行き過ぎた反抗期 part2
翌日。
通学路である坂道を息切れしながら歩いていると、後ろから肩を叩かれると同時に元気な挨拶が聞こえてきた。
「おーはよっ! しーちゃん!!!」
「お……おはよー、真悠。」
入学してから5ヶ月経ったわけだが、そうは言っても夏休みを明けてからはまだ1週間近くしか経っていない。夏休み前には慣れていたこの坂道も、夏休みで1ヶ月歩いていないと入学当初の様に息切れを起こしてしまうのだ。
ただし、物事とは例外が付き物である。
例えば、私の隣を歩いている大親友の真悠。1週間ほど前、真悠は夏休み明けにも関わらず今日の様に後ろから私に追い付き、いつの間にか横を歩いている。
更に驚くことに、彼女は息切れ1つ起こしていない。……一体どんな肺をしているのか。
そんな事を頭の中で考えつつ(学校に着くとどうでもよくなり忘れる)真悠と適当な会話をして歩いていると、今日は何事もなく昇降口へ辿り着いた。
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教室に入っていき、自分の席に座る。
昨日の放課後、私と真悠に拒絶を告げて退室していった黒山は、何事もなかったかの様にいつも通り自分の席に座って窓の外を見ていた。
「ちらっ」とこっちを見る素振りを少しは見せるかな? と期待をしていたが裏切られる。
そんな彼の様子に、私はほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
……むかつく。
一方、真悠はいつも通り私が座っているところに寄ってくると、黒山に「黒山くん、おーはよっ!!!」と挨拶をした。
「……。」
挨拶は返ってこなかった。
つい昨日までなら、挨拶を返さない黒山に対して真悠は本人に文句を言うが、今日は言わなかった。……いや「言えなかった」と言う方が正しいだろう。
と言うのも、黒山自身から今まで無かった「近付くなオーラ」が漂っているからだ。
周りのクラスメイトも、普段からしてとっつきにくい黒山が、今日は更にとっつきにくさが増しているのを感じてようで、話し掛けるどころか黒山の席付近にすら近付こうとしない。
大抵いつもなら私か真悠に用件を伝えるよう依頼してくるが、昨日までとは違う私たち3人の空気を読んでくれているのか、今日は依頼されなかった。
考えてみれば、ある意味でこれは黒山が言った「今まで通り」なのかもしれない。
1年3組の教室に私の席があって、ショートホームルームや授業が始まる直前まで真悠と話している。……こうして入学後から夏休み直後まで過ごしてきたのだ。
しかし、どんなに「近付くなオーラ」を出して声を発さなかったとしても、黒山の存在が消えるわけではない。
このクラスに転入してきて、私と隣の席になった時点でもう夏休み明け前の「今まで通り」には戻れないと私は思った。
調査対象である鎌田の席を見ると、昨日は朝から出席していた彼の姿が今日は無かった。
結局、朝のショートホームルームは居なかった鎌田だが、1時間目が始まる直前には教室へ入ってきた。(授業出席日数はカウントされるが、1日の出席日数は遅刻となる)
もっとも、授業出席日数はカウントされているが、ずっと居眠りしてしまっているので授業態度はマイナスされてる一方だろうが……。
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昼休みのこと。
今日のお昼ご飯は弁当ではなくパンにした。なぜなら、鎌田が昼休みに何をしているかを探るためだ。
教室を出て、一定の距離を保ちつつ鎌田を尾行する。すると彼は、学校の外へ出て行った。
当校の規則では「休み時間に校外へ出ることは禁止する」という記述がある。つまり、この時点で鎌田は規則を破っているのだ。(尾行してる私と真悠もだが)
鎌田を追っていくこと5分。彼は学校の近くにある、人があまり入って行かないような木が生い茂った場所へ入って行った。
そこには鎌田以外の生徒も5人程いた。
鎌田は腰を下ろして辺りを見回すと、ポケットから「何か」を取り出し、更にその中から白い棒状のものを取り出す。
直感的に「良くないもの」だと思った。
私はとっさに中へ入って行ってしまった。
「ちょっと、あんたたちそれって……」
「あぁ!?」
6人が一斉に私の方を向くと、そのうちの1人である鎌田は立ち上がって、私の前に来た。
「お前……昨日のクソ女だな?」
「誰がクソ女よ! そんなことより、未成年が煙草を吸ってはいけないのよ!? それに同席しているだけでも謹慎になったりするから今すぐやめなさい!」
「……煙草? そんなんじゃねぇよ! だが見られたからにはただで帰すわけにはいかねぇな?」
鎌田はそう言うと、私に白い棒状のものを無理やり渡してきた。
