-Big Little Girl- ダイヨージョ
今ここに1枚の機密文章がある。A4サイズの紙を束ね、左上をホッチキッス留めされた簡素な冊子。題はこうある。
『ダイヨージョ計画』
某国某所。地表は一面の荒野だ。赤茶けた土がどこまで広がっている。ここには何もない。……ように見える。
1台のハイエ◯スが走ってきた。窓はスモーク処理をされていて中は見えない。その姿が、忽然と消えた。
研究所は地下に広がっていた。地表に何もないように見えたのは、強力な光学迷彩により秘匿されていたからだ。
地下駐車場に入ってきたハイエ◯スから、黒ずくめの幼女たちがおりてきた。サングラスで表情は伺えないが、おそらく緊張している。その証拠に、降りるときに他の幼女にぶつかる者がいた。
彼女たちは、一人の幼女を抱え込んでいた。目隠し、猿轡、手錠……身体拘束のバリューセットである。拉致だ。拉致してきたのだ。ハイエ◯スの使い道なんて、それしかないのだ。
研究所には、彼女だけではない、他にも多くの幼女たちが拉致されていた。しかし事件になることはない。全ては政府の指示のもとに行われているのだ。彼女たちは全て、「適合者」候補であった。適合者を早急に見つけること。それがこの国、だけではない、この宇宙全ての命運を左右する。そう、世界は今、未曾有の危機に直面しているのだ。そういう設定なのだ。
研究所地下に、それはあった。いや「いた」。巨大プールの中で、彼女は眠りについている。
もちろん、この水とてただの水ではなかった。清純でミネラル豊富な地下水を、一度幼女の入浴に使用し純度を高めた水だ。しかも幼女の入湯時間は「100まで数える」という厳密なルールにより管理され、品質は常に一定に保たれている。そこまでする理由が、巨大プールの中の彼女にはある。
身長50m、透き通るような白い肌と銀の髪、白のワンピースに赤いランドセルを背負い、腕も足もぷにぷに。対異空体人型決戦兵器『ダイヨージョ』である。
「わ、わたしがパイロットに……!?」
監禁されている幼女が言った。巨大幼女の姿によく似た容姿の幼女だった。銀の髪、ワンピースに赤いランドセル、かわいさ重視の(実用性はある程度無視された)おててとあんよ。
「そうです。被験体の中で、あなたがもっとも『ダイヨージョ』との適合率が高かった」
具体的には容姿が似ていた、ということなのだが「趣を削ぐかな」という主催者判断で伏せられている。
「そんな! 私には無理です! こんなにか弱くて可愛らしいのに……」
彼女の手元のカンペには「序盤は拒否する。覚醒は各自タイミングでどうぞ」と書かれていたため、とりあえず大仰に拒絶して見せているようだ。
「断る、という選択肢はあなたにはありません。あなたが戦わなければ、この世界は滅びます。あなたの家族も……」
「世界が滅びる!?」
その時、研究所内にサイレンが響き渡った。照明が赤に変わり、非常事態を演出していた。
「JOJI反応あり! 場所、E-1024! ここから5kmも離れていません!」
「『ついにここがつきとめられてしまったようね』……」
これは毎回言っているお約束のセリフである。
「何なんですか、そのJOJIって!?」
「異空体、簡単に言えば別世界からの侵略者ね……。異なる位相に身を置いている彼らには、通常兵器の類は一切通用しない。たとえ核兵器でも、視界を塞ぐ程度の効果しか与えられないの。彼らと渡り合うには……ダイヨージョを使うしかない」
ちなみに『異空体』を英語にして頭文字をとると『JOJI』になる……という風にしたかったらしいのだが、みんなで頭をひねってもちょうどいい言葉がなかったため放置されたという経緯がある。
「ダイヨージョを動かせるのは、あなただけなのよ」
「そ……そんな……急にそんなこと言われても……」
「もうOKしていいわよ」
「ほんと? うん! 乗ります!」
オペレーション室のメインモニターに、ふかふかとしていそうな巨大怪獣が映し出されていた。ほどほどにゆっくりと、研究所に進行中である。サブモニターには、ダイヨージョの状態や適合者のバイタルデータなどが表示されている。その画面が今、真緑に変わった。
「システムオールグリーン」
「ダイヨージョ、ローンチ開始」
オペレーター幼女達の操作のもと、巨大プールから水が排水されていく。もったいないのでこれは後で洗濯に使用する。
プール天井が開き、滑走路に火が灯る。プール床がエレベーターのようにせり上がっていく。
発射カタパルトに、ランドセルが接続された。リコーダーがカタカタと震えた。
「ゲート1番オープン」
「ダイヨージョ、カタパルト定位置に搭乗確認」
「ダイヨージョ、ローンチ」
カタパルトが火花をちらし、大いなる幼女が発進する。加速の勢いで上空に舞い上がり、回転しながら着弾。衝撃波と砂埃が円状に広がる中、ダイヨージョは爆心地で立ち上がった。
相対する巨大怪獣も、その迫力に負けてはいない。巨大な口を開き、中から凛々しい幼女の顔が覗いた。
「がおー!」
怪獣(の着ぐるみ)は両腕を天高く突き上げ、威嚇のポーズをとる。メキシコからの熱風が、砂塵を巻き上げながら両者の間を駆け抜ける。ダイヨージョは両手を静かに前に掲げ、臨戦態勢に移行した。先に仕掛けたのは怪獣側だ。怪獣タックル。受け止めたダイヨージョが押される。ダイヨージョキック。巨大なあんよが容赦無く怪獣の股間を強打。痛い。怪獣怯む。この機を逃さずダイヨージョビーム。両腕を交差させると、不可視のビームが放たれ怪獣は倒れる……はずだった。股間強打の影響で怪獣はビームに反応できていない。それどころでない。
「だいじょうぶ……?」
ダイヨージョが怪獣の股間をさする。オペレーション室の幼女たちも固唾を飲んで見守っている。
「だいじょうぶ」
怪獣が言った。ダイヨージョは安心し、怪獣と距離をとった。両手を静かに前に掲げ臨戦態勢に移行。怪獣も両腕を突き上げ威嚇のポーズ。荒野に風が吹く。鳥が歌いながら飛び去っていく。怪獣がシャボン玉を吹いた。世界は今日も平和だった。
【怪獣ファイル】
第四JOJI 『サンタナ』 : ついに研究所を襲撃(4回目)した恐竜型のJOJI。両手を上げることで体を大きく見せる。また口からはシャボン玉を出し、敵を真っ黒に感光させることができる。機動力を重視して各関節部を薄地で作られたが、それが仇となりダイヨージョの蹴りを中身でまともに喰らった。