえり、泣き出したくなってしまう。
「過ぎたことを気にするのは二流がすることよ。『一流は、全ての失敗を反省し、糧にする』あたしの父の教えよ」
「……そのとおりですね。以前、私の父も同じようなことを言ってました。『反省はしてもいい。ただし後悔はするな』、と」
「次は、必ず息の根を止めて見せます」と、物騒な決意を真紅の瞳に宿し、ルージュは重い体に鞭打って歩き続けた。
彼女にとっては、鈴はプレスコット家における大恩人である。領土を守り、父との絆を繋いでくれた。
その鈴を守り切れなかったことは、騎士としてのルージュには耐え難い屈辱だった。
「同じようなことなら、僕の父さんも言ってたよ。『嫌なことなんて、思い出したところで不快になるし時間の無駄』ってね」
「アルのお父さん、たしかヴィエナさんだっけ。なかなかユニークな発想の人みたいね」
こんな時でも、明るく前向きな表情を浮かべるアルに、鈴は不思議な頼もしさを覚えていた。
「でも、このままどこに連れて行かれちゃうんだろ?教団の本部ってのがある場所なのかな?」
「……集落の皆さんの様子だと、連れて行かれたとして、あまり良い待遇で迎え入れてはもらえなさそうですけど」
「大丈夫よ。きっとなんとかなるわ」
鈴が自身に満ちた声でそう励ます。
励ます、というよりも、何らかの確信を抱いているような口調であった。
「やつらは、一つミスを犯した。あの場所に、猛毒を置き忘れて行ったのよ……」
不敵にほほ笑む鈴。その横顔は、初めて会った時と比べて随分と感情豊かで、しかも美しかった。
うっかり見とれながらも、ルージュが問う。
「それは、凛――いえ、冴木様のことですね」
「あの時、凛が意識を失って砂の上に倒れたのは僥倖だったようね。砂に紛れて姿が見えず、しかも、どうやらあいつは意識のない者は操れない」
行列の遥か先頭を見据える。精霊使い達全員を縄に縛り、率いている者がいる。
「とにかく、凛が外にいれば、こいつらはさぞかし引っ掻き回されることでしょうよ。こと、他人をおちょくることにかけては天才的ですもの、彼」
「……お一人で、逃げ出したりはしないでしょうか?」
「ないわね」
躊躇いがちなルージュの疑問を、鈴は一笑に付した。ここまで、彼女が何かを断定することは珍しい現象であった。
「あいつは、すぐ逃げるし、平気で嘘もつく。何よりも自分のことが大切な利己主義者で、しかも完璧なギャンブル中毒者よ」
「ええと……そこまで言わなくても良いのでは……?」
砂漠の様に乾ききった苦笑を浮かべるルージュ。しかし、語り続ける鈴の目には、なにか不思議な熱が宿っているのが見えた。
きっと、彼女をよく知る同僚、あるいは霊感の鋭い後輩が見ればすぐにわかっただろう。その目に宿る熱は、好奇の炎だ。
自分が見たことのない、未知に対する興味・好奇心・憧れ。それらをない交ぜにした感情の迸り。
「でも、あいつがこの世で最も好きなものって知ってる?最も大事にしていること、と同義よ」
「なんですか、それ?教えてください」
ルージュの目つきが急に変わった。彼女の目に宿る炎は、純粋な凛への好意だ。彼のことなら、どんなことでも知りたい。
彼の好きなこととなれば、それはなおさらである。
「凛が最も好きなこと、それは『勝負の熱』よ。あいつは、一度始めた勝負を途中で降りることだけは、絶対にしないわ」
「あ……!」
鈴の言葉が、ストンのと自分の胸に落ちるのが分かった。
かつて、怒号と共に彼はルージュにこう言った。「一度BETしたんなら、途中で降りるんじゃねえ!」と。
「アルとフェルテの勝負を邪魔されたことにも随分と腹を立てていたようだし、あいつ自身が挑んだ勝負の途中でもあるわ。だから、必ずあいつは必ず来る。そして、あいつの次の一手は必ずこの教団の根底を揺さぶるわ。あたしたちは、その時に備えて準備するのよ……!」
「冴木様を、心から信頼されているのですね」
心の奥につっかえていた思いが、唐突に言葉となってルージュの中から飛び出してきた。
言葉を発したルージュ自身が、驚いたような顔をしていたくらいである。
ルージュは、自分が知らない冴木凛のことを誰よりも知りたいと思っていた。彼に好意を抱く女として、それは当然の権利でもあるし、義務でもある。
しかし、先ほどの鈴の言葉は、ルージュの胸の奥を深くえぐっていた。
逢沢鈴は、ルージュが知らない冴木凛を知っていたのではない。ルージュが良く知っているはずの冴木凛を、ルージュよりも深く理解していたのだ。
知識の広さではない。一緒に行動していた年月のことでもない。
先ほどの鈴の言葉は、鈴が誰よりも深く凛を見つめていたことの証拠に他ならなかった。
好意の強さで敗北したような気持が、ルージュを押しつぶしていた。胸の奥が苦しく、暗い気持ちで満たされていく。
そこから逃れようと、何かにしがみつくように、ルージュは鈴に疑問をぶつける。
聞きたくして仕方なかったが、同時に、答えを聞くのが怖くて仕方ない。そんな疑問。
カラカラに乾いた声で、ルージュが口を開いた。
「逢沢様は、冴木様のことをどう思っていらっしゃるんですか?」
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