求愛と破壊のすれ違い part26
「あぁ?」
理解し難い行動を取った唯香と詩織を颯太睨みつけた。
充によって運命を歪められたものの、操られているわけではないので、2人の瞳には確かな意思があり、颯太に対する恐怖もあった。
「萩野君は私が守る……!」
「ふーたが相手でも、絶対にここは退かない!」
「2人とも……」
充にとっても意外だったのだろう。一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情へと切り替えた。これは形勢逆転のチャンスでもあると思ったからだ。
「俺を止めたいのなら、君達は2人を倒さなきゃならない。……それが出来るのかい?」
「充! おめぇ、女を盾にして恥ずかしくねーのか!?」
「何とでも言いなよ。……さあ、2人を傷付けたくなければ、ここは見逃してもらおうか」
「くそっ!」
颯太は充に牙を向けつつも、行動が出来ずに悔しそうな表情を浮かべている。
しかし、その一方で黒山はずっと表情を変えずに真顔だった。
そんな黒山に充は疑問を抱いた。
「先輩。貴方はこのような状況でも平然としていられるのですね」
「この状況?」
黒山の反応に充はもちろん、颯太も理解が出来ずに振り向いて黒山を見る。
颯太の方をチラッと見てから充に視線を戻し、鼻で笑った。
「フッ……。まさか、これで『優位に立てた』とでも思っているのか? 残念ながら、梶谷を一変させる能力を使った時点でこのくらいは予想していた」
「は……? いやいや! そんなわけないでしょう!? ハッタリも程々に……」
「悪いが、お前の掲げるくだらない『運命』はここで終わる」
「え……?」
黒山は1番近くにある校舎の角を指差した。
それに従って、充と颯太はその方向を見るが、そこには誰もいない。
「な、なんだ……。何でもないじゃないか……」
充が胸を撫で下ろし、黒山の方に視線を戻そうとすると、そこには瑠璃ヶ丘高校の制服を着た女生徒が立っていた。
恐る恐る視線を胸の辺りから上にあげていくと―――
「私のしーちゃんに、何をしてくれたのかなー?」
紺桔梗色の渦を自身の左右に渦巻かせ、どこか「病み」を感じさせる笑顔で、彼女は充を真っ直ぐ見ていた。
彼女の登場に1番驚いたのは、幼馴染である詩織だ。ここにいる全員に辛うじて聞こえる声量で、彼女の名を呟いた。
「真悠……」
「そうだよー、しーちゃん。今すぐその男を斬ってあげるからねー! ……と言いたいところだけど、取り敢えずまずは……」
真悠は左右両方で渦巻いてる紺桔梗色の渦に両手を突っ込み、一気に引き抜くと、ククリナイフに似た大きな刃物を取り出し、紺桔梗色の渦は消えた。
「ふふ!」
可愛く笑って見せながら、2つの刃物を重ねて鋏を作り上げると、素早い動きで紙を切るかの如く「チョキチョキ」と音を立てて詩織と唯香。2人の腹の辺りを『斬った』
「「きゃああああああっ!!」」
その光景は、血が出ていないだけマシだが、鋏で斬られて悲鳴をあげる少女が2人というだけで、斬った本人である真悠と黒山以外のここにいた人みんなを戦慄させた。
「お、おい、黒山先輩よぉ。あれって、本当にかわい子先輩なのか……!?」
「…………? ああ、紛れも無い栗川本人だが?」
「こ、こえー……」
やがて詩織と唯香の2人が苦しみから解放されると、そのまま気を失って倒れ込む。
地面に激突して怪我をさせないよう、真悠は鋏を左手で持ち、右手で詩織を。異常に反応してすぐに駆けつけた颯太が唯香を抱きとめた。
そのままゆっくり詩織を横に寝かせると、真悠は「さーてと!」と言いながら立ち上がり、再び鋏を分離させると、笑顔のまま右の刃先を充に向ける。
「言うまでもないと思うけど、覚悟は出来てるよねー? ねえ、萩野くーん?」
「…………っ!」
充は急いで弓を構え、光の矢を真悠に向けて放った。
「えい!」
決して遅くない光の矢を、真悠は軽々と左の刃物で斜めに切り上げた。
「んなっ……!? くっ!」
それでもまだ負けを認めず、充は光の矢を連射した。実際の弓矢ではないので、本物では実現出来ないほどの連射速度だった。
しかし、それでも真悠は次々と光の矢を切り捨てた。それどころか、切りながらも徐々に充との距離を詰めていく。
「はっ……はっ……はっ……」
「ふふふ」
両手にククリナイフに似た刃物を持って迫る真悠に恐怖を抱き、充は足が動かせなかった。
目と鼻の先まで来ると、真悠は両手の刃物で斬るように見せかけて、充の股間を蹴り上げた。
「おふぅ!」
予想外の部分に受けた攻撃だが「斬られるのとどっちが良かったか」と問われれば、なかなかに答えられない痛みに、充は左手で股間を抑え、右手で自身の腹をさすって蹲った。
