決別する転校生 part57
「「いただきます」」
2人向き合って座り、手を合わせてから食事を始める。元より賑やかな食事だというわけではなく、食べている時はお互いに話したりすることもないが、優璃は不思議と以前より空気が重く感じた。
そしてその理由も何となくわかっている。
「……悠、怖い顔してる」
「え?」
黄泉路は心底驚いて食事の手が止まった。指摘された内容もそうだが、食事中に───それも優璃から話をするなど、今まででは無かったからだ。
持っていたパンを一度皿に置き、少し俯いて本音を語る。
「俺は、優璃を守ると決めていた。だからずっとそうしてきたけど、今回のように強力な重度の中二病患者達が集団で襲撃してきた場合、今までのような対処方法では駄目なのかもしれないって考えてるんだ」
「今までのような?」
「うん。相手が1人なら難なく無力化できるけど、複数が相手なら手段を選ばず───」
黄泉路は話しながら意識して表現を抽象的にしていた。優璃を守る為に相手の命を刈り取ることになるが、そこで「優璃を守るため」という言葉を言い訳にしたくない。それは結局、自分に手加減して集団相手を無力化できるだけの実力がないだけなのだから。
「……悠」
「───ん?」
優璃は黄泉路が話している途中だというのにも関わらず、名前を呼んで遮った。黄泉路が直接的な表現を避けて抽象的な言葉で済ませようとしても、長く一緒に過ごしてきた優璃には彼が言おうとしていることが何なのかをわかっている。
そして、優璃にも今回の事件を受けて「今までの意識を変えざるを得ない」と感じていた。
「うまく、言えないんだけど……」
「うん」
「私も、このままじゃいけないと思って……」
「…………?」
「戦えるように、なりたい。私も」
「えっ」
黄泉路は驚くのと同時に背筋が凍ったのを感じた。優璃の思いを尊重すべきだとわかってはいるが、優璃は守らなくてはならない存在。むしろ、戦場に立たれては守護の意味がなくなってしまう。
しかし、説得する言葉が見つからない。悩む間に優璃が言葉を続けた。
「私の仲間……あの子達は皆、自分で戦える力を身につけてた。私も自分で戦えるようになって、そして───」
「…………」
「悠と一緒に、この生活を守りたい」
「……あ」
優璃はもう、守られるだけの女の子ではない。守るべきはお互いだけでなく、お互いがいる当たり前の毎日。
この先ずっと、2人でこの生活を守っていく。そんな日々を想像して、黄泉路は寂しげな笑みを浮かべた。
「どう? 悠?」
「うん、すごく……いいと思う」
優璃が儚げに微笑む。だが、そこには確かに今まで無かった「頼り甲斐」が芽生えていた。黄泉路は感動の涙を誤魔化す為に食事を続けた。
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今回の事件解決において、1番の貢献者はやはり黒山だろう。だが、事件解決を迎えたからといって落ち着くことなど出来なかった。
詩織も優璃と同じタイミングで退院となるが、彼女は両親が迎えに来ているので、今のところ黒山に出番はない。その間、黒山は花束を持った梨々香を連れて裕里香の病室に訪れていた。
こうして2人で病室に訪れていると、かつて黒山がクラスメイトを昏睡状態にさせた事件が思い出される。それ以来、梨々香は様々な『奇跡』を起こしてきているので、誰かの病室に訪れるのは慣れたものだ。
一部では、梨々香の存在が神格化している話もあるが、それはまた別の話である。
実は黒山も裕里香の両親とは会った事がない。それは裕里香と黒山の仲良かった時期が短いからだ。
2人はノックして病室に入る。そこにはやつれた顔をした裕里香の母親らしき人がいた。
「「失礼します」」
「あ……」
裕里香の母親らしき人はすぐさま立ち上がって2人の方を見て会釈をした。それに合わせて2人も会釈し返すと、裕里香の母親らしき人は2人の素性を問う。
「えっと、裕里香のお友達でしょうか……?」
