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エリート攻略組と一般ネカマプレイヤーは多分相容れない

「おー邪魔するぞー」

「うわっ、アリスだ」

「うわってなんだよ失礼な」

「いや、アリスが現れたら誰だってうわって言いたくなるよ」


 工房で槌をカンカンと振り下ろす青年――デュベルはげんなりした様子で俺を見る。

 ここはデュベルのプライベートルーム、鍛冶屋デュベルの武具店。その奥にある工房だ。

 プレイヤーは街にある区画を購入することで自分の部屋を作ることができる。

 純生産職のデュベルは武具店を開き鍛冶プレイに勤しんでいる所だった。

 俺はデュベルの肩に手を回しグリグリと頭を押さえつけた。


「つれないこと言うなよぉデュベルぅ。俺とお前の仲じゃねぇか」

「そういうとこが嫌いなんだよ全く。ほら、特注の品なら出来てるよ」


 俺の手を払いのけたデュベルはナイフを投げやりに俺へ渡す。

 その出来栄えを確認しつつ俺はガーターベルトへと仕舞う。勿論自分のな。


「大体さ、くっついてくるなよ。お前男だろ?」

「数すくねぇ素で話せる男キャラのデュベルだからだっつの。貢ぎストにすらこんなことしねぇんだ。役得だな」

「そういうのが嫌でこのキャラでスタートしたんだけどなぁ……」


 デュベルは男キャラ……だが、中身は女だ。

 先にも語ったとおり女プレイヤーってのは男が群がる。

 それを嫌って女性プレイヤーが男キャラを使うのも何ら不思議ではない。その一例がデュベルってだけ。


「そのキャラ、控え目に言って美青年だからなぁ。見る奴によっちゃ女と見間違うくらいに」

「え……ホント?」

「お前掲示板みてる? 隠れファンがいるらしいぜ? まぁ性的趣向なんざ人それぞれだからな」

「えぇ……」


 落胆するように項垂れるデュベル、そういった仕草一つ一つが女臭いのも原因だが、言わぬが花だろう。隠れファンを敵に回したくない。

 デュベルに足りないのは思い切りだ。

 完全なおっさんにキャラメイクしてりゃあいいものを恥じらって女っぽさの残る美形にしたもんだから、こんな始末になる。

 大方女キャラは使いたくないが、完璧に男っぽくするのも気が引けたとかそんなとこだろう。

 俺を見習って欲しいもんだね。


「キャラメイクし直すなら構わんけどな。それはそうと追加でもう一本作ってくれ。これ代金と素材な」

「またぁ!? 一体何本作れば気が済むのさ」

「多くあるに越したことないだろ。俺にとっちゃ生命線なんだよ」

「街のNPCに頼んでよ、アリスとまた会いたくない」

「いや、あいつはちょっとキモい」


 オルブリのNPCはなんというか変なこだわりがある。

 というのも、通常のNPCは決まった台詞を言うだけだし、対応してないフレーズをNPCに投げかけても何言ってんだこいつみたいな眼で見てきて首を傾げるなんざ当たり前だ。

 だがオルブリのNPCに積んでるAI――人工知能はハッキリ言って街のNPCに積むレベルじゃない。

 俺が今根城にしている街の鍛冶屋、ガンデルコアは男キャラに武具を作らない。


 ありえねぇだろ。

 どこのゲームにプレイヤーに「武具を作らねぇ!」なんていうNPCがいるってんだ。

 必然的に男プレイヤーは鍛冶プレイをしているプレイヤーに頼らざるを得ない状況に追い込まれるなんて前代未聞だ。

 他にも衛兵がブサイクなキャラメイクをしたプレイヤーをオークと誤認し捕らえようとしたり、受付嬢が彼氏とデートに行ってクエストを受注できない等々。

 極めつけはチュートリアルがないことだ。

 初めてVRゲームをやるっていうプレイヤーならここで折れてる。


 誰だよこのゲームを一線級とか言い出したバカ。

 一線級は一線級でも悪い意味でだろ。


 ちなみに俺が鍛冶屋へ行くと、頭の先から足の先まで舐めるように視姦されて何を作るか聞いてくる。

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 俺はネカマなんてやってるが女が好きだ。

 そういった性癖を否定する気はないが俺は俺、余所は余所というわけで。

 ハゲヅラの厳ついおっさんが鼻の下を伸ばしたってちっとも嬉しかないね。


「なぁいいだろデュベル。俺はお前の事が気に入ってんだぜ? 気兼ねなく話せるプレイヤーってのはオンラインゲームにおいて必要不可欠だ。俺もお前も、色々都合がある。お前だってまんざらじゃねぇ筈だ」

