姫プレイに成長はない
「見つけたわよ、何でも屋!」
連中がサッと左右に別れると女キャラが声を張り上げ俺の前で仁王立ちする。
どうも奴さんは俺の事を知っているらしいが、あいにく俺はこのキャラを覚えていない。
というか、女キャラの顔をいちいち覚えるのは時間の無駄だ。
「あー……誰?」
「しらばっくれないでよね! ゆりっぺよ、ゆりっぺ!」
「いや名前言われても分かんねぇっての。それで? 同業者自ら俺に会いにくるってのはどういった要件だ?」
「あんた、私の大事な男をとったでしょ! 証拠は抑えてあるんだから!」
うるせぇ、この距離でそんな大声ださんでも聞こえるっての。
はてしかし、大事な男……つまりこいつの囲いをとったとかなんとか。
俺はとりあえず最近声をかけた、あるいは声をかけられた男キャラを思い出す。
ちょっと心当たりが多すぎたんで開き直ることにした。
「仮に俺がお前の囲いを奪ったとしてだな? 俺は悪くないと思うんだがそこんとこどーなんだ?」
「小学校で習ったでしょ! 人のモノはとっちゃダメって、バカでもわかるじゃない」
「いやいやいや、ゆりっぺさんとやら。いや、ゆりっぺ、それは違うぜ。俺は別に無理やりお前の囲いを奪ってなんかいねぇ」
「じゃあ! なんで! 私の事可愛い可愛いってずっとメッセージ飛ばしてた男と急に連絡が途絶えるのよ!?」
あ、こいつアレだ。
真性の姫プレイヤーだ。
今時珍しい……ディーネを希少種とするならこのゆりっぺは珍種だろう。
信じられんくらい憤慨し今にも地団駄を踏みそうなゆりっぺ。
その取り巻きである囲い達は何とか宥めようといそいそと行動し始める。
姫プレイヤーってのは文字通りだ。
守ってもらいたい、チヤホヤされたい。そういった欲求が強すぎるネカマはこういったワガママなプレイヤーになる。
これの何が問題って、それなりに需要があるところだろう。
こういうワガママな女キャラを守ってあげたい、なんて意味がわかんねぇ庇護欲に駆られた哀れな男プレイヤー達は喜んで囲う。
ゆりっぺがブサイクならともかく、この世界じゃ男も女も美形だ。
可愛けりゃ多少ワガママでもなんとかなる。
そういった環境がこういう姫プレイヤーを生む。
「てめーの囲いのヒモくらいキチっと握っとけっての。悪いがな、囲いに逃げられたのは俺のせいじゃねぇ、お前のせいだ」
「なっ……!」
俺に飛びかかろうとするゆりっぺ。
それを必死に押さえ込んでいる囲い達、迷惑をかけるね。
「ゆりっぺ、お前は可愛いよ。認めてやる。口調も活発な女の子を彷彿させて、髪色もベターに赤色。ポニーテールってのもいいな、男ウケしやすい髪型だ。諸々の設定も踏まえてお前は可愛い……が、それだけだ」
「は……?」
「それだけなんだよ。お前程度の女、この世界じゃごまんといる。あくまでテンプレートから逸脱しない可愛さ、言っちまえば没個性なんだよ」
「そ、それとアンタが囲いを奪った事、何が関係あんのよ!」
「ん……そうだな。おい、ゆりっぺの囲いのあんた」
俺はゆりっぺを取り押さえる1人の囲いを指さす。
「え? 俺?」
「そうあんた、俺を見てどう思った? 率直な感想でいい」
「……あんまり好みじゃない、です」
「その通り、俺ぁあんたの好みに合わせてキャラメイクをしていねぇからな」
未だ要領を得ていないゆりっぺはキョトンとした表情を浮かべる。
俺は挑発も込めて笑いながらゆりっぺの眼前まで歩きそのデコッパチを小突いた。
「俺は世界で一番可愛いキャラを作った。それは決して万人受けするキャラじゃねぇだろうな。だが、一部の男には絶大な支持を得られるキャラだ」
「どういう――」
「まだ分かんねぇかテンプレ美少女。お前の元から去った囲いは、お前より俺の方が好みだった。それだけだ」
「そんなワケないじゃない! アンタだって私の事可愛いって言ったでしょ!?」
「ああ言ったよゆりっぺ、お前は可愛い。でもな、そんなテンプレートなキャラ飽きるんだわ」
「あ、飽き? え、ちょっと、何言って……?」
