4章11 ケンイチ 文学部2年(9)
「ふっ、ふっ、ふっ……、はあっ、はっ、はっ……、オーホッ、ホッ、ホッ!!」
可愛いかった店員さんが、後ろに手を組み、店内を歩きながら笑っている。
いったい、どうしたんだろう? 彼女は、銃が怖くないのだろうか? 怖くなかったとして、何をしようとしているんだ? 気が触れたんだろうか?
銃を持った女性の注意が、女の子の方へいった時、フワッと風のように、クロスギさんがオレの処に飛び込んで来た。
さっき、電話をかけていた。早く、警察が助けに来てくれるといいんだけど……。
「ケンイチさん」
「はい」
「悪い知らせがあります」
「はい…」
「応援はすぐに来ません」
「ええっ! 来ないんですか!?」
「ええ、全部、出払っているようです……」
警察が全部、出払うなんて……。な、何で?……。そ、そうか……。銀行強盗があったから? いや、もしそうなら、犯人はここじゃないか……。真っ先に、ここに集まって来ても良いはずだ。なぜ来ないんだ?
も、もしかして、町中が事件でパニックになっているとか。例えば、ゾンビの発生……。
オレはブルブルっと身体を震わせた。
今日は、おかしなことが起こりすぎる。銀行強盗犯の乱入、逃走の手助け、銃撃戦……。現実離れした状況に、ありえない妄想も、現実味を帯びてくる。クロスギさんが言葉をつなぐ。
「私たちだけで何とかしなければいけません……」
「そうですか……」
「いくつか、選択肢がありますが……」
「はい」
「まず、ひとつ、ちょうど、ここに非常口があります。私たちだけで逃げるという手……」
「それは……、出来ません……。他の人たちを見捨ててなんて……」
「そう言うと思いました。やはり、あなたは私が思っていた通りの人だ」
クロスギさんは、誇らしげにオレの肩に手をやる。オレもちょっと嬉しくなった。
「ふたつめ、協力して、彼女を取り押さえること……」
「で、でも彼女、銃を持ってますよ。それも3つも」
「ええ、だからケンイチさんの協力が不可欠です。ケンイチさん、今、武器は何をお持ちですか?」
「へっ!? ぶ、武器!?」
オレのリュックに入っているもの……、ノートや筆記用具、大学の宿題のレポートと、書きかけの小説の原稿用紙、アイデアノート……。
武器になりそうなもの……。
と、その時、「ペンは剣よりも強し」という言葉を思い出した。『リシュリュー』っていう戯曲にあったと思う。
オレは筆箱から、ボールペンを取り出し、クロスギさんに見せた。
「これとか?……」
彼は目を丸くして頷いた。
「おおっ、これは見事な暗器ですね。本当にボールペンにしか見えない」
本当に、ボールペンだけど…。アンキって何だ?? 暗記してどうするんだろうと思ったが、クロスギさんは続けて、
「私は、彼女が落とした銃を探してきます。準備が整ったら、2人で一斉に襲いかかりましょう」
と言って、またクルッと前転しながら、通路を越えて、窓際の席の方へ行ってしまった。
ちょ、ちょっと待って!! 2人は銃で、オレはボールペンで戦うの!?
無理! 無理!
誰か、助けて―。
オレは心の中で叫んだ。