服装からして裕福なのがわかる。黒山は裕里香の家が裕福だということを知って忘れていたが、裕里香の母親らしき人をみて思い出した。
「はい。黒山透夜といいます。こちらは小泉梨々香です」
「あっ……!」
梨々香の母親らしき人は、紹介されてようやく梨々香を思い出した。以前、裕里香が黒山の暴走によって意識不明になった時は梨々香のお見舞いをきっかけに目覚めたからだ。梨々香と裕里香はずっと違うクラスだった為、裕里香の母親はしばらく梨々香と会えていなかった。
「小泉さん、久しぶり! その節はお世話になりました。またこうして来てくれたのね……」
「あ、はい。お久しぶりです……」
梨々香は以前、裕里香のお見舞いにきて母親と話している。あの時はすごく明るく元気な印象があったものだから、母親の現在を見て少しショックを受けた。
裕里香の母親は次に黒山を見る。
「貴方が黒山さん。娘から話は伺っています。前回は貴方が引き起こしたものなんですってね。当時、学校側は否定しましたが、私は娘の言葉を信じます」
裕里香の母親による鋭い視線が黒山を貫く。梨々香は心配そうに黒山の顔を見るが、黒山は逃げるつもりも誤魔化すつもりもないようだ。真っ直ぐと裕里香の母親を見て深々と頭を下げた。
「その通りです。申し訳ありませんでした」
「許すつもりはありませんが、今は過去のことを色々言ってても仕方がないことはわかっています。……それで、今回のところは正直にどうなんですか?」
裕里香の両親も警察から説明を受けているだろうが、今回の犯人が白河であるということが信じられなかった。飛び交う情報から当てはまる相手は白河しかいないのだが、以前のように「実は犯人が黒山である」という可能性も考えていた。
「……いえ、今回は違います。ですが、無事に助けることが出来なくてすみませんでした」
「……そうですか。それでも娘を助けてくれたことは感謝しています。ありがとうございました」
感謝の言葉は紛れもなく本物だった。実のところ裕里香の両親としては娘が生きて帰ってきただけでも嬉しかったが、他の4人と違って意識不明の状態であることは、やはり両親を苦しめていた。
そしてそこに黒山は自責の念を持っている。白河の目的を見抜き、止めることが出来ていればこんなことにはならなかっただろう。
もっとも、その場合は同時に裕里香も黒山を襲ってくるだろうから、今よりも良い未来になっているとは限らないし、むしろ悪い未来になっていた可能性すらある。
そんな「たられば」を考えていても仕方がないのだが───。
「あの、これ……」
梨々香が裕里香の母親に持ってきた花束を渡す。すると、瞳が潤んだのに2人は気が付いた。
「ありがとう、小泉さん。どうしてまた、娘がこんな目に遭うんだろうね……。確かに、甘やかして育ててきてしまったから、周囲に不快な思いをさせているかもしれないけど……」
「…………」
裕里香の母親は不思議と、その花束がよく似合う女性だった。きっと、裕里香がこんな状態ではなかったのだとしたら、笑顔を見せてくれたのかもしれない。その笑顔と花畑を組み合わせたら間違いなく絵になるくらいだ。
黒山は不謹慎かもしれないが「裕里香と母親は全く似ていないな」と思ってしまった。
「せっかくですから、花を飾るね。その方がきっと寂しくない……。───あ、そうだ。小泉さん、また娘の手を握ってあげてくれないかな?」
「あ、はい。もちろん!」
裕里香の母親は梨々香が裕里香の手を握ったのを見てから、枕元に置かれた花瓶を持って水を変える為に病室を出て行った。その隙を狙って梨々香は能力を使う手筈だ。
「リリカ☆チェンジ」
変身の言葉とともに「ステッキ」を振ると、梨々香の姿は魔法少女のそれに代わって、魔法少女ミラクル☆リリカとなった。
「ミラクリウムチャージ! えいっ!」
ステッキの先端からピンク色の強い光が放たれる。これによって『奇跡』は起こるが、黒山の予想では上手くいかない可能性の方が高かった。
