4章9 クロスギ JMI渉外係長(11)
とりあえず、コマキに、あの女との交渉を任せた。それで時間を稼ぎ、JMC本部に連絡を入れ、応援を寄こしてもらう算段だ。
コマキに任せたのは消去法である。ケンイチさん――殺し屋G――は問答無用に殺されそうになった。私も交渉を試みただけで撃たれた。またケンイチさんの双子だという青年も、見分けがつかないため、やはり彼女の前に立つのは危険だろう。壁際にいる老人は問題外だ。
電話をかけると、この店のオーナーが出た。彼の裏の顔はJMC本部の重鎮である。昨日の会議には出席しなかったが、最も信頼できる人物のひとりだ、
「もしもし、わたしです。緊急です。社長につないでください」
「ああ、クロスギ君か、社長か…、すまない。今すぐは無理だ」
「何かあったんですか?」
「いや、特に何かあったという訳じゃないんだが、社長は、現在、セーフティールームに籠っていて、直接会えない。電話も話し中で、なかなか繋がらん……」
「なんで、またセーフティールームなんかに……」
私は、話が漏れないように、ケンイチさんたちに背を向けた。
「ああ、もしかしたら、命を狙われているのかもしれんな…」
社長が命を……。この場の事件と関係があるのだろうか?……。いや、これは銀行強盗犯が飛び込んで来たことに始まった、突発的なアクシデントだ。関係があるとは言えない。しかし、本部も大変な状態のようだ……。
「で、そっちはどうした? 店内の電話回線は平常状態に戻ったと思うが……」
「ええ、それが、銃撃戦がありまして……」
「何ッ!! 大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「ええ、私は……、ただ3名が撃たれて、重症です……、至急、応援をお願いします」
「よし、分かった。で、犯人の人数と特徴は……」
「女性がひとりです……」
「…至急、必要なのか?」
「彼女は相当腕の立つプロです。店にいた銀行強盗犯3人を、ひとりで、あっというまに無力化し、私と、連れも殺されそうになりました……。現在彼女は、少なくとも拳銃を3丁所持しています。まだ分かりませんが、仲間もいる可能性があります」
「そうか……、それなら、すぐに人を送ろう。正体は分かるか?」
「それが、顔に覚えのない、30歳前後の、日本人女性でした」
「クロスギ君に、面が割れていないプロか……。分かった、また連絡する」
「よろしくお願いします」
電話を切り、周囲の状況を確認する。あの女はコマキが相手をしている。双子のひとりは、非常口前でライターを持ち、金の入ったボストンバッグを見張っている。
私の隣では、ケンイチさんがスケッチブックに絵を描いていた。女性の顔らしい。どこかで見たことがあるような……。
こんな状況で、なぜ、Gは絵を描いているのだろう?
不思議に思い、彼に尋ねた。
「失礼…、この絵は何ですか?」
「ああ、ええと、これは、あそこにいる女性の絵ですよ」
それにしては、ぜんぜん似ていない。ケンイチさんは殺し屋としては、一流だが、絵の才能はないのだろうか。
しかし、似ていないが、非常にリアルだ。
「クロスギさん、似てないと思ったでしょ?」
「あ、いや……」
「クロスギさんでしょ。兄から聞いてます。今日、打ち合わせをする人は、とても才能のあるマンガ家だって。オレも作品読みましたよ。あの、殺し屋の話、すごく面白かったです」
「えっ!? えっ? 兄? マンガ家? 殺し屋?……」
いったい何の話だ? 暗号か? 試されているのか?
「これ見てください」
彼はスケッチブックのページを1枚めくった。すると、あの銃を持った女性、そっくりに描いてある。これは文句なしに上手い……。
「こ、これは……」
「オレも、ちょっと、びっくりしました。こっちが、化粧をした女性で、こっちが化粧を落とした女性……」
「同一人物なのか……」
「ええ、ショックですね。あんなに美人だと思ったのに、実は、素顔が、こんなんだったなんて……。まるで失敗した福笑い……」
「本人に聞かれたら、殺されますよ……」
少々毒舌だが、何て才能だ……。彼にかかれば、変装が意味をなさない、ってことか……。
「まったく、化粧ってのは、いかに目の錯覚を起こさせるかっていう、技術ですね……」
と、ケンイチさん…、いや、さっき、「兄」って言っていたから、こっちは双子の弟の方だろう、が言う。「マンガ家」など、少し、理解不能の言葉があったが、今はそれを考えている場合ではない。
この素顔の女性は見たことがある……。昨日の会議でも、候補に挙がった…。
「リオックの手下のひとりだ……」
彼女の後ろに、あの貪欲な殺し屋、リオックが動いているとなると、応援を2、3人寄こしてもらっても、焼け石に水だ。最低、特殊部隊が2チーム必要だ。
これは、慎重に慎重を重ねて行動しなければ、命が危うい……。
彼女は、真っ先に、銃を持っている手下を撃ち、次に、武器を持っていないにもかかわらず、G――ケンイチさん――を殺そうとした。交渉しようと試みた私も殺されかけた。
ターゲットは、おそらく私……。
武器を持ち歩いていないことを、事前に知った上で、危険度の高い人物から処理していったのだろう……。
いったい誰が殺しを依頼したのか……。
リオックは、金には汚い。安い仕事は引き受けない。
十分な資金を持った人物で、私に恨みをもつ、あるいは、私を邪魔に思う人物が依頼したのだろう。商売敵か、あるいは、組織内部の人間か……。
とりあえず、もう一度、本部に連絡を入れようと思い、電話をかける。オーナーが出たので、リオックが関係していると伝えた。
「なに!? 本当か? そこにいるのは、リオックの手下なんだな?」
「ええ……」
「……」
「標的は、おそらく私です」
「そうか……、了解した。ところで、クロスギ君……、良いニュースと悪いニュースがあるのだが……」
「はい?……」
「どちらから、聞きたい?」
「えっ、では良いニュースから」
「よし、良いニュースは、かならず助けに行くってことだ。だから、それまで耐えてくれ……」
「分かりました。では、悪いニュースは?」
「あ、ああ、言いにくいのだが……」
「何でしょう?」
「実は……、全ての実行部隊が出払っているのだ」
「えっ?」
「社長が動かしているらしい……」
「社長が……」
「別の案件があるらしい…。と、言うことで、すぐに動ける部隊はいない。頑張れ! 検討を祈る! 死ぬんじゃないぞ!」
「えっ! えっ! ちょ、ちょっと待って」
ガチャッ、ツー、ツー……。
電話は切れた。
少し放心してしまった。頭を振って、これからどうすべきか考える。
逃げるか、戦うか……。
いずれにせよ、心強いことに、ここには殺し屋Gがいる。
彼と信頼関係を結んでおいて本当によかった……。もし彼まで敵に回していたら、すでに私の命はなかっただろう。
思いを巡らしていると、女の子の声が響きて来た。
「異議あり!!!」