黒森竜①
MMORPGに限らず、大概のオンラインゲームってのは意外とコミュニケーション能力が必要になる。
格ゲーなんかの一人でプレイするゲームならともかく、RPG、FPS、RTS、そういったジャンルは一人ではなく、複数でプレイすることの方が多い。
パーティプレイなんかはそれが如実に現れていて、他人と連携するっていうのは現実の社会と一緒だ。
通常四人パーティ、最大八人。
今回のレイド戦に至っては四○人にも及ぶ。
下手な会社の運営人数にも匹敵しかねない人数にもなればそれなりにコミュニケーション能力を問われるわけで。
「全員作戦は頭に入れたか? 開始まで残り一○分、各パーティ、クラスでしっかり意識をすり合わせておけよ」
「……なぁ総リーダー殿、ちょっといいか?」
「なんだ何でも屋、お前もサブタンクリーダーなんだから他のサブタンクと役割の確認でもしておけよ」
「だから何で俺がサブタンクリーダー何だよ! 俺ぁ今回が初レイド参加なんだよ!」
「一応俺のパーティが総指揮を預かってんだ、ほとんどのクラスリーダーが集まってんのも当然だろうが。つべこべ言わず行動しろ! 時間ないぞ」
帰らずの森前の安全地帯で準備をすすめる最中、くだらん言い合いに付き合う暇はないとばかりにヤマタケは会話を打ち切る。
慌ただしく各所に指示を飛ばす所を見るに、そんな余裕もないと見るべきか。
なんでも過去のレイド戦でもヤマタケが総指揮を執っているらしく、周りを見渡せばミシェルがタンク陣を、ゴンザがヒーラー陣を纏めている。
アタッカーに関しては前衛陣をヤマタケ、後衛をアムネリアが仕切っているあたり、まぁ適任だろう。
いや、だからって何で俺がサブタンクリーダーなのか一ミリも納得できる材料がないんだけどな。
こんなポッと出のネカマがリーダーとか、いい顔せんだろうよ。
魔法騎士だってんなら尚更だ。
渋々俺はサブタンク四人の集まる場所へと向かう。
足取りが重いのは俺がリーダーというのもあるが、何より纏まりの無さが致命的だったからだ。
今回レイドに参加するサブタンクの内訳は魔法騎士が三人、暗黒騎士が二人。
なんでまぁこうも仲が悪いのかってのは、言わずもがな不遇職扱いの魔法騎士が三人もレイド戦に参加しているせいだろう。
「お二人共、もうレイド戦が開始するんですから喧嘩は止しましょうよ」
「某やアネモネ殿ならいざ知らず、アリス様の事を悪く言う輩と仲良く等到底出来ませんな!」
「はァ? オレは単にお前ら魔法騎士がこンな場所にシャシャリ出てくンなッて言ってるだけだろォが。何か間違ッてること言ったかァ?」
「……それは聞き捨てならないね。私はこれでも、秘密の花園でサブタンクを張ってるつもりなんだけど~」
「はッ、お前にしたってそォだアネモネ。くだらねェ理由で魔法騎士なンざやってる、よくそれでぬけぬけとレイド戦に顔出してるもンだ。ギルドがデカイからッてお前の面までデカくすんじャねェよ」
「ムカッ、今のはカチンと来た。面倒だからいっそ力ずくで――」
「はいストップ~ネネモネ落ち着け~。どうどうハイ剣下ろす、ベンケも剣抜こうとすんな。なんでこう喧嘩っぱやいんだよお前ら」
揉めてんのはどうやら以前から参加している攻略組のメンバーと、魔法騎士の二人。
アイビスがなんとか仲を取り持とうとしているが一触即発の険悪なムードが漂うサブタンク集団。
流石にPK沙汰になる前に止めに入ったが、俺がいなきゃネネモネが本気でやりかねない所だった。
なんでこう、秘密の花園のメンバーは手が出やすいのかね。
あれか、マスターがアレだからそれに倣えって感じでとりあえず殺してから話しあおうとかいう世紀末よろしくスタイルが蔓延ってんだろうか。
アイビスが助かったと胸を撫で下ろすのを横目に、俺はネネモネとベンケを宥めすかす。
暗黒騎士の奴は自身が悪いとは微塵も思っていない様子で、スカした面持ちのまま舌打ちを一つ。
こういう凝り固まったゴテゴテのハード思考は梃子でも動きやしない。
面倒くさいから、こいつに全て押し付けることにした。
「あー……そこの暗黒騎士、名前なんだっけ?」
「ちッ、ジークリットだ。名前ぐらい知ッとけよネカマのくせにデカイ面しやがッて。リーダーなンざオレは認めねェからな」
「まぁそう言うなよジークリット。俺達は一心同体、誰かヘマをすれば全員が割を食うことになる。仲良くしろとまでは言わねぇが、悪くしなきゃいけない訳でもないだろ?」
