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ロハでは動かぬネカマ

「い、いくら払えばいい?」

「いや、値段の問題じゃなくて……誰かれ構わず売ってるわけじゃないだよね」

「言い値で買うから、ね!? いいだろぉうひひ、先っちょだけだか――」

「こんな真っ昼間の往来でなに売春行為してんだ変態ブタ野郎」

「ブヒィィィ!!」


 昼少し前、俺はブブラッドにあるデュベルの店へ足を運んでいた。

 というのも以前依頼した品物がそろそろ出来ているかと、渡り鳥との集合時間前に取りに来たんだが……。

 

 売り子もやっていたデュベルは引きつった笑みを浮かべながらぶっ飛んでいくブタをみて固まっている。

 今しがた怪しい取引現場に居合わせた俺が、ブタの側頭部に蹴りをかました所だ。


「大丈夫かデュベル?」

「い、いや僕は別に大丈夫だけど……って! いきなりお客さんになにすんのさもう!」

「お前、その体で売りもしてんのか? やっぱメスじゃねぇか」

「武器! 武器の事だから!! ……まぁしつこい客だったけどさ、受ける気もなかったし」


 あ、先っちょって剣先の事? 意味ねぇだろうよそんなん。

 そもそも剣先まで作りゃあ全部作ったもんだし、やっぱ先っちょだけって信じられねぇな。


 ブタは俺を見るやいなや汚い悲鳴を上げながら逃げていく。

 どちらにせよあいつはデュベルに如何わしい事をしたとして、隠れファン共に制裁を食らうだろう。

 俺はため息を吐いてデュベルに向き直った。


「いい加減、店なんてやめたらどうだ? お前なら受注のみでやってけるだろ。そのほうが厄介な客もいなくなる」

「店がいいんだ。わざわざ高いお金払って建てた店、工房だけにするなんてもったいないでしょ?」

「……まぁお前がいいならソレで構わんけど。昨日頼んだ品、できてるか?」

「うん、さっき出来たから工房行こうか」

「さすがデュベル、仕事が早いな。これからも頼むぜ」

「それしかやってないからね。それと……」

「ん? 何だよ、言い淀んで」


 俺は工房へ入ろうとした足を止めて振り向く。

 なにやらモジモジとしているデュベルは煤で汚れた服の裾をつまみ、視線を泳がせながらポツリと呟いた。


「……さっきは、ありがと」

「気にすんな、お前は俺の男だ」

「……やっぱ今のナシ! せっかくお礼言ってるのに、なにさその態度!」


 完全に御冠の様子で俺を突き飛ばすと1人でさっさと工房に引っ込んでしまう。

 そういうところが女臭ぇんだけどな。



「5分前。遅刻せずちゃんと来たな」

「誰にもの言ってんだ最強。俺ぁ腐ってもゲーマーだ、狩りの時間が決まってんなら守んのがマナーだろうが」

「……お前、ネカマのくせに律儀なとこあるよな」

「ネカマだからだ。こういう小さい事が男ウケする秘訣よ」

「あ、そう」


 ブブラッドの出門口には渡り鳥の面々が既に待機していた。

 ざっと見ただけでも50人程、これだけの大人数でギルドハントを立てれば1.2時間でも成果はかなりあるだろう。

