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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「求愛と破壊のすれ違い」
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求愛と破壊のすれ違い part19

「はあ?」



 颯太(ふうた)(みつる)の言っていることが理解出来なかった。いや、言っていることの意味はわかるのだが、結ばれるべき相手は1人だけだということが法律で定められている以上、運命の異性は1人でなくてならない。



「充……お前まさか、二股とか考えてねーだろうな?」



 充は首を振った。



「それはないよ颯太。運命がどうのって言う前に人としてやってはならないことだ。ただ、女先輩から感じるこれは、槙田さんとは少し違うものだ」


「ほー。んで、お前はどうするんだ?」



 颯太の問いに対し、充は教室を後にする詩織(しおり)の背中を見て、断言とは言いにくい、まだ何か引っかかっていることがあるような弱々しい口調で答えた。



「今のところは何も」


「…………」



 それが本音なのかどうかを颯太は気にしなかった。

 充とはまだ付き合いが浅いが、それでも真っ当な道を選び、誰かを悲しませるような選択はしないと信じているからだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼食の弁当を食べ終わった唯香(ゆいか)が詩織にメッセージを飛ばすと「次の授業が移動教室なら必要なものを持って、1年2組の廊下で待ってて」と返信が来たので待った。

 すると、5分もしないうちに詩織は幼馴染の真悠(まゆ)を連れてやってきた。



「唯香ちゃん……お待たせ!」


「い、いえ、大丈夫です!」



 生徒会が定めたルール上「廊下は走ってはいけない」となっているが、それを守らない生徒も少なくはない。

 高校生の年齢になれば無意味に廊下を走ることがない反面、何かしら急ぐ必要がある場合はどうしても走ってしまうものだ。

 それが教師や風紀委員会に見つかれば注意されることもあるだろうが、こういうのは「見つからなければそれでいい」という考え方もある。


 詩織と真悠はかなり急いで来たのだろう。極力音を立てずに走ってきた詩織は若干息を切らしていた。もちろん、真悠は息を切らしていない。


 それを悟った唯香はかなり恐縮した返事になってしまった。



「さて、こんなところで立ち話もなんだし、付いてきて」


「わ、わかりました!」



 詩織に促され、2人の後をついていく唯香。行く先は、重度の中二病関係御用達の進路指導室だった。



「進路指導室……ですか?」


「うん」



 入学したばかりの唯香は進路指導室に入ったことはない。しかし、この部屋の用途は「進路の相談をする場所」だということは知っている。

 それに加え、詩織の話は「級長会の関係」だと思っていたので進路指導室まで連れてこられた意味が全くわからなかった。


 だからといって、唯香は基本的に先輩相手に恐縮しやすい正確ので、疑問をそのまま口にすることはできなかったが―――


 詩織は何も説明せず進路指導室の扉をノックし「失礼しまーす」と言って入っていく。真悠も続いて入っていくので、唯香もそれに倣って入っていった。


 昨日、黒山も同じ目的で使用したこともあって、進路指導の先生は「やれやれ」と言わんばかりの顔をしていた。もちろん、(あらかじ)黒山(くろやま)経由で針岡(はりおか)から連絡をしてあるので、怒られることはない。



「すいません先生、ありがとうございます」



 詩織が進路指導の先生にお礼を言うと、笑顔で答えてくれた。



「いいよ、話は聞いているから。奥の応接室を使って」


「はい!」



 先生の言う通りに、3人は奥にある応接室へ入っていった。


 進学と就職。両方の進路を指導している瑠璃ヶ丘高校は、本来なら応接室を別の先生や生徒が簡単に使うことが出来ないが、別に応接室があってそこで対応できるので、こうして使わせてもらうことが出来ている。


 とはいえこれがもし、求人先の企業や募集先の学校教師が両方同時に来た場合、詩織たちが使っている応接室も使われてしまう。だから、黒山を含めた彼らがこうして応接室を使えるのは幸運だった。


 詩織は唯香を奥側に座らせ、扉側に真悠と一緒に座る。



「いきなりでごめんね。あんまり他の人には聞かせられない話だからさ」


「えっ? 級長会関係の話では……?」


「ん? あっ、ごめん! 級長会関係の話じゃないんだ」


「……では、一体なんの話でしょうか?」



 密室で目の前に先輩が2人。出入口は先輩側。話の内容は予想と外れて不明。

 唯香の心臓は恐怖と緊張で鼓動が跳ね上がっていた。



「真悠、よろしく」


「うんっ!」



 黒山に提案したのは詩織だったが、詩織は重度の中二病患者ではない為、重度の中二病を患う瞬間に見る夢の光景を知らない。しかし、一方で真悠は重度の中二病患者であるので、夢の内容を鮮明に憶えている。



