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ガリア戦記  作者: 大和みどり
15/31

ガリア出兵


 紡績工場の視察を終えたコンラッドがガリア城へ戻る。


 兵士やメイドたちが騒がしい。


「何かあったのか?」


「殿下・・・あの・・・」メイドは答えづらそうに俯く。


「どうした?」


「妃殿下のお姿が見当たらないのです。」


「なんだって? 外出するとは聞いていないぞ。」


「はい。出入口には全て見張りがおりますが、妃殿下の姿を見た者は居りません。」


「なら城内に居るはずだ。俺も探す。お前たちも引き続き探してくれ。」


 コンラッドはミズカの居そうな場所を探し始める。自室、書斎、ガーデンテラス、屋上。しかし見つかるはずもない。最後にエルザの部屋を訪ねた。エルザと顔を合わせるのは久々だ。プロポーズの日以来、エルザがコンラッドを徹底的に避けていたからだ。


 部屋の扉を開けたエルザに、コンラッドは開口一番尋ねた。


「エルザ、すまないが、ミズカを知らないか?」


 エルザは無言でコンラッドを見つめた。その様子にコンラッドは苛立つ。


「なあエルザ」


「私がひと月も部屋にこもりっきりだというのに、最初に言う言葉がそれとはね。」


「す、すまない・・・」コンラッドはハッとする。「だがミズカが・・・」


「彼女は罰を受けている。」エルザの声は今まで聞いた中で一番低かった。


「!」


 時間が止まったかのように、二人は少しも動かない。


 コンラッドの心臓がドクンと大きく脈打つ。


「彼女は罰を受けている。地下でね。」エルザはもう一度言う。


 コンラッドは胃が熱くなり、思わず胸を押さえる。


「エルザ・・・お前・・・」耐えきれずその場に嘔吐した。


 おもむろにエルザは言った。「コンラッド。あなたを愛していたわ。」


 コンラッドは立ち上がり、後ろを向いてミズカの元へ駆け出そうとした。


「待って、コンラッド!」エルザが叫ぶ。「もう手遅れよ。」


 コンラッドは立ち止まり、ふらふらとエルザの方を振り返る。


「なんだって・・・」


「手遅れよ。」


「嘘だろう・・・」


「嘘じゃないわ。私がそんな嘘をつく性格じゃないって、知っているわよね。」


 コンラッドの呼吸が早くなる。頭を両手で覆っている。苦しい。頭に煮えた湯が流れているように熱い。


 エルザはコンラッドを見下ろしたまま話し続ける。


「愛していたわコンラッド。でも今は違う。あんなリューデンの女のために咽び泣くあなたは、私の愛していたコンラッドではない。」


 エルザの言葉は殆ど耳に入らない。コンラッドは再び吐いたあと、エルザの部屋を出てミズカの元へと向かった。


「さようなら。」


 エルザは呟くと、用意していた大きな荷物を背負う。





 メイドや部下たちがコンラッドの元へ駆け寄る。


「殿下! いかがされましたか! 顔色が優れないようですが・・・」


 コンラッドはそれらを無視し、地下牢へ向かおうとする。


「そちらは危険です! 殿下、妃殿下を探さなければ・・・」


 コンラッドは部下の顔を見た。


「ミズカを・・・早く迎えに・・・」


 部下たちは息をのむ。「まさか、妃殿下が地下に・・・?」


 足を引きずるようにコンラッドは階段を降りようとする。部下たちは慌てて明かりを持ち、応援を呼んで、数十名が地下に向かって駆け出し始めた。


 


 ミズカは息絶えていた。


 薄汚い床の上に打ち捨てられ、苦悶の表情を浮かべたまま冷たくなっていた。





 ミズカが死亡した知らせは、程なくニコルの元に届く。死因は事故ということにされていたが、ニコルにはとても信じられない。


「ガリアめ!」ニコルはテーブルに拳を叩きつけた。何度も何度も強く打つ。


「やはり罠だった! 最初からそのつもりだったのだ!」


 アリアはどうすることも出来ず泣き崩れていた。


「アリア! 部下たちに伝えてくれ! 戦闘準備に入る! 兵を召集するんだ!」


「ガリアと戦うのですか・・・?」アリアは震えている。


「当たり前だ! あの男、コンラッドが姉上を殺したのだ! 絶対に許さない!」


「ニコル様! お言葉ですが軍の規模は・・・」


「うるさい! そんなことはどうでもいい!」


 見たこともないようなニコルの錯乱を目の当たりにし、アリアは再びぽろぽろと涙をこぼし始めた。「わ、私・・・ニコル様に死んでほしくなくて・・・」


 我に返ったニコルは、アリアにとんでもない言葉を吐いたことに気付いた。


「すまない、私が悪かった。だが・・・」ニコルは考え込む。


 どうするべきか分からない。ミズカを殺すということは、リューデン王国が攻めて来る可能性も織り込み済みだろう。だとすれば十分な準備を整えている可能性がある。やみくもに攻めても勝てるとは思えない。アリアの言う通り、軍の規模は違い過ぎる。