「しーちゃん、可愛いもんねー! 気持ちはわかるけど、二度としーちゃんに発情しないようにしないとねー?」
「んんっ!?」
充は蹲りながらも全力で首を横に振った。真悠は完全に充の動機を勘違いしていた。
「斬られると思ったー? 思ったよねー? だけどね? すぐに斬るんじゃぁ、私の怒りは収まらないの。だから、まずは苦痛を与えて与えて与えて与えて……萩野くんの体に『こんなことしちゃダメ』って教えてあげないとね!」
「ご、ごめんなさ……」
「謝っても許さない」
「ぐえっ……!」
謝罪してこの場を逃れようと、真悠を見上げた瞬間、充の頭を真悠の右足が踏みつけた。
充の額が地面と激突する。
それを黙って見ていた黒山だが、充の頭を踏みつけている真悠の隣まで歩いていき、真悠の左肩に軽く手を置いた。
「そこまでだ、栗川」
「……黒山くんは、萩野くんを許しちゃうの?」
「しーちゃんに対する想いはその程度なの?」と言わんばかりの顔で、真悠は黒山を見る。
しかし、黒山はゆっくりと横に首を振った。
「もちろん許せない。だから、こいつとの決着はあいつに任せようと思う」
黒山が颯太の方を見ると、真悠も颯太の方を見てニコリと笑った。
「ふーたくーん。私がここを譲ってあげるんだから、わかっているよねー?」
「…………え?」
「ちゃーんと、この男をボコボコにしてね? じゃないと、私がこの男をボコボコにした後、ふーた君をボコボコにするからねー?」
「う……うっす」
真悠が渋々右足を充の頭から離すと、その隙を逃さずに充は立ち上がり、悲鳴を上げながら正門の方へと走り去った。
「う、うわわわわわっ!!!」
「……っ!!」
すぐに追いかけようとした真悠を黒山が止める。
「黒山くーん?」
「颯太、萩野充を追いかけろ! まだ校外には逃げられないだろうが、時間がない! 2人は俺と栗川で保護する」
「…………」
颯太は無言で頷き、充の後を走って追いかけた。
颯太を見送り、黒山は残された女生徒の方を見て「さて……」と呟く。
彼女らも、唯香と詩織を仲間に迎えるた為、最終的に充によって運命を歪められた。
とはいえ、唯香や詩織のように充を守る勇気は持ち合わせておらず、更には真悠の怒りと刃物を前にして恐怖で震えていた。
「栗川。彼女らのも斬っておいてくれ」
「うん、わかったー!」
真悠は再び刃物をクロスさせて鋏を入れ作り上げた。
「栗川。必要な分だけだぞ?」
「それはちょっと無理だよぉ。萩野くんとの運命を斬るとなると、萩野くんとの繋がりも……」
「そうなのか? なら、俺達との縁を斬っておいてくれ。そうすれば、ここであったことの記憶は曖昧になるだろう?」
「うーん……記憶に曖昧さを残して混乱させるのは危険じゃないのかなー?」
「取り敢えずの処置だ。言いふらされる危険を無くすためだけだから、ちゃんと針岡に消してもらうさ」
「うんっ、わかった!」
真悠は彼女らの断末魔とも捉えられる悲鳴に怯むことなく、平然と繋がりを『斬った』
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萩野充は容姿に恵まれている。
それは今に始まったことではなく、もっと幼い頃から周りの大人から言われ続けていたことだ。しかし、充本人はあまりそれが嬉しくなかった。
自分の容姿が優れていることを自分が認めていなくても、彼を見る周りは違う。彼の容姿に惹かれて好意を抱く者がいれば、優れた容姿を妬む者もいた。
充にとって「1番苦しかったこと」と言えば、同級生が好意を抱いている相手が、同級生ではなく充に好意を抱いてしまい、つい先日まで仲良かったはずの同級生と関係が悪くなってしまうことだった。
とはいえ、どれだけ色んな女子が充に好意を抱き、それを伝えたところで、充はその全てを断ってきた。
心から本当に好きだと言える相手に出会った経験がなく、そもそも異性を好きになるということさえ無かったからだ。
「どうして、俺なんだろう……」
充は苦しんだ。
きっと断られることがわかっていただろうに、自分を想ってくれる人を見ずに充を選んでしまう。
もし、充ではなく、もっと違う人を好きになっていたのなら、失恋する目前の悲しみから逃れ、きっと幸せになっていただろうに……。
「ああ、そうか……!」
やがて充の思考はおかしなところへと向かった。
恋のキューピッドが仕事をせず、示す道が偏っているのであれば―――
「俺が、皆んなの恋を叶えるキューピッドになるんだ」
そう、心に決めてからは忙しいものの、以前より心が軽くなったように充は感じた。
充は持ち前の容姿を利用して女子と仲良くなり、彼女らに好意を抱く者とくっつくように立ち回ることになった。
しかし、人の心はそう簡単に制御出来るものではない。恋のキューピッドとしてカップル成立に尽力しても、上手くいかないことの方がやはり多かった。
