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拝啓、全てのゲーマー様へ

「「かんぱ~い!」」


 一日の狩りを終えた男達は酒場で杯を重ねる。

 酒場の喧騒は夜を迎えると同時にピークになり、どこのテーブルも人で賑わい熱気で溢れかえっていた。

 話の種はもっぱら今日の狩りの事だ。


「いやぁ俺このパーティに参加してよかったぜ。なんせ市場じゃ中々手が出せないミスリル金属が大量だぜ!」

「おい声がでかいって! せっかくアリスさんが教えてくれた狩場だぞ!」

「まぁまぁ二人ともそんなかっかしなさんなって。アリスさんが怖がって萎縮しちゃってる」

「あはは……いえ、お気になさらず」

「おっとすまんすまん。それよりよ、分配は本当にこれでいいのか?」


 男の1人がパーティメンバー全員に問いかける。

 すると皆一様にただ一人の女性キャラ――アリスの方へと視線を投げかけた。


「正直、今日の成果はアリスさんのもんだ。あんな狩場、掲示板にも出回ってなかったくらいだからな」

「そうだよね……均等分配は野良パーティーの基本だけど、ちょっと悪い気もする」


 野良パーティーというのは普段一緒に狩りに行くメンバーではなく、その都度募集し集まったプレイヤーだけで構成されたパーティの事だ。

 その傾向状、パーティ内でのドロップ品を分配する際に揉めることも多い。

 特別に何かあるわけでなければ、基本的には均等分配するのが暗黙の了解だった。


「いえ、皆さんが居なければこの結果では終われなかったと思います。なのできちんと均等に分配しましょう」

「何言ってんのさアリスさん! アリスさんのヘイト管理が無ければ俺らは今頃デスペナルティくらってたろうよ」

「いえ、私一人では火力が足りず負けていたでしょうから。これは私達皆頑張った証です……ダメでしょうか?」


 その言葉に他のプレイヤーは赤面し大げさに両手を顔の前で振る。

 功労者が均等分配でいいというのであれば男たちも損はない。吝かではないのだ。


「い、いや! アリスさんがそれでいいなら俺達はな!?」

「ああ。お言葉に甘えて頂くとしようぜ。そんかし、ココは俺が持つ! 皆食べて飲め! ここじゃあいくら食ったって太らねぇしな!」


 ガハハと大笑いを浮かべた体躯のいい男はそのままジョッキを煽る。

 今日も臨時のパーティリーダーとして皆をまとめ上げた男はそう締めくくると、一息に飲み干しプハァと幸せそうに笑う姿に皆つられて笑う。

 今はただ、勝利の美酒に酔うのだった。


 酒場を出ると1人のプレイヤーが思いついた様に声を上げた。


「そうだ! これも何かの縁だ、良かったらまた俺達で狩りに行かねぇか?」

「おういいなそれ! いいパーティになりそうだ」

「うん、初めてにしては息もあってたしね。僕も構わないよ」


 順番にフレンド交換していくメンバー達、だがその後ろでアリスは申し訳無さそうに俯く。


「その、すいません。……実はフレンドリストが一杯になっていて、これ以上登録できないんです」

「マジかぁ……。でもアリスさん、上手いしな。無所属だし引っ張りだこなのも頷ける」

「また機会があれば誘ってくださいね。それでは、私はこれで失礼します」


 ペコリと頭を下げ1人去っていくアリス。

 しばらくしてさっきまで一緒だったプレイヤーが慌てて追いかけてきた。


「おーいアリスさーん! 待って待って!」

「先ほどの……、何かありましたか?」


 男キャラは恥ずかしそうに頬をかいて視線を泳がせる。

 悟られまいと必死にしているが、少しばかり赤くなっている頬は街灯で照らされたこの路上ではハッキリと見えていた。


「……いや、その。俺、やっぱり納得いかなくてさ。今日の狩場だってアリスさんが教えてくれたし、アリスさんの活躍がやっぱりデカかったと思う」


 しどろもどろになりながら男は早口にまくし立てると、コンソールを操作してトレード申請をアリスへと送る。


「俺の取り分、半分送ります。これは俺の気持ちなんで、遠慮せず受け取ってください!」

