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騎士の矜持、ネカマの矜持

「今回レイドはベータでも届かなかった……つまりは、完全に初見なわけだ」


 周囲を警戒しながらヤマタケは声を立てる。

 緊張が聞いて取れるその声色には、どこか嬉々としたものも含まれていた。


 こいつも根っからのゲーマーだろう。

 大方、初見のモンスターに心躍らせてるってとこか。

 分からないでもないあたり、俺もゲーマーか。


 初見の敵、つまり自分達が一番最初に発見した、あるいは戦う敵ってのは心が踊る。

 冒険ってのは常に未知への探求で、突き詰めてしまえば新しさに飢えたものだ。

 ゲーマーなら後追いではなく一番になりたいのは当たり前。

 天下のヤマタケといえどその欲には負けるらしい。


 てっきり余裕しゃくしゃくで挑むのかと思っていた俺はヤマタケへの認識を改める。

 初見というのは常に、リスクを伴う。

 行動パターンも分からなければ、攻撃手段も分からない。

 最適解が判らない以上手探り状態で試行錯誤し、攻略しなければならない。


 ベータが始まった時もそうだった。

 戸惑う者、意気揚々と狩場へ繰り出す者、考える者。

 皆が一様に分からない所からスタートだったが故に、心から面白いと感じていた。


 かくいう俺もその1人だ。

 何も分かんねぇ、だからどうする?

