俺に幼馴染の彼女なんていなかった。II
カッとなって http://ncode.syosetu.com/n0115ec/ の続きを書いた。反省していない。
ちゅん、ちゅん。
雀の声が聴こえる。
…朝か。
布団からむくりと起き上がり、周囲を見回す。
(…だよなあ。なんだよ、幼馴染で美少女の彼女って。しかも、いまさら高3とか)
そこは、アパートの部屋だった。
隅にある姿見に映る俺――真鍋稔――の顔は、少し白髪が混じった髪ではあるものの、年齢相応のもの。
いや、58なら白髪が混じってても不思議じゃないか。禿げてないだけマシとも言える。
(…会社行くか)
顔を洗って手早く着替え、部屋を出る。朝飯は…食欲がないから別にいいか。
◇
アパートから歩いて20分ほどの最寄駅で電車に乗り、数十分ほど揺られる。
今日は、運良く座ることができた。
(学生時代は、学校が近くて良かったよなあ…)
小中高大と、学校は自宅から徒歩圏だった。もっとも、大学は近くのアパートを借りてひとり暮らしだったが。
卒業後は、そのまま大学のある都市圏で就職した。独身寮があるような会社ではなく、都市部のアパートは割高でもあったから、郊外の安い物件に済むようになり、現在に至る。
働いて数十年も経てば給料も相応に上がり、もっと会社に近いアパートに引っ越すこともできたのだが、電車通勤に慣れてしまってからは、引っ越す気もなくなってきた。
(結婚していれば、もう少し広いところに引っ越すことになったのかもしれないが…)
ふと、夢で見た少女のことを思い出す。夢にしては、やけに鮮明に覚えている。
(『柿崎麻里奈』…だったけか。氏名まで設定されている夢とは、また斬新な)
高校3年で18歳の誕生日を迎えた夢の中の俺は、幼馴染であり彼女でもあるその少女に、誕生日プレゼントと称して、晩飯をたらふく食わされていた。
そう言えば、実家の食堂での晩飯だったにも関わらず、その少女とふたりきりだった。その頃はまだ健在だった両親が気配すらなかったあたり、親不孝な夢を見たものである。
(もし本当にあの少女が存在していたら、俺の人生は変わっていたのだろうか…)
想像しようとしてみたが、無理だった。なんというか、別世界、別次元の話のように思えた。
女性経験が豊富だったら、あるいはそうでもなかったかもしれないが、あいにく、豊富どころか、全くといっていいほどそんな経験がなかった。
高校時代の悪友だったら、そんな状況を男として恥じていたかもしれない。しかし俺は、その『男として』のあたりがどうにも理解できなかった。
(こうして同じように通勤・通学している人々にも、付き合っていたり結婚していたりするのがほとんどだろうなのにな)
ふと、目の前で吊革につかまって立っている男性の左手を見る。俺にはこうして意識しないと気がつきもしないが、その薬指に指輪が見える。
(普段から結婚指輪をはめるのは、『私は結婚している』と自ら示すためなのだよな。既婚であることを知らせ、自身が恋愛対象ではないことを…)
そこまで考えてから、俺が当然ながら結婚指輪を、いや、他の意味での指輪もはめていないことが、周囲に、特に、異性にどう見られているのだろうか…などと、柄にもないことに思いふける。
そうこうするうちに、電車は会社の最寄駅に到着する。そこから歩くこと10分、ようやく会社に到着する。
◇
「真鍋さん、この書類、いつまでに提出すればいいですか?」
「今すぐ。無理なら、明日の朝まで。でないと、出張費の立替払い振込が先に延びる」
「えー!?あたし、来月カード引落でピンチなんですよ!なんとかできませんか!?」