私は恐る恐る渡されたものを見ると驚いた。
半透明の赤色をした薄く広いものが、白い棒状の先端についていた。つまりこれは……
「ペロペロキャンディ?」
「おいクソ女、口止め料だ。先公と他の生徒には黙っとけよ?」
「別に悪いことしてないんだから、いいんじゃないの?」
「……キャラが崩れんだろ」
「っていうか、なんでペロペロキャンディ?」
鎌田は煙草など始めから吸おうとしておらず、ただペロペロキャンディを舐めようとしていただけだった。
私は鎌田の可愛い一面を見てほっこりしていたが、それも束の間。
他の5人がそれを見て笑いだし、鎌田は「てめぇら、笑うんじゃねぇ!!」と言ってブチ切れた。
これ以上ここにいるのは危険だと思い、待機させてる真悠を連れて学校へ戻った。
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午後の授業1発目は「体育」だった。軽食にしたのはこの為でもある。
そんな水泳の授業風景はというと、絶対不可侵領域に侵入してこない分には実に平和な授業だ。
男子は結構真面目にやらされてはいるが、女子はそうでもない。まぁ、こっちの教科担任が相当甘い先生だということもあるのだが……。
私は真悠とビート板を使ってバタ足しながら話していた。
「ところで、黒山君は調査進んでいるのかなー?」
「……さあね。私はぶっちゃけどっちでもいいんだけどね!」
「しーちゃん、素直じゃないねぇ……」
「うっさいわよ!」
私はとんだ戯言を言う真悠の顔に、片手で水を掛けた。
その時の真悠の反応については、真悠が女子であることを考慮して詳しく表現することは遠慮させてもらう。
ただ1つ言えることがあるとすれば、真悠は完全に油断していたので、鼻に水が……ゲフン!
以下、真悠が復活したその後の会話である。
「そういえば、しーちゃん。鎌田くん、授業に出てないね?」
「そうねぇ……。水泳の授業は特に欠席すると、ペナルティばかりだからまずいんだけどね。」
「しーちゃん、鎌田くんとも仲良くなれそうだね? 注意してあげればー?」
「何言ってるのよ!? あの見てくれヤンキーはイタイタ転校生とどっこいどっこいでムカつくから、仲良くなることはあり得ないわね!」
「あ、そーなの?」
「そもそも、私にとって今の友達は真悠だけで十分よー?」
「えへへへ……」
私はバタ足を止めて、遅れてバタ足が止まった真悠の頭を撫でた。……ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか?
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時は進み、放課後のこと。
どうやら真悠は黒山に昨日の復讐をするらしい。
内容は教えてくれないので謎だが、真悠の行動は更に私を迷宮へと誘った。
今日は学校に残ることはせず、帰りのショートホームルームが終わってから帰り支度をしてすぐに学校を出た。
そこで謎なのが、家の近くにあるアイスが美味しいことで有名お店へ入って行ったのだ。
復讐と言っていたわけだけど、なぜこのお店へ入って行ったのか? その疑問は、店内にいた意外な人物を見て解決した。
「……栗川。それで、相手はどこだ?」
そこには黒山がいた。
真悠を見てから言った言葉から察するにおそらく、下崎級のストーカーがいるとでも相談したのだろう。
「えへへへ、黒山くん。それは嘘だよー! 患者さんはいません!」
……予想が外れた。単に「重度の中二病患者がこのお店にいる」とホラを吹いただけだったのか。
「……。」
黒山が真悠を睨む。しかし真悠は動じなかった。
「黒山君。昨日、女の子を泣かせた刑罰として私としーちゃんの2人にアイスを奢って下さい。」
「な、何を言っている? 梶谷が泣こうが俺には関係ないことだ。」
「お・ご・り・な・さ・い!」
「……はい。」
真悠の押しにより、トロピカル・エクストラ・サマーエディションを奢ってもらった。
トロピカル・エクストラ・サマーエディションは決して安いアイスではない。特に高校生にとっては1人分ですら大きな出費である。
それを2人分なのだから、黒山にとって相当な出費だっただろう。おかげで普段の落ち着いた顔が、若干涙目になっているように見えた。
……いい気味だ! なんて思ってしまったり。
だからと言って、私たち3人が仲直り(?)するきっかけにはならなかった。
「アイスを奢っても、俺に謝罪の気持ちは無い。……言い過ぎたかもしれないが。」
「黒山君。しーちゃんを泣かせた罪は本来ならもっと重いんだよ? 死刑にならないだけ感謝してね?」
私はトロピカル・エクストラ・サマーエディションを食べながら思っていた。
(私の親友、恐いわ……)
