ロートフルト伯の長男の昔話
以前書いた作品の登場人物の過去の話です。
聖ピピン歴772年4月19日、ロートフルト城ではロートフルト伯アルノルト・カールの長男アルフレート・カールの誕生日を祝う盛大なパーティーが催されていた。大広間には大勢の貴族が集まっていたが、その中でもひと際目立つ男がいた。彼の名はトビアス・グレゴール・フォン・グリューンタール、かつては幾多の戦場を駆け回った猛将である。そんな彼は、妹の息子であるロートフルト伯と談笑をしていた。
「しかし、去年はアルフレートが川に落ちて大変だったそうじゃないか」
「ええ、たまたま放浪民に助けられたのですが、今度同じことがあったら気が気じゃありません」
「そういえば、そのアルフレートはどこに?」
グリューンタール伯が尋ねると、アルノルトは近くにいた給仕にアルフレートを連れてくるよう命じた。そして5分も経たないうちにこげ茶色の髪の少年が連れてこられた。
「初めまして、アルフレート」
実の大伯父に挨拶され、アルフレートと呼ばれた少年は口を開いた。
「は、始めまして、お、大伯父様」
アルフレートの挨拶は緊張のせいでたどたどしかった。
「緊張しなくていいぞ、アルフレート。ところで、体を動かすのは好きかね?」
グリューンタール伯が尋ねると、困り顔でロートフルト伯が話し始めた。
「実は、最近は鍛錬を嫌がっているのです。特に川に近づくのを嫌がっていて・・・・」
「そうか、それはいかんな」
そう言うとグリューンタール伯はアルフレートの方を向き、柔らかな表情をしながら口を開いた。
「どうだ、アルフレート。しばらく儂の領地に来ないか?儂なら泳ぎも教えられるし、珍しい馬も見れるぞ」
「え、その、・・・・わかりました」
急な展開にアルフレートは驚いたが、少し考えると大伯父の提案を受け入れることにした。
3日後、アルフレートはグリューンタール伯と共にロートフルト城を出立した。
誕生パーティーからおよそ一月後、森の中でこげ茶色の髪の少年が川を泳いでいた。その様子を一人の老人が見ていた。
「いいぞ、アルフレート!そろそろ上がってこい!」
老人が指示を出すとアルフレート・カール・フォン・ロートフルトは岸へ上がり、手渡された布で体をふき始めた。
「いいぞ、昨日よりずっと上手くなったな」
グリューンタール伯に褒められるとアルフレートは笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、大伯父様」
アルフレートは答えながら服を着ると、城に戻るために馬の方へ歩いていった。
「よし、帰ったら昔サリア王国と戦った時の話をしよう」
「はい!」
2人は馬を帰路へ向けた。その光景はさながら祖父と孫のようであった。
「帰る準備は整ったか?」
グリューンタール伯が尋ねると、アルフレートは頷いた。今日は彼がグリューンタール伯領を発つ日なのだ。
「はい、服も全てまとめました」
「それにしても、たった一月で良く変わったな」
「そうでしょうか?」
アルフレートは首をかしげたが、疑問を抱いていたのはこの場で彼だけであった。
「また来たくなったら、何時でも来ていいぞ」
「その時には、必ず手紙を送ります」
そう言うと、アルフレートは連れてこられた馬に乗った。馬の毛色は鹿毛、体高は138cmほどで、体つきは一見すれば不格好であるが力強く見えた。
「行くぞ、ブラウナー」
乗り手に名前を呼ばれると、鹿毛の馬はゆっくりと歩き始めた。そしてアルフレートは大伯父に顔を向けると、少し悲しそうな笑顔をしながら大きな声を出した。
「さようなら、大伯父様。また会う日まで!」
それを聞いたトビアス・グレゴールも大声で答えた。
「また会おう、アルフレート!」
こうして少年は故郷へと帰って行った。彼が乗る馬の足取りはゆっくりとしていたが、力強かった。
最後の方で急に出てきた馬はグリューンタール伯が入手した珍しい品種のつがいから生まれた最初の子どもです。