「私は栗川(くりかわ真悠まゆ。しーちゃんの幼馴染! よろしくね!」


「あ、槙田(まきた唯香ゆいかです。こちらこそよろしくお願いします!」



 真悠が握手しようと右手を差し出してきたので、唯香は両手で握って握手を交わした。


 直後、真悠は本題に入る。



「唯香ちゃん。突然変なこと聞くようでちょっとアレなんだけど……前にどこかで、自分と会話する夢を見なかった?」


「自分と会話する夢……ですか?」


「うんっ!」



 詩織は至って真剣な表情だったが、真悠は笑顔で唯香の返事を待っている。それが唯香の緊張感と安心感のバランスを保たせた。



「記憶に……あります」



 期待通りの答えを得られて、詩織と真悠は顔を見合わせた。一方で、唯香は質問の意図が全く分からなかった。


 真悠の質問はまだ続く。



「どんな話だったとか、憶えているかな……?」


「え? あ、はい、まあ……」



 その夢の内容を思い出したのだろう。唯香は少し恥ずかしそうに俯いた。それが何故なのか、詩織と真悠にはわからなかった。



「夢の内容とか、聞いてもいい……?」


「えっ!? そ、それはちょっと」


「断片的でもいいの! 何かを説明とかしてかった?」


「説明? いえ、特にそんなことは……」



「ビンゴ!」と思いきや、もう1人の自分と夢の中で会話した内容が想定していたのとは違っていたようで、詩織は少し落ち込んだ。


 本来なら、夢の中でどんな能力が行使できるようになったのかを説明されるはずなのだが、それが無いということは単純に「そういう夢を見た」というだけのことだったのか、もしくは「能力についての説明は憶えていない」ということだ。

 黒山の「見ただけで重度の中二病患者がわかる」という目を信じるのであれば前者は有り得ないだろうが、いずれにせよ、これでは収穫がなかったも同然になってしまう。



「私もね、夢の中でもう1人の自分と会話したの」


「えっ」



 真悠の突然の告白に唯香は驚いた。唯香が見た夢の内容を聞くために、まずは自分の話をしようと考えたのだ。


 真悠はまだ諦めていなかった。



「私としーちゃんは幼馴染。物心ついた時にはもう一緒だったから、誰よりもしーちゃんを大切に思っているの」


「…………」


「だけど黒山くんが転校してきて、隣の席になったから2人は仲良くなった。黒山くんの昔の友達は女の子ばかりで、その子達とも仲良くなった。大好きなしーちゃんが誰かに取られてしまいそうで怖かった」


「…………」



 真悠の告白は詩織にとっても意外なものだった。話を始めたこと自体もそうだが、その気持ちが知っていたよりも複雑だったことにだ。



「そんな時、夢を見たの。もう1人の自分と話す夢。そして教わった、しーちゃんを誰にも取られない手段……能力の使い方をね。まあ、そんな気持ちが隙となって鈴木(すずき)先輩って人に利用されちゃったんだけどね」



 真悠が重度の中二病患者になったのは、鈴木(すずき花梨かりんに揺さぶられた結果、自分の気持ちに向き合うことになったということもある。


 それを話した後、真悠は困り顔で舌をペロッと出した。



「真悠……」



 心配そうに見る詩織に微笑みかけ、唯香の方を笑顔で向き直した。



「次は唯香ちゃんの番。唯香ちゃんにも、心の中で抱えているものがあるんでしょ?」


「私は……」



 やはり自分の心が抱えている問題を話すのには恥ずかしさが伴うのだろう。唯香は2人の方を見ることが出来ず、俯いて話し始めた。



「私は、幼馴染のふーたに振り向いて欲しくて……。だけど、幼馴染でずっと一緒にいるから中々恋愛対象としては見てくれなくて。ずっと悩んでいたら、自分と話す夢を見たんです。でも私は栗川先輩と違って、ふーたを振り向かせる為のことは何も聞いてません。ただ、確か一通り私の思いを話した後『これでもう大丈夫』と言われました」


「唯香ちゃんは、ふーたくんのことが好きなんだね……。幼馴染としても、異性としても」


「……はい」



 唯香が恐る恐る前を向くと、詩織と真悠の2人は優しく微笑んでいた。その優しさを受けて、唯香は少し気恥ずかしく感じた。



「話してくれてありがとっ! 私は唯香ちゃんの恋を応援するよ! 何かあったら言ってね、協力するからね!」


「あ、ありがとうございます……!」



 その応援は上辺だけのものではなく、本心からのものだということを唯香は理解した。自分にも周りにも嘘をつかない正直者である真悠だからこそ心を開き、理解してもらえたのだ。



「さて、時間も時間だしね。唯香ちゃん、話を聞かせてくれてありがとう」


「いえ……」



 詩織が立ち上がると、真悠と唯香の2人も立ち上がった。


 応接室を後にし、進路指導の先生にお礼を言ってから進路指導室から退出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すいません、私はここで……」



