行き過ぎた反抗期 part3
日曜日。
昨日、真悠と一緒に無事課題を終わらせられた私は、お父さんの運転でお母さんと買い物へ出掛けた。
しかし、今回の買い物は梶谷家フルメンバーというわけではない。
梶谷家は4人家族である。
お父さんは製造業なので土日は休みだが、交代勤務をやっているので来週からは顔を合わせられない。一方、お母さんはパートで働いて家事もしているから、毎日顔を合わせることができる。
私は特に部活をやっていないので、家に帰ればお母さんの手伝いをすることもある。そして弟は運動部……ではなく美術部なのだが、秋の文化祭に向けて展示する作品を描くために、最近は忙しいんだそうだ。
そういうわけで、今日は弟抜きで買い物に来ていた。
今回は大きめのデパートに来ていて、東館と西館で分かれているため、両方を見て回るとなると今日は長い買い物になるだろう。
私とお母さんはとても楽しみでテンションが上がっているが、お父さんは長い買い物になることを察して、気が重いのかテンションが低い。
やはり日曜日の昼間であるだけあって人通りは多いし、車を駐車場に駐めるにもかなり長い間、駐車場前で待たされた。
あれだけ駐車場前で待たされたのだ。こうなったらとことん買い物を楽しむしかない。私はそう思った。
……と言っても、梶谷家のお小遣いルールは厳しい。梶谷家では、お小遣いを月々いくら貰えるというシステムでは無い。何か手伝いをした報酬として、ようやくお小遣いが与えられる。
その為、夏休み中にバイトをして軍資金を稼いだわけだが、高校生の貰える額は大型デパートを前にするとたかが知れている。なので残念ながら、買えるものは限られてしまう。
これは絶対に欲しい! というものに必要な額を差し引いて、残る所持金で何を買おうか見て悩んでいると、意外な人物を見てしまった。
男女ペアで歩いている。楽しそうに歩いている女性の方は、剣道の帰りなのか竹刀袋を肩にかけていて、ボーイッシュなファッションをしたショートヘアの小柄な人だったが、全然知らない人だ。
しかし、その横を歩いている男は知っている。
夏休み明けてから、我がクラスに転校してきて私と席が隣になった男・黒山だった。
彼はベージュの半ズボンと、Uネックの白いTシャツ。上に紺色より黒に近い色をした半袖のシャツを着ていた。
初めて見た私服にも驚いたが、知らない女の子と歩いているが1番の驚きだった。
「黒山……彼女いるんだ。」
私は誰にも聞こえないくらいぼそっとつぶやくと、せっかくの買い物なのに、少しイラつきに近い感情を抱いてしまう。
お父さんとお母さんに気付かれないよう、できるだけ笑顔で買い物を楽しむことに意識を向けた。
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買い物に来てから2時間近く経っただろう。フードコートでお昼ご飯を食べてから、衣類を見ていた。
今のところ、どれも高校生には手の届かないものばかりだった。
私は本来の目的である、とあるキャラクターのグッズが欲しくて、お母さんに「あのお店に行っているね!」と言って向かった。
「あ、あったあった、これこれ!! すいません、これくださーい!」
「はーい、ありがとうございます!」
ついに手に入れた……! 明日、真悠に自慢してやろう。
目的を達成してお母さんとお父さんが元いた場所まで行こうとする。
しかし、向かってる途中で知らない男2人組に呼び止められた。
その男2人は私をナンパしに来たのだろう。片方は慣れた感じで話しかけて来たが、もう片方はおとなしい。
「そこの可愛いお姉さん。俺らと遊ばない?」
「……申し訳ないけど、今日は家族と来ているからお断りするわ。」
「まあまあそう言わないでよ。俺の隣にいる奴、お姉さんを見て一目惚れしたんだってさ! それで話を掛けてみたんだよね!」
「気持ちは嬉しいけど、生憎彼は私の好みではないのよね。他を当たってもらえるかしら?」
私はそう言って走り去ったが、追いかけてくる様子は無かった。
ようやくお母さんとお父さんがいたお店へとたどり着いたものの、お母さんの姿が見えない。
……はぐれた?