営業部のひとりがそんなことを言ってくる。受注成績が優秀でもこれじゃあなあ。本来は会社持ちの出張経費でも、手続きまでに2~3週間は余裕があったはずなのだが。
「はあ…。じゃあ、ここに押印して。細かいところは俺が書いておくから」
「ありがとう!今度飲みに行きましょ!」
そう言って自分の机に戻っていく。
はて、彼女に飲みに行こうと言われたのは何度目だったか。
「真鍋さーん、甘いっすねー」
「几帳面にやりすぎて支払いが遅れれば、社内の雰囲気も悪くなるしな。自業自得とはいえ、とばっちりを受けるのは俺だ」
「そんなこと言ってるから、ずるずると延ばされるんですよー。彼女、営業回りばっかでろくに会社にいないんですから」
それで結果を出しているならいいと思うが。まあ、デスクワークがいつも滞る理由にはならないか。
そんなことを同じ総務部の後輩につぶやきながら席を立ち、給湯コーナーでインスタントコーヒーをいれる。
砂糖もミルクも入れない。コーヒーの香りの良さとやらがわからない俺が、砂糖やミルクで苦味までなくしてしまったら、ただのミルク砂糖水になるだけだ。
「相変わらずブラックですかー。カッコいいっすね。今でもモテモテなんでしょ?」
「俺は自分が飲みたいものを飲んでいるだけだ。そもそも、インスタントにカッコも何もない」
「ほんっと、なんで独身なんですか?こないだも取引先の女性から声かけられてたじゃないっすか」
人の話を聞かない後輩。声かけられるだけなら、老若男女、誰からも声をかけられる。全てを恋愛感情に基づくと考えたら大変なことになる。
「昔、そういう悪友がいたなあ…。さすがに、男にまでアプローチすることはなかったが」
「あ、俺にはそのケはないんで」
「そうかい。そんなことより、この書類さっさと片付けろ。その決済、締切が今日だぞ」
PCの画面を指差しながらそう言うと、後輩はあわてて処理を始める。イージーミスしなければいいが…。まあ、後でチーフ権限で確認しておくか。
しかし、30代にもなってこんなことをのたまうこいつも既婚者なんだよな。キーボードを叩く左手の薬指に指輪が光る。
いや、そうか。既婚者だからこそ思うのか。『なぜ』なのかと。実際、ある程度の年齢になれば、未婚より既婚の方が圧倒的多数だ。しかし、当然のように思われてもな。
(そういや、さっきの営業部の彼女も既婚だったか…)
数年前に産休と育休を取得していたのを思い出す。子供が生まれた後でも普通に働き続けることができるのは、ある意味当たり前ではあるが、ウチが良い会社である指標のひとつだ。
そう言えば、部長(実は俺より年下)のところはもうすぐ3人目が生まれるんだったけか。今度も育休を取るようだが、現在の人事状況なら、会計チーフの俺が多くをカバーできるだろう。
(みんな、仕事に家庭に…。たまには、飲みに付き合うのもいいかな)
皮肉なことに、独身でひとり暮らしの俺ほど飲みには行かない。下戸ということもあるが、酒に酔うことで生まれるあの場のテンションにどうにもついていけない。
『静かに飲む』のは意外とお金がかかり、たいがいが大衆居酒屋なのが原因のひとつなのかもしれない。ウチは、ブラックではないが大企業でもなく、ローン数十年でようやく地方の郊外に一軒家が建つかもしれない、という程度の給与水準だ。
いろいろと思うようにいかないこともあるから、パッと騒ぎたい。それも、わからなくもない。
「よし、この取引の処理が終わったら、みんなで飲みにいこうか。明日は休みだしな」
「え、マジっすか!?やりますやります!」
「あ、あたしも!」
おお、モチベーションが上がる上がる。
「えっと、私も参加していいかね…?」
部長…。いやまあ、いいんですけど。
