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短編

夢を叶える島

作者: セパさん

 【絶望】 とは文字通り〝望みが〟〝絶たれる〟ことだと思っていた。


 しかし本当の絶望とは、パンドラの箱に入っていた厄災【希望】が入り交じることによって、より一層その辛さを増幅させるらしい。輝いていた過去、後悔、幸せの思い出、悪夢、悪夢から目覚めた瞬間の現実……。その全てが入り交じったとき、この世の終わりとも錯覚さっかくする本当の【絶望】となる。


 わたしは料理人だった。からい料理を作るとき、甘さを少し混ぜることでより一層にからさが引き立つ。例えるなればそんなところだろうか。……我ながらよくわからない例えだ。


 つらさの中に、少し甘味が加われば、つらい現実はより鮮明せんめいなものになる。


 わたしは家族を永遠に失った。不慮ふりょの事故……、ならばここまでわたしは後悔しなかっただろう。火の不始末ふしまつだった。わたしの店は大火に見舞われ、妻と娘は炎に呑み込まれこの世を去った。どれだけ苦しかっただろう、どれだけ辛かっただろう。


 ……わたしだけが生き残った、生き残ってしまった。


 幼少期に家族をやまいで失い、1人ぼっちだったわたしに舞い降りた天使が妻だった。その後産まれた娘は、この世のものとは思えないほどいとおしい存在だった。わたしは……家族を二度失った。


 失ったものは二度と返ってこない。わたしは住む家も無くし、明日喰う飯にも困窮こんきゅうする……。それほどの罰を受ければ良かったのだろうが、わたしには保険金というものが下りてきた。一生とは言わないまでも、10年は働かずにいられるお金だった。


 しかし洒落しゃれた家に住むつもりも、新たな恋を探す気力もなく、わたしは有り余る金を持ちながら駅の待合で寝泊まりをした。わたしは抜け殻となっていた。


 ……そんな時、一つの噂を聞いた。


〝南の島にどんな夢でも叶う場所が有る、ただ国によって隠匿いんとくされた禁忌きんきの地になっていて、一度入れば二度と戻ってこられない。〟


 そんな都市伝説ともつかない、荒唐無稽こうとうむけいな噂だった。その噂を教えてくれた人間は、どこか浮世うきよ離れした旅人で、駅の待合に寝泊まりしていた廃人たるわたしの、唯一の友人とも言えた。


「あなたはその島を探しているのですか?」


 旅人は苦笑いだけを浮かべ、何も答えなかった。


「しかしそんな魔法のような島があるならば……。」


 わたしは絶望から解放されるのだろうか?悪夢のような現実から、現実のような悪夢から解放されるためならば、わたしは何だってやった。睡眠薬に溺れもした、酒にも溺れた、麻薬にも手を出した、神にもすがった。


 ……だがどれもわたしの絶望を引き立てる〝甘味〟にしかならなかった。わたしがその〝南にある島〟とやらに執着しゅうちゃくするまで時間は掛からなかった。


 探偵事務所に捜索をお願いしてみた。正気を疑われ、門前払いされた。


 図書館で文献ぶんけんを探ってみた。なんの収穫もなかった。


 わたしは南へ向かった。誰1人として、そんな話しは聞いたことがないと笑われた。


 わたしはそのまま南の地方へ居を移した。……狭いながらも、家を借りた。


 南国での生活はそこそこに快適だった。初めからこうしていれば、わたしは数年を絶望でついやすこともなかったのではないだろうか。


 南国へ移住し数年、わたしはとある怪談……この南国に言い伝わる伝承を聞いた。


 〝新月の夜に海のとある場所へ行ってはいけない。死霊が集まり、魂を持って行かれる。〟


 そんな有りふれた怪談だった。その言葉が琴線に触れたのは、この南国へおもむいた理由だっただろうか。わたしはその伝承を詳しく調べ上げ、新月の夜、地元住人でさえ知る人の少ない海岸沿いへ足を運んだ。