 次は移動教室なのだろう。唯香は進路指導室の前で2人に別れを告げた。



「大丈夫? 道はわかる?」



 詩織の心配に唯香は元気よく「大丈夫です!」と答えた。確かに1年生はこの辺りにあまり用がないので来ることはないし、入学直後も案内されていない。しかし、この場所から目的地までどう行けば良いのかをちゃんと理解しているので問題ない。


 そんな唯香が去っていくのを見守った後、詩織は真悠を抱きしめた。



「し、しーちゃん!?」


「ありがとね、真悠。私も、真悠のことが1番大事だから!」


「……うん。ありがとう」



 詩織の心地よい温もりに、真悠は身を預けた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……とまあ、そういうわけ」



 放課後、昨日と同様の喫茶店に詩織、真悠、黒山の3人が集まって昼休みに得た情報を共有した。

 ただし、昼休みの出来事を全て話したわけではない。真悠の思いや唯香の恋心といった男子禁制の話があるので、詳しくは話せない。


 せいぜい話せたのは「唯香には振り向かせたい相手がいて悩んでいたら、自分と話す夢を見た」というところまでだ。


 察しの良い人ならその相手が幼馴染の颯太であると考えられるだろうが、黒山はそれが誰なのかがわからないし、そこには注目しなかった。



「能力の使用法は教えられなかった……か。となると、常時発動型なのか? いやだが、今まで会った中ではそれが感じられなかったのだが」



 黒山のほぼ独り言のような呟きに、詩織は紅茶を一口飲んで反応した。



「目に見えない発動でも、黒山君はわかるの?」


「わからなくはない。厳密に言うと、俺に向けられた発動なら見なくても勝手に『拒絶』する。そして俺は気付くことができる」


「……となると、黒山君に対して能力が発動していなかっただけとか?」


「それも考えたが、あり得ないな」


「なんで?」


「もし、俺に向けられずに発動していたのなら、颯太の幼馴染は能力の有効範囲をコントロール出来たということになる。だが事実、彼女は見ず知らずの男に襲われ、それを颯太が撃退している。つまり、彼女にコントロール能力はないということになる」


「ああ、なるほどね」


「だが、確信した。彼女の能力が颯太の言うところ『謎の体質』ということをな」



 重度の中二病を患う際に見る夢で、もう1人の自分とする会話の内容は必ず能力に関係したものだ。唯香の場合も例外なくそれが適用されているのなら、唯香が持つ『求愛』とも呼べる能力が周囲にいた男を寄せ付けているのだと言える。


 ―――そしてもう1つ。



「彼女の能力が颯太に効かないのは、颯太の能力が幼馴染の能力さえも『破壊』しているからか」


「「えっ」」



 黒山の考察に、詩織と真悠の2人は驚いた。そして唯香を不憫(ふびん)に思う。


 唯香は颯太を振り向かせたいが為に無意識に能力を発動している。

 だというのに、肝心の颯太に能力の効果を『破壊』されて効いていない。それが返って自身を危険な目に遭わせているとなると、彼女の能力は負に繋がっている。


 それに気付いた詩織と真悠は、黒山に解決策を問う。



「黒山君、唯香ちゃんの能力はどうにかならないの?」


「黒山くん、お願い!」


「この能力の解決法は思ったより簡単だ。彼女がその意中の相手と結ばれたなら、能力の存在は矛盾して成立しなくなる」


「「うーん……」」



 この解決法、言うには易いが実行するのはかなり難しいものだ。唯香が意中の相手……つまり、颯太に愛の告白をする勇気が必要となる。しかし、現在の唯香と颯太の仲は状態的に最悪だと言える。


 そうなれば、残すところ「カウンセリング」しか手がないということになるが―――



「この場合、カウンセリングの方が難しいかもしれないな」



 と、詩織がその手段を提案する前に黒山からそう言われてしまったので却下。本当の意味で最終手段にしなくてはならなくなった。



「じゃあ、これからどうするの?」


「彼女が思いを告白する時を待つしかない……だろうな」



 とはいえ、時間をあまり掛けられない。互いに心を開きあった真悠が焦りを見せる。



「だけど、その間に襲われ続けちゃうんでしょ!? 早くどうにかしないと……」


「あ、そうだ!」



 そんな真悠を見て「どうにかしないと!」と思った詩織は黒山に、ある提案をした。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


おそらく、ここまで来るとサブタイトルというか、章の名前の意味がわかってきてしまうのではないでしょうか?

実を言うと、前の章「悪を裁く審判の歌」を書くより少し前からこの章の話を書きたいと思っていましたので、ほんの少し自己満足しています。


そういえば、ついにpv5000を突破しました! ありがとうございます! 今後ともよろしくお願いいたします!


それではまた来週。次回も読んで下さると嬉しいです。

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