 ゲームってのはその連続だ。オンラインゲームなら尚更の事。


「今日のうちに相手の攻撃パターンくらいは割り出しておきたい。この仕事だけは戦争屋とジルヴァナスには渡せない」

「えらく殊勝な考えだな、ヤマタケ。てっきり初見攻略! とか言って何も考えずやるのかと思ってたぜ」

「お前、俺を何だと思ってるんだよ。俺だってギルドマスター、仲間が率いてる立場なの。オルブリじゃデスペナルティがキツイから、無駄死には避けたいんだよ」

「アリスさん、ウチのマスターはチキンなんや。これでいて意外と神経質なんよ」

「黙れゴンザ。慎重なタイプって言うんだよ俺みたいな奴は」

「おーこわっ! 慎重なタイプはそんな喧嘩腰で話さんって」

「……そろそろ偵察隊の観測ポイントだ。コールを繋いでおくように」


 ミハエルの静かな一括に、ヤマタケとゴンザは直ぐ様切り替える。

 空気が張り詰め、パーティメンバーの顔色が変わった。


《――Emergency――レイド戦闘、開始します》

「オアアアァァァァァッ――!」


 システムアナウンスと共に雄叫びを上げ竜が姿を現す。

 薄暗い木々が揺れ、音に合わせ地面が振動する。

 空を見上げれば黒い翼をゆっくりと羽ばたかせる巨大な竜が、そこにはいた。




「次来るぞ! 右前、フック!」

「……6:3:1、維持。フォロー頼むッ!」

「了解ぃッ! ヤマタケ、陣形は今のままで行くのか!?」

「攻撃は優先しなくていい! ディーラーで最低限のカバーをするから、今はデータだけ取れ!!」


 戦闘開始から10分、防戦一方な状況が続いていた。

 極力ガードを優先し、リスクを最低限に。

 黒森竜の正面に俺とミハエルを据え、斜め後方にダメージディーラー陣。

 その後ろにヒーラー陣が控え、代わる代わる俺とミハエルを回復していく。


 どうせこの人数じゃ大してHPも減らせない。

 考えた末に出来たこの陣営は、タンクであるミハエルと俺が黒森竜のヘイトを6対3の割合で受け持ち、残り1割を回復に専念するヒーラー陣で受け持つ戦法だ。


 モンスターはプレイヤーが回復した際、その回復した人間へヘイトを移すことがある。

 この場合ヒーラーがタンクを回復しているので、タンクが受け持っているヘイトが流れる可能性があるが、それを逐一確認しヘイトを維持するのがタンクの仕事だ。


 メインタンク……今回の場合盾で受けられるミハエルが主に攻撃を受けなければ持ちこたえる事が出来ない。

 仮に俺にヘイトが完全に移り一撃でもまともに喰らえば、死んでもおかしくない。


 黒森竜の前足が空を切り裂きながらミハエルを襲う。

 タイミングよく盾で受け踏ん張るミハエルに、ゴンザが直ぐ様回復を入れミハエルの体力を前回まで戻した。

 回復を終えた瞬間、俺は黒森竜に目掛け一本ナイフを投擲する。

 怒りの錨でヘイト値が変動、続け様にミハエルは剣で黒森竜を斬りつけた。


 現在判明しているパターンは右前足、左前足、頭突きの順番。

 基本この3つの攻撃パターンで回している。


「ヤマタケ、参考までに聞きたい」

「左足――なんだよ何でも屋! こっちは全体見ながらヒーラー守ってんだから手短にしろ!」


 戦闘前に繋いだコールは、普段でも使える謂わば通話だ。

 遠くにいる人間とでも会話できるので距離が離れた場合は使用する事が多い。

 レイドボスくらいの大きさになるとどうしてもタンク陣と後衛陣じゃ距離が空くことになる。

 そういった際、コールで連絡を取るのが基本となっていた。


「これまで狩った2体はベータでも倒したよな? 正式サービス後の戦闘で変わった点はあったか?」

「通常攻撃のルーチン変更、基礎ステータスの変更は確認できていた。それがどうした?」

「……即死攻撃はあったか?」

「2体目であった。対処していたから全滅は免れたけどな」

「じゃあこいつも持ってるよなぁ……」

「最悪、今日はデスルーラだ」

「ふざけんな! つい今日デスペナルティ解消したばっかだぞこっちは!」

「やっかましいわ二人とも! ほら次くるで、アリスさん構えぇ!」


 再び黒森竜の右足がミハエルを襲う。

 回復、ヘイト、切りつけ……そこで違和感が生じた。

 

 さっきまでの攻撃ならその後直ぐ様左足が襲ってくる筈。

 それなのに黒森竜はミハエルと競り合ったまま微動だにしない。

 まるでミハエルをそこに釘付けにする様に、その重く大きな足をどかそうとしない。


「――ミハエルッ! 尻尾だ、右から巻いてきている!!」


 翼の下を駆け抜ける様に長い尻尾がミハエルを目掛けしなる。

 パーティリーダーであるヤマタケの視界外からの攻撃、反応は必然的に遅れる。


 チィ……ッ!! レイドボスくらいになりゃ知恵をつけてやがる!

 ヤマタケ達は論外、今からじゃ対処は間に合わねぇ。

 ミハエルも足に付きっきりで尻尾の相手をしている余裕じゃねぇ……!


 俺は剣を捨て、駈け出した。


「魔装盾――ぐっ!」


 咄嗟に魔装盾を展開し尻尾を迎え討つ。

 接触の瞬間、振動と共に俺はミハエルごと吹き飛ばされた。

 左方に転がる俺とミハエル。

 HPが危険域に達しアラートが鳴り響く中、視界の端に慌ただしく指示を飛ばすヤマタケの姿が見えた。

 魔装盾は魔法攻撃には強いが、物理に弱い。

 盾で受けてもこのダメージなら、まともに喰らえば避けタンクじゃ役に立たないだろう。


「……すまない、立て直す」

「気にすんな、お前をフォローすんのが俺の役割だ」


 俺はミハエルの腕をつかみ立ち上がらせる。

 聖騎士のミハエルもHPが芳しくない。既に、ジリ貧だ。

 ゆっくりとミハエルと俺に近づく黒森竜、そこには最強種の確かな威圧を感じた。


「ヒーラー隊、回復優先! プールを50から30へ、急げ!」

「もうやっとる! 範囲治癒、行くで!」

「ちょ、ちょっと待てゴンザ! 今一気にやるとヘイト値が――」


 俺が声をかけるまもなく、みるみるうちに回復される。

 俺とミハエルが全快になると同時に、黒森竜はその進行方向を変えた。


 ヘイトはヒール行為でも移る。

 俺とミハエルがヘイトを確保する間もなく。

 その敵意はヒーラー陣へと牙をむく。


「ヤマタケッ、ヒーラー陣を連れて引け! その間に俺とミハエルでヘイトを稼ぐ!!」


 クソッ、失態だ……ッ!


 俺は心の中で毒吐き、力いっぱいナイフを握りしめて黒森竜を睨みつけた。

 パーティプレイは謂わば大縄跳びだ。

 誰か1人がミスれば全員が巻き添えをくらう。

 俺がいち早く尻尾に気付き対処してれば、或いは復帰後真っ先にヘイトを稼いでいれば。


 たらればが頭のなかを過ぎっている間も黒森竜はヒーラーを狙う。

 切り替えて行かなきゃいけねぇ、ヒーラーが死ねば詰みだ。


 ミハエルと俺で大量のナイフを投擲する。

 黒森竜はそれを意にも介さず、ヒーラーを追う。

 範囲治癒もあってか必要以上にヘイトを集めすぎている。

 もう、間に合わない……!


