悪を裁く審判の歌 part10
家に向かって歩いていると、途中で玉ねぎと肉を焼く匂いがした。
最初は薄く漂ってきた匂いが、家に近付く度に強くなっていく。焼肉の匂いではなく、実に家庭的とも言える料理の匂いだ。
玄関の扉を開けて中に入ると、今度は焼く匂いではなく、単純に玉ねぎの匂いがしてきた。その匂いで、黒山は今日の夕飯を予想する。
カレーだと。
「ただいま」
「おっ! おかえりー! もうちょっとで出来るから、手を洗って待ってなさいな」
「わかった」
台所で今晩の夕食を煮込んでいた咲苗に言われたまま、洗面所で手を洗ってからダイニングの椅子に座り、テレビで放送されている旅番組を見ながら夕食の完成を待った。
この家はいわゆる「椅子生活」というやつで、ご飯を食べるにも、テレビを見てくつろぐにも、勉強をするにも椅子とテーブルだ。これは、幼い頃からずっと「床生活」だった咲苗が「椅子生活」に憧れていたからである。
ところで、黒山は普段からテレビを見る人間ではない。
ドラマだとか、バラエティ等が嫌いだというわけでは決してないのだが、それらを見ることで「周りと話せる共通の話題」が出来てしまうことに嫌悪感があるからだ。
仮に出来たとしても実際、周りと話せて打ち解けられるかどうかは、その時になってみないとわからない。だが、『孤高』を目指す者としてあってはならないことだ。
もっとも、今日のように詩織や真悠と行動している時点で『孤高』から離れ始めているのだが、本人は自覚していない。
また、言うまでもなく黒山は高校生だ。
ドラマで個性に触れ、バラエティで色んな芸能人の人間性に触れてしまえば、今後の黒山の性格や考え方が変わる可能性があるし、今までもあった。
だが、黒山本人の意思はそれを望まない。「自分はこうあるべきだ、こういう人間なのだ」と思うことこそが「重度の中二病患者」として出すことの出来る能力に直結しているのだから。
そしてそれは、黒山本人だけでなく、虹園光輝を中心とした大人達も良しとしない。虹園光里をはじめとした「予測できない能力を発現する存在」がいて、他の「重度の中二病患者」が現れる限り、黒山達の力は「予防法が見つかるまでの一番有効的な対策手段」となり続ける。
とはいえ、そもそも「重度の中二病患者」とカウンセリングをして治していく立場の咲苗にとっては、黒山の扱い方が自身の仕事内容と矛盾しているので、ずっと悩みの種となっている。
だから話題に出すのは番組の内容ではなく、
「ところで透夜。両手に華のデートはどうだったのよ?」
「デートと言っていいのか微妙なところだが……まあ、悪くは無かった、と思う。予想外のハプニングはあったが」
「重度の中二病患者」で能力の関係上、感情表現に乏しい黒山だが、ある意味こういったところで「高校生らしさ」が出ている。
大人相手に照れ隠しで感想を素直に言えない点と、デートに対する価値観だ。
1つ目のことは、大人になってもそういう人がいるが、2つ目に関しては特に青少年らしく、
「女の子(しかも2人)と遊びに行く=デート。とは言わないのでは?」と思っている。
個人差はあるだろうが、少なくとも黒山は今回のことをデートだとは言わないし、彼の中でのデートとは「恋人同士で遊びにいったりすること」という定義があるので、デートだと思っていない。
「デートと言っていいのか微妙なところ」という言い方は、デートだとは思っていないことを主張しつつ、咲苗に合わせて会話を円滑に進める為の表現だった。
これは咲苗に対する思いやり……ではなく、話が噛み合わない、もしくは無駄な会話が広げられることを回避する狙いがあってのことだ。
だが、その心配は杞憂だった。
咲苗は「ハプニング」の方が気になったようだ。
「男が女の子と遊びに行く。そこで起きるハプニングとは……一体どういうことなのか!?」
と、咲苗は気になって仕方がなかった。
「は、ハプニング!? 一体、何があったって言うのよぅ!?」
「…………」
その反応で黒山はすぐに理解した。それと同時に意外感を覚える。
脇道で悲鳴を上げた男を助けに行くところから始まったハプニングの内容を咲苗は知らない。
黒山はすぐに針岡へ報告したにも関わらず、まだ咲苗には伝わっていない。
確かに、咲苗の仕事内容は事件を解決することではなく、カウンセリングによる治療なので、今すぐに知っていないといけないわけではないのだが。
遅かれ早かれの問題だと判断した黒山は、取り敢えず意外感を仕舞い込み、今日起こったハプニングの内容を話した。
その内容を聞いている咲苗の顔は、期待を裏切られた故、非常につまらなさそうだった。
「大体わかった。そっれにしても、ハプニングってそれなの!? なんかこうもっと……」
「何を期待していたのかはわからないが、確かにこのタイミングでトラブルが起こるのは残念だった。
……珍しいことではないが」
「もっと残念そうに言いなさいよ……。それで、今後どうするの?」
「取り敢えずは、定例報告会で報告するつもりだ」
「ふーん、そう? それでぇ、どんな所に遊びに行って、どんな話をしたのぉ?」
いつのまにか、夕飯(予想通りカレー)が出来上がっており、咲苗は自分の分を盛って椅子に座っていた。
