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逃げるは恥じゃないし実際役に立つ

「首尾はどうだ!?」

「周りに他のプレイヤーは居ないようだから大丈夫、間違ってもMPKにはならないよ」

「よし、じゃあ事前に説明したとおり。殿に俺、その次にジルヴァナス、ディーネとアムネリアだ! 遅れんなよ!!」


 絶対プレイヤー殺すデビルマン――正式名称はアークグータレーデーモン。

 全長三メートルを超える巨人タイプのモンスターだ。

 その実力は……レイドボスに匹敵する。

 というか、討伐隊を組んでもビクともしなかった。

 システムアシストでも貰ってんのか状態、精神異常無効。総HPも底なしと来てる。

 こいつが邪神うんえいの抑止力なんて呼ばれてるのは、的確にこのパワーレベリングをしたプレイヤーの前にのみ現れるからだ。

 というのも、普通に一人で数時間狩りをしていてもこいつは現れない。

 運営がほとんどの活動している狩場全てを監視してなきゃできない荒業。

 よほどベータで煮え湯を飲まされたのが気に食わなかったのか殺すまで追いかけてくるってなれば逃げざるを得ない。


 さっそく俺達は縦一列になりデーモンから逃げ始める。

 こいつと戦っても勝ち目は現状無い。

 実は弱点が、なんてこともないし、おそらく倒されないように設計されている節すらある。

 運営は行為自体を禁止するんじゃなく、抑止力を据え置くことで対応したんだ。


 ベータ時代確立されたこのレベリング方法を禁じた場合、一気に新規プレイヤーが既存のプレイヤーに追いつくことが不可能になる。

 まぁそれなら正攻法で上げていけばいいんだが、世の中不平不満を漏らす奴はどこにでも居る。

 だから行為自体を処罰するんじゃなく、こういう措置をとったんだろうと冒険屋は語っていた。

 確かにこれならやろうと思えばレベリングはできるわな。出来る出来る。


 死んでステータスペナルティを受けなければな!

