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漢の中の漢、女の中の女、その名は

 アイオーンに着いた俺達は腹ごしらえ後、ジルヴァナス率いる貢ぎスト達と別れた。


「別れたんだが……、なんでお前ここにいるんだ?」

「ふ、ふん! アンタが言ったんでしょ、何でも屋。仕方ないから付いて来てあげたんじゃない」

「いや、あれぇ? 俺、なんかカッコよく締めたつもりだったんだけど……あれぇ?」


 当然の様に俺とディーネに付いてくるゆりっぺがそこには居た。

 いや、なんかディーネと仲良く話してるし。

 あれぇ……?


「そんな事言って、私の事好きなんでしょ? わかってるってば!」

「えぇ……。ゆりっぺさん? なんかキャラ変わってないすか?」

「もう、素直じゃないんだから」

「そうですアリスさん、ゆりっぺさんこんなに可愛いんですから仲良くしましょうです!」


 キャッキャふふふ、女も三人集まればなんとやら。

 いや、中身全員男なんだろうけどさ。

 ……まぁ、いいや。


 アイオーンは初心者の街だ。

 新規プレイヤーはここからスタートするし、下地ができていないプレイヤーはここで力を貯める。

 だってのに、ベータテストが始まった時プレイヤーは皆混乱に陥っていた。

 チュートリアルがない。

 それはつまり、この世界での勝手を誰も知らないということだ。

 全員が手探りの中スタートし、模索し、その結果生まれたのが今のアイオーンだ。


「それで、どこ向かってんのよ?」

「ゆりっぺ、これから行く所じゃ変なことすんなよ。武器はインベントリに仕舞え、ディーネもな」

「あの、アリスさん? 美容院に行くって話じゃ……」

「ん、その通りなんだが……まぁ、行けば分からぁ」

 

 どんな街にでも居つくプレイヤーはいる。

 例えばブブラッドにいるデュベルとか。

 あいつの鍛冶屋としての技術はトップクラスだ。

 それなのになんでかブブラッドに留まって店まで開いている。


 これからいく美容院を開いているプレイヤーもその1人で、オルブリを始めたばかりの新規プレイヤーの支援のためにアイオーンに残っている人徳の持ち主だ。


 俺も何度か世話になっているし、このゲームをプレイしていてその人に頭が上がる奴なんぞいない。


 プライベートルームが立ち並ぶ市街、その奥に位置する一際大きいドギツイピンクの一軒家。

 美容院ロアの目印だ。

 俺は深呼吸を一つすると、勢い良く扉を開いた。

 90年代のジャズが流れる店内は、外のピンク色から想像できないほど落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「ロアさん、ご無沙汰しています」