「だからヘマをしそォな魔法騎士のお前らは要らねェッて言ってンだ」
「そこでだジークリット。優秀なお前にサブタンクリーダーをしてもらいたい」
「あァ? ンだそりゃ?」
リーダーを譲る。
その言葉にジークリットは怪訝な表情を浮かべる。
ベンケとネネモネは難色を示すが、俺にとっちゃこっちのほうが上手くまとまると思っている。
というか、納得しないなんて言われてそれでも続けてたらどうせロクな結果になりゃしない。
ならジークリットに一任してしまえばいい。
最悪、ジークリットが使い物にならなけりゃ命令違反も視野に入れればいいだけだ。
「俺はレイド初参加だからな。お前が納得いかないのも当たり前だ。だからお前がリーダーをやってくれ、俺達魔法騎士は従う。ビスもそれでいいな?」
「あ、はい。アリスさんが宜しいなら僕は特に構いません」
「で? やってくれるか、ジークリット」
「そォいう事ならやッてやる。お前らはオレ達暗黒騎士の下だ。精々こき使ッてやるさ」
ジークリットはベンケとネネモネに向かって下卑た笑みを浮かべると、もう用はないと言わんばかりに背を向けて自分のパーティへと戻っていく。
未だ不服そうなベンケ達からの抗議はこの際無視し、細かい所を詰めていくのだった。
《――Emergency――レイド戦闘開始します》
「オアアアァァァァァッ――!!」
「各員戦闘配置! 両翼包囲、開始!!」
黒森竜が姿を現す。
それと同時に、各パーティが散らばった。
黒森竜の周りにまとわり付く様に扇状に広がる。
中央には俺がいるヤマタケのパーティ。
左右に二パーティずつ配置し、最前列にはタンクが、その後ろにはサブタンクと前衛ダメージディーラーが待機。
少し離れて後衛ダメージディーラーとヒーラー部隊が控える形だ。
「初撃来るで! 右前、ジルヴァナスはん!」
「了解! 4:1:1:1:1:2 キッチリ決めるよ!」
ゴンザの掛け声に合わせタンク陣が移動を開始する。
ジルヴァナスの後ろに俺、アイビス、ベンケが控え攻撃を迎え討つ。
盾で受け止めるだけではその内、弾かれる可能性がある。
そのため、サブタンク陣とジルヴァナスで背中を合わせ踏ん張りを効かせる寸法だ。
攻撃を受け止めたジルヴァナスは直ぐ様スキルを差し込む。
それに合わせ他のメインタンクがヘイトを固定し初撃をクリアした。
黒森竜の通常攻撃は右足のフック、左足のフック、そして頭突きのルーチンで周っている。
それに対し、今のような動きを間違えずに行うのが戦闘における初歩中の初歩だ。
なんだこのつまんねぇ動き、もっとド派手にバッタバッタ斬って撃って殴れよ。
そう思うかもしれない。
だが、VRMMORPGにおけるモンスター戦闘なんてそんなもんだ。
ようは相手のやりたいことを全て潰して、こちらのやりたいように戦闘を運ぶ。
これ以上はない理想の戦闘方法だ。
それが面白いかどうかはさておき、自身の役割をちゃんとこなさなければレイド戦に至っては話にならない。
以前にも大縄跳びを例えに言ったが、やっていることは本当に一緒だ。
俺達は今大縄跳びを飛び始め、後は誰もミスらないようにクリアするまで同じ動きを続ける。
RPG――ロールプレイングゲームのロールはなりきりと役割という意味が込められている。
自分の役割をこなしてこそ、RPGだ。
少なくとも俺の様な火力の出にくい魔法騎士クラスは防御に徹するのが当たり前なわけで。
一人だけダメージディーラーの様に剣を振り回した所で迷惑にしかならない。
「右翼、なぎ払いくるぞ! サブタンク陣はバックアップ!」
「了解! ビス、ベンケ、寄り切りだ!」
下見時点じゃ対処が困難だった尻尾によるなぎ払いも、キッチリと人数が揃って出処が分かっていれば対処不可能じゃない。
ゆらゆらと動く尻尾が風を切る音とともに右翼に展開するパーティを襲う。
それに対し右翼で控えるメインタンクと俺達サブタンクが手前で盾を構え迎撃に備えた。
攻撃が辞めばサブタンクは回復を受けながら自身の持ち場へ戻る。
順調に攻略は進んでいく。
ルーチンへの対応はほぼ完璧と言って差し支え無いだろう。
ヘイト管理も危なげなくできている辺り、攻略組の底力が伺える。
ただまぁ、なんというか。
ゲームとは何ぞや、という問いに対して完全に対処しきり自分達の思い描いた行動が出来る……予想通りの繰り返しがゲームかと言われるとそうではなかったりする。
「っ、来るぞAoE! 鋒矢の陣急げ!」
黒森竜は長い首を天へと掲げる。
