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ガリア戦記  作者: 大和みどり
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出会い

ガリア城は大きな湖の上に位置する。勿論侵入者を防ぐためだ。出入りするには庭から伸びる唯一の橋を渡る必要があるのだが、この橋もまた美しく彩られている。橋の両側には薄黄緑(モスグリーン)と金の唐草模様が施された壁が、通過する者を落とさないよう重厚に建てられている。


「良い天気だな、今日は。」コンラッドが付き添いの兵士に挨拶をする。


 兵士は「そうですね、夕方は寒くなるそうです。」と返事をする。


 床は石英片岩だ。太陽の光を受けてキラキラと光っている。馬を引きながら歩くと、多数の足音が軽快で心地よい。橋を渡って城門をくぐると、ガリア一番の栄えた街だ。特にメインストリートは多くの人で賑わっている。市民たちはコンラッドの一団を見つけると大急ぎで駆け付けお辞儀をする。


「コンラッド様! こっちを向いてくださいませ!」どこかから黄色い声が聞こえる。


「ちょっと無礼でしょ! コンラッド様、こっちですわ!」また別方向から甲高い声だ。


「あなたこそもっと頭を下げなさい! コンラッド様、ホフマン将軍に勝たれたんですって?」「こんどお祝いをしましょうよ! 私たちいつでも待っておりますわーっ!」


 ガリア帝国創立以来の強さと外見の良さを誇るコンラッドは、瞬く間にガリア帝国民、とくに女性からの支持を得た。エルザの存在はもちろん知れ渡っているが、女性たちは意に介さずだ。第二、第三夫人の座でもあわよくばと思っているのかもしれない。残念ながらガリア帝国では、国民も王族も妻を一名しか選ぶことが出来ないのだが。


 かついてないほどに栄える城下町を眺めて、コンラッドはその空気を思い切り吸い込む。そして「ありがとう」と大きな声で礼を言いながら手を振る。日常だ。


 しかしコンラッドには見えていない。物陰からコンラッドを睨みつける者たちがいる。


 褐色の肌に銀色の髪。彼らは皇族の前に姿を現すことを禁じられている。巫女殺しを行った者として虐げられているゲルグ人たちだ。


 彼らを当たり前の如く蹴っ飛ばす者がいる。「殿下を見るんじゃないわよ! 持ち場に戻りなさい!」先ほどまでコンラッドに向けていた羨望の眼差しが嘘のように冷淡だ。


 その様子を見ていた男が、「あんたのとこのゲルグ人は働きが悪いね。」とからかう。「おまけに殿下を覗き見るとはな。しつけがなってないんじゃないのか。」


「ふん。飼い主のあたしに恥をかかせるんじゃないわよ。次やったら殺すからね。」女はもう一度ゲルグ人の男の背中を踏みつける。


 ガリア帝国内のゲルグ人は、奴隷としてガリア人の元で働いている者が多い。女性は売春で生計を立てている者も居る。しかし皇族がその状況を実際に目にすることは殆ど無い。もう百年、その状態を続けていた。


 しばらく歩くと辺りはだんだんと喧騒から離れ、のどかな田園風景が広がる。農業に勤しむガリア人たちがコンラッドに笑顔で手を振る。遠く茶農園が見える。普段からよく視察に訪れるが、今日の目的はマルク地方だ。


 太陽が真上に上るころ、国境の森が見えてくる。


 コンラッドは、森の中に怪しげな人影があるのを見た。一緒に居る兵はまだ気付いていないようだ。目を細めてしばらく観察すると、それはどうやら女性であるらしい。コンラッドはその女性とは反対の方向を指さし、様子を見てくるようにと兵に命じた。2人の兵は怪訝な顔をしながらも命令に従って馬を走らせた。コンラッドは馬から降り、ゆっくりと女性に近づいた。


 女性はコンラッドに気付かない。植物を採集するのに夢中だ。


 コンラッドは問いかける。「そこで何をしているんだ?」


「まあ! こんなところに人が居たの!」その女性、ミズカは、勢いよく顔を上げた。


 ミズカの黒髪はきっちりと顔の両側で三つ編みに結われ、身にまとう服は一見質素ながらも材質のこだわりを感じさせる作りであった。大きな瞳は涙で潤み、頬は肌寒さで赤くなっている。


 コンラッドはミズカの美しさに息を飲む。エルザの洗練された都会的な美とは違った、瑞々しさがあふれ出るような美しさだ。コンラッドはしばらく彼女を見ていたが、全く目が合わない。この女性は目が悪いのだと悟った。