「……まぁそうだけどさ」

「だろ? 俺は気持ち悪いNPCを相手にせず武器を作ってもらえる。お前は金をもらってスキルのレベルが上がる。ほら、一石二鳥だ」

「なーんか上手く丸め込まれた気がするんだけど……」


 ぶつくさ文句をたれながらもデュベルは金と素材を受け取る。

 素直ってのはいいね。

 またなと言って俺はデュベルのプライベートルームから出た。


「攻略組が帰ってきたぞー!」


 暇を潰しがてら街の市場を冷やかしていると、大声が聞こえてきた。

 その声に周囲のプレイヤーは皆、声のする方へと引き寄せられるように動き始める。


 オルブリは活動してからまだ1年にも満たない新規ゲームだ。

 故に攻略の最中でしばしば最前線から攻略組が帰還してくることがある。

 というのもスタート地点の街アイオーンからまだ3つ目の街までしか開放されていない為、行き来が簡単なのだ。

 俺が今いるブブラッド――2つ目の街に攻略組が帰ってくる場合、武器やら素材を流しに来る事が多い。

 攻略が進めば古い武器はいらなくなる。常に更新されればお古は用済みだ。

 それでも俺たち後発組からすれば過ぎた代物なんだが、安く譲ってくれるってんなら願ったり叶ったりってなわけで。

 俺も知り合いの顔を拝みに行くか。



「偵察部隊がレイド級を発見した」


 街の酒場を貸し切りにし集まった攻略組からの第一声に、この街を拠点にしているプレイヤー達からは歓声が上がった。

 レイド級ってのは多人数で攻略するボスモンスターの事で、通常4人程度でパーティを組んで戦うところをその10倍、40人で攻略が推奨されているモンスターの事だ。

 レイド級が落とすアイテムは希少で武具にはもちろん、様々な用途があるから参加出来れば一攫千金も夢じゃない。

 なによりレイド級が見つかったって事は、次の街までもうすぐということだ。


 オルブリは街と街の間に必ずレイド級を1体配置している。

 レイド級を倒さないと次の街は開放されないように設計されていて、これまでに2体のレイド級を狩っているというわけだ。


「今度の戦いはかなり厳しいと思う。希望するプレイヤーがいれば1週間後、俺たち攻略組に帯同しクラウディアへと来てレイドに参加してくれ。物品の受け渡し後、ここで会議を開くから希望するプレイヤーは残るように」