 ペナルティを受けている最中は経験値ももらえない。

 つまり三時間の高効率レベリングと引き換えに一回死んで一日休んでねってわけ。


 ……納得できるわけないんだよなぁ。


 こんな仕様を許せるわけもなく闘志に火がついた有志諸君らによる対策が、逃げの一手だった。

 ま、勝てないなら逃げるしかない。

 ヘイト固定状態でずっと追いかけてくるんだからどうしようもない。ないんだが……。

 たった一つだけ、逃げ道があった。


 街の中に入る。つまりは安全地帯への避難だった。

 いくらプレイヤー絶対殺すデビルマンでもモンスターには変わらない。

 だから街まで入ってしまえばヘイトがリセットされ逃げおおせる事が出来る。

 ちなみに逃げおおせたプレイヤーによると、街に入る瞬間デーモンはすごい嫌そうな顔したとか。

 おっかないね全く。


 まぁそんなこんなで俺達は全力ダッシュ中であった。

 死んじまったら丸一日レベル上げ出来ないなら、いくら数レベル上げてもトータルでみれば効率が悪すぎる。

 しかもモンスターに殺された場合一定確率で装備がロストするってなりゃ――。


「三十六計逃げるに如かず、逃げるんだよぉぉぉおお! おら走れジルヴァナス、ケツ蹴られたいのかぁ! アムネリア飛ばせ、ディーネ担いだ方が速い!」

「けつ!? ケツって言ったのかい!? そんなはしたない言葉使っちゃダメ――うん、走る、走るからナイフは取り出さないで、ね?」

「…………筋力、足りないから、無理。『過重展開』『シルフウィンド』『シルフウィンド』――『シルフウィング』」


 先頭を走るアムネリアは魔法を連発し瞬く間に前方へ吹っ飛んでいく。

 もれなくディーネも一緒に吹き飛ばされている様で奇妙な叫び声と共に走るディーネの姿が目に映った。

 とにかく逃げるしかない現状、魔術師と盗賊である二人はハッキリ言って邪魔だ。

 応戦するならともかく、逃げるってんなら攻撃する必要はない。

 あとは俺とジルヴァナスでデーモンの攻撃を凌ぎつつ街までマラソンだ。


 アークグータレーデーモンの攻撃方法は二つ。

 なんかすごいビームとなんかカッコいい鉤爪だ。


 ……いや、正式名称がないからプレイヤー間で呼ばれてる通称なんだが。


 ビームは手を翳すだけで多段展開されて飛んで来る。

 予備動作があり、一直線な分、今みたいにジルヴァナスをナイフで誘導して躱せるから、まだマシだ。

 勿論あたったら即死なわけだが、問題は――。


「来るぞ鉤爪! 一秒後X字!!」

「了解だよ!」


 問題はこの鉤爪。

 距離が空いていても振ってくるのには訳があってなんとこの鉤爪、振るうだけで斬撃が飛ばせる。


 デーモンは両手を振りかぶってX字にその鉤爪を振り下ろす。

 遅れてエフェクトと轟音を振りまきながら計十本の斬撃が俺とジルヴァナスを襲う。

 到着時間に合わせ俺とジルヴァナスが取った行動は、立ち止まってくの字になることだった。


 人間文字といって大昔、人で作った文字を読むバラエティ番組があったそうな。

 それを思い出したプレイヤーが考案した鉤爪の避け方が、人間文字回避だった。


 要はデーモンが繰り出した斬撃を避けられる形を身体で作るってわけだ。

 今回の場合俺が逆くの字、ジルヴァナスがくの字になって対処する。


 可視化された斬撃が俺とジルヴァナスの間をすり抜けていく。

 間違いなく即死級の攻撃に、俺は嫌な汗を感じつつ直ぐ様また走り始めるのだった。


「これ、あと何問クリアすればいいんだい!?」

「走破プレイヤーが言うには十問目で街に到着したらしいが、全て違う形、しかも時間差攻撃もある! おまけになんかすごいビームも同時併用されたら、大人しくリスポーン地点行きだろうよ!」


 しかも頻度や距離の違いがある。

 走破プレイヤーがどの位置から走ったかによるが、少なくともそれぐらい避けるのは覚悟した方がいい。


「リーチェ次は……えっとなんだろなんか屋根っぽいやつ!」

「屋根……屋根ぇ!?」


 屋根……屋根?

 なんだよそれおいええぇ?

 語彙力が走り過ぎて退化してんのかよ屋根って言っても色々あるだろうよ!?

 逆U字? Λ(ラムダ)? それともヘの字? ああくそっ! ええぃままよ!


 どちらにせよ真ん中は空いてる。

 俺はデーモンと直線になるように方向修正し、正解を祈った。


「あっ、リーチェ、こんな所で大胆――」

「お前はなんで俺の前で立ち止まんだよっ! 抱きついて欲しけりゃちゃんと逃げろっ!」


 ジルヴァナスの胸にダイブする形になった俺。

 Iの字になっているジルヴァナスを見るに逆U字が正解だったみたいだ。


 続けざまに、川、V、ト、キ、コ、とクリアしていく。

 思考能力が落ちてきていて、既に度胸試しの形相をを呈してきていた。

 そしてついに、難問にぶち当たる。


「時間差A、やべぇぞこれは!」

「僕に抱きつくんだリーチェ! 下の隙間ならなんとかなる! さぁ、さぁ早く!」

「そりゃお前がしたいだけだろホントブレねぇな!」


 回避可能なのは内側の隙間二つ。

 最後に飛んで来る横線がデカすぎて外側じゃ避けきれねぇ……っ!


 タッパのあるジルヴァナスが下行くってんなら俺は上、空中で回避するしかない。


 タイミングよく・(なかてん)になるよう横っ飛び…………今っ!