黒山は、いつから気付いていたのかは知らないが、私の記憶があることに対して指摘をしてきた。
「今更かもしれないが、なぜ梶谷に記憶がある? 消してもらうんじゃなかったのか?」
「そ、それは……。それこそあんたに関係のないことだと思うけれどね?」
「……この際、記憶の件はいいとするが、頼むから患者絡みのことには首を突っ込まないでくれ。栗川もだ。」
「私は何かと協力しあったほうがいいと思うんだけどなー。そう思わない? しーちゃん?」
「わ、私は……。」
私は黒山に協力する真悠を手伝うという立場で動いている。でもその立場は黒山にとって、首を突っ込んでる方だ。
私は自分がどう思っているのかわからなかった。はっきり黒山に協力したいと思っているわけではないが、真悠が協力したいと思っている以上、真悠を放っておくわけにはいかない。
……私はどうしたらいいのだろう。
結論に迷っていると、黒山が最後に忠告をして帰って行った。
「今回はおそらく鎌田以外にも出てくる可能性があるからな。……何にせよ、これ以上関わるなよ? 俺は1人で十分だ。」
私と真悠は無言で去っていく黒山を見送った。
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翌日、土曜日の午後。
私と真悠は図書館に来ていた。
目的は、読書が好きで本を借りに来た……ではなく一緒に課題を終わらせる為だ。
図書館内は静かで、冷房が効いているため涼しく快適に学習へ取り組むことができる。
さて、課題とは一体何の課題なのか? その答えは夏休み前に遡る。
夏休み前、英語の授業では夏休み中の課題が配られた。しかし、夏休み明けに小テストを行うとのことだった。
夏休み中の課題をやっていれば基本的にクリアできる小テストであるが、人によって課題をやるタイミングが異なる。そこで、夏休み中の課題とは別に小テスト対策の課題が夏休みを明けた時点で出されたのだ。
その提出期限は月曜日。小テストを行う直前であったため、こうして真悠と図書館で課題を終わらせることとなった。
「しーちゃん、これ何て意味ー?」
「真悠……あんた少しは辞書を引くなりして自分で調べた方がいいわよ?」
「えー……。」
真悠は面倒臭そうな顔をしながら、辞書を引き始めた。
ただし、時に英語は文法によって単語の意味が変わることがある。
授業で散々やっているはずだが、真悠は忘れてしまうのだ。(真面目に受けてるとも限らないが)それ故、後で回答を見返してみれば違和感を感じるような間違いをしても気付かない。
案の定、調べたままの意味でそのまま書こうとするので教えてあげようと思ったその時、声をかけられた。
声は割と高めだが身長は低く、眼鏡をかけている「少年」と間違えてしまいそうな男子だった。
私と真悠は彼を知っている。なぜなら、彼は「少年」ではなく「同学年の男子」なのだ。
そんな彼の名前は清村 卓也。クラスは1組。その外見からマスコットとして扱われたり、相手によってはいじめられたりする人という弱々しく頼りないイメージがあるが、成績は体育と音楽以外、優秀なのである。
彼とはあまり話したことは無いが、真悠に気がある男子の1人であることは知っている。(真悠に気がある男子は今も複数いるが、清村は人格がマシな方である)
「おや? 栗川さんと梶谷さん。英語の課題かな?」
「あ! たくちゃんだー! やっほー!」
「や、やっほー……!」
清村は、真悠が放った「いかにも女子!」な挨拶に対して合わせて返した。
恥ずかしいのか割と小声だったが。
「2人とも頑張ってるね……! どれどれ。」
10秒もかかっていないくらいで2人の課題を見た清村は、驚くことにその短時間で真悠の間違いを指摘した。
「栗川さん。ここ間違っているよ?」
「えっ!? 本当に!? 教えて教えて!」
「うん、いいよ!」
「ちょっと清村。あんまり真悠を甘やかさないでよ? この子、基本的に自分で解こうとしないから……」
「し、しーちゃん! 今回だけだよー……。」
「あはは……それはいけないね? じゃあ、次は解けるように教えてあげるね。」
「うん!」
こうして真悠が清村に解き方を教えて貰っていたのいい事に、私もわからない所を聞いてしまっていた。
半ば「清村の授業」になりかけていたのに気付いたのは、彼が「用事がある」と言って帰る時のことだった。
その後、課題を無事に終わらせた私と真悠も日が暮れはじめていたので帰った。
明日の予定はないので、たまには家族と買い物に行こうと思った私だった。
この時、まさか買い物に行った先で黒山を見る事になるとは思いもしなかったが……。
いつもありがとうございます! 夏風陽向です。
ついに200人もの方に読んでいただけました!
もう嬉しくて嬉しくて……。
今後も滞りなく頑張って更新させていただきますので、よろしくお願いいたします!