 振り下ろされる右足。

 鋭く尖った爪がゴンザに狙いを定め、迫った。


「――グッドタイミング、かな?」


 駆け抜ける黒いローブ。

 ゴンザの後頭部を鋭利な爪が掠めるその瞬間、ローブから飛び出した純白の盾が受け止めた。

 呆然とする俺達を余所に、ローブを羽織ったプレイヤーが仰々しくその煤けたローブを脱ぎすてた。

 その後姿を見ていたヤマタケは驚愕の表情を浮かべ、


「お、お前、何でここに!?」

「僕、参上」


 白い歯を見せびらかすように、ジルヴァナスは笑う。

 ミハエルと最強の騎士を奪い合う男が乱入した。


 「ここは僕が引き受ける――『騎士の矜持』」


 聖騎士のクラススキル、騎士の矜持。

 筋力値を上げ敵のヘイトを大幅に集める、聖騎士の代名詞たるスキルだ。

 それに立て続けるようにジルヴァナスは長剣を逆手に持つと自分を鼓舞するように、声を上げる。


「ハァァアアアッ!!」


 黒森竜の右足を盾で弾き返し、その勢いを利用して自身の身体よりも大きい左足へ剣を突き刺す。

 それを足場に飛び上がると懐から二本のナイフを取り出し、巨大な双眸目掛けスローイングした。


 両目に突き刺さったナイフを嫌がるように長い首を振り回しのたうつ黒森竜。

 キザったらしく笑ったジルヴァナスは剣を抜くと俺の元へ駆け寄った。


「やぁ、リーチェ。奇遇だね」

「んな奇遇があるか! お前、何でここにいるんだよ!?」

「いや、ちょっと散歩してたら渡り鳥のメンバーにあってね。丁度いいからリーチェが居る所を聞いたら『快く』教えてくれたんだよ」

「散歩ね……今渡り鳥は皆ギルドハントに出てるはずだけどなぁ?」

「ああ、『偶然』僕のギルドも同じ場所でハントする予定でね。ブッキングしたからちょっとお話しただけさ」


 笑みを崩さずいつもの調子のジルヴァナス。

 その姿にミハエルは頭を抱え、俺はため息をこぼした。


 こ、こいつ、息をするように渡り鳥に喧嘩売ってやがる。

 しかもお話とか快くなんざ綺麗な言葉並べてるが、どう考えても何人かやった筈だ。


「ジルヴァナステメェ! 何しに来やがった! 後で締めあげるからな!」

「ふん、元はと言えば君が悪いんだよヤマタケ。リーチェに付きまとって。それに僕に助けられておいて、その言い草はないだろう?」

「ジルヴァナスさん堪忍や! 助かったでホンマ!」


 ダメージディーラーとヒーラー陣も合流し、体制を立て直す。

 口では喧嘩をしながらも、その視線は黒森竜から外さない。


「……マスター、一旦休戦だ。陣形を編成する」

「チッ、……ジルヴァナス、ミハエルで正面。右翼に何でも屋、左翼は今まで通りだ」

「おい、俺1人だけ右側担当かよ」

「しょうがないだろうが。ルーチンプラス尻尾のランダム同時攻撃、見切るには避ける事しか脳のないお前が適任だ」

「なんだいその言い草は、ヤマタケ。リーチェを何だと思っているんだい? これだから脳筋は嫌いなんだ。いいかい? リーチェがどれだけ素晴らしい存在なのか僕の乏しいボキャブラリーでは言い表しがたいけどそれでも敢えて形容するとするならまずその在り方から説明を――ー」