見ると、周囲の同僚のみんながみんな、携帯端末で通話やらメッセージやらをやりとりしている。家族への連絡だろうことはわかるが、誘った張本人の俺が何もしなくていいのは何かの皮肉か。
◇
「…真鍋か?」
「…おお、ひさしぶりだな。こっちに住んでるのか?」
「いや、出張だ。明日早朝、取引先に顔を出す」
同僚達が既に宴会の佳境に差し掛かっている居酒屋で、高校時代からの悪友――桂木裕也――にバッタリ会う。あくまで、腐れ縁の悪友である。親友ではない。
「それ、今ここにいていいのか…?まあ、いいか。ひとりなら、一緒に飲むか?俺はウーロン茶だが」
「そうか、下戸だったな。いや、その人達はいいのか?」
「え、もしかして、今日も話題にしていた、真鍋さんの同級生!?座って座って!」
そう言って同僚たちは、俺達が使っているテーブルの空いている席に、桂木を座らせる。なんか、ただでさえ高かったテンションが更に高くなったような。
「教えて教えて!高校の頃の真鍋さんってどんなだったの?」
「どんなだったと言っても…おそらく『今と同じ』だろうなあ」
「ってことは、モテモテだったんですね!」
だから、なぜそうなる。
「ああ、モテモテだったな。席替えのたびに修羅場が発生していた」
「おい、初耳だぞ」
「同窓会は『今回も真鍋くん来ないじゃない!』と叫ぶ元クラスメート女子のセリフが開始合図だな」
いや、会場がいつも実家方面だから帰るのに時間と旅費がえらくかかって、小中高の同窓会はいつも欠席連絡を送っていただけなのだが。
いずれにしても、初耳ばかりで反応に困る。俺はアイドルか珍獣なのか。
おかしい。また、変な夢を見ているのだろうか。
…ふむ。試してみるか。
「なあ、『柿崎麻里奈』という名前に心当たりはないか?」
俺の突然の質問に、桂木は目を見開き、とても、とても驚いた顔になる。
む、何か心当たりがあるのか?
「真鍋の口から、女の名前が、出た…だと…?」
違った。どうやら、あの都合の良すぎる夢とは関係ないらしい。
「よくわからんが、最近、高校時代の夢を見てな。なんとなく、そんな名前が出てきたんだ」
「夢に見るほどの女性なのか?おい、一大事だ!あの、2次元にも3次元にも関心がなかった真鍋が!」
「ほんとっす!真鍋さん、それこそ初耳っすよ!」
なんだろう、このリアクション。昔から女性に縁がなかったのは自他共に認めるところだが、それでいてモテモテだった、というのは矛盾しまくりではないのか?
「だから、夢なんだって。心当たりがないなら、別にいい」
「いや、よくない。名前まで出るほどなんだ、どんな女性だったのか言え」
「どんなって…。荒唐無稽なんだ、夢だけに。まず、幼馴染って設定がな…」
夢で見た、18歳の誕生日の前日と当日の話をする。とはいえ、当日の話は、前日の話とあまり変わらない。晩飯に、やたら精のつくものを食べさせられたような気がするのが違う点か。しかし、誕生日プレゼントに鰻とか。5月だぞ。どうなってんだ、俺の夢のあの少女。
我ながら、残念な夢だったなあ…と思いながら、一通り話し終える。
…なぜ、桂木は、泣いているんだ?
「おい、そんなに悲しい話だったか?泣き上戸とかじゃなかったよな?」
「え?…ああ、そうだな。まるで、白馬の王子様が現れるのを待っていたらすっかり行き遅れてしまった美女、のような話だったな」
「なぜそこで女性に例える…お前らしいといえばそれまでだが。しかしそうか、やっぱり、あの少女が俺の理想、だったのか…?」
名前を含めて理想なのかはわからない。まあ、夢だけに、勝手に辻褄を合わせるために思い浮かんだだけなのだろう。