私は辺りを見回してお母さんを探すが、見当たらない。お母さんにはお父さんが付いているから、一目見ればわかるはずなのに……。
そして私は気付く。
来た時の割に人が少ない。……というよりも、減っていることに。
私はすぐに携帯を取り出して連絡をしようとするが、電話が繋がらない。
「え、なんで……? どういうこと?」
電話が繋がらないのではなく、画面をよく見たらそもそも圏外となっていた。
私はとりあえず、お母さんとお父さんがいた店の付近にあるお店も探してみることにした。
……やはり見つからない。それどころか、周りには誰もいなくなっていた。他のお客さんもお店の店員さんも。
辺りを見回しながら早歩きで歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい……!」
素直に謝った私は、誰もいないと思っていたこのデパートに、誰かがいただけでも安心した。
……のも一瞬。ぶつかった相手は先ほどの男2人組だったのだ。
静かだった男の発した言葉に、私は更なる不安を覚える。
「みーつけた。」
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私は男2人組から逃げるために、元いた道を走って引き返す。
しかし、引き返した先にいたのはまた男2人組だった。
「無駄だよ。」
「え、なんで? どういうこと!?」
3人しかいない広いデパートに、私の声が反響する。
反響した私の声が止まったタイミングで、手慣れた男の方が呆れた顔で言った。
「脅かしてごめんねぇ? こいつったら、目を付けた女の子は強引にでも手に入れたいと思っちゃうやつでさー……。」
「その通り。だから、僕達と遊ぼうよ?」
「嫌よ! さっき言ったように私は、お母さんとお父さんと一緒にここへ来ているの! 早くここから出して!」
「こいつの誘いに断らない方が身の為だよー? じゃないとさぁ……。」
手慣れた男の右手の爪が長く、鋭く伸びた。
その爪を擦り合わせる音を立てながら、言葉を続ける。
「これを見てだいたいわかると思うけれど、ちょっと強引な手に出ないといけなくなっちゃうだよねぇ?」
「もう我慢できない。始めちゃおうよ?」
「やれやれ……我慢できない男は嫌われるぞぉ?」
「自分だって好きな癖に何を言ってるんだよ?」
「……まあね。それじゃあ、手始めに。」
手慣れた男の爪は、切れ味抜群の刃のように私の胸元を服だけ切り裂き、私の胸元が露わになってしまった。
「きゃっ! ちょ、ちょっと! 何するの!?」
「ごめんねぇ? でも、最初から俺たちの誘いを断りさえしなければこんなことにはなっていなかったと思うよ?」
「次だ、早く早く!!」
「はーいはい。次はもっと際どいところいってみようかなぁ?」
私は胸元を抑えて、また逆の方向へ逃げる。
そしてまた目の前に現れる。
「だーからさ、無駄だってば! ……お姉さんはもう、俺たちの玩具同然になっちゃったわけよ? でも、そうやってくれた方が俺たちとしても楽しいんだけどねぇ?」
「これだからやめられないな! さあ次だ!」
「……今からでも間に合うわ、今すぐこんな馬鹿なことはやめて!」
「馬鹿なことねぇ。 ……で俺は済まされるけどさー。」
手慣れた男は余裕な態度だったが、大人しかった男の方は頭にきたのか、今まで出していた声量では想像できないほどの大声で怒鳴った。
「馬鹿だって……? 君も僕にそう言うのか!? ああ、ああああ! むかつく! むかつく!! あいつもそうやって僕を見下してきた! 今の君は僕にとってあいつと同等だ!! 許せない!!! ああもう!! やってしまおうよ!!!」
「あーあ、怒らせちゃった。こいつにとって馬鹿とクズは禁止ワードなんだよねぇ。こうなると、俺にも手のつけようがないんだわ。悪いけどお姉さん。自業自得だと思って、受け入れてね!」
……理不尽な。
手慣れた男は、再び爪を擦り合わせる音を建てながらゆっくりと近付く。
逃げられない。
誰もいないから、気付いてもらえない。
助けを呼ぼうにも、携帯は圏外。
私は必死に心の中で助けを求めていた。
(助けて、お母さん! 助けてお父さん!)
しかし、お母さんとお父さんは助けに来ない。
そして最後には、つい最近「嫌い」と言ってしまった男の名前を心で呼んでしまう。
(助けて、黒山……!!)