黒山は立ち上がり、自分の分を盛りに行って、
「別にそこまで細かく報告する義務は無いだろう」
と釣れないことを言い、
「だってだって! 気になるじゃないのよぉう!!!」
という咲苗の言葉を無視して席に座ってから、すぐに手を合わせてカレーを食べ始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、月曜日。
黒山が学校に登校し、自分の席に座ろうと真っ直ぐ向かうとすると。
「…………」
周りの視線が気になった。敵意の視線だ。
黒山の登校は早い方なので、教室内にいるクラスメイトは少ない。だが、その少ない、しかも男子の視線が肌に突き刺さる。
とはいえ、直接危害を加えてくる気配が無いので、席に座ろうと椅子を引いて気付いた。
椅子の上に画鋲が置いてあったことに。
「…………」
黒山は黙ってその画鋲を、後ろの黒板付近に置いてある画鋲ケースに入れようとする。
時間の無駄だと思ったので、犯人探しをするもりは無かったのだが、ひたすら周囲に耳を傾けていると、
「チッ……」
「お前か」
舌打ちが聞こえてきたので、聞こえてきた方に持っていた画鋲を遠慮なく投げ付けた。
顔面に向かって。
しかし、画鋲などといったものを投げ付けた経験が無かった黒山は力の加減がわからず、顔面から少しずれて、針となっていない部分が壁に当たり、落ちた。
当然、投げ付けられた男子クラスメイトは激怒する。
「何すんだよ! あぶねーじゃねーか!!」
「俺の椅子に画鋲を置いたのはお前だな」
「は? 何を根拠に言ってるんだよ!」
「片付けようとした時、お前から舌打ちが聞こえた。お前以外からは聞こえなかった」
「たかがそれだけで俺を犯人扱いかよ!?
それって流石に横暴なんじゃねーの!?」
「……画鋲を椅子に置くだけでなく、やったこと自体まで否定するとは、救いようのない卑劣な奴だ。お前のような息子を持ったご両親が哀れでならない」
「な、んだと……!?」
「まあ、いい。何が目的なのかは知らないし、どうでもいいからこの話はここまでだ。時間の無駄だしな」
「ふざけんじゃねー!」
黒山は、激怒した男子クラスメイトを無視して席に座り、窓の外を眺め始めた。
黒山の予想では、犯人は彼1人ではなく、画鋲を椅子に置く案を発案した者とそれに賛同した者の複数犯だと思っている。
実行犯に関しては、おそらく発案者。賛同した人間からすれば、誰かの発案通りにした結果、犯人扱いされたくないだろうからだ。
黒山が無視しても、自分を全否定されたクラスメイトは激怒のあまりに黒山の席へ迫る。
「おい、無視してんじゃねーぞ、黒山!」
「…………」
「てめー……! ぶっ飛ばす!!」
「……!」
若さ故か。頭に血が上った男子クラスメイトは感情に身を任せて机ごと黒山を押し、黒山は椅子とともに転倒した。
「へっ……へへ! おい、どうした! 誰が卑劣だって!?」
「……最初から、こうすればいいだろう」
どうにか後頭部をぶつけることは避けたが、押された勢いが加えられた転倒はなかなかに痛い。
それでも黒山は立ち上がって、男子クラスメイトの正面に立った。
実を言うと、黒山はこの瞬間を狙っていた。
相手にとって気に触ることを言うことで挑発し、実力行使をしてきたら適用されるルール……。
「な、なんだよ……?」
「正当防衛だな」
「へ?」
急所を外して相手の腹を殴り飛ばした。
能力を使わない素手での戦闘経験があるとはいえ、黒山の身体は完全な筋肉質ではない。
だから黒山自身に条件が揃わない限り、殴り飛ばせるだけの力は無いのだが、少しだけ『拒絶』を使った。
武装型の外見、及び機能を縮小したバージョン。
直接人体を『拒絶』するのではなく、自分の拳を中心とした一定範囲にある存在を近付かせない、という使い方で。
飛ばされた男子クラスメイトは、すぐ近くにあった席に衝突し、痛みに悶えて立ち上がってこない。
すぐさま黒山は、自分に向かって敵意の視線を送ってきた他のクラスメイト達を睨みつけることで警告し、自分の席と、可能な限り乱れた席の列を整えてから、投げ付けた画鋲を片付け、再び席に座って外の景色を眺め始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おはよう、黒山君! 昨日はありがと! それで、えっと……何があったの、これ」
教室に入ると、月曜日早々に沈んでる空気を感じた詩織は、いつも通り先に登校していた黒山に質問した。
空気自体が沈んでるし、列から乱されたままの席があるし、男子クラスメイトの1人は明らかに泣き顔を隠すためかのように、机に突っ伏していた。
「梶谷か。なに、些細なトラブルがあっただけだ」
「……忘れているかもしれないけど、私はこのクラスの級長よ? 知る権利はあると思うんだけど」
「……そうだな。今朝、あいつが俺の席の椅子にそこの画鋲を置いた。それを見つけた俺はあいつと口論になり、席ごと俺を倒してきたので、仕返しに殴り飛ばした」
「あんたそれ、過剰防衛じゃない?」
「そうなのか? では訂正しよう。少し小突いただけだ」
「今更遅いわ! それに、少し小突いたくらいでこんなんにはならないでしょ!