 その言葉を皮切りに素材の買い取りが行われ始める。

 後発プレイヤーも参加を検討する会話が聞こえてくる中、俺は隅っこを陣取る煤けたローブを羽織った男へと話しかけた。


「おうジルヴァナス、久しぶり」

「やぁリーチェ、今日も可愛いね」

「そのリーチェってのキモいからやめろ」

「リーチェが僕の事をジルと呼んでくれる様になったらやめるさ」


 ローブを脱いだジルヴァナスは白い歯を見せびらかす様に笑う。

 ジルヴァナスは俺の貢ぎスト筆頭――囲い(サイフ)だ。

 攻略に参加するギルド『番外の騎士団(ロストナンバーズ)』のギルドマスターで、俺に個人ルートから貢いでくれるプレイヤーの1人。

 俺の貢ぎスト中でもこのジルヴァナスは攻略組なのでかなり質の良い素材をくれる大変親切なやつだ。


「俺は平等主義でね。お前一人を特別扱いするなんてマネできねーよ」

「ふふ、そんなリーチェも僕は愛してるよ」

「ああ、俺も愛してるぜジルヴァナス。今回のレイドも期待している」


 この男だけでなく、俺は貢ぎスト全員を平等に扱っている。

 というのもそれを欠けば必ず不和が生じる。俺とではなく、他の貢ぎストとだ。

 それもありこいつの事もフルネームで呼んでるわけだが、こんな往来で愛を語らうのは正直恥ずかしい。

 いくら女キャラだからといってもこんな金髪のこってこってイケメンキャラが相手では分が悪い。


「任せてよ。そろそろ会議だし、行こうか」

「あ? 会議? 何だそりゃ」

「さっきの話聞いてなかったのかい? てっきり今回は参加するつもりで残ってるのかと思ったんだけど」


 なわけあるかい。

 なんで攻略しなくても手に入る素材をわざわざ攻略して手に入れにゃならんのだ。

 そんな心境ではあるものの既に酒場は賑わいを失い張り詰めた空気を醸し出している。

 俺はため息をついてジルヴァナスに手を引かれながらテーブルに着くのだった。


「おいお前」


 俺がテーブルに着くと同時に、怒気を潜めた声で男がコチラを見てきた。

 ヤマタケ――日本最強と謳われるプレイヤー。

 数多くのオンラインゲームで頂点に立ち、その度に他のゲームへと移っていくギルド『渡り鳥(フリーバード)』のギルドマスターだ。

 その類まれなるゲームセンスから常勝無敗タイトルホルダーの異名を持ち、その例から漏れずオルブリでも攻略組を率いている。


 俺の隣にいるジルヴァナスは元々ヤマタケの追っかけで、奴がゲームを移る度にその後を追いかけていた。詳しく聞いていないが、負けたのが悔しくして勝つためにやってたんだとか。

 今では俺の貢ぎストとして献身にプレイしているが、未だその確執は根強い。

 ここはいっちょ俺が仲裁に入ってやるか。

 ア、ア、あー。よし、調整オッケー。


「あ、あの、彼は私の友人ですし攻略組の1人なので会議に参加しても問題ないのでは?」

「違う。その男じゃない。お前だお前、なに当たり前の様にこのテーブルに着いてんだ」


 ヤマタケは鋭く俺を睨みつけてくる。

 そのうえ言外に出て行けとジェスチャーしてきた。

 え? 俺ぇ? いや、場違いなのは百も承知だけどなにこの扱い?

 流石にお前そりゃねぇだろうよええ最強さんよ。1プレイヤーとしてそれはなくない? ネカマに人権はないってか?


