4章5 ケンジ 芸術学部2年(10)
「ケンイチ大丈夫!?」
オレとケンイチは、あの女性から見えないように、衝立の後ろに隠れた。兄のケンイチは衝立に背を預け、ハアハア言っている。
「あ、ああ……、オレは大丈夫」
怪我はないようだけれど、相当ショックを受けてるみたいだ。当たり前だ。あのクロスギさんっていう人の助けが、少しでも遅ければ、殺されていたんだから。
くそう! オレの大事なアニキを殺そうとするなんて、許さん!
きれいなお姉さんだけど、許さん!
と、思ったけど、拳銃を持った人を相手に出来ることなんて、何があるんだ? オレの出来ること……。
オレは、こっそり、しゃがみ込みながら、自分のカバンに手を伸ばして取った。中を開けてみる。
中身は、いつも入れっぱなしのスケッチブックと鉛筆に、それから500ccのスポーツドリンクが3本、そして、お菓子が3箱……。
ああー、さっき、コマキさんが蹴った拳銃を拾っておけば良かったな。
あっ、でも、オレ、銃なんて使えないし……。
どうするか考えていると、クロスギさんが、交渉をしながら、オレ達のとなりの衝立裏に転がりこんで来た。
「もし、また撃ったら、金を全部燃やして、爆弾をそっちに投げ込むぞ!」
クロスギさんは叫ぶ。
ゲエッ!!! 爆弾を爆発させたら、みんな危ないじゃないか! 何考えているんだよ!?
すかさず、クロスギさんは携帯電話を取り出して、電話をかけるジェスチャーをまわりのオレ達に見せながら、コマキさんに小声で言った。
「コマキさん……」
「はい」
彼も小声で答えた。
「私が通報している間、彼女との交渉をお願いしていいですか?」
「ええっ! 俺!?……」
「あなたにしか頼めません。お願いします!」
彼は目を泳がせていたが、決心したようにうなずいた。
クロスギさんはケンイチに言う。
「ケンイチさん、彼女が何者か、ご存知ですか?」
「い、いいえ……」
「そうですか……、私もです。なぜ彼女はあなたを狙ったのか……。その前に通報しませんと」
クロスギさんは携帯で声がもれないように話しはじめた。
「ケンジ」
ケンイチが呼吸を整えながらオレを見た。
「何?」
「ちょっと、頼んでいいか?」
「いいけど、何?」
「絵を描いて欲しいんだ」
「えっ!? 絵!?」
「ああ」
「絵って、あの紙に鉛筆で描く、あの絵?」
「そう」
「今?」
「今」
「何の絵」
「彼女の絵だよ」
「えっ、オ、オレ、彼女なんていないよ」
「知ってるよっ。じゃなくて、あそこにいる、女性の絵だよ。描けるか?」
「バカにすんなよ。目をつぶっても描けるよ」
「ただの似顔絵じゃない」
「と言うと?」
ケンイチはオレに耳打ちをし、どんな絵を描いて欲しいか説明した。オレは彼女の顔を思い浮かべる。
それは、ちょっと難しいな……。と思ったが、挑戦してやろうじゃないの。
オレは、スケッチブックと鉛筆を取り出した。