 目の前を白い衝撃波が通り過ぎていく。

 下をちら見すれば今日は水色ストライプかと鼻の下を伸ばしたジルヴァナスが。

 正直、生きた心地がしなかった。


「シャアオラァア! ほら呆けてないで立てジルヴァナス! 距離が近づいてるんだよバカ!!」

「今日はもう、死んでもいいかな」

「悟ってねぇで早く――やべぇ、ハント帰りの他プレイヤーだ」


 視界の遠く横を歩いているパーティが目につく。

 仲良く歓談をして街の方向へ向かってる辺り、このまま行けばかち合う可能性がある。


 MPK――モンスタープレイヤーキラーはモンスターを使ってPKをする手段だ。

 このままかち合えば斬撃に巻き込まれて死にかねない。

 あのパーティがヤマタケならともかく、無関係な人間を巻き添えにすりゃ明日には掲示板で指名手配されかねない。


「……仕方ねぇ、進路変更だジルヴァナス! お前は右行け、俺は左に行く! 背中に付かれなかった方はそのまま街まで逃げるぞ!!」

「疲れた方はどうするのさ!?」

「……グッドラック!」


 サムズアップとともに俺は右側へ駆け抜ける。

 チラリと後ろを見やるとジルヴァナスも移動を開始した様子だ。

 このままジルヴァナスに行ってくれたら楽っちゃ楽なんだが――。


 俺は指示棒代わりにしていたナイフをデーモンめがけて投げつける。

 ナイフは狙い通りデーモンに突き刺さり、まるで蚊にでも刺されたような素振りを見せた。


 俺とジルヴァナスは現在同一パーティにいる。

 じゃあこうして俺がナイフを投げてやるとどうなるか。


「ヘーイ、俺と文字バトルしねぇか? デビルマンよ」

『■■■■■■――――』


 デーモンはよりヘイトが溜まっている俺に釣られるって寸法だ。

 流石のアリスさんでもわざわざレベリングに付き合ってくれた奴に対して、言外に『死ね』とは言えない。

 なによりジルヴァナスはああ見えて貢ぎスト筆頭だ。

 大事な貢ぎストをこんな形でポイ捨てするには惜しい。

 時として好感度は命よりも重くなる。ネカマにとって好感度はかけがえのないものだ。


 ……無論ただ死ぬのを待つ俺じゃない。

 周りに誰もいないこの状況だからこそ使える、俺の秘策がある。


「俺の逃げ足はちょっとばかり速いぜ……っ!!」 





「ハッハァ! 聞いたぜ何でも屋。お前デビルマンに喧嘩売ってまんまと殺されたらしいな」

「ちっげぇよ、あれだから、アレ。デビルマン倒したらユニーク装備手に入るって聞いたから挑んだんだよ」

「そうかそうか、まぁそういうことにしておいてやるさ」

「つか、別にいいじゃねぇか。ちゃんとレベリングして平均値までにはしてんだから」


 黒森竜戦当日。

 何やら俺がプレイヤー絶対殺すデビルマンとタイマン勝負をしたと噂になっていた様子で、掲示板戦士兼廃人のヤマタケは耳聡くもレイド戦に挑むメンバーが集まるブブラッドの門で煽ってきたのだった。

 

 いや、あと一歩のところだったけどね。

 もう少しで逃げれていたけど、惜しい、紙一重の所でやられたから。

 これはある意味快挙と言えることなんだと幾ら弁解した所でヤマタケには届かないだろう。


「そうだな、後発組は短時間でもレベリングご苦労だった。これより黒森竜の根城、帰らずの森へ向かう。作戦は頭に叩き込んだか? ……じゃあ、行くぞ!」


 ヤマタケの声に一斉にレイド組が動き出す。

 合計40名にもなる大所帯での移動……まぁ、軍隊と言うにはあまりにもお粗末な行進だが皆気合充分といった所だ。


「アリスー、リアちゃん取らないでよね。大変なんだから~」

「なんだよネネモネ、お前数日前のことまだ根に持ってんの? 女々しいキャラはモテねぇぞ」

「ア・ネ・モ・ネ! 別にモテなくてもいいですよ~だ!!」


 俺を見つけるやいなやネネモネはレベリングの際アムネリアを連れだした事を未だに怒っている様子。

 といってもポーズだけで、実際には笑い混じりだからそこまで怒ってないだろうけど。


「丁度いいネネモネ、機会があれば黒森竜で仕掛けるぞ。フェイズ2始動だ」

「え、でも私とアリス、それに弁慶だけだよ? 皆別のパーティだし」

「これ以上ない舞台だろ、レイド戦なんて。まぁ何もせずに勝てるに越したことはないけどな」

「うーん、まぁアリスが言うならわかったよ。リアちゃんにもそれとなく伝えておくね?」

「ああ、頼んだ」


 ネネモネは頷いて自分のパーティまで戻っていく。

 やつも攻略組のメンバーというだけあって、レイド戦前でも終始落ち着き払っている。

 俺はというと、ベータから数えても初めてのレイド戦だ。

 仕組みや仕様なんかを把握していても実際にやるのとではまた違うだろう。


 若干緊張しながらも、俺は初のレイド戦に期待を込め少し歩幅が大きくなるのだった。

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