表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

4章6 ケンイチ 文学部2年(8)


 オレの身体は震え、心臓はドラムロールのように、鳴り響いていた。


 少し間違っていたら、オレは死んでいたかもしれない。たった今、直面した命の危機に、オレの身体が反応している。


 これが恐怖なんだろうか?


 恐怖とは心や頭で感じるものだと思っていた。しかし、死ぬってことの実感はなかった。危険だって認識もなかった。ただ身体だけがそれを感じていた。


 クロスギさんがオレに訊いてきた。オレは手の震えを、無理やり、グッと押さえつけた。


「ケンイチさん、彼女が何者か、ご存知ですか?」

「い、いいえ……」

「そうですか……、私もです。なぜ彼女はあなたを狙ったのか……。その前に通報しませんと」


 クロスギさんは電話をかけ始めた。オレは呼吸を整えながら、頭を働かそうをした。


 なぜ、オレを殺そうとしたのか? オレ、何かしたんだろうか? 謝って済むなら、謝りたい。でも、オレを殺したいほど恨んでいるんだろうか?


 オレを殺そうとした女性……。今日が初対面だった……と思う。あんなキレイな人に会ったことない……と思う。


 過去にお付き合いしたことのある女性、友達、知人、親類……、誰にも似ていない。


 もしかしたら、化粧のせいか!?


 化粧のせいで、別人に見えるだけかもしれない……。


 たとえ、知っている人だったとしても、恨みを買った覚えはないし……。


 オレは考えるのを後にし、弟のケンジに、彼女の似顔絵を描いてもらうことにした。ただし、そのままでは意味がない。化粧を完全に落とした似顔絵なら、彼女が誰だか分かるかもしれない。ケンジは早速、絵に取りかかってくれた。スケッチブックを広げて、スラスラと鉛筆を走らす。


「撃たないでくれ。お互いの利益になるように話し合おう」


 声の方を見ると、ケンジの連れだったコマキさんが、両手を挙げて通路に出ている。衝立のすき間から覗くと、彼はゆっくり銃を持った女性に近づく。


「そこで、止まりなさい」


 彼女が言うと、コマキさんは足を止めた。彼女は続けて命令する。


「ジャケットを脱いで……、下に置いて……、手を上げたまま、ゆっくり後ろを向いて……、いいわ、こっちを向きなさい」


 コマキさんは指示通りにすると、カウンター前にたたずむ彼女に話しかけた。


「目的を教えてくれないか?」

「目的?」

「ああ、なぜこんなことをする?」

「あなたに言う必要があるかしら?」

「俺たちに出来ることなら協力する」

「あなたに何が出来るのかしら……」

「お前は、俺に何をして欲しいんだ?」

「……」

「目的は、金じゃないよな? 金じゃなければ、燃やしても構わないな?」

「……」


 コマキさんは振り返って、オレ達に顔を見せた。さかんに目玉を左に動かしながら、口をフゴフゴと動かしている。


 何やってるんだろう?


 オレは周りを見まわした。クロスギさんは電話しながら、コマキさんを見て、コクリと頷いている。ケンジはしゃがんで、一生懸命に似顔絵を描いている。後ろの席のおじいさんは、四つ這いになってゴソゴソと何かをしていた。


 コマキさんはオレを見て、顔を動かす。


 オレもコマキさんの顔真似をしてみた。


 すると、コマキさんは首を横に振り、また目玉を左に動かしながら、口をフゴフゴと動かす。


 何の事だ?


 コマキさんは両手のひらを胸の前で上向きにして、指をゆらゆら動かした。


 何だろう? サイレンかな?


 炎か!


 オレはコクリと頷いた。


 女性が視線を外した隙を見計らって、通路向うの非常口前に飛び込んだ。ウメダさんが車に運び込もうとしたボストンバッグが3つ、積み重なっている。ここも、彼女からは死角だ。そこにライターが飛んで来たので、とっさに両手でキャッチした。おじいさんが親指を立ててウインクする。


 よし、これで準備はいい……、かな?


 合図があったらバッグの中のお金に火をつけていいんだよね?


 でも、お店が火事になったら、どうしよう?……。


 オレ……、放火犯? 


 3億円も、オレが弁償するのかな?……。




 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