「待て、待てジルヴァナス。黒森竜の様子がおかしい」


 長ったらしいジルヴァナスの話はさておき。

 ジルヴァナスの攻撃を食らった黒森竜は長い首空へと向けたままでいる。

 流石に先ほどの一連の攻撃だけで死ぬはずもなく、両翼をはためかせるその姿に俺達は推測を飛ばし合う。


「タメ攻撃……か?」

「トリガーはさっきの攻撃? だとすると怒り状態になったら吹くタイプかいな?」

「…………ゴンザ、吹くって何を?」

「それはあれやろ? ドラゴン言うたら――」

「「「「炎」」」」


 ミハエル以外の全員が口を揃える。

 竜といえばブレス、ドラゴンブレスと言えば炎。

 数あるMMORPG……いや、古今東西色々なゲーム、書籍、ファンタジー関連に登場するドラゴン。

 その大半は炎を吐き、人々を苦しめてきた。

 例に漏れなければ黒森竜も――。


 ハッとしたヤマタケは黒森竜に背を向け駆け出す。

 ほぼ同時に全員が後を追い、いち早く黒森竜から離れようと試みる。


「撤退だ! とっととずらかるぞ!!」

「もう逃げてるっての」


 通常攻撃は単体を狙った攻撃、であればブレスはAoE……範囲攻撃である可能性が高い。

 ここにそれを予知できぬ者など居るはずもなく、戦闘域を脱したその時。

 背後から熱気を感じ取った俺は、恐る恐る振り向いた。


 森を焼きつくさんばかりに燃え上がる炎。

 空中で羽ばたく黒森竜の口からは出た炎は広範囲に広がり、この薄暗かった森を延々と照らしていた。


「……情報は集まった、今日のところは退こう」





 先程までいた安置ポイントに移動した俺達は、高々30分にも満たない戦闘ですり減らした集中力を養うように休んでいた。

 ヤマタケとゴンザは未だ真剣な顔つきで話し込んでいる。

 おおかた黒森竜への対策を練っているんだろう。


 俺はというとジルヴァナスに座り、束の間の休息に耽っていた。

 ジルヴァナスと、ではない。

 ジルヴァナスに、だ。


「……なぁジルヴァナス?」

「なんだい、リーチェ?」

「気持ちはありがてぇけどな、普通に岩の上でいいぜ?」

「だめだよリーチェ。せっかくの可愛い服が汚れちゃうじゃないか」

「いや、この世界じゃ服汚れないから。耐久力が減るくらいだから」


 この変態はTPOを弁えない。

 先の酒場でもそうだが、自分の欲求に忠実だ。

 それを甘受している俺も悪いが、今日はこいつに助けられた。

 無下にはできない。


「…………ちょっと、いいか?」

「あぁん?」


 ミハエルの声が背後から聞こえ、俺は振り向かずに応える。

 こんな姿を見られるのは流石の俺もツライ。

 ミハエルの顔を見たら黒森竜よろしく顔から火を吹きそうだ。


「…………こっちをみろ」

「やだよ、別にこのままでも会話くらいできらぁ」

「……礼がいいたいんだ」


 礼?

 俺は首を傾げながら自分に問う。

 なにも礼を言われるような事をした覚えはない。

 要領を得ない俺はミハエルへと視線を向け、驚愕した。


「お、おま、お前……えぇ?」

「……な、なんだ?」

「えっと……ミハエル、だよな?」

「……声でわかるだろ」


 顔ブー聖騎士ミハエル。

 オルブリ七不思議にも数えられるその素顔が、そこにはあった。


 先入観があったからだろうか。

 兜の下にはキャラメイクに失敗し、NPCがオークと見間違う程のブサイクな顔があると勝手に思っていたせいかはたまた。

 デュベルに負けず劣らずの美青年な顔に、文字通り面食らった。


「兜、どうした?」

「……さっきの戦いで、耐久値が限界になったから。壊れる前にインベントリに仕舞った」

「へ、へぇ、そう。ふぅん? へぇ、耐久値が、そう?」

「……どうした? 眼が泳いでるぞ?」


 泳ぐわ!

 デュベル並の美青年ってこたぁ、デュベル並の美少女ってことなんだよ!

 え、えぇ? つまり、なに?

 ……まさか、こいつもデュベル同様、女?

 いや、いやいやいや、ないって。

 そりゃいるだろうけど、そんな頻繁に出会えるレベルじゃねぇ。

 デュベルという希少な例が身近にいるから感覚が麻痺ってるだけで、実際問題中身が女なんてのは稀、稀なんだ。

 ショタ……? その線が濃厚か?


「おい、大丈夫か? 同期ズレでもしてるか?」

「うおぉい!? 近寄るなぁ! 何だよ礼って、そんな大それたことした覚えはねぇ!」

「……いや、アリスは身体を張ってまで私を守ってくれた。ありがとう」


――こういう小さいところが、男ウケする秘訣よ――


 誰だっけ、これ言ってたの。

 俺だよ! 俺が言いました、ええこういう細かい礼儀が大事なんですよええっ!


 結局俺は視線を逸らしたまま、手持ち無沙汰にジルヴァナスの頭をひっぱたきつつぶっきらぼうに返事する。


「別に気にすんなって言ったろ。サブタンクの役割はメインタンクのフォローだ、礼を言われるまでもねぇよミハエル」

「……アリスとは上手くやっていけそうな気がする」

「そうかい。そりゃいいことだ」

「……ミシェル」

「あん?」


 ボソリと呟き、踵を返すミハエル。

 ポリポリと頬を掻くその仕草には、微かに照れが見え隠れしていた。


「……ミシェルと呼んで欲しい。親しい人はそう呼ぶ」

「……お、おう」


 ん……ん~?