 他のメンバー達が準備を進める中、のほほんとしているのは4人。

 俺とヤマタケはともかく、他2人も渡り鳥で有数のプレイヤーだ。


「まぁそう邪険にせんと仲良うやりましょうや、マスター。今回のレイド限りとはいえ客招いてハント行くんは初やで? 他のメンバーも緊張してんのはマスターの責任や」

「ふん、ピリピリしてんのは狩り前じゃいつもの事だろ。何でも屋は関係ない」


 取り付く島もないと思った似非関西弁は俺の方へそそくさと近寄ると強引に手を握ってくる。

 口調もそうだが顔に浮かべる貼り付けた様な笑みが余計に警戒心を強めた。


「アリスさんすまんなぁ。ウチのマスター、アレやから。ぷぷ、堪忍したってや」

「お前が浪速の治癒師――サコンか」

「ちゃうわ! ゴンザやゴンザ!! 結構惜しいけどウコンはおらんで~」

「随分と洋風な名前なこって、その関西弁も似非だろ?」

「せやで。でもこの口調の方がほら、ウケ取りやすいやろ? コミュ力上げてかんとMMOはやってけんて」

「後半については同意してやらぁ。アリスだ、今日一日頼む」


 浪速の治癒師ゴンザ。

 その口調とは裏腹にプレイスタイルはかなりタイトだ。

 慎重かつ冷静、決して乱れない統率の裏にはこいつの活躍がある。


 フェイズ2に移行したものの、今日の狩りで魔法騎士の手の内を晒す訳にはいかねぇ。

 特にゴンザには気を配って動かねぇとな。


 俺の思惑なんぞ知らないゴンザは俺に耳打ちをしてくる。


「そうじゃないでぇ、アリスさん。ここはウケ取りに行かなアカンやろ。盛大にボケかます自己紹介頼むで?」

「えぇ……この空気で? ガチ勢に喧嘩売るようなもんじゃん、やだよ」

「だからこそ、や。皆ピリピリしとんのはアリスさん、アンタが参加するからや。少しは協力してぇな」

「……しょうがねぇな」


 そんな風に言われれば嫌とは言えん。

 俺は準備する渡り鳥一行の近くまで行き深呼吸をした。


 ア、ア、あー。あ、よし。久々で緊張するな。


「アリスです。魔法騎士としてサブタンクで参加させていただきます。まだ拙いところもありますが、今日は渡り鳥さん達の胸を借りるつもりで頑張って痛ぇ!」

「変な猿芝居はすんなって言ったろうがアリス! 俺の仲間を毒牙にかけようとすんじゃねぇ!!」

「だからって後ろから殴ることねぇだろうがええぇ!? 渡り鳥じゃ臨時メンバーを殴りつけんのが流儀か!」

「ちっ、ゴンザ! お前かこのバカに入れ知恵したのは? お前までふざけるな、アホ!」

「ひぇ、こっちまで飛び火かいな! しっかりボケてぇなアリスさ~ん!」


 ヤマタケに追われるゴンザ。

 俺は殴りつけられた後頭部を擦りながらメンバーを見やる。

 バカ二人の追いかけっこを見て失笑を漏らす面々、どうやら張り詰めた空気は解消できたようで。


 廃人ギルドといっても種類は多様だ。

 ストイックに戦果だけを見据えてプレイするギルドもあれば、和気あいあいとした雰囲気で望むギルドもある。


 意外と勘違いしてる初心者もいるが、渡り鳥は後者に寄ってんのか?


