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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「決別する転校生」
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決別する転校生 part59

 いくら黒山と鎌田にとって最後の報告会だったとはいえど、針岡は戸締りして帰らなくてはならない。最後に駄弁っていたい彼等の気持ちがわからないでもなかったが、それでも彼等を旧・虹園塾から追い出さなくてはならない。


 黒山と約束を交わした充が帰り、続いて鎌田と奏太が一緒に。そして沙希と奈月が黒山を捕まえて去っていったのを確認してから施錠する。



(卒業……ねー)



 正直なところ針岡は、黒山が能力を手放したことに驚いている。暴走して以来からの付き合いになるが、今まで見てきた黒山透夜という少年は自分を守る『拒絶』を決して手放すような少年ではなかった。


 それが、詩織の意識を呼び戻す為に強化された能力を手放した。彼にとってもう『拒絶』が必要で無くなったということは精神的に成長した証である。教師として、側で見てきた大人としてかなり嬉しく感じていた。



(……っても、俺が何かしたわけでもないけどなー)



 瑠璃ヶ丘に来て、黒山はかなり変わった。元々この変化を求めて黒山を呼んだわけではないが、嬉しい誤算であることに変わりない。


 しかし、これから先は能力に頼って生きることが出来なくなる。そんな厳しく、心細い世界で黒山が生きていけるかどうかはまだわからない。


 針岡は出来るだけ今後の黒山をサポートしようと心に決めた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「貴方、これからどうするつもり?」



 ふと、沙希が冷静なトーンでそんな疑問を口にした。重度の中二病患者として猛威を振るっていた黒山を知る身としてはやはり気になるところである。


 実のところ、黒山としてはこれを説明するのが嫌になってるくらいには何度も同じ質問をされている。ただ、少ない期間とはいえ少年時代を共にした彼女達を相手に雑な対応は出来なかった。



「公立に転校するつもりだ。ただ、この近くだとは限らない」


「それから?」


「…………」



 沙希の更なる追求に黒山は少し困った。普通に学生をしている自分の姿があまり想像出来なかったからだ。


 そんな黒山の様子を沙希と奈月は驚いた顔をして見ている。



「なんだよ……?」


「いえ。貴方、そういう顔するようになったのね」


「なんか困ってるのが見るからにわかるの、不思議……!」


「…………」



 黒山は更に困った。ふと、何気ないその瞬間に自分がどんな表情をしているのかがわからないからだ。少しばかり気恥ずかしさも感じた。


 とはいえ、能力を失って「何も無くなった」というわけではない。



「俺は随分と長い間この能力を使ってきたからな。通常の治療とは別の方法で卒業したといえども、後遺症は残っている」


「後遺症?」



 重度の中二病患者は目覚めてから日が浅く、そこまで能力を行使していないのであれば綺麗に能力を手放すことが出来る。しかし、針岡や黒山のように依存してしまっていた人は治療後も一部だけ能力が使えてしまうことがある。


 それが後遺症。沙希と奈月もそれは知っていたが、果たして黒山がどんな後遺症を持っているのか想像出来なかった。



「ああ。重度の中二病患者による攻撃を『拒絶』することだけは出来る。もう武装型も使えないし、遠くに放つことも出来ない」



 黒山の場合、触れるかどうか微妙なところまできた重度の中二病患者による攻撃を『拒絶』出来るというものだった。他の被害者に対して壁になるように立ち回れば守れるかもしれないが、完全に体術を使わないと相手を無力化することが出来なくなってしまったので代表者としては力不足過ぎる。