それにしても、どうして黒山君の席に画鋲を……?
あっ、もしかして」
「どうかしたのか?」
「黒山君が転校してきてからすぐの時にも言ったけど、真悠ってファンが多いのよね。もしかしたら、昨日のことを誰かに見られてこうなったのかも」
「そういえば、確かに昨日のことを知ってショックを受けた栗川ファンがいるという話は聞いていたな」
「やっぱりかー……ほんっと、やれやれね。だけど、あんたがやり返すなんてちょっと意外かも」
「確かに、特別相手にするようなことではなかった。だが、休みボケしているような愚かな奴らに改めて、俺に関わらないよう、警告をしておこうと思ってな」
「へ、へえー……。あ、そう。ははは……」
「……?」
朝の一件についての会話はここで終わった。
実のところ詩織には、黒山がクラスメイトを殴り飛ばした際に、能力を使ったであろうことを大体予想出来ていたが、それを指摘しなかった。
その後、授業の準備を終えた真悠が詩織の席に寄ってきて、いつも通りに2人で話を始めた。
不幸中の幸いと言うのか。誰も職員に密告することなく、問題にはならなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1月17日 水曜日。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、黒山は教室を出て行った。
理由は定例報告会があるからだ。一度参加したことのある詩織は、そんな黒山の様子を見て察していた。
特に用事があったわけではないので、関係はないのだが。
相変わらず、針岡以外の誰よりも早く着いた黒山は、いつもの席に座って他のメンバーを待つ。
すると、唐突に針岡が黒山に疑問をぶつけた。
「そういや、透夜ー。学校生活にはいい加減慣れたかー?」
黒山は驚いた。まさか、針岡がこんな『教師らしい』質問をしてくるとは思わなかったからだ。
「ま、まあ、最初に比べたら、少しは」
「なーにが、少しは、だ。梶谷や栗川と街へ遊びに出かけたんだろー? お前さんを妬む声は結構あったぞー?」
「それは咲苗さんからも聞いた。妬むくらいなら、誘って遊びに行けばいいものを……」
「お前なー……」
針岡が黒山の発言に呆れて、物も言えなくなっていると、扉が勢いよく開いた。
「聞き捨てならない話を聞いたぞー! 透夜!! あの2人と遊びに行ったのって本当!?」
「私も気になるわ」
勢いよく扉を開けたのは奈月。大きな声を出して質問しながら入ってきて、その後、続いて沙希も入ってきた。
2人の女の子から問い質され始めている黒山を見て、針岡は「ほほう」と、にやけている。
「……聞いていたのか」
「何? 聞かれてはいけないことなの? へえ、私達には話せないようなことがあったと?」
「ボク達を差し置いてーっ! 透夜!! どうしてボク達とは遊びに行かないくせに、あの2人とは行っているのさー!?」
「……お、お前らとは、見回りの時とかに」
「それとこれとは別よ」
「そうだよ、そうだよ! ずーるーい!!」
「…………」
黒山への質問攻めは、奏太と鎌田が来た後も続いていた。
朝の男子クラスメイト達に比べれば、まだ平和的だが、奏太は内心で「死すべし」と思いつつ、
「始めたいから、早く席についてくれないか?」と、一言だけ言って沙希と奈月を席につかせ、ようやく定例報告会が始まった。
ちなみにだが、鎌田が琥珀ヶ関に入ってから初の定例報告会だったので、鎌田としては初の制服姿披露だというのに、詩織と真悠の2人と遊びに行ったという黒山の存在感で触れられることなく定例報告会が始まったことが、鎌田にとってはどこか寂しさを感じさせる出来事となった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
ようやく定例報告会まで来ました。
本当はもっと早くの予定だったのですが、思いの外「両手に華」が長くなってしまった上に、part10の冒頭から定例報告会を始めるつもりが、あれこれ考えるうちに「こういうシーンを入れたいな」とか思ってしまった結果、こうなってしまいました。
こういった、本編とはあまり関係していないような……ってシーンを入れられるのが、「なろう」の良いところだと思います。
アニメだと尺の問題がありますし、漫画もページ数とコマの振り方の関係でカットしないといけないシーンもあるでしょうし……。
それこそ、作者によるかもしれませんが、出版される本の中身は限られてしまうでしょうからね。
さて、また来週。次回もお楽しみにしてくださると嬉しいです!