ブレスの予備動作と同時に両翼包囲の陣形から先頭を魔法騎士三人、暗黒騎士二人がその斜め後方へ。
一拍おいてメインタンク陣、ダメージディーラー、ヒーラーと縦列になる。
魔法耐性の強い魔法騎士を壁にして後ろを支えるという陣形に入れ替わっていく中、イレギュラーがただ一人、混じっていた。
「おい! 何してるジークリット!! とっとと陣形に戻ってこい!」
「命令すンなネカマァ! 俺がサブタンクのリーダーだ!! 硬直してる今が攻撃のチャンスだろォが!」
陣形がほぼ完成する頃、ジークリットはただ一人黒森竜の足を斬りつけていた。
前衛ダメージディーラーが皆後方で控える中明らかに浮いているその存在に周囲はにわかにざわめきだす。
確かにジークリットの言っている事は正しい。
その証拠に後衛のダメージディーラーはアムネリアの指示の元、魔法なり矢なりぶっ放してるが、それは遠距離でも攻撃できるからだ。
いくら暗黒騎士が攻撃系スキルの豊富なクラスといえど、所詮は近接職。
近づかなければ攻撃できない職には変わりないわけで。
「おい! あいつをなんとかしろ何でも屋!」
「出来るんならそうしてらぁ! いくらコール飛ばしても耳が飾りじゃ意味がねぇ!!」
小さな反逆……いや、そんな大層なものじゃない。
うすっぺらい小さなプライドがガキの反抗心みたく、暗黒騎士のアイツを突き動かしているのか。
暗黒騎士が優れている事を誇示するために、余計な行動をとったツケはあまりにも大きい。
このままジークリットを放置すれば一人確実に死ぬ。
魔法耐性がお世辞にも高いとはいえない暗黒騎士がまともにブレスを喰らえば死ぬのは免れない。
数字で見れば四○人が三九人になるだけ。
だが、それは大縄跳び中に一人コケる様なものだ。
「チィ、ビス! 盾借りるぞッ!!」
「ちょ、ちょっとアリスさん! どうする気ですか!?」
「自意識過剰なバカを連れ戻すんだよ!!」
盾を奪い取った俺はジークリット目掛けて走りだす。
何やらコールで喚いてくるジークリットを無視して黒森竜から引き剥がすと、俺は黒森竜とジークリットの間に立つ。
「邪魔すンなネカマァ! 俺の指示に従え!!」
「死んだら元も子もねぇだろうが!『ストレートバッシュ』!!」
俺は思い切り盾を突き出しジークリットを陣形側へ弾き飛ばす。
ストレートバッシュは騎士系のスキルでダメージは入らないものの、相手を強制的にノックバックさせる効果がある。
しばらくスタン状態になり動けなくなるが、後は他のメンバーがなんとかするだろう。
だがそこで時間切れだった。
瞬く間に上昇した黒森竜は勢いをそのままに炎の息を吹く。
放射状に広がるソレは、奴の口元から次第に地上を燃やしつくさんばかりの量へとなった。
視界が赤一色になり何も見えない状況の中、俺はアイビスから奪った盾を投げ捨て魔装盾を展開する。
魔装盾は物理耐性が低い分、魔法耐性が高い。
徐々に減っていくHPバーを見ながら、俺はホッと息をついた。
痛手には変わらないがヒーラーからの回復を入れてもらえれば充分に助かる。
助かる、筈だった。
「……アリス、危ない!」
ブレスを凌ぎ切ったその時、最近になってようやく聞き慣れた声がコールによって鮮明に聞こえてくる。
怒声にすら聞こえたその声は、ミシェルのものだった。
普段のミシェルからは想像もできない程慌てた声音に何事かと振り向くと、剣や盾を投げ捨て駆け寄ってくるミシェルの姿がハッキリと見える。
指を差すその先を見ると、遥か上空に君臨する黒森竜が放ったであろう巨大な火の球が俺へと迫ってきていた。
火炎弾。
そりゃそうか、火を吹けるなら弾として撃つ事も出きらぁな。
回避は不可能、大きさから見て喰らえばいくら魔法耐性があっても即死だろう。
そういや下見の時はブレスしか見てなかったな。
そんな考えを浮かべつつ、俺は助からないことを悟り目を瞑る。
予想外の出来事、それもまたRPGだ。
「――『キャスリング000』」
「…………あ?」
目を開ける。
そこはまだ、戦場だった。
通常、死ねば街でリスポーンする。
つまりはまだ、俺は死んでいなかった。
あの状況から助かるなんざ、たった一つしか方法はない。
「…………よかった。助けれたみたいだな」
「…………おい、ミシェル」
「…………後は、頼んだ。相棒」
「ミシェェェェェルッ!!」
死亡エフェクトを撒き散らすミシェルは、笑みを浮かべながら消えていった。
12月中頃には一章完結を目指したいナリ……。