「え、でも……よろしいのですか?」

「はい。それに俺は戦士だから、あまり使わないんで」


 そんな訳ないのだが、男は虚勢を張りながらもトレードを終える。

 男はアリスに背を向けて片手を振りクールに去ろうとするが、アリスの声に呼び止められた。


「アリスさん……?」


 男へと駆け寄っていくアリス。

 少し手を伸ばせば届きそうな距離で男の顔を見上げたアリスは微笑んだ。


「優しいんですね……フレンドリストは一杯ですけど、メッセージは送れるのでいつでも送ってくださいね? 待ってますから……他の人には内緒ですよ?」

「えっ、あの、それって――」


 男の言葉を待たず、アリスは走り去っていく。

 その後ろ姿に釘付けになった男は暫くの間、その場でただ見えなくなった後ろ姿を追っていた。




「く、くはは……アーハッハッハッハッhグボエラァ!」


 思わず笑ってしまい素の声が出てむせ返る。

 俺はあくまで一般人。ただのプレイヤーだ。

 攻略組のような強さは持ち合わせていないし、俺だけのユニークスキルなんてもっちゃいない。

 ただそんな俺にも一つだけ特技がある。

 ボイスチェンジ……声を自由に変えられることだった。

 昔はよく有名人の声真似をして持て囃されていたが、所詮は宴会芸。使い所なんぞあんま無かったわけで。

 それに最初からできたわけじゃなく、これもかなり練習した。

 人生の大半を棒に振ったと思った。


「アーアー、あー。……チョロい」


 コンソールを操作してインベントリを確認する。

 そこにはミスリル金属、今回のハントで得た分配……の1.5倍の数がしっかりと記されていた。

 俺――アリスはネカマである。

 名前は必死こいて取得した。

 ベータテストのログイン戦争は今でも思い出せる。


 ネカマってのはネットオカマの略称で、男なのに女性キャラクターを操作してプレイしている男性プレイヤーの総称だ。

 どちらかと言えば蔑称になるが……んなことはこのミスリル金属の前じゃ瑣末なことだ。

 市場に出回る数の少ないミスリル金属をたった一回のハントで相当数入手するのなんざ攻略組がギルドハント立ててやっとってところ。


「く、くくく。それが野良パでも3時間ありゃ稼げるんだ、辞められねぇぜネカマはよぉ!」


 ネカマなんてのはどのオンラインゲームでも存在する。

 もちろん俺がプレイしている『オルターブリッツ』――通称オルブリも例外じゃない。

 今まで腐るほどオンラインゲームをやってきたがどんなゲームにだろうとネカマは生息する。生息圏が異様に広いんだ。


 何が問題かって?

 ずばり女性プレイヤーの不足である。

 VRゲームなんてマジもんの女性プレイヤーがいるのは精々3割。どんな優良なゲームでも完全な5:5は実現しやしねぇ。

 でも実際はどうだ? プレイヤーが集まる場所に行ってみろ、大抵5:5……いやそれ以上に女性キャラが混じってる。

 実は普段一緒にパーティを組んでる女キャラがネカマだった……なんてこともあらぁな。

 パーティに女キャラが1人いりゃやる気も起きる。女の前でカッコつけたがるのは男の性だ。


 随分昔……パソコンでゲームをやってた頃なんかそりゃ酷いもんだった。

 ネカマ全盛期として今でさえ語り継がれる地獄のような時代だ。

 それが鳴りを潜めたのVRゲームが登場した時……そう、いくらキャラが女でも声までは変えられない。自分の声で喋るんだからそりゃそうだ。


「まさかボイスチェンジがこんな事で役に立つなんざ思ってなかったなぁ」


 キャラが女、声まで女。

 そりゃプレイヤーだって女だと思う。

 だからこそ俺みたいなネカマが未だにゲームから消えやしない。


「あいつは才能がありそうだな……貢ぎスト候補にするか? クハハ、たまんねぇなおい!」


 俺は高らかに笑いプライベートルームへと帰る。


 これは俺の、生活の一部だったゲームの話だ。

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