「あ、でも透夜は重度の中二病患者を見ただけでわかるよね? あれはどうなったの?」


「それは先天的なものだからな。ずっと残る。せいぜい協力者くらいの立ち位置で代表者をサポートするような立場……にされそうだな」



 黒山が言っていることは決定事項ではない。むしろ、黒山がそれを拒めばそんなことをしなくても良い。



「透夜のことだし、困ってたら手伝いそうだなぁ!」


「……そうね。無愛想な割に困っている人を放っておけないもの」


「そう、かもしれないな」



 何だかんだで首を突っ込んで解決に協力する。そんな姿の方が、黒山としても余程想像しやすかった。そんな自分に、どこかむず痒さを感じた。


 沙希が半ば強引に話を戻す。



「それで、高校卒業後の進路とかは決めているのかしら?」


「まあな。大学進学を視野に入れている。今よりも勉学に励むつもりだ」


「へえ」



 沙希は少しばかり嬉しそうに微笑んだ。まさか、こうして黒山と「未来の話」をするとは思っていなかったからだ。



「透夜なら、うちも歓迎してくれるでしょうね。卒業後、うちに来たらどう?」



 沙希が言っているのは、実家の地嶋グループのことである。流石にすぐ重役とはいかないだろうが、将来の重役候補として迎え入れるのは、沙希の父親としても嬉しい話だろう。



「あ、ずるい! そうやって取り込むつもりだ!」


「さてね」



 奈月はそんな沙希の勧誘が「卑怯」だと思った。黒山がどれだけ能力を発揮出来るかにもよるが、十分な手腕を振るうことが出来れば、地嶋家は喜んで黒山を婿に迎え入れるだろう。


 奈月にはそんな力がないので余計にそう思ったのだ。



「ボクは、透夜がどんな道を歩んでも求められるなら支えるから!」


「健気さで勝負ってわけね」


「ふふん!」



 今までの黒山ならそんな2人のやり取りに対して何も関心を抱かなかった。だが、今は凄く嬉しく感じている。同時に何だか恥ずかしくて顔が熱く、変な汗が出てくる。



「ふふ……」



 黒山が小さな笑い声を漏らして微笑む。そんな姿を見た沙希と奈月は2人して驚くのと同時に、あどけない笑顔に愛おしさを感じて胸の鼓動が速くなっているのを感じていた。


 だが、形は違えどそれは黒山も一緒。今まで感じたことがない程に温かく、優しい気持ちが心に流れ込んだ。



「お前達は、こうして俺を支えてくれていたんだな……。ありがとう」



 初めて、黒山が返したお礼。今まで報われていなかった気持ちが、ようやく少しだけ報われた気がした。


 それがまるで本当に「最後」のような気がして、沙希と奈月は珍しく永遠を望んだ。



「透夜……またボク達を置いていくの?」



 きっと、これからがもっと楽しくなる。今まで見ることの出来なかった色んな黒山の一面を見ることが出来るようなるはず。しかし、少しだけ心が通じ合うようになった前回と同様「これからだ」という時に黒山はいなくなる。


 そんな不安と不満が、奈月の口から漏れていた。



「…………」



 黒山は何も答えられなかった。結局のところ奈月の言う通り、また黒山は彼女達を置いていくことになる。いつかはここに戻るつもりではあるが、それがいつになるのかは黒山にもわからない。


 一方で冷静な沙希は奈月の問いに対して答えを得られないのがわかっていた。当然、本当は奈月もわかっていたが、それを認めるわけにはいかなかったのだ。


 答えられず、下を向く黒山を射抜くように沙希が真っ直ぐ見る。彼女はもっと踏み込んだ質問をする勇気が心に決まっていた。



「透夜。今から私が問うことにちゃんと答えなさい」



 黒山が顔を上げた。奈月も驚いたように沙希の顔を見るが、奈月は奈月で沙希が聞こうとしていることが何なのか、わかる気がしていた。



「透夜。今の貴方なら、私達の気持ちがわかるでしょう? そして貴方自身の気持ちもわかっているはず」


「……ああ」


「それで、貴方は誰を選ぶの?」

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


沙希が黒山に本心を問います。

まあ、今までの描写的に誰を選ぶのかなんてわかりきった話かもしれませんし、沙希と奈月にも薄々わかっているんだと思っています。


しかし、彼女達としてもこのまま終わるわけにもいかない。今まで『拒絶』の効果で得られなかった答えを本人の口から得ることが出来る。彼女達なりの気持ちに対する決着なのだと思います。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします。

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