やがてミラクル☆リリカによる「スーパーミラクル☆リリカマジック」が終わる。そして同時に変身が解かれた。持ってきていた「御守り」を急いで使って代償を『拒絶』する。
今や御守りも貴重なものだ。完全ではないが、能力を失った今の黒山ではもう作ることが出来ない。
「どうだ、梨々香?」
「ん……ちょっと無茶な手だけど、強引に裕里香ちゃんを引っ張ってきた」
「上手くいったということか?」
「うーん、微妙。あとは裕里香ちゃん次第。裕里香ちゃんが闇に打ち勝てば大丈夫だけど」
「闇……か」
黒山も詩織の精神世界で戦った闇。裕里香の場合はまた姿形や能力が異なるだろうが、1人で戦って勝つのはなかなか酷な話だろう。
ちょうどその時、裕里香の母親が戻ってきた。彼女は梨々香から貰った花束を花瓶に入れた。
「うん、すごく綺麗。───あれ?」
裕里香の母親は何かに気付いたのか、少し表情が明るくなった。
「何だか、不思議とさっきよりこの部屋が温かい感じがする。あの時のように小泉さんが裕里香の手を握ってくれたからなのかな……」
梨々香が手を握れば目覚めるかもしれない。裕里香の母親はそこに期待していたのだろう。抱いた感想は強がりでもなく本音だったが、梨々香はそんな裕里香の母親に落ち込んで欲しくなかった。
裕里香の母親を真っ直ぐ見て、力強く言葉を発する。
「大丈夫です! きっと、裕里香ちゃんもすぐに目を覚まします。だって強い女の子ですもの!」
梨々香は裕里香の母親に強くそう言い切った。裕里香の母親は初めて見せる笑顔で、右の瞳から涙の雫を溢しながら梨々香の言葉に答える。
「そう、だね! ありがとう……!」
その後、すぐに黒山と梨々香の2人は病室を後にした。心の底から感謝していたのか、2人が恐縮してしまう程、裕里香の母親は2人に深々と頭を下げていた。
病院から出た2人は晴れた空を見ながら歩く。梨々香はふと、抱いた疑問を黒山にぶつける。
「透夜、これからどうするの?」
「どうなるかはまだ不透明だが、もう戦えないからな。瑠璃ヶ丘を去ることになるだろう。今は虹園先生が転校先を探してくれている」
「え、どうして? もう戦わなくていいのに?」
「そうだ。瑠璃ヶ丘は私立だからな」
「あ……」
梨々香はようやく黒山が「転校しなければならない理由」がわかった。
今まで黒山は虹園家の支援と代表者への補償で瑠璃ヶ丘に通っていた。その支援や補償が打ち切られるということは、学費が掛かる私立には通えない。これからは公立高校で卒業を目指す必要がある。
「また転校……寂しくない?」
梨々香は心の底から黒山の身を案じてくれている。今までの黒山だったら、そんな優しさを『拒絶』していただろうが、もうそんな必要はない。
黒山は柔和な笑顔を梨々香に向けて勇ましげに答えた。
「ありがとう、梨々香。でも俺は大丈夫だ」
「……そっか」
梨々香は少しだけ複雑な心境を抱いた。瑠璃ヶ丘で出会った詩織や周囲の仲間が黒山の凍りついた心を溶かしたからだ。
自分では出来なかった。だからきっと、梨々香の存在は黒山の為になることが出来ない。その瞬間、梨々香は敗北のような悔しさを自覚したのと同時に、今日が「一緒に歩ける最後の日」であると感じた。
その後、黒山は駅まで梨々香を送り、梨々香はそのまま帰宅したのだった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
ついうっかり、裕里香ママの性格を誤って書くところでした。実は過去に出て来ているんですよね。
裕里香と違ってお淑やか……で書くところでしたが、実際は「ウザがられる程に明るい性格」で書いていました。当時は梨々香に対してかなり明るく接していますが、今の梨々香は高校生。以前のように子供扱いするわけにはいかないというところです。黒山に対しては冷たいです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