なんとなく結論は出たものの、俺自身は悲しい気持ちになるわけでもなく、桂木の妙な例えに特別な感情を覚えるほどでもない。
「で、なぜ泣いてるんだ?」
「いや、それは俺にもわからん…」
首をひねりながらも、涙をぬぐう桂木。本人の俺がけろっとしていることに、むしろ罪悪感を覚えてしまう。大変、不本意ながら。
◇
翌日。休日ではあったが、朝早く目を覚まし、桂木を起こす。
宴もたけなわという時になって『宿を取ってない』とほざく桂木を電車に乗せ、なんとか自宅アパートにたどり着き、床に転がす。毛布一枚かければ大丈夫な季節で良かった。
しかしこいつ、本当に俺と同い年なのか。高校の時とまるで変わらないという印象。なつかしくもあり、それは別に構わないのだが。
「昨夜は助かったよ。じゃあ、たまには同窓会に出てくれ」
「ああ、考えとく。奥さんによろしく。…何人目だったか忘れたが」
「うん、まあ、そのことも含めて、次の機会にな」
こう言ってはなんだが、酒の席では俺なんかより桂木を問い詰めた方がよっぽどウケが良かったのではないだろうか。
高校時代もそうだった。女子にアプローチしては振られ、振られずに付き合うことになっても数週間で別れ、また女子を口説いていく。今も、いろんなタイプの女性にアプローチしているのだろう。年甲斐もなく。
ふと、『白馬の王子様が現れるのを待っていたらすっかり行き遅れてしまった美女』というのは、こいつのことではないだろうか、とも思う。美女相当かは怪しいし、何度も結婚までこぎつけているとはいえ。
「じゃあな。…ああ、そうだ」
「なんだ?」
「真鍋、お前、夢の中の『柿崎麻里奈』だったか?その少女が、本当にお前の幼馴染で、彼女でもあったら、どうしていた?」
どうしていた…か。どうもこうも、夢を前提にして推測するのもな。
とは、いえ。
「まあ、俺の理想の女性みたいだし…。一緒にいて楽しい、いつも一緒にいたい、という気持ちにはなったな」
こんな、恥ずかしくて悶そうなセリフを、俺が口にするとは。でも、なぜか、自然とそう言えた。
「そうか…。引き止めて悪かった。それじゃあ、今度こそ、またな」
そう言って、昔からの悪友は、駅前の人混みの中に消えていった――。
◇
「もう、良いのですか?」
「ああ…。いや、まあ、最初から結論は出ていたんだけど、な」
俺――桂木裕也――は、白い空間に響く声に、そう答えた。
俺は、モテたかった。そりゃあもう、いろんな女の子にちやほやされて、いちゃいちゃしたかった。そのためには、常に命の危険が伴う、壮絶な魔王討伐の戦いに放り込まれたって構わない。
そうしたら、本当に勇者として異世界召喚されたんだよ。しかも、神様チートで剣技や魔法を使いたい放題。冒険仲間の王女様や魔法少女達も、みんな綺麗で可愛くて、フツメンの俺にも好意を示してくれた。いやっふー。
でも、召喚先の王城には、とんでもなく不機嫌な顔をした、クラスメートの柿崎麻里奈もいた。元から美少女だった彼女は、聖女として同じくチート級の能力を身に付け、周囲の団長やら王子やらにちやほやされていた。しかし、何かぶつぶつ言いながら、不安そうな表情をし続けていた。
使えるはずの現地語ではなく、日本語でつぶやいている声をよく聞くと、『稔くんの誕生日なのに。稔くんの誕生日なのに。稔くんの誕生日なのに。稔くんの…』と、呪文のように唱えていた。こええよ。
何が柿崎をそこまで…とは思わなかった。真鍋稔は柿崎の彼氏で、幼馴染でもある。彼女は真鍋にベタ惚れだった。高校の入学式で、真鍋と腕を組んでニコニコと歩いているのを見た時は、唖然とすると同時に、けっ、という気持ちにもなった。男なら、誰でもそうなるだろ?