「私は王女ミズカです。」ミズカは唐突に言った。「どなたかは存じ上げませんが、助けて下さらないかしら。妹のニコルも一緒よ。どこにいるか分からないの。こんな国境で道に迷うなんて、大変なことをしてしまったわ。万が一ガリア帝国の領土にでも入っていたら・・・」ミズカは身震いした。


 コンラッドは目を丸くしてミズカを見ている。目の前に居るのは昨日学んだリューデン王国の王女だという。聡明だという姉の方だ。しかも豪腕の妹も近くに居るらしい。


 誰かに似ている。それは遠い記憶の中のガリア皇后、母であった。顔が似ているわけではない。しかしガリア皇后と共通する部分がある。穏やかな、包み込むような声。あたたかな眼差し。


「ミズカ・・・様・・・ここは・・・」コンラッドは必死に言葉を選んでいる。


 そこはガリア領であった。ミズカの乗った馬はやみくもに走り、張り巡らされた柵を突破して、遂にはガリアの国内へと侵入していたのだ。


「ここはガリアとの国境と目と鼻の先で大変危険です。」コンラッドは嘘をつくことにした。


 ミズカは狼狽える。「私ったらそんなところにまで・・・早く帰らなくては・・・」


「お連れしますのでご安心ください。その馬には乗れますか? お気をつけて・・・」


 コンラッドはミズカを支えて馬へと乗せる。


「ありがとう。あなたの名前を聞かせてくださる?」ミズカはにっこりとほほ笑む。


「私は・・・私は、ヘルゼンと申します。」コンラッドは更に嘘を重ねた。


 どうしたものかと思った。このままガリアに連れ帰り、何らかの交渉材料に使えるかもしれない。手違いとはいえミズカは領土侵犯している上に、植物まで大量に収穫している。コンラッドはリューデンヘ向かうかガリアへ向かうか決めかね、国境と平行に歩いていた。


「ミズカ様、その植物は一体何なのかお伺いしても?」


 ミズカは聞いてくれて有難うと言わんばかりに目を輝かせている。


「これはカナビスというんですって。あらゆる病気に効果があるのよ。持ち帰って、どのように服用するべきか、それから、悪い副作用が無いか、調べようと思っているの。実用出来るようになったら真っ先にあなたにプレゼントするわヘルゼン。助けてくれたお礼に。」


 ミズカが研究者であるという話は本当だったのだ。コンラッドは興味を持って更に尋ねる。「植物がお好きなのですか。」


 コンラッドの質問にミズカは首をかしげる。考えたこともないという表情だ。


「どうかしら・・・なんとも言えない。でも、あらゆる人に・・・」しばらく考え込み、再び話始める。「これはお父様が病気だから思うのかもしれない。あらゆる人に出来るだけ元気でいてほしいと思うの。だから植物に限らず、学問は色々と手を出してしまって。リューデン王国は先祖代々、王族が率先して戦いに身を投じて来たわ。父も母も妹も。でも私は事故で視力が弱ってしまって・・・戦うことが出来なくなってしまった。私に出来ることが無いか、一生懸命考えた結果なの。自分で言うものなんだけど、この選択は悪くなかったのよ。二年前の学会でね、」ミズカは途中まで言い掛けたが、ハッとしてはぐらかす。「何でもないわ。とにかく、研究結果を認めてもらえることがあるの。」


 コンラッドにとってミズカの姿は、母であるガリア皇后とますます重なっていく。争い奪うのではなく、人々の幸福を願い、自ら身を投じる姿。


「ミズカ様は領土拡大ではなく、国民の健康を第一に考えておられるのですね。」コンラッドがほめる。


 だがミズカは不服そうな顔をした。「みんな私を平和な箱入り娘だと思っているの。」


 でもそれは違う、と首を振る。「分かっているわ。隣に強大なガリア帝国がある限り悠長なことは言ってられない。最近は軍学もかじり始めたのよ。もちろん、この知識は使わないまま終わるのが一番。妹は早く戦場に出たいみたいだけど・・・」


 ふとコンラッドの目の端に、馬に乗った女性が近づいてくるのが映った。何かを叫んでいる。ミズカには彼女の姿は見えないが、すぐにそれが妹の声だと気づいた。「ニコルの声だわ!」


「姉上! 姉上!」ミズカを見つけたニコルは大声で呼ぶ。


「ニコル! こっちよー!」ミズカは大きく手を振る。


「姉上・・・」ニコルは走るのをやめてまっすぐにコンラッドを見た。

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