悪を裁く審判の歌 part20
キャラ崩壊とまで言えるほどの、子供のような泣き顔を晒したヤイバ男は、清村の無力化とそこまで時間の差が無かった為、一緒に回収されることとなった。
迎えの車に乗せて見送った後、黒山のいる場所へ向かいながら、奏太は沙希から説明を受けていた。
「……つまり、変刃さんは二重人格だったということか?」
「そういうこと。これは私の予想の域を超えない話だけれど、彼が持つ能力の代償として、心が割れた結果だと思うわ」
「俺が能力を使って見た変刃さんは、2回とも人を襲わなかった変刃さんの方だった……?」
「そうね。それに加え、彼には代償として自分が割れることや、その割れた結果として、二重人格になっていたことに自覚がない。だから、奏太はヤイバ男の正体がわからなかったのよ」
「そうか、そうだったのか……。そして俺の能力は、二重人格を見破れるだけの力はないんだな」
二重人格の人間はそうそういないだろうが、これは奏太の能力にとって弱点だと言える。
そしてその弱点を自覚した奏太に、誰も何も言うことが出来なかった。
それは別として、奏太にとって1つ疑問が残っていた。
「それにしても、最後は結局どうなってたんだ? 変刃さんは急にもう1つの人格に変わったのか?」
答えたのはまたも沙希だった。
「いいえ。あれはおそらく、代償を消されたのでしょうね」
「代償を、消された……か」
それが「誰の手によって」なのかは、わざわざ口にするまでもなくわかることだ。
……美喜以外は。
そこから先、彼らは無言で歩き、駅前に近くなったところで鎌田と合流した。
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「仲間達への支援」という目的で、全身武装型で能力を発動した黒山。
既に目的は達成されたので、彼の能力は強制解除された。
ゆっくり下降し、地面に足が着くのと同時に、黒山は意識を失った。
航平には、黒山が気を失った理由はわからない。だが、これで「黒山を止める」という目的は達成されたと言えるが。
彼は迷った。果たしてこれは、勝利だと言えるのだろうか?
その答えは、彼自身で出すことは出来なかったが、5人の男女がこちらに向かっているのを見て悟った。
「そうか、俺は……俺たちは負けたんだな」
不思議な感覚だった。
負けて悔しいのに、決して悪い気分ではない。
むしろ、自分の思い通りに進まなくて良かったとさえ思えてしまう。
何故そんなことが思えるのか?
(それはきっと、彼女の歌がそうさせているんだろうな……)
(曲こそは俺が作ったものだが、歌詞は彼女が作ったものだ)
(そうか、罪なんてものは……)
航平は、今まで歌っている本人である花奏を除いて、1番彼女の歌を聴いてきた人間だ。
だがきっと、彼女の歌を「本当の意味」で聴いたのは、今日が初めてだと言えるかもしれない。
そして彼女の歌を聴いて、彼はようやく気付いた。
(罪なんてものは、償わせればいいというものではなく、罪を犯したことの重さを感じてもらわなくてはならないのだな……)
(償わせることを強要した俺こそ、正義の仮面を被った悪だったようだ)
代表者4人と美喜(鎌田と組んだ男は体力的に限界だったので、清村やヤイバ男と一緒に車で運ばれた)が話せるところまで近付いてきたところで、今も歌い続けている花奏を一瞥し……。
「負けを認める。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
と、敗北宣言を出した。
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奈月と沙希と美喜の3人は、航平を連れて行く為、その場を後にした。
一方で鎌田と奏太は、未だに目覚めない黒山を警戒していた。
「俺ん時ゃ、もう暴走しててもおかしくねぇ頃なんだがなぁ」
「……本当に暴走なんてするのか?」
「するぜ? どうも名前は思い出せねぇんだが、こいつの暴走を止められるのは、昔こいつと同じクラスだった女1人だけなんだってよ。前にこいつと1対1で勝負した時も『全身武装型』を解除したのはそいつだったのさ」
「そうなのか?」
「ああ。んでもって、こいつの暴走はめちゃくちゃつえー。見境はねぇんだけどな。ありゃほんとにおっかねぇもんだぜ」
「……俺からすれば、この状態でも既に怖いんだけど」
「あぁ? そりゃどういう意味だよ?」
怒ったように聞こえなくもない鎌田の疑問。
だが、鎌田は怒っているわけではなく、奏太の発言に驚きつつも意味が理解できなかったので、ついつい素で疑問をぶつけてしまっただけだ。
能力を使わずとも、奏太にはそれがわかっていた。だから、そのまま説明を始めた。
「俺達……『重度の中二病患者』の能力は、発動しようと思った時にしか発動しない。代償もあるしね。俺や浩二だってそうだろう?」
「ああ、まあな。そもそも俺のは、攻撃的過ぎるもんだから特にな」