ただ、幸か不幸か、そのふたりと同じクラスになり、それは学年が進んでも同様だった。何の因果か、真鍋とは入学から1か月も経たずに親友となった。最初のゴールデンウィークで、既に一緒に遊び倒したほどだ。まさか、もれなく柿崎がくっついてくるとは思わなかったが。
「横恋慕、でしたっけか、そんな気持ちにはならなかったのですか?」
「まあな。柿崎のあまりのヤンデ…ベタ惚れっぷりに、美少女がどうとかふっとんだわ」
最初は、いくら幼馴染で付き合いが長いとはいえ、なぜに俺と同じくらいの顔面偏差値の真鍋にこうもベタベタなのか、他にもいい男ならいくらでもいるだろうが、俺とか、などと思ったりもした。
しかし、普段はともかく、こと真鍋への恋愛感情については真剣で、思い込みも激しかった。以前、ある勇者(俺じゃない)が柿崎に告った時、たまたま近くにいた者が聞いたことから、おそらく真鍋以外の、しかし、全校生徒が知ることとなった迷言を、柿崎は放った。
『…稔くんから離れろ、っていうの?』
うん、明らかに視点が違う。いや、勇者(俺じゃないよ)が求めるところはそうなんだが、最初からそれを意識しているところが柿崎らしい。しかも、『離れろ』だよ。『別れろ』じゃないんだよ。その勇者(俺じゃないってば)はもちろん、そのセリフを聞いた者は、その意味合いがじわりじわりと染み込んで、最後には恐怖を覚え、柿崎の見る目が180度変わった。
そんなことを勇者(ちくしょう、俺のことだよ)がやらかした翌日、俺は真鍋に尋ねた。お前は、柿崎のことをどう思ってるのかって。だけど、顔にあまり表情を出さず、口数も少ないあいつは、こう言っただけだった。
『まあ、一緒にいて楽しいな』
なぜ、『好きだ』ではなく『楽しい』なのか。その時は、その意味するところがはっきりとはわからなかった。わからないなりに、このふたりは、これはこれでお似合いなのかもしれない、と、その時は思った。
けれども、早く元の世界に戻りたい、そのためだけに異世界で聖女として活躍しまくる柿崎は、治癒能力(大)で赤ん坊に戻すという暴挙で魔王の脅威を排除した後、豪快にヘタレた。
物心ついた時から一時たりとも離れたことがない柿崎が、真鍋から数か月離れたことで(少し)正気に戻ったのかもしれない。『私は、稔くんと一緒にいていいのか』、と。
「で、その時、あらためて彼女に横恋慕したのですか?」
「…神様、アンタ、俺をからかって楽しいか?」
仮に柿崎が変に自省しまくったとしても、柿崎が真鍋以外の男を相手に選ぶとはとても思えない。下手すれば、一生独身だ。それこそ『白馬の王子様が現れるのを待っていたらすっかり行き遅れてしまった美女』状態だ。
ああ、そうだよ。『もう一度チャンスがあるかもしれない』と思ったさ。
柿崎がそんな状態で、真鍋が実は子供の頃からの腐れ縁程度に思っているだけなら、あるいは、と。
「彼女が帰還する際に私に願ったことを知り、『特典』を保留していたあなたは便乗しようと思ったんですね」
「なぜか、帰還した翌日、柿崎がむしろパワーアップしてたからな。あんなにヘタれていた柿崎が、と、あらためて驚いた」
柿崎はともかく、真鍋の気持ちを知りたかった。『柿崎の存在しない世界』での、真鍋の様子が知りたかった。
くそう、全く同じじゃないか。あいつ、柿崎しか眼中にない、とかいう生易しいものじゃない。柿崎が存在しなくても、柿崎の存在を前提とした人生を送っていやがった。ようやく、『楽しい』の意味を理解した。柿崎がいなければ、真鍋は何が『楽しい』ことか理解できない。柿崎にしか、真鍋を『楽しい』人生にできない。それって、もはや『運命の相手』だろう?
そう思ったら、泣けてきた。俺は、あの軽い告白で『運命の相手』を引き裂こうとしていたのか?そしてまた、俺は同じことをしようとしていたのか?
自省するのは、柿崎ではなく、俺の方だった。
そして、本当の失恋も、この時だった。
◇
「さて、これからどうしますか?あなたの言う王女様や魔法少女達に嫌われてまで帰還してきたのですから、後がありませんよ?」
「アンタ、ほんっとうに辛辣だな!やっぱり、俺をからかって楽しんでるだろ!」
「いえ、まさか。ちなみに私は男神ですので、実はあなたが好きとか、そういうオチはありませんよ」
姿が見えていたらドロップキックかましていたところだ。効くかどうかに関係なく。
「俺だって『運命の相手』ってものを信じるようになったんだよ!真鍋の夢の未来のようになってたまるか!」
「特典には、異世界転移能力もありますが?」
「…それでお願いいたします」
よし、まだワンチャンある!待っててくれよ、王女様や魔法少女達!
「…彼の夢、シミュレーションとしてはかなり精度が高いのですけどねえ…」
ちなみに、僕は真鍋とも桂木とも違うタイプです。違うんだってば。