「おそらくお前を見てブサイクだなんてほざく奴はいねぇ、断言してやる。だがお前が一番可愛いっていう奴はほんの僅か……ちょうど今お前が連れている囲い達ぐらいだ。飽きるんだよお前の顔は、その辺に平積みされてるラノベのサブヒロインにでもいそうな顔って言ったら分かるか?」
返事はない。
俯き身体を震わすゆりっぺが今どんな顔をしているのか想像に難くない。
よく勘違いしたキャラメイクをするネカマがいる。
とりあえず可愛ければ男がよってくると思ってテンプレート美少女を作ってしまうタイプ……ゆりっぺがソレだ。
それは間違いじゃない……が、正解でもねぇ。
確かに男は寄ってくるだろう。
可愛ければ男はホイホイ囲おうとする。
仮に100人男プレイヤーがいたとしよう。
この世界じゃ美少女なんてのはデフォルト、万人が可愛いと思えるキャラなんて誰でも作れる。
その100人の内何人かの世界で一番可愛いキャラになるには尖ったキャラメイクをするしかないんだ。
100人全員が可愛いと思うキャラより、20人が世界で一番可愛いと思ったキャラの方が、最終的に囲いが多い。
如何にテンプレートから逸脱して囲いを増やせるか、それがネカマの永遠の問題だ。
「もう、いい……」
「あぁん?」
囲い達を振りほどきヨロヨロと立つゆりっぺ。
顔を上げたゆりっぺの目には確かなドス黒い感情が見て取れた。
「アンタをこの世界から消す、そうすれば私は幸せなままよ……!」
「はぁ? おいおい、挙句責任転嫁かよ。俺の言ったこと聞いてなかったんですかぁ?」
「二度とログインしたくなくなるぐらい永遠とリスキルする。昨日ヤマタケとやり合って弱っている今アンタを引退させるわ、何でも屋」
あだめだこりゃ、マジで人の話聞いてねぇ。
杖を掲げ距離を取るゆりっぺ、それに合わせ囲い達も各々武器を構える。
俺はディーネに下がれと指示してため息をついた。
「出来ればもう少しカッコいい師匠を演じていたかったんだけどな――『集合』」
俺が言うと同時に5人のプレイヤーが瞬時に現れる。
俺の貢ぎスト達だ。
ジルヴァナス率いる俺の貢ぎスト上位5名、こいつらと俺は結婚している。
結婚すると色々と特典があるが、その一つに番がいる場所まで瞬間移動できる機能がある。
つまり、俺は5人の男と結婚していた。
一妻多夫、ゲームならではだね。
「悪いなお前ら。レイド前で忙しいだろうに」
「気にしないでよ。リーチェに呼ばれればすぐにでも駆けつけるさ」
「今度何か埋め合わせる――ジルヴァナスはディーネの護衛、後はゆりっぺの囲いを殺れ」
「「委細承知」」
俺の囲いが飛び出すと同時にゆりっぺ陣営も動きを見せる。
囲い同士が戦う中、ゆりっぺは詠唱し魔法を展開した。
「『過重展開』――本気で行くわよ、何でも屋」
「あぁん? スキル? ……意味分かってやってるんだろなぁゆりっぺ?」
過重展開……魔術師系のスキル。
MPがロックされる代わりに魔法をストックできるスキルで、複数の魔法を同時に使うことが可能になる。
対人ではほぼ必須のスキル……だがそれは、何でもあり(バーリトゥード)でやるという合図だ。
昨日俺がヤマタケとやったのは決闘、スキル無しで互いのプレイヤースキルのみで戦う方法だ。
本気で殺す気が無ければスキルは使用しない。
スキルを使っての決闘は文字通り、殺し合いだ。
「言ったでしょ! 殺すって!」
「ハッハァ! いいねぇその感じ、今のお前のほうがよっぽど好感度高いぜ? ヤンデレ路線のがモテるんじゃねぇかぁ!!」
俺はナイフを取り出しながら駆け出す。
魔術師相手には距離を詰めなけりゃ話にならない。
通常魔術師系クラスと騎士系クラスが戦う場合、距離によってダイアグラムは変動する。
如何に騎士は間合いを詰められるか、逆に魔術師は間合いをどれだけ取り続けられるかが勝負だ。
「降り注ぐ氷晶、神の嘆きは礫となる――アイシクルレイン!」
空中に巨大な魔法陣が展開され周囲に降るこぶし大の氷。
俺は頭上目掛けナイフを投擲し回避しながらも走り続ける。
「――Chain――二重展開、フレアフレシア!」
「っ、甘いんだよぉ! 魔装盾、『バックファイア』!」
眼前に迫り来る巨大な炎の花。
速度が遅い分当たれば致命傷になりかねないと見た俺は、咄嗟に魔装盾を出現させ投げつける。