 月も照らさない、南国に珍しい冷たい夜だった。そこに一つのあかりが見えた。


 何やら酒盛りをして盛り上がっている、男女のつどい。肝試しに来た若人わこうどだろうかと近づいたわたしは戦慄せんりつした。


 そこには火を中心に、割れた酒瓶を口に当て、手の甲をダラリと下げてペチペチと拍手を挙げ盛り上がる異様な集団があった。おおよそ生きている人間の動きに見えない。わたしは懐中電灯を落とし、腰を抜かして倒れ込んでしまう。


「ああ、遅かったか……。」


 そんな声が聞こえ、わたしの意識は消失した。



 ◇  ◇  ◇


 ……目を醒ますと、わたしは黄ばんでボロボロになった天井とカビ臭いベッドの上にいた。


「ようこそ、目を醒まされましたか。水はいかがです?」


 わたしの真横には、上はボロボロのYシャツに下はジャージ、その上からくしゃくしゃになった白衣を羽織った老齢の男性がいた。


「あの……。」


「水はいかがです?」


 そこには澄んだ水をいれたグラスが置かれていた。一瞬毒かナニカを疑うが、わたしは眠らされていたのだ。殺したり、猟奇的なおぞましい行為をするならば、わざわざ目覚めるまで待たないだろう。喉のかわきは確かであり、脳が危険信号を発しつつも、わたしはその水を口にした。


「あの……此処は?いえ、あなたは……。いえ……。」


「まぁ聞きたいことだらけでしょうな。この島は2,3年に一度、引き潮が起こって本土と繋がってしまう。あなたのような方法でこの島を訪れる人間はまれですよ。ああ、申し遅れました、わたしはこういう者です。」


 男は名刺を差し出してくれた。名前の横には【精神外科医】という肩書きが書かれている。


「精神外科?」


「まぁご存じないのも無理はない。……あなたは〝ロボトミー手術〟という言葉をご存じですか?あるいは〝カッコウの巣の上で〟という小説・映画は?」


「……確か、人を廃人にする手術でしたか?」


 ロボなんとかという言葉は知らないが、昔の映画でそんなものを見た記憶がある。


「その認識で合っていましょう。そしてここは……、島全体が〝精神外科〟の実験場となっております。わたしはその主任医師。といってもわたししか医療者は残っておりませんがね。」


 全く意味が解らない。そもそもこんな草臥くたびれた老人が、医者ということ自体に違和感を覚える。


「信じないのも無理はないでしょう。百聞は一見にしかずです、こちらを。」


 老齢の男は倚子からゆっくりと立ち上がり、左膝を引きずりながらカーテンを開けた。……わたしは異様な光景に目を疑う。燦然さんぜんと照らす太陽と砂浜、南国では見飽きた風景の中、場違いに徘徊するのは虚ろな目をし、ダラリと首を垂れ、ゾンビの様に身体を揺らめかせる老若男女の群れだった。


「ひっ!!」


「紹介していきましょう、右から順に、あの男性が世界を統一した国王陛下、あそこにいるのは世界一の大富豪、皇帝陛下、デビューから無敗のプロボクサー、伝説の博徒、世界中の王族から求婚を受ける絶世の美女、宝くじで一等を当てた豪運の持ち主、世界的ベストセラー作家、世界一の名探偵、それと……」


「なんです、その人間の妄想をそのまま羅列られつしたような適当さは!?」


「いえ、〝現実〟です。……少なくとも彼らの中ではね。」


「はい?」


「50年前、まだ医学部の准教授だったわたしは、とある論文をしたためました。それは当時から禁忌きんきとされていた〝脳に直接メスを入れることで、精神症状を改善させる〟という動物実験の成果でした。人をヒトたらしめる脳野に、物理的なアプローチをすることは猛反発を受け……やがて教授選挙に敗れ、この南国へ左遷させんされたのです。」


「あなたはその動物実験を……この島で?」


「ええ、想像以上の効果でした。そして望まぬ副作用が現れたのですが……、その副作用に興味を持たれ、わたしの研究は表沙汰にならないことを条件として多くのスポンサーが付きました。前頭連合野と脳髄を分離させることで、〝夢の中を生きる〟という人類の夢です。やがてこの島はこう言われるまでになりました……」