「いや、アリア。やはり兵たちを全員広間に集めて欲しい。会議をする。有事の際は姉上が判断することになっていた。私だけでなく、皆の意見を聞こう。」


 中隊長以上兵士が十名ほど城の広間に集められた。中にはゲルグ人も居る。彼らはミズカの死を知り深く悲しんだ。ニコルへ慰めの言葉を掛ける者も居た。


「ニコル様。これは私の意見ですが。」一人の兵が言った。


「ガリア帝国と戦うべきです。」他の兵も頷いている。


「ミズカ様に救われた国民は数知れません。この事件を放っておいたとあっては民が黙っていません。」「行かなければリューデン王国は・・・いずれ・・・。」


「ニコル様。」ゲルグ人の兵が言った。「ゲルグ人は皆、リューデン王族と共にあります。」


 ニコルは目の覚める思いだった。リューデン王国民と自分の気持ちは同じなのだ。ガリアを許してはならない。愛される王女の無念は晴らさなければならない。


 


 ニコルはリューデン国王の部屋を訪ねる。これまでの全てとこれからの予定について話した。動くことが出来ないリューデン国王は、ただ悲しい目をするばかりだ。自分が決めるしかない。父の姿を見て、ニコルは再び出兵を決意するのであった。


 ニコルはミズカの部屋に入る。ミズカがリューデン城を去ってからも、そのままの状態にしていた。帰って来ることなど出来ないと分かっていたが、いつでも帰って来れるようにしておきたかったのだ。


「姉上・・・結婚など全力で止めておけば良かった。」


 ニコルはミズカの机の前に立つ。カナビスの葉が一枚枯れている。


 マルク地方まで植物の採集に行った日が遠い昔のように感じられた。


 結婚を止めていれば。あの日マルク地方に行っていなければ。ミズカを一人にしなければ・・・。過去の行動が全て悔やまれる。しかし後戻りは出来ないと分かっている。


 植物の隣には軍学のノートとおぼしきものが置いてあった。ミズカは自身が戦力にならないことを自覚し、軍学の習得に力を入れていたのだ。


 ニコルがノートを開くと、記述の中に「ガリア軍」という文字を発見した。


「これは・・・!」


 そこには、リューデン王国とガリア帝国が戦争になった時の戦法が記されていた。大規模なガリア軍の隙間を突き、リーダーが敵のリーダーまでたどり着くための道筋がしっかりと再現されている。ミズカはガリア帝国との万が一の衝突に備え、事前に戦略を立てていたのだ。精密な図と注釈で、ニコルは戦闘の様子を完璧に想像する。


「勝てる! 勝てるぞ!」


 ニコルはこの方法で自身がコンラッドまでたどり着き、討つことが出来ると確信した。


「姉上、感謝します! 必ず仇を取ります!」


 ガリアへの勝利を誓い、ニコルは部屋を後にした。





 リューデン王国はガリア帝国に宣戦布告。ガリア皇帝もコンラッドも、残念ではあるが当然のことだと諦めた。コンラッドは、エルザを放置した自分の落ち度であると思った。悲しみにくれている。ニコルに会って本当のことを話したい。自分は今もミズカの面影を想って苦しんでいる。彼女を守ることが出来なかったことをどう詫びれば良いだろう。罰を受けることが出来るならば心から受けたい、いっそ死にたいと思った。


 しかしガリア帝国のことを考えればそれは出来ないこともまた分かっていた。自分が死ねば王政はそこで途絶える。ニコルと戦場で対峙したとしても、彼女からの罰を甘んじて受けることは、決して出来ないのだ。


 


 リューデン王国軍、総勢五千人がガリア帝国へ向かった。リューデン王国は小さな国だ。軍の規模も五千人が限度。ゲルグ人も含めてその数である。


 欲が無く、平和的なリューデン人たち。これまで他国からの侵略は受けても(その全てを王族が中心になって撃退した)、自ら攻め入ったことは一度も無い。そんな穏やかなリューデン人たちが、今は勇ましく前進している。国民は激しく国旗を振りながら、騎馬隊を見送っている。


 ニコルも馬に乗り、先頭切って歩く。まっすぐにガリア帝国の方を睨みつけている。


「ニコル様! ガリアを倒して下さい!」


 国民はニコルに言った。子供たちがニコルへと駆け寄る。


「お願い! ミズカ様の仇を取って! ニコル様!」


 ニコルはますますコンラッドへの怒りに打ち震えた。こんなにも慕われ、何の罪もないミズカを手にかけたガリア帝国が許せない。怒りでいっぱいだったが、作り笑いを浮かべる。子どもたちを安心させなくてはならないと思った。


「リューデン国民たちよ! 私が負けることは無い! 必ずガリアを倒すぞ!」


 多くの国民たちに見送られ、だんだんとその数も少なくなったころ、五千人のリューデン軍はマルク地方に差し掛かっていた。


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