「さーて、次は下をいっちゃうよ? 誰もいないことだし、いい悲鳴をあげてね。」
手慣れた男が右手を素早く振り下ろすと、私に触れる直前で弾かれた。
「な、なんだ? 今のは……?」
2人の男が目の前に起こった現象に驚いて沈黙していると、私の後ろから足音が聞こえてきた。
そして彼は私の前に立つと、2人組に向かってこう言った。
「……悪いが、俺が来たからには、悲鳴をあげるのは彼女ではなく、お前たちだ。」
「黒山君!」
黒山は私の方を向いて、自分の上着を私に貸してくれた。
「遅くなってすまない……これを使ってくれ。幸いボタンもついているから、隠せるだろう。」
「う、うん……! 離れていた方がいい?」
「いや、今回は相手が相手だ。そこから動かないで欲しい。」
「わかった!」
ようやく状況を掴めたのか、静かだった男は黒山に問う。
「な、なぜ僕の『しまい込む為の玩具箱』に入って来れた!? ここは僕が指定したもの以外は入って来れないはずなのに!?」
「……違うな。」
「なに!?」
「お前の力は『指定した人間以外は入れない空間を作る』ではなく『自分の作った空間から、自分が指定した以外の人間を追放する』だ。俺の力を前にすれば、お前の力など無いも同然だ。」
「女の前だからって強がるなよ! お前1人で何が出来る!? こっちは2人だぞ?」
「雑魚が1人だろうが2人だろうが変わりはしない。……どうした? かかってこいよ。」
「この野郎! おい、やっちまえ!!」
「やれやれ、結局俺任せかよ。……まぁ、流石に俺も不愉快だから、遠慮なくやらせてもらうけど。」
手慣れた男は、素早い動きで爪を黒山の胸に目掛けて突き刺そうとするが、弾かれてしまう。
「何やってんだよ! 早くそいつを仕留めろ!」
「うるさいなぁ! こいつ、なんだかよくわからないけど俺の『搔き消される為の爪痕』が効かないんだよ!」
「……少しはやるかと思ったが、大したことないな。武装型を使うまでもない。」
「余裕かましてくれやがって! だが、これならどうだ!?」
手慣れた男は、左手からも爪を伸ばして両手で攻撃をし、最後に蹴りも入れる。
すると、黒山は爪による攻撃全てを弾くが、蹴りは腕で防御をした。
「へぇ……あんた、爪は効かないけど蹴りは効くのか。」
「……。」
「そらそらそらそら!!」
手慣れた男が放つ、爪と蹴りの乱舞。
黒山も負けじと防御をするが、ついに蹴りがヒットしてしまう。
「くっ……。」
「どうした? さっきの威勢はもう無くなっちまったのかぁ?」
「ちょ、ちょっと黒山君。だいじょ……」
「そうだな梶谷。そろそろ決着をつけないとだな。」
「大丈夫なの?」と聞こうとしたが、黒山は別の言葉を言うと思ったのだろう。決着をつけようと、黒山の周りには黒い煙のようなオーラが溢れる。
「悪いが、ここで終わらせてもらう。」
「そうだなぁ! まぁ、終わるのはお前だろうがな!!」
手慣れた男は再び乱舞を放とうとするが、手を動かした時には、両方の爪が一瞬にして折れていた。
「うっぐぁっ!! へへ、だがお前にはこっちの方がいいだろうなぁ!!」
そう言って黒山を1発殴ろうとするが、右手で止められて腕を捻られる。
「いででででで!! っ、この野郎!」
腕を捻られているところ、黒山の横っ腹に蹴りを入れようとするが、回避されてしまう。
腕も離されたので仕切り直しかと思われたが、黒山は一瞬で手慣れた男に近付き、腹を蹴り返した。
「うっぎゃぁぁぁ!! いってぇぇ!! なんだよこいつ、化け物かよ!?」
相当痛みがあるのか、手慣れた男は倒れて悶えると、やがて気絶する。
「ま、まさか殺してないよね?」
「加減はした。痛みで失神しただけだろう……さて。」
黒山は、大人しかった男の方を睨む。
「ま、待てよ! この空間をコントロール出来るのは僕だけなんだよ!? そんな僕を倒してしまってどうやって脱出するんだい??」
「……別にここから出る手段はお前を頼る以外にもある。俺はお前を倒した後で彼女を連れてここから出ていくが?」
「ひっ……! うわあああ!!!」
大人しかった男が手慣れた男を置いて走って逃げていくと、私と黒山は急に人混みの中へ放り出された。
「ちょっと黒山君! あいつ逃しちゃって大丈夫なの??」
「ああ、問題ない。それより梶谷は誰かと一緒にここへ来たのか?」
「う、うん。両親と……。」
「そうか。それならこれを使って新しい上着に着替えてからすぐに合流するんだ。」
黒山は私に一万円札を渡してくれた。
「え、ちょっ! こんな大金受け取れないんだけど!?」
「大丈夫だ、経費で落とす。」
「……経費?」
「いいから行け。ご両親が心配するだろう?」
「う、うん。……ところで、黒山君は恋人と一緒じゃなかったの?」
「恋人……? 俺に恋人はいないが?」