 俺は横で『殺る?』と視線を投げかけてくるジルヴァナスを止めてズイと前へ出た。


「私も参加しようと思って残っているんですが……ダメでしょうか?」

「気持ち悪い演技はやめろよ何でも屋(ボーダレス)。攻略組が掲示板みてないわけないだろうが」

「……はぁ、それで? なんで俺はダメなわけなんだ? ここには俺以外にも後発組がいるわけだが」


 ちっ、やっぱ掲示板みてるか。

 俺は掲示板の常連組――危険リストに名を連ねる1人だ。キャラの特徴なんかも書いてあるから分かる奴にはすぐにわかっちまう。

 掲示板は数少ない情報源の1つ。攻略組である廃人プレイヤーが見てないほうがおかしい。

 ここにいる後発組の何人かは俺がネカマと分かり数人はショックを受けた様子。

 対してなぜがドヤ顔のジルヴァナスは放置するとして。


「俺はネカマが大嫌いでな。ロクに実力もないくせに偉そうにするから嫌いなんだよ」

「個人的な感情で希望者をカットするなんざあんまり良いことじゃねぇな」

「……そうだな、悔しいが何でも屋の言う通りだ。すまん」


 一転して頭を下げるヤマタケ。実は良い奴かもしれない。

 そう思ったのも束の間、ヤマタケは腰に携帯する剣に手をかけた。


「じゃあこうしよう。俺に勝てたらレイドに参加させてやるよ、それでどうだ?」

「…………あ?」


 口調は比較的穏やかなまま、挑発的な眼差しで俺を見るヤマタケ。

 ――ソレぐらいの覚悟はあるよな? まさか逃げねぇよな?――そう、聞こえた気がした。


「表でろ最強、格の違いを教えてやる」

「上等だネカマ、その綺麗な顔ズタズタにしてやる」



 オルブリはPK――プレイヤーキルが可能だ。

 昔はPK禁止なんていうゲームもあったが、そんな行儀の良いゲームは廃れた結果、今では殆どのゲームでPKが可能になっている。

 道の真ん中で対峙する俺とヤマタケ。

 その周囲には何だなんだと興味を惹かれたプレイヤー達が円をなしていた。


「条件ぐらいは選ばせてやるよ。HP全損は嫌だろ? 一撃――いや、半分削った方が勝ちってのはどうだ?」

「なに腑抜けた事言ってんだ。そんな子供のママゴトやるわけないだろうよ」


 全損すればデスペナルティを課され、現実時間で丸一日レベル1相当のステータスになる。

 その為本気で殺す気が無ければ、ヤマタケの言うように途中でやめてしまうのが妥当だろう。

 だが俺にはどうしても気に食わない事があった。


「……へぇ、ネカマにしては随分と度胸があるんだな。初めてだぜ? 俺と全損までやりたいなんて言ったやつ」

「はん、口を開けばネカマネカマ。そんなにネカマが嫌いか?」

「ああ嫌いだな。今じゃ一目みりゃネカマが分かるくらいには嫌いだな」

「ははぁん? さてはお前、釣られた過去でもあるんだな?」


 無言で剣を構えるヤマタケ。

 睨みつけてくるその目は明らかに憎悪を孕んでいた。

 俺はその目を知っている。ネカマに騙され失意のどん底に落とされた奴の目。


「天下の常勝無敗サマがネット初心者ヌーブの時にネカマに騙されたなんざお笑い種だな?」

「……ネカマのお前に何が分かる?」

「さぁ? 俺は釣られたことなんざないし釣ったこともないからな。ただ一つだけ言えることがある」


 俺はナイフに手をかけながらニヤリと笑いかけた。


「ネトゲの女キャラは大体男ってことだ」

 


 その言葉が決闘の合図となりヤマタケがコチラへ駆け出す。

 ソレに合わせ俺は投げナイフを2本ヤマタケ目掛け投げた。

 一閃で斬って落としヒラリと躱す。追加で投げるが臆した様子を見せない。


 振り下ろされる長剣に合わせコチラも長剣で受ける。

 攻略組のヤマタケとはステータスの違いが如実に出てくる。鍔迫り合いなんてしようものならそのまま押し切られるほど重い一撃。

 弾けるように後方へ退いた俺は間合いを取るためナイフを再度投げる。


 ヤマタケは典型的な戦士タイプ、タンク……それも避けタンクビルドの俺じゃ数合打ち合うので精一杯。

 おそらく今の一合で俺のクラスは奴にバレてるだろう。

 それをできるのが廃人だ。

 おそらく俺が奴に優っているのは敏捷性アジリティぐらい。

 それもそう何度も避けれるほど甘かねぇ。

 肉を斬って骨を断つ。


 ナイフを払うヤマタケへ突貫する。

 大事なのはタイミング、奴が振るうのに合わせて……!

 長剣のリーチからさらにヤマタケの懐へ踏み込む。

 ギョッとしながらもヤマタケの振るった長剣は止まらない。

 右肩にヤマタケの剣が食い込むと同時に俺は剣を左手に持ち替えた。


「悪いな最強、俺は両利き(スイッチ)だ」


 がら空きの横腹へ剣を伸ばす。しかしそこで止まってしまった。

 自分の胸に刺さるナイフを見て仰向きに倒れる。

 寄ってきたヤマタケは小馬鹿にした笑顔で俺に見えるようにナイフをチラつかせた。


「悪いなネカマ、俺は二刀流だ」


 ぼやける視界の中俺は誓う。

 必ずこの男を殺すと。

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