「そうだな。……だけど、透夜は違うんだ。こうして意識を失っている時に、俺が能力を使って覗こうとしても『拒絶』される」
「マジか」
「ああ、マジだ。透夜の場合、他人に『拒絶』を使う場合はその都度、発動しているわけだが……自身が他人を『拒絶』する力は、意識の有無に関係なく発動している」
「あ……? そいつぁ、そもそも透夜って奴はそういう奴じゃねぇかよ。今更不気味がることかよ?」
「まあ確かに、透夜は常に何かしらを『拒絶』しているな。でも俺は、それが怖い。隙がないし、俺の能力を使って覗けない相手だなんて、俺にとっては未知の生物とも言えるわけだからさ……」
「はーん、そういうもんかね?」
「そういうものだ。俺にとっては……だけどな」
奏太が「黒山をどう思っているか」という話をしたのは、これが初めてだった。
一緒に過ごした時間は短くとも、鎌田が裏表のない単純な性格をしているから、話すことが出来た。
誰から見てもわかるくらいに、猛烈アタックしている奈月や沙希には絶対に言えないことだ。言えば、バトル……とまではいかないだろうが、理解したくもない「黒山透夜の良いところ」を延々と聞かされることになっただろう。
とはいえ、鎌田自身、奏太の考え方はあまり理解できるものでは無かったので、半分聞き流しのようになっていたが。
よって話題は掘り下げるのではなく、変更された。
「なんか暴走する気配もねぇし、このまま運んじまうか!」
「お、おい、いいのか? 運んでいる途中に暴走とか洒落にならないぞ?」
普段の黒山さえ怖いというのに、危険な橋を渡りたくない……というのが奏太の本音だ。
もちろん、暴走に限って言えば鎌田も同感だった。……しかし。
「多分、今回は暴走しねぇんじゃねぇか?」
「……は? どうしてそんなことが言えるんだよ?」
「勘だよ、勘! へへっ、俺ってばこういう勘は結構当たるんだぜ?」
「…………」
鎌田の言ったことを疑っているわけではないが、予想に対しての根拠が勘だけ。ほぼ無いと言ってもいい。
そんな鎌田の直感を信じていいのか奏太はかなり迷ったが、迷っている間に鎌田は黒山を担ぎだしていた。
「ちょっ……! 俺はまだ賛成していないぞ!」
「うーるせぇ。もし暴れだしたら、俺がちゃんと止めてやったからよっ!」
「た、頼んだぞ! やれやれ……」
鎌田と奏太は、予め指示を受けていた場所へ黒山を運ぶため、その場を後にした。
路上コンサートは中止となり、喧騒は既に元通り。
黒山と航平の衝突には何気目撃者がいたが、その辺りは針岡曰く「問題なし」とのことだったので、2人は後始末について考える必要がなく、この日を終えることが出来た。
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気が付けば真っ暗闇だった。
周りには何も見えず、自分がただ立ち尽くしていることしか情報を得られない。
黒山は思わず、独り言で呟いた。
「……ここは一体?」
周囲に人の気配はない。だから返事が返ってくることもない。
真っ暗闇に一人ぼっちという状況は、普通の人にとって耐え難い苦痛となるが、黒山はそんな環境に慣れていた。
……というより。
(この空間……あの部屋に似ているな)
かつて、自分がいた部屋。
『黒』の能力を意図的に得られるよう、大人たちが自分に用意した部屋。
それが当たり前でない、ということに気が付いたのは、その部屋を「追い出された」後のことだ。
そんな靄が少しかかった記憶はとりあえず押し込み、黒山は冷静に今の状況を考え始めた。
(そもそも俺は、なんでこんなところに?)
(ああ、そうか。『全身武装型』を使ったから……か? 今までこんなことは無かったはずなんだが)
(……というか、俺はなぜ『全身武装型』を使ったんだ? いや、敵を倒す為だろうな。それ以外はあり得ないか)
ここに来る直前のことを徐々に黒山が思い出していると、急に自分と目の前にいる『誰か』を照らすスポットライトが付いた。
直後こそは驚いたが、目の前にいる『誰か』を見て、黒山は全て納得した。
顔がはっきり見えない、全身に漆黒を纏った女……。
そしてこの世界は、彼女の世界。彼女は黒山にとっての『黒』そのものだ。
ただし、黒山にはそれが表面ではよくわかっておらず、ただの「鬱陶しい存在」として認識している。
「……わざわざこんな回りくどいことを。代償なら、いつも通り勝手にすればいいだろう?」
黒山のその一言に、目の前に立つ『黒の女』は溜息を吐いた。
顔こそは見えないが、話すことは出来る。……というか、今まではこうして1対1で会うことはなく、一方的に『黒の女』が話しかけて来るばかりだった。
1対1で会うのは『全てを覆う為の黒』に目覚めた時以来となるわけだが、黒山はその時のことをあまり憶えていない。
「代償はともかくとして、一応これでも警告をしようと思ったんだけど?」
「……どういう意味だ?」
「あら珍しい。いつもは邪険に扱う癖に、こういう時は素直なのね?」
「うるさい。早く言え」