「だってさっき、女の子と歩いていたでしょ?」
「……見ていたのか?」
「うん……。」
黒山はため息をつくと、私の目を見て言った。
「あいつは恋人じゃない。友達……とは違うが、仲間というのが1番近い表現かもしれないな。」
「え、あっ、そうなんだ! そっかぁ……。」
「……? なんで少し嬉しそうなんだ?」
「そ、そんなことないって! ……それじゃあ、行くね。」
「ああ。」
私が近くのお店に向かおうとすると、黒山は逆の方向へ歩き出す。
私は振り返って、大声で黒山に言った。
「黒山君! また明日ね!!」
黒山は振り返って、2秒ほどこちらを見ると何も言わず、すぐに行ってしまった。
しかし、その黒山の表情は真顔ではなく、一瞬だけ微笑んでいた。
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その後、高校生にしては高めの服に着替えてから、お母さんとお父さんと合流する。
来た時と違う服を着ている上に、黒山のシャツと元々着ていた服の2着を持った私を見て、お父さんは目を細めていたが、お母さんがお父さんの腹を肘で攻撃したので、何も問われなかった。……お母さんは何やら、にやけていたが。
合流してから、改めて家族3人で買い物を楽しんだ。
怖い思いもしたけど、全体的に見ればいい日曜日になったと思う。
また明日から、今後協力云々の話は置いておいて、他愛もない話を真悠も一緒に黒山としよう。
夜になってそんなことを楽しみに就寝する私だが、事件は私の知らないところで起きていたことを翌日の朝に知ることとなる。
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詩織が両親と合流して、買い物の続きを楽しんでいる一方。
強気な女とお楽しみをするのに失敗し、相方を置いて逃げた男は、デパートから出て路地裏に身を隠していた。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば大丈夫だろう。」
今回は予想外の邪魔者が入ってしまったばかり失敗してしまったが、来週からはどうやろうかと考えていたその時。
「おにーさん、こんなとこで何やってんの?」
声をかけてきたのは、竹刀袋を肩にかけた、ボーイッシュな格好をしたショートヘアの女の子だ。
年齢は先程の女と同じ位。男にとって、今日の失敗を取り返すチャンスだった。
部活の帰りなのかはわからないが、竹刀を持っていることが謎だったが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。欲求的に。
「……特に何もしてない。でもせっかく声をかけてくれたし、一緒に楽しいことをしない?」
「うん、いいよ! ただし……」
女の子は、自分の肩にかけた竹刀袋から竹刀を取り出すと、男に剣先を向けて言った。
「ボクは、女の子に手を出した上、友達や仲間を見捨てる君みたいな奴が大嫌いだから、容赦はしないけどね?」
「な、なに!? ……っ。」
男の意識は一瞬にして刈り取られた。
……ついでに髪の毛も。
女の子は竹刀を竹刀袋にしまうと、携帯で誰かに電話をかけた。
「あ、もしもし天利です! こっちは終わったので迎えをお願いします!」
電話を切ると、デパートの方向から別の男が現れる。
「あっ、透夜の方も終わったの?」
「ああ。残念ながら、もう1人はあいつの空間内に置き去りだが。」
「ふーん。」
天利は、黒山が上着を着ていないことに気付き、目を細めて黒山に問う。
「……着ていた上着は?」
「梶谷……じゃなくて、被害者の服が破損されたので貸した。」
「羨ましいなぁ……じゃなくて、やっぱり透夜は優しいね!」
「……? 別に、俺は普通のことをしたつもりなんだが。」
「ああ、でも鈍感だよねー! 透夜ったら、ほんとに鈍感!!」
「何を怒っているんだ?」
「なんでもないよ! もう!!!」
そんな会話をしているうちに迎えが来た連絡を受けたので男を車に乗せた後、黒山と天利の2人も乗り込んでその場を去った。
残された男の髪の毛も、風に飛ばされて誰の目にも触れることなく消えていった。
読んでくださり、ありがとうございます! 夏風陽向です。
この作品、最近評価もいただけるようになってすごく嬉しく思っております! ありがとうございます!!
また新しいヒロインが出ました。
ボクっ娘、いいですよねー! 彼女の活躍も楽しみにしていただけると幸いです。
この章、最初の予定ではそこまでバトル要素を入れない予定でしたが、あと2回は入りそうです。
静かめな男が言っていた「あいつ」とは一体誰のことなのか!?(次回語られることはあるのか?)
次回の更新は、7月26日(水) 午前2時です! お楽しみに!
今後もよろしくお願いいたします!