4章20 G 殺し屋(14)
クロスギと共闘していたが、クロスギが転倒したことをきっかけに、均衡が一気に崩れた。これは、この女の狙ったことだろう。彼女は、銃の落ちている場所まで、我々を上手く誘導した。そして、クロスギの蹴りのタイミングで、彼の軸足の下に銃を蹴り飛ばして、彼のバランスを崩したのだ。
まったく、この女は強すぎる。いったい何者なんだ!? こんなにきれいな顔をして、俺たち2人相手に互角以上の戦いをする。
彼女は、クロスギの胸を撃ち、そして、俺にも銃を向けた。俺はカバンで銃口をふさいだが、彼女は俺を撃とうとはしない。
「ク、クロスギさん!」
いつの間にか、通路に出て来ていた、双子の片割れが青い顔をして叫ぶ。彼女は彼を躊躇せずに撃った。
パンッ!!
彼の心臓を撃つ。彼は、一瞬、自分の胸を見たが、すぐにクロスギに視線を戻して、戦慄く。
「オ、オレがもっと早く動いていたら、オレが……、オレのせいだ……」
「ケンイチー!!」
双子のもうひとり――オレの依頼人か?――が立ち上がって、依頼人に駆け寄った。
「ケンイチ!! ケンイチ!! 大丈夫か!?」
女は、ちょっとびっくりしたような、迷った風な顔をしつつ、彼も撃った。ワイシャツが赤く染まる。
依頼人は自分の胸を見た。そして、双子で青い顔を見合わせると、奇声をあげて走り寄ってきた。
「うわあああああああああああ!!!」
女は、あわてて右手の銃で撃とうとするが、弾切れだったので、俺に向けていた銃を、彼らに向けて連射した。
パンッ!! パンッ!!
2人に命中するが、双子は、胸を血だらけにして、何ともないように走って来る。まるで走るゾンビみたいだ。血のりなんだけどね。彼女は取り乱したように叫ぶ。
「きゃああああああああああああ!!!」
彼女はもっと撃とうとしたが、銃は、カチカチカチカチと音をたてるだけ。彼女の注意が完全に双子にいった時、俺はカバンの硬い角の所を彼女の後頭部に叩きつけた。彼女は床に倒れこむ。俺は結束バンドを取り出し、彼女の両手を後ろで、そして両足も縛り上げた。
双子の兄はクロスギの方に行き、彼の無事を確かめる。撃たれたクロスギは問題ない。これも血のりのペイント弾だ。用意しておいて本当に良かった。やはり事前の準備が大切なのだ。
双子の弟――依頼人――の方は、その後、どうすることもなく、クロスギと双子の兄が話しているのを見たり、女を見たり、挙動不審にうろついていた。撃たれたショックで、兄につられて、ここまで何も考えずに走ってきたようだ。
俺は一息ついた。やっと死地から抜け出たことに、喜びの感情がシャンパンの泡のように込み上げてくる。ここまで長かった。何度も、もう駄目かと思った。何度も行動の方針を変えた。だが、もう大丈夫だ。きっと、もう何も起こらない。JMIと良好な関係を築き、安心、安全な生活を送るのだ。
俺はクロスギに、拳銃を預かった際に、実弾とペイント弾を入れ替えて置いたことを説明した。クロスギは、俺の肩に手を置き、「助かった。ありがとう」と言った。その一言に、俺のハートはきゅんと痺れた。涙が出そうになる。
もうJMIに殺されることはない……。
俺たちは女の目を覚まさせて、事情を聞こうと試みた。
そうだ。彼女は一体何者なのか? そして何をしようとしていたのか? 後処理はクロスギたちが全てやってくれるだろうが、俺も出来る限り協力して、心象を良くしておきたい。
「おい、起きろ! おい!」
うつ伏せのまま、彼女の頬をぺちぺちと叩く。俺は女が起き上がらないように、上から押さえつけていた。無論、彼女は意識が戻ると、少し暴れたが、腕も足も拘束されていることが分かると、大人しくなった。
「お前は誰だ。名前は!?」
俺は上から尋ねる。彼女は俺を無視した。髪の毛をつかんで、もう一度聞く。
「聞こえないのか? 言え!」
彼女は、「ふんっ」と言う。俺は、近くに落ちていたトカレフを、彼女の頭に突き付けた。
「言え!」
しかし、彼女は、のほほんとしている。俺は、彼女の目の前の床を撃った。床に穴が開き、焦げ臭い香りが漂う。そう、銃の暴発によって飛ばされ、そして、彼女がクロスギを転ばすのに使った、この1丁だけが実弾入りだ。
それを見た彼女は、目を見開く。余裕な態度はなくなったが、それでも話そうとはしない。クロスギが口を開く。
「正体と目的を話していただけますか?」
無駄だった。彼は言葉を代える。
「あなたは、カマキリですね?」
女が驚愕の表情でクロスギを見た。クロスギは続ける。
「リオックは何をするつもりなのですか?」
はっ!? 何か、不吉な単語が聞こえたようだったが……。
女は顔を隠すように押し黙っている。
リオックっていうのは、俺の師匠のKに匹敵するって噂の、凶悪な殺し屋だったよね……。だったと思う。
なんで、そんな殺し屋の話になってるの!?
事件は、これで解決、チャンチャン、って所だったよね。
あ、あれっ、どうしたのかな? シャンパンの泡のような喜びの感情が、弾けて消えた。一瞬だった。
クロスギは質問するが、彼女は答えない。そんな時、突然、
ぷしゅううううううっ!!!
という音が店内に響き渡った。