『黒い女』はわざとらしく「はいはい」と両ひじを曲げ、両手のひらを上へ向けて、首を左右に振った。
「まず状況から説明させてもらうけど。今回、暴走は無し。透夜の仲間が安全なところへ運んでくれているわ」
「……それで?」
「ここからが本題。私としてはこの状態が好ましいけれど……。透夜、貴方は少しずつ『黒』に染まりつつある」
「それが何か問題なのか? 虹園光輝は最初からそれが目的なんだろう?」
「透夜、前々から思っていたけど『黒』を軽く見すぎているようね」
「何が言いたい?」
「……悪いけど、そこまで私は自分の得を削れる存在ではないわ。ただこれだけは憶えておいて? 今後、私と『拒絶』を大きく併用しても暴走はしないはずだけど、それは貴方が、力を使いこなしているというわけではない、ということをね」
「…………」
「ああ、それと。『拒絶』で思い出したけど、こちらの力はむしろ弱まっているようね。原因は自覚しているはずよね?」
「ああ、まあな……」
「ん。それじゃあ、今回はお開きにしましょう。……私は、いつでも透夜と1つになろうと狙っているからね」
「気色の悪いことを言わないでくれ。余計、気分が最悪になってきた」
黒山のそれは本音なのだが『黒い女』は口元を押さえて「クスクス」と笑った。
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1月20日 土曜日。
閉められたカーテンの隙間から黄色なのか白なのか色では何とも言い難い暖かな光が、顔を照らす。
ここ最近の寒さで言えばありがたい日光ではあるが、視覚的には眩しくて目が痛い。
普段はそうならないようにカーテンがきっちりと閉められているはずなのだが……。
そう思ったところで、黒山の意識は覚醒した。
「ん……?」
起き上がろうとしようにも、いつもより身体が重く感じ、思うように身体が起き上がらない。
「…………」
一度、ベッドへ寝転び、勢いをつけて起き上がる。
……すると。
「んんっ!?」
「は?」
黒山は納得した。自分の身体が何故、いつもより重く感じたのか。
そして同時に新たな疑問が浮かび上がった。
(何故、沙希と奈月の2人がここで寝ている……?)
黒山のベッドはシングルなので、2人一緒なら狭さを我慢すればギリギリだが、3人一緒に寝ることは無理だ。
だから2人の女子は、それぞれ毛布を肩から掛けて、黒山の腹(沙希)と腿(奈月)が、机で居眠りするのと同じ要領で眠っていた。
それが黒山の勢いがついた起床で、沙希が奈月の方に倒れてしまったわけだが……。
「ん? あ、透夜、おはよ……」
「あ、ああ……」
「おはよう透夜。目が覚めたのね?」
「ま、まあな……」
寝起きで頭が呆けたまま素で挨拶する奈月と、冷静にも目が覚めてすぐに安否確認をした沙希。
そして、状況がいまいち理解できておらず戸惑う黒山。
だが黒山は、すぐに戸惑ってる場合ではないことに気が付いた。
いくら『重度の中二病患者』といえども、2つの能力『孤高となる為の拒絶』と『全てを覆う為の黒』を持つ男といえども……
生理現象には抗えない。
黒山は、「チラッ……チラッ」と自分の腰へ目を向けたり逸らしていたりすると。
沙希と奈月も『それ』を見て顔を真っ赤にした。
「あっ、えっと、その……」
「……生理現象、だものね。仕方ないわよね、うん」
「「……下で待ってる」」
そう言い残して、そそくさと黒山の部屋から出て行った。
「…………」
黒山はここでも1つ、彼女らへ感謝しなくてはならないだろう。
理不尽な暴力が飛んでこなかったことに。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
ここだけの話。
この章を書く前、考えていた中では、今回のリーダー格である航平の能力はもっと別のものを考えていました。
時に、物語の中で出てくる「聖剣エクスカリバー」には偽物が用意されているものもありますよね。
そこで私が考えたのは、航平の行い自体はどちらかというと偽善なので、聖なる槍「ホーリーランス」の偽物を持たせたらどうかと考えました。(実は、ホーリーランスはキリストの聖遺物の槍を指すそうですか、それはひとまず置いておき……)
しかし、航平が持つ能力の基本的な効果を考えた時、槍を連想させる能力……というのが思いつきませんでした。
罪を認識させ、裁く。
それに合うのは槍ではなく、鉄槌なのかなと思ったので航平の武装型は鉄槌となりました。
話は変わりますが、今回またほんの少しだけ黒山の過去を明かしました。
果たして、彼が自分の過去を誰かに話す時がくるのか……? それも今後のお楽しみに付き合ってくださると幸いです。
ただし、彼の朝の生理現象は、2人の女子に明かされてしまいましたね(笑)
今回の後書きはこんなところでしょうか。次回くらいでこの章は完結となると思いますが、その時また今回のまとめが出来たらなと。(後書きしたいこと沢山あった気がするが思い出せない……)
それではまた来週もお楽しみに! また読んで下さると嬉しいです!