 談笑も混じり始めた時、1人のプレイヤーが重い腰を上げ、1人門から出て行った。

 全身鎧で身を包み、頭部すらもフルフェイス使用の頑丈な装備。


「あ、待ってなミハエル! ほれみぃマスターがアホやらすから先行ってしまったで」

「お前が言うな。皆、準備出来たな? そろそろ行くぞ!」



 アレがオルブリ七不思議に数えられるプレイヤー、ミハエル。

 ただの一度もその素顔を見たことは無いと言われる男だ。

 それはつまり戦い中、クリティカルヒットを一度も貰ったことが無いわけで。

 騎士最強の名をジルヴァナスと奪い合う程の卓越した技量の持ち主として注目されている。


 掲示板じゃ色々噂があって、ベータ時代に起きたブサイクオーク誤認検挙事件があったことから兜を外せないんじゃないかというのが通説だ。

 有志が兜を何とか脱がそうと試みたらしいが、一度も取れやしねぇと掲示板でぶうたれていた。

 そのことから、ミハエルは裏ではこう呼ばれている。

 顔ブー聖騎士ミハエルと。




「俺のパーティは目標地点まで移動しながらの狩りだ。他のパーティは各自ノルマの達成を頼む」

「何だ、俺達も作業じゃねぇのか?」

「あのな、何でも屋。俺のパーティはレイドに参加するんだから、連携やらお前の力量を見なきゃいけないんだよ。ただ作業ハントしたって、分かんないだろ」

「ちっ、わぁったよリーダー様」


 ブブラッドとクラウディアの中間で、他のギルドメンバーと別れ8人になる。

 俺、ヤマタケ、ゴンザにミハエル。他4名は次のレイドに参加するのでどうやら別行動らしい。


 クソ、せっかく強いメンバーなんだから普段手に入りにくいアイテムでも取りに行って山分けしてもらえると思ってたのによぉ。


 俺は心の中で悪態を吐きながらも先頭を歩くミハエルに付いて行く。

 8人パーティの基本的な陣形として、戦闘にメインタンクを置き、次にサブタンク、ダメージディーラー、ヒーラーと縦列陣で進んでいくのが主流だ。

 正面は言わずもがな、左右はダメージディーラーやヒーラーが見張り敵を見つけ次第陣形を変更する。

 騎士系にはヘイトを集めるスキルがあるので、柔軟に対応できるこの陣形が一番ラクってわけ。


 そうこうしてる内にモンスターが5体現れる。

 ザコMOBなので、そう手間でもない。


「クロウタイガー5! 来るぞ!」

「分かってる!」


 ヤマタケの掛け声に合わせ皆動き始める。

 俺とミハエルが真っ先に駆けて行きクロウタイガーと接敵する。

 ヤマタケ達ダメージディーラーはそれに追従し既に準備万端だ。


「……3:2」

「了解」

「ミハエルに3、何でも屋は俺がつく。ヒーラーはマンツーマンだ!!」


 短い合図でミハエルが真ん中から右の3体のタゲを取り横に広がる。

 同時に俺も2体に怒りの錨を使ってタゲを取った。


 3:2ってのはメインタンクであるミハエルが3体対応し、2体を俺が受け持つという事だ。

 わざわざ全部言ってたらキリがないので、ある程度慣れてるメンバーなら短くそれに合わせる。


 俺はタイガー達の後ろへと回り斬りかかる。

 ダメージを食らいながらもクロウタイガーは怯まず、その敵意をこちらへぶつける。

 4つの前足を剣一本じゃ受け切れない俺は魔装盾を出し防御。

 チラリと横を見やると、ミハエルも3体の攻撃をキレイに往なしていた。


「らぁッ、砕月!」


 俺とミハエルが敵のヘイトを稼ぎ、その隙にダメージディーラーがクロウタイガーを攻撃する。

 ヤマタケが俺の受け持つ2体に攻撃してるが、やはりと言ってはなんだがおかしい。

 向こうは3人がかりで3体に対応してるってのに、ヤマタケの方が明らかにDPSが出ている。

 結局、ヤマタケが2体を倒す方が早く先に片付いた俺とヤマタケがミハエルの方に加勢し殲滅した。


「っと、5体ならこんなもんか。ちゃんとヘイト管理はできるみたいだな、何でも屋」

「誰に物言ってやがる。それにここは俺もよく行く所だ、初見でもねぇ雑魚MOB相手に遅れを取るかっての」


 正直に言うとヤマタケのDPSが高すぎてヘイトが移りかけたが、その前に殺しきってくれたってのが本音。


 その後も道中で狩りを続けながら2時間、クラウディアを迂回し俺にとっちゃ未知の領域へと入った辺りで、ヤマタケが声を上げた。


「よし、10分休憩だ!」


 フィールドには幾つか安置ポイントが存在し、そこでは敵が湧いてこない。

 広く開けた場所で皆腰を落ち着かせると、身体を休ませがてら談笑に花を咲かせた。


 実際の身体が疲れているわけじゃないが、精神的にはどうしたって疲れる。

 そのため休息をこまめに取りながらじゃなきゃ長時間の狩りはできねぇ。

 休み時は休む、戦うときは戦う。

 切り替えが大事というこった。


 俺もその辺の岩に座りナイフを弄って遊ぶ。

 周りを観察し、誰をターゲットにするか品定めを始めた。


 何も言われたとおり、俺はロハでギルドハントに参加したワケじゃない。

 当たり前だよなぁ?

 んな奉仕精神は駅前の募金箱に置いてきた。

 ヤマタケが実利でと言ったように俺にも目的があってギルドハントに参加している。


 新たな貢ストを探すためだ。

 渡り鳥内部にも1人貢ぎストは確保しておきてぇ。

 幸いヤマタケの方針で、渡り鳥には男キャラしかいない。

 女キャラが入ったせいでギルドが潰れるなんざ、よくあることだ。

 それを回避するにゃあ確かにそれが一番なんだが……俺にとっちゃネギ背負ったカモがナベ持って歩いているようなもんだ。


 1人孤立しているプレイヤーに狙いを定め、俺は算段を立てながら近寄った。


「よぉミハエル、隣いいか?」

「…………」

「じゃ、隣失礼」

「何も言ってない」

「何だよ、ダメなのか?」

「…………」


 先の出門口でも少し周りから浮いていたミハエル。

 口数が少なく、顔も見えないから交友が少ないってとこか?

