遙かなる紅葉
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タイトル 遥かなる紅葉
ひらひらと落ちてきた枯葉に手を伸ばすと、そいつは手の中をすり抜けていった。
ドーム型でバスケットが出来るほどの広さの部屋には、鮮やかな紅葉の景色が広がっている。だが、そのことごとくが偽物の景色だ。
地球から遠く離れた場所で働くスペースウォーカーには必ず必要な施設がここ、『拡張現実休憩室』だ。
なぜ必須かって? 俺も初めはそんな施設は必要ない、飯と風呂さえありゃあ十分だと考えていた。だが、ここに来て一ヶ月、俺はこうしてAR室のリクライニングシートに寝そべり、懐かしの紅葉を楽しみながらタバコをふかしている。要は俺もマンマが恋しい人間の内の一人だったというわけだ。
「龍二、ここ禁煙なんですけど」
アイラがあきれたように俺を見下ろしている。その目は綺麗なブルーに染まっている。ロシア出身の彼女は、まだ16歳のため幼さが残る顔立ち。だが、流れるようにまっすぐな金髪は将来必ず美人になれることを保障してくれている。
「硬いこと言うなよ。どうせ俺と餓鬼の2人しかいねえ」
「だれが餓鬼よ。おっさんのくせに」
「俺はまだ21だ。まあ、餓鬼から見ればみんなおっさんか」
「口の減らない……。本社に相棒の勤務態度が悪いって報告しておこうか」
「俺が悪かったよ、お嬢さん」
俺はタバコの火を消す。残った煙が紅葉茂る木々の向こうへと消えていった。
「ねえ龍二。聞かせてよ」
「またかよ。もう新しい話はねえぞ」
「いいの! そうしないと本社に相棒は協調性無しって報告を――」
「分かった分かった。で、何の話が聞きたいんだ」
「そうねえ。この季節って『秋』って言うんでしょ。日本の秋にすることを聞きたい」
アイラは、俺の日本で暮らしていたころの話をよくせがんでくる。俺は特別な経験をしてきたわけじゃない。普通に学校に通い、普通に恋愛をし、普通に就職した。だが、なぜかアイラは俺の普通の話を喜んで聞いていた。俺もあまり悪い気はせず、こうしてAR室で思い出話をするのが日課になっていた。
「そうだなあ。日本では焼き芋っていう食い物があってな」
「黄色くて甘い食べ物ね」
「……なんだ、知ってんじゃねえか。じゃあ別の話にするか」
「いいの。話して」
俺はそれから他愛の無い話をしていった。焼き芋の話、運動会の話。家族との話。
『消灯時間です。AR視聴を終わりにし、就寝の準備をしましょう』
「……もうそんな時間か。おいアイラ……って、なんだ寝てやがんのか。ったく、人に話をさせといて」
俺はアイラが寝顔をじっと見る。まあ、黙っていればなかなか可愛らしいな。
タバコに火をつける。
くねる煙が偽物の風に吹かれ散らされていく。そうして吸っているタバコは、アイラと話す前よりも、旨く感じられた。
なんだかんだ言って、俺はこの時間が好きなんだろうなあと思う。
地球に帰れるのは10年後。彼女が何をしてここに送り込まれてしまったのかは知らないが、まあ色々あったのだろう。
向こうに帰ったら、アイラに日本の土産でも送ってやるか。きっと喜ぶだろう。
俺は生きて訪れるかも分からない先の未来に希望を寄せ、AR装置をシャットダウンした。
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「あら、寝ちゃったのか」
私はAR室で目を覚ました。先ほどまで広がっていた紅葉は無い。そこには無機質な床と、ガラス越しに見える『パウルX36-2惑星』の岩だらけの景色が広がっていた。
そして、龍二の姿もそこにはなかった。当然だ。AR装置がオフになっているのだから。
犯罪の刑期を短縮させる条件で未開拓惑星の探索を命じられて3年。本社から精神安定剤のついでに支給されたのがこのAR装置だ。そこには自分の見たい地球の景色と、自分の望む『相棒』を生み出すことができる。
私はAR装置を優しくなでる。彼がいなければ、私はとっくにリタイアしていただろう。
10年後、地球に帰ったらこのAR装置も一緒に持っていこう。そして彼と共に暮らすんだ。
私は生きて訪れるかも分からない先の未来に希望を寄せ、AR室を後にした。