そんな歯痒さが影響したのか。ある日、中学生の充も「あの夢」を見た。
目の前に立つもう1人の自分。容姿背丈はすべて一緒だというのに、目の前の自分には白い翼が生えていた。
まさに天使を連想させるその姿に、充は手を伸ばす。
「そうだ……! 俺が求めていたのは……」
『本当にいいのかい?』
もう1人の自分が発した声に驚き、伸ばしていた右手がピタッと止まった。
充は目を瞑って深く息を吸うと、ゆっくり目を開いてもう1人の自分に考えを述べる。
「俺はもう……自分の容姿で不幸になる人間を見たくない。だから俺は悲しませる存在ではなく、誰かと誰かが結ばれることで幸せを掴む手伝いが出来る存在へとなりたいんだ」
『……どうやら迷いはないようだね。もっとも、俺は君なのだからその覚悟は誰よりもわかっているつもりだよ。だから俺は、この力を君に』
充が再び右手を伸ばすと、もう1人の方も手を伸ばして充の手を掴む。
その瞬間、重力に縛られていることを忘れてしまうくらい柔らかく、ゆっくりと2人は天へと上昇した。
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「くっ! まだこの状態なのか!」
充は校門へと辿り着くが、先程と変わらずに校門と校外の境界線には透明な弾力のある壁があった。
これからどうするかを悩んでいると、追いついてきた友の声が聞こえてきた。
「充! いい加減、大人しくしやがれ!」
「颯太……」
充は逃げることをやめ、颯太の目を真っ直ぐに見る。
「颯太。君にはわからないだろうね、俺の気持ちが」
「ああ、わかんねーなぁ! 俺はお前と違って、運命がどうのってのを信じちゃいねーからな」
「……敵対はやめよう。俺たちは友達じゃないか。だから颯太、この壁を君の力で『破壊』し、俺に道を作ってくれないか?」
「ハッ! 往生際の悪いやつだなぁ。さっきも言っただろ? おめぇのやったことを許さねーってなぁ!」
「ならば仕方がないね」
「あぁ?」
充は左手に銀色の輝く弓を形成させると、そのまま両腕をゆっくりと広げた。
すると、彼の肩甲骨の辺りから勢いよく翼が生えた。身の丈ほどのしっかりした翼ではなく、あくまで「天使」を連想させる可愛らしい白い翼だ。
これが単なる冗談であるのなら颯太も大笑いで馬鹿にしていたところだが、予想以上の神々しさに息を飲んだ。
「はっ……はは、似合ってねーなぁ。大の男が天使かよ」
「男だから女だから、大人だから子供だから、そんなのは関係ないよ、颯太。大事なのは、本気出した俺は君でさえも運命を定めることが出来るということだよ」
「あぁ? 見てくれが変わっただけでなんだっつーの」
「身を以て知るといいよ」
充は白い翼を羽ばたかせ、空に浮かび上がった。するとその直後、弓を構えて光の矢を颯太に向けて瞬時に放った。
放つまでのスピードが先程と段違いではあるが、颯太が反応できない程ではなかった。光の矢を「邪魔くさい」とでも言うかのように裏拳で『破壊』した。
「しつけーよ!」
「どうかな?」
もちろん、放つまでのスピードが変わっただけで颯太に勝てると充は思っていなかった。だから、光の矢を囮として、充は翼から無数の羽を射出した。
無数の羽は颯太を貫かんと、一斉に颯太の方に向かって飛んでいく。
(……っ!? くそ、とてもじゃなく『破壊』しきれねぇ)
颯太は素早く後方に下がり、続いて左に走り出して回避に専念した。若干のブレで偶々直撃コースで飛んできた羽はその都度『破壊』した。
「へえ。流石は颯太だね。だけど次も躱せるかな?」
翼の羽は減る様子も見せず、またも無数の羽が颯太は向かって飛んでくる。だがしかし、今度は颯太は回避の為に動かなかった。
「おめぇこそ、舐めてんじゃねぇ! 俺がおめぇのくだらねー『運命』とやらをぶっ壊してやるぜ!」
「…………」
「うぉああああああああっ!!」
「……っ!?」
充は目の前の光景に驚いた。颯太が雄叫びを上げた瞬間、彼の周辺地面が割れたり段差が出来たりし、颯太を包むように土が混ざった竜巻が巻き起こった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
あれ……? 少し前に「5000pvですよ!」って喜んだ気がしますが、もうすでに6000へ行こうとしています……!
普段から読んで下さる方はもちろんのこと。「ちょっと覗いてみよっかなー」とアクセスして下さる方にも感謝申し上げたいです! ありがとうございます!!
今回、最後辺りの充は「武装型」を使っているわけですが……。
颯太はどう立ち向かっていくのか。そしてその結末は!?
次回もお楽しみに。読んで下さると嬉しいです! よろしくお願いします!