「あらぁ! アリスちゃんじゃなぁい! 久しぶりねぇ」

「すいません、中々顔が出せず……。ほら、二人とも挨拶しろ」

「ディーネです! よろしくお願いしますです!」

「ゆりっぺ……です。よろしく……お願いします」

「あらぁ、新人さん? 可愛いわねぇ、ほら皆座って座って」


 ロアさんに促されるまま全員スタイリングチェアに座る。

 ウキウキのロアさんはそのまま荷物をとってくると言って奥の部屋へと姿を消した。


「ちょ、ちょっと何でも屋。何よあのゴリ――」

「それ以上は寄せよゆりっぺ、いくら俺でも庇いきれねぇ」

「アンタが丁寧語を使うなんてあの人何者よ……」

「すごい方ですねアリスさん! クラスはモンクですかね?」

「ディーネ、お前のそういう素直な所は長所だけど今は言うな」


 散髪屋ロア。

 本人は散髪屋という二つ名が気に入っていないらしいが、ベータ時代に打ち立てた功績は数知れない。

 攻略、戦闘といった面で抜きん出ていたのがヤマタケとすると、ロアさんはこの世界に秩序をもたらした裏方のプレイヤーだ。

 純生産職をまとめ上げこの世界で基盤を作ったと言っても過言ではない。


 その、身体がゴツいとか、口調がオネェ系とか、そういった外見がユニークな人ではあるが。

 漢の中の漢、女の中の女、俺が尊敬するプレイヤーだ。


 ドタドタと戻ってきたロアさんは櫛を取り出すと俺の髪を解きながら嬉しそうに話す。


「今日はどんな感じにするかしら? 他の娘達もヘアメイクするんでしょう?」

「え? 私達もです?」

「遠慮するな、ディーネ、ゆりっぺ。ここは俺が持つから、好きな髪型にしてもらえ」


 台に置いてあったカタログを渡すと、ディーネとゆりっぺは考えこむとあれがいいこれがいいと悩み始める。

 髪型ってのは一番キャラメイクで気を使うところだからな。

 一番人に見られやすい部分は抜かり無くメイクしなきゃいけない。

 俺はたまの気分がてらにここに来てはロアさんに髪を直してもらっている。

 何でもロアさんは現実でも美容師をやっているらしく、その腕は一流だ。


「すいませんロアさん、騒がしくて」

「いいのいいの! 大切な髪だもの、女の魅力を決める重要なファクターよ」

「……その、この2人はまだ慣れてない部分もあるので、よかったら気にかけておいて下さい」

「分かったわ。……あの娘、まだ戻ってきてないようね」

「……おそらく、もうこの世界に戻ってくることはないでしょう」


 ベータテストの際、ある事件が起きた。

 その結果1人のプレイヤーが引退し、残ったのは後味の悪い結末だけ。

 それを纏めてくれたロアさんに、俺は足を向けて寝られないでいる。


「さて! 暗い話はここまでにして、アリスちゃんはどうする?」

「うーん……そうですね。大分伸びてきたんで、一思いにバッサリいっちゃってください」

「いいの? せっかく綺麗な黒色のロングヘアーなのに……」

「ちょっと動きやすくしたいので。華はあるんですが、プレイに影響があるのも何ですからね」


 ロアさんが俺の髪にハサミを入れていく。

 オルブリじゃ髪は伸びる。

 男キャラなら髭も生えてくるし、プレイ時間に応じてキャラの外見に変化が起きるようになっている。

 なので大抵のプレイヤーは自分でバッサリやるか、システムでやってくれるNPCの美容院へ行くか、ロアさんの様なプレイヤーに頼むこともしばしばある。


 よくポニーテール萌え、という言葉を聞くだろ?

 あれも細分化すると短いテールが好きなのか、腰まである長いテールが好きなのか分かれていて、好みは十人十色。千差万別だ。

 俺がロングヘアーにしていたのは動いた時髪も一緒に舞うという一点に着眼点を置いていた。

 それだけ人の目を引きつけられるし、戦いに華がある。


 流石にちょっと長くなりすぎたんで切ることにしたが、囲い達の好みに合わせて切るのも一興だろう。


 なんて物思いに耽っていると、扉に備え付けられたベルが鳴った。

 来客かと思い鏡越しに入り口の方を見やる。

 そこに居たのはヤマタケだった。


「ここに何でも屋がいるって聞いたんだが……って、なに髪切ってんだ何でも屋」

「バッ、ヤマタケ、逃げ――」


 俺が言い終わるよりも早く、ロアさんは手にしたハサミをホルスターに仕舞いヤマタケ目掛け走りだす。

 2メートル近くあるロアさんが立ちふさがりヤマタケの姿が見えなくなった瞬間、鈍い音が辺りに響いた。

 