 鎧を着込んでるせいか随分と難いがよく見えるその容姿とは裏腹に、声は少し高い。

 まだ若いプレイヤー……なら、付け入る隙はいくらでもある。

 幸い、タンク同士だ。

 共通の話題ってのは交友を深めるのに使える。


「まぁいいじゃねぇか。タンク同士仲良くしようぜ?」

「…………」

「まだほんの少ししか一緒にやってねぇけど、お前とは上手くやってけそうだからな」

「…………」

「……いいよな、あいつらダメージディーラーは呑気でよ」


 ピクッと、ミハエルの鎧が反応する。

 先程まで俺の方すら見ようとしなかったミハエルが少しだけ俺の方を向き、ジッと俺の顔を覗き込んでくる。

 フルフェイスってこともありその双眸を見つめ返す事は出来ないが、確かに俺の顔を捉えているのは分かった。


「近頃じゃMMORPGの華はダメージディーラーだと、どのゲームでも言われてる。人口数が物語ってるな。オルブリでも半数がダメージディーラーで、野良パの募集じゃ溢れかえってるくらいだ。だが――」

「…………だが?」

「俺は、タンクこそが主役だと思ってる。お前はどうだ?」

「……私は」

「盾役、殴られ役……損な役回り、そう思ってるか?」


 タンクをやりたがる奴はそういない。

 ダメージディーラーは派手で敵を倒すのに重要な役割だと俺も思っている。

 それと同じくらい、タンクの扱いはぞんざいなもんだ。

 自分から殴られたがる奴なんざ、マゾくらい。

 誰もが敵を倒したい。

 それでもタンクは必要だから、誰かがハズレクジを引く事になる。


 秘密の花園のネネモネがそれだ。

 女ってのは後衛職……魔術師や弓兵、ヒーラーを好む傾向がある。

 だからネネモネは仕方なく妥協案として魔法も使える魔法騎士を選んだ。

 今となっちゃ勝ち組! とか言って喜んでやがるが、ベータ時代にゃまだ魔法騎士は存在せずフラストレーションを溜めてたらしい。


「俺はそう思わない。あいつらが活躍出来てるのは俺たちタンクのおかげだ」

「…………」

「敵の攻撃を把握し、的確に対応。ダメージディーラーが攻撃を食らわないよう立ちまわる。それが出来んのは、タンクだけだ」

「……そう、だな」

「だろぉ? 俺達が完璧な仕事をしたのに負けたってなりゃ、そりゃタンクのせいじゃねぇ。ダメージディーラーが下手くそだっただけだ」

「ああ。……私はタンクが好きだ」

「俺もだ。これ以上最高にMMORPGをやってるって実感できるクラスはねぇ」


 俺は立ち上がってスカートを手で払う。


 いい感じか? いけそうか?

 手応えはある、少なくとも最初よりも好感度は稼いだはずだ。


「ミハエル。俺はお前と上手くやってけそうだと思う。……お前はどうだ?」

「…………まだ、分からない」


 ミハエルは立ち上がると既に俺から視線を逸らしていた。


「……それはこれからのお前次第だ、アリス」

「そうかい。んじゃアピールしておかねぇとな」

「――時間だ、出発するぞ!」


 ヤマタケの元へ歩く俺とミハエル。

 前を歩くミハエルの表情は伺えないが、俺は確かな実感に口の端をつりあげた。


 クク。

 まだ分かんねぇ? なにぬるいこと言ってんだよ。

 お前が自覚してるかしらねぇが、お前は既に俺を認め始めてるさ。

 アリス……ようやく名前を呼んでくれたな?

 クハハ、決めた。

 こいつは俺の貢ぎストにする。

 何が何でも落とすぜ? ミハエルよぉ。


「なに笑ってんだ何でも屋、気持ち悪いな。もうすぐ目標地点だ」

「そういや目標地点ってどこだよ」


 ヤマタケは俺へと振り向き薄暗い森を指差す。

 まだ要領を得ない俺に、ヤマタケは含みのある笑みを浮かべると静かにこうつぶやいた。


「帰らずの森。そこで眠るレイドモンスター、黒森竜フォレノワルだ」

今後の更新は21時に行います。

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