「くっ、なんでステータスが落ちてるのにっ!」
「なんでかだって? お前姫プレイヤーだからぁ!!」
再度詠唱を始めるゆりっぺ、だが遅い。
すでに長剣のリーチ範囲だ。
「らぁぁあああっ!」
「ぐっ! 気まぐれな漂流、揺蕩う世界の旅人――シルフウィンド!」
「逃がすかぁ! 怒りの錨!!」
杖で受けたゆりっぺは距離を取り直そうと慌てて風魔法で後方へ下がっていく。
それに合わせ俺はバッグホルスターに仕舞っていた8本のナイフを投擲。
空中で姿勢制御しているゆりっぺには避けられない。
「――Chain――二重展開、シルフウィング!!」
「二重展開……だが甘ぇ。――Chain――『蜘蛛の八つ檻』」
「なっ……!」
軌道変更したゆりっぺを追従するナイフ。
そのナイフの鋲には糸が括りつけられており、俺の指に結んである。
魔法の効果が消えたユリッペは糸に寄って拘束された。
「何したのよ! 解きなさいよこれ!」
「嫌だよお前、解いたら俺を殺そうとするじゃん」
蜘蛛の八つ檻、魔法騎士クラスのスキル。
対象を捕縛し、しばらく動けない状態にする。
このスキルを使うレッサースパイダーの糸は魔力を伝達し、自在に動かすことが可能だ。
その代わり使っている間MPを消費し続けるためそう長くは使えない。
わざわざ説明してやる義理もないので俺は捕縛したまま、ユリッペの前に立った。
辺りを見渡すとどうやら囲い達の方も勝負がついたようで既にユリッペの囲い達はこの場から消えていた。
まぁウチの上位5名はジルヴァナスは言わずもがな、他もそこそこ強い。
というか俺より強いから、まず一介の囲いじゃ歯がたたんよ。
「なぁゆりっぺ。お前さ、姫プレイなんてやってっから俺に負けるんだよ」
「ぐ……うるさい!」
「ステータスが落ち込んでる俺に負けたのは、お前が普段からロクに戦ってないからだ」
姫プレイに成長はない。
ただ狩りに付いていって経験値とアイテムをもらうだけ。
そこにプレイヤースキルの成長は含まれない。
仮にゆりっぺが今のレベルまでコツコツ自力でやってたんなら最初のうちに俺が負けてる。
「ふん、説教は終わった? なら、早く殺しなさいよ」
「え、嫌だけど。お前殺してもまた俺に突っかかってくるだろ?」
「当たり前じゃない! 絶対に許さないんだから!」
「オッケー、分かった。じゃあこうしよう、ゆりっぺ。俺の軍門に下れ」
「はぁ? 何言ってんのよ!」
「いや、真面目な話。お前このままだと囲い全員を失うぞ?」
姫プレイヤーの末路は酷い。
その性質上、囲いが離れていくことは多々ある。
無論、それでも付いてくる囲いはいるだろうが……今のままじゃ最悪の事態だってある。
俺がディーネを仲間にしようと思ったのはそれだけ多く囲えるからだ。
互いに男を奪わず共有できれば、それだけ生存権を得られる。
「俺の下につけ。ネカマプレイのイロハを教えてやる」
「何よ、上目線から物言って。アンタにつくくらいなら――」
「それはプライドか? なら捨てちまえ、ネカマにプライドはいらねぇ。必要なのは囲いだ。お前だって気づいてんだろ? お前を想っている囲いをこれ以上失いたくないなら、考えとけ」
俺は拘束を解いてゆりっぺに背を向ける。
未だ警戒を解かない貢ぎスト達を余所に、俺はディーネの元へと向かった。
「わりぃなディーネ、これが俺たちネカマだ」
「い、いえ……突然のことで何が何やら分かんなかったです」
「男を奪い合うしか生きていく方法がないからな。追々、お前にも分かることもあらぁな」
「リーチェ……彼女はあのままでいいのかい?」
「あん? いいよ別に、また襲ってきたらやるだけだ。姫プレイを辞めなきゃ勝てんよ」
「そう、リーチェがいいならいいよ」
「んじゃお前らありがとなー、飯でも奢るからアイオーンまで行こうぜ」
ネカマは争いながら生きていくしかない。
男プレイヤーの数だって有限だ。奪い争い、囲いを増やすには他のネカマを淘汰しなくちゃならねぇ。
その事にゆりっぺが気づけたのなら、いつか俺の元へ来るだろうと俺は一度だけ振り向き、アイオーンへと向かった。