 好感度は稼げてる。

 いや、稼がれた? 俺が?


「リーチェ、あいつ殺していい?」

「ちょ、ちょっと待て。ヤマタケと話してくる」


 殺気立つジルヴァナスを余所に、俺は早歩きでヤマタケへと近づくと鳩尾目掛け正拳突きした。


「いってぇな! 何だよ急に、喧嘩なら帰ってからにしろ何でも屋。今は――」

「そんなこたぁどうでもいい。ああどうでもいいんだ。ヤマタケちょっとミハエル君どうしたの? 厨二病拗らせてショタから女騎士にクラスチェンジしたのかあぁぁん!?」

「いや、落ち着けよお前気持ち悪い。キャラブレブレだし。って、なんだ何でも屋、ミハエルの素顔見たのか?」

「顔ブー聖騎士……じゃなかったのか?」

「それ、ミハエルには禁句やでアリスさん。間違いなく殺される、ワイ1回殺されて二度と言わんと誓ったわ」

「あ~、俺も詳しく知らないが、どうもオルブリはじめた時にキャラメイクミスったらしくってな。ほら、変えるのにも課金しなきゃいけないだろ? 面倒くさいし楽だからって普段は兜つけっぱなんだよ。渡り鳥内部でも見たことあるのは一部だ」

「つまり……ミハエルは男?」

「正直、俺達も最近分からなくなってきた。あいつとも長い付き合いで色んなゲームやってきたんだが……」


 そこで止めたヤマタケは周囲を見渡し、近くにミハエルがいない事を確認すると声を潜めて続けた。


「ミハエルのやつ、ギルド内で下ネタの会話が出ると露骨に不機嫌になるんだよ」

「黒……だな」

「せやなぁ。男で下ネタに食いつかんて、ないで。ない」

「じゃあミシェルってのは……」

「なんだそれ? 初めて聞いたぞ」

「ワイもや、愛称的なかんじかいな? 綴りも一緒やし」


 ミハエル……いや、ミシェルは女だ。

 男はみんな下ネタが大好きだ。

 シモネタが嫌いな奴なんていねぇ。

 何なら初対面の男同士ですら、下ネタで打ち解けられる。

 趣向が一緒ならその日からブラザーだ。


 既に新しい兜を着けたミシェルは、いつも通り。

 沈黙を保ったまま、1人静かに佇んでいた。


「まぁ、別に中身がどっちだろうと、どうでもいいけどな」

「お前のクラン、男限定じゃなかったか?」

「男キャラ限定だからな。別に、中身が女でも男キャラなら構わないって方針だ」

「へぇ、お前にしては的を得ているなヤマタケ」

「何がだよ?」

「中身はどっちでもいいってやつだよ。なんでそれをネカマにも適用しねぇのか不思議なくらいだ」


 ヤマタケは俺の言葉に露骨に顔をしかめる。

 また始まったと肩をすくめたゴンザは被害を食らう前にヤマタケから離れた。


「ネカマは別だ。ネカマってだけで既に無理なんだよ。そこに中身もなにもないな」

「……ヤマタケ。その事、ロアさんと戦争屋の前で言うなよ」

「ん? なんでここでその2人の名前が出るんだよ?」

「言わなくていいこともあるって事だ。……もし言ったら、『総社』がお前らの敵に回ることになるぞ」


 俺は苛立ち混じりにそう吐き捨てると、ジルヴァナスの元へ向かう。

 既に剣を舐め始め精神的に異常を来しているジルヴァナスを沈めなければミシェルの命に、そして俺の好感度に関わってくる。


「何で、それをお前が言う? 総社のメンバーである、何でも屋のお前が」

「うるせぇな。俺は争い事が嫌いなんだよ、そういうのはアムネリアが担当してるっての」


 ヤマタケの声に俺は足を止めず、ただ手を振る。

 これ以上はやめておいた方がいい。精神衛生上、あまりいい内容ではなかった。


 ベータ時代の事件を知っている者の多くは、攻略に参加していなかったスローペースなプレイヤーだ。

 常に最前線を走っていたヤマタケが知らないのも道理だし、なるべく広まらないよう緘口令も敷いた。ただ1つの情報を除いて。

 当時はまだアムネリアも攻略組と呼ばれるほどの実力ではなかったし、その立ち位置から全てを知っている。

 ロアさんもまた、裏方をまとめていた人だ。全て、知っている。


 二度とあんな事件は起きちゃいけねぇ。

 だが、少なからずヤマタケの様な奴はいる。

 俺はいずれ来るかもしれないその日が来ないことを願い、天を仰いだ。

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