「〝夢を叶える島〟……。」


「おや、ご存じでしたか?」


「旅人を名乗る友人から教わったのです。わたしはこの島を目当てに南国へ来ました……。しかし、これはあまりにも。」


「わたしは手術を強要したことはございません。南国には人生に絶望した人間が多く訪れる。この島は潮の流れが独特でして、身投げをした人間が流されてくるのです。大半は息が有る、そしてこの島の真実と、手術の話しを聞くと、志願するのですよ。〝わたしにも同じ事をしてください〟と。」


「……断ればどうするのです?」


「スポンサーの意向にしたがいます。研究者とはある意味、芸術家のように無生産者なのでね、スポンサーの機嫌を損ねると飯が食えないのですよ。」


「ならそんなものは脅迫ではないですか。もしくは夢で人をかどわかす悪魔の所業だ。」


「歴史に名を残した名医は数居れど、わたしほど〝人を幸せにした〟医者はいないと思いますがね。そもそもあなただってこの島の噂を聞いて来たのでしょう?〝幸せの代償〟が何も無いとでも?」


「……そんな希望にすがるよりも、絶望にくっして死を選ぶ方がまだマシだ。自分1人妄想の中幸せになる?そんなもの、妻や娘に対する冒涜ぼうとくでしかない。」


「その覚悟が本当なのか、それとも建前なのか……。人間は精神が解放されると、自分の思い通りに事を描くことを〝証明〟してしまったのでね。」

 

 不意に、脳がぐらりと揺れる感覚が襲う。全身に力が入らない、それでいて痙攣けいれんを起こし、四肢が自分の意思と異なる動きをする。


「わたしに、施術を……?」


「いいえ、言ったでしょう。〝望まない人間に手術をしたことはない〟と。……ただ前処置は致しました。実はこの手術、5分もあれば簡単に終わるのです。あとは、あなたの〝意思〟が妄想の甘美に打ち勝てるかどうかだけ。


 まぁ一度島を見られた以上、帰す訳にもいかないのでね。いえ、こんな荒唐無稽な話し誰も信じないでしょうから、帰してもいいですが、一生を狂人として生きることになる。」


「それは……手術を受けても同じでは?」


「彼らほど幸福な狂人は世界中を探しても見つかりませんよ。それに彼らは自らを正気と思っており、わたしも彼らを〝精神の中を生きる常人〟と思っている。この島では彼らは〝常人〟です。唯一狂人なのは、わたしと、〝いまのところ〟あなたです。ちなみに施術を受けて妄想に打ち勝てたのは過去ひとりだけです。これはわたしの〝妄想〟ですが、その旅人とやらがその人かもしれませんね。」


 この狂人の狂気の研究に手を貸しているのは、いったい何処の誰なのだ?人間としての正気を奪い取り、精神の中で己の欲望だけを満たし続ける存在を量産する。


 ……誰が特をする?安楽死したい人間には理想だろうが、国家として見ればどうだろう。


 勤労もせず、納税もせず、教育も受けない。なんなら生殖もしない、消費もしない。そんな廃人を作り出すことで……敵国?他国?だとすればこの島は、亡国のための、、、意識が途切れる


 ……ああ、島が炎に包まれている。燃える燃える燃える、これはわたしの願望?妄想?


 現実? 夢の島で見る、夢の島が 破壊される わたしの精神が作り出す妄想?


 だとすれば、何故炎なのだ、妻と娘の悪夢を想起させる。やめてくれ、やめてくれ。


 これは 現実 なのか? 夢ならば 何故夢さえも 


 これほどに残酷なのだ

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― 新着の感想 ―
[一言] 妄想の中だけでも幸せになっている人々。 狂人と常人どちらが本当に幸せなのか。 色々と考えさせられる深い話ですね。 主人公は結局手術を受けたのかどうかも気になる所です。
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