 あいつ、知らないでここに来たのかよ……。


「ちょ、何今の音!?」

「美容院で聞こえていい音じゃないです……」

「はぁ……、お前らはここで待ってろ。俺が話に行く」


 まだ切り途中の髪をそのままに、俺は席を立つと店を出た。

 道のど真ん中で蹲るヤマタケ、その前には仁王立ちするロアさんの姿があった。


 いや、貫禄ありすぎだろ。

 ラ○ウみたいなオーラが見えるもんよ、生物的に勝てねぇよあんなん。


「お客様、当店は女性限定でございます。また、武器の携帯は禁止していますので以後このような事がないよう、お願いします」

「うぐ、しまった……散髪屋のぎゅえぇ!」

「『美容院』ロアを今後ともよろしくお願いします」


 フンと鼻息荒くまくし立てたロアさんは店内へ戻っていく。

 俺は先に2人のメイクを頼むと、倒れこんだヤマタケへ笑いながら歩み寄った。


「おーおー最強、お前ロアさんがこの街にいることくらい知ってんだろ」

「なんだ、あの筋力ストロング。敏捷性も並じゃねぇぞ……」

「ばっかお前、ロアさんはアレだから。存在自体がお前の上位互換だから。何地雷踏み抜いてんだこのバカ」

「迂闊だった……。ドギツイピンクのプライベートルームで予想しておくべきだったぜ」


 こいつの場合正式サービス開始直後にスタートダッシュ決めたからロクにアイオーンについて知らないんだろうけどな。

 それはさておき。


「で? 俺になんか用か? 再戦の申し込みならまた今度にしろよ」

「なんで俺がお前に再戦を要求すんだよ……まぁいい。話すと長くなるから、俺は街の酒場で待ってる。ていうかしばらくここには近づきたくない」

「懸命なこって、じゃあ後で行くからな」


 ヨロヨロと立ち上がったヤマタケは来た道を戻っていく。

 その敗者の後ろ姿に気分を良くした俺はロアさんに感謝しながら店へと戻った。



 小一時間して、3人分のヘアメイクが終了する。

 割りと早く終わるのがゲームのいいところだが、作業が簡略化されていて物足りないというのはロアさんの談。


「はい、完成っと! う~ん、可愛くなったわね皆!」

「ありがとうございました、ロアさん。これ、お代です」


 俺は代金をロアさんに渡しながら、ディーネとゆりっぺの出来栄えを見てみる。

 ディーネはツインテールにした様で、馬鹿みたいに動きまわって追従する2つの尻尾に喜びはしゃいでいる。

 ユリッペはというとポニーテールからサイドアップテールに代わり、少しだけオシャレ度が上がった。テンプレ、侮りがたし。


「二人とも似合ってんじゃん。自分磨きは成功したな」

「そ、そう? まぁ私は元から可愛いから当然よ!」

「えへへ、アリスさんも可愛いです!」

「そうそう。最近始めたんだけど、ウチでメイクした娘たちの写真をお店に飾ってるのよ。よかったらアリスちゃんたちも1枚どうかしら?」

「ええ、構いませんよ。むしろどこで切っているか宣伝します」

「あら本当? じゃあ皆並んで並んで!」


 ロアさんがコンソールを操作してスクリーンショットを取る。

 うーん、こうして並んでみると皆美少女なんだが……ときめかねぇ。

 ネカマは心が擦れる。いつの日か夢見た両手に花も、今ではどこか擦れた感情が押し寄せるばかりだ。


「オッケーよぉ、アリスちゃんにあとで送っておくから確認しておいてね」

「それではロアさん、また来ます」


 ロアさんの店を出て酒場へと向かう。

 後ろで互いの髪を弄るディーネとゆりっぺ。

 いやほんと、いつの間にこんな仲良くなってんの。


「で、今からヤマタケのとこ向かうんだけど……お前らどうする?」

「私は特に用事がないので付いていこうかと思うんですけど……」

「右に同じね。というか、アンタが軍門に下れとか言うから来たんじゃない」

「あそう、まぁPK沙汰にはならんだろうけど。一応用心だけはしとけよ……と、ここだな」


 酒場に入ると異様な静けさが場を支配していた。

 いくら昼間とはいえ酒場がこんな静かになるなんて早々無い。

 辺りを見回してみると、真ん中のテーブルの辺りを避けるように他のプレイヤー達は佇んでいた。

 そのテーブルには既に4人座っており、皆剣呑な雰囲気を醸し出している。

 そこにいる全員と面識がある俺としては居た堪れない気持ちになり、直ぐ様踵を返したが時既に遅し、声をかけられた。


「おい何でも屋! こっちだこっち!」


 ほんと空気読めねぇなヤマタケ。少しは協調性を高めろよ。


 諦めた俺は大人しくヤマタケたちがいるテーブルにつくのだった。


「……それで、攻略組トップ3のギルドマスター達が俺に何の用だ?」

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