決別する転校生 part37
黒山とエーイーリーの戦いは続いている。特に進展もなく、黒山が攻撃をしてエーイーリーはひたすら防御に専念している形だ。
未だにエーイーリーの攻撃方法がわからない。むしろ、エーイーリーには攻撃する手段はなく、過剰とも言えるような防御で相手を吹き飛ばしてダメージを与えるのが彼の戦い方に思える。
もし、その仮定が正しいのであれば黒山にも勝機はある。少しばかり器用な能力の使い方をしなくてはならないし、対策をされればまた別の方法を使わなくてはならない。
機会は1度だけ。黒山はこの1発に賭けてみることにした。
高速で移動をしながら左手の武装型を解除する。背後に回って全力で禍々しい右手の拳を前に出すと例の如く防御壁が展開された。
(……ここだ)
すぐさま右腕を引き返し、入れ替わりに左手を前に向ける。黒山はその防御壁に対して左手から『拒絶』を放った。
『拒絶』と『愚鈍』が激しくせめぎ合う。
「あっ……!」
この行動にエーイーリーも驚いたようだ。彼の能力は単純な力勝負であれば土俵に立てるが、こういった技量では勝ち目がない。『愚鈍』という能力を持ってしまっている以上、戦いにおいて必要な「臨機応変さ」が欠けてしまうのだ。
エーイーリーに出来たのは振り返って驚くことだけだった。
黒山の『拒絶』とエーイーリーの『愚鈍』がぶつかり合った末に弾けて割れた。その隙を逃さず、禍々しい右腕でエーイーリーを殴りつけた。
体術を会得していないエーイーリーは素直に吹き飛ばされる。背中を壁に激しく打ちつけ、その衝撃で意識が朦朧とした。
「う……うう……?」
「…………」
黒山はただ無機質な目でエーイーリーを見下ろす。その内心はまだ緊張のあまりに鼓動が速くなっている。
「使い方さえ間違えなければ、良かったものを」
「……う」
エーイーリーは黒山の言葉を聞いて意識が途絶えた。黒山にとって、彼の防御に特化した能力は「誰かを守る為に使うべきだ」と思った。傷付ける為ではなく、それだけに使えれば彼の存在価値は今よりももっと高いものだ。
とはいえ、過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。エーイーリー自身がそれを反省したとしても、彼は誘拐犯グループの一員だ。罪を償いつつ、治療が行われるだろう。
黒山は気絶したエーイーリーを警察官に任せて白河の元へ向かうことにした。
だが、黒山は少し立ち止まる。ついてこようとする警察官に1つだけお願いをしなくてはならないからだ。
「すみませんが、ここで待っていただけませんか?」
当然、警察官は黒山の意図を理解できない。首謀者と目されている白河を目の前にして待っていることなど出来るわけがなかった。
「白……白河は俺よりもまず、皆さんを攻撃すると思っています。あいつを確保するには決着がついた後でならなければ、逮捕どころではなくなりますよ」
彼等も白河の脅威は理解している。いくら黒山といえど『容赦』を『拒絶』で跳ね除けられても、攻撃に対して全員を守ることは流石に困難を極める。白河よりも黒山が圧倒的な力量を持っていればともかく、ほぼ同等。場合によっては白河の方が優っている可能性も十分にある。
───となれば、警察官を守りきれずに倒れてしまい、せっかく白河を倒せたのだとしても逮捕出来ずに逃げられてしまうだろう。
その危険性は警察官にも理解できている。相手が単なる凶悪犯なら恐れずに確保するのが仕事だが、今回は単なる凶悪犯ではなく脅威度が異例そのものだ。確保するにも慎重な手を選ばざるを得ない状況だろう。
「よろしくお願いします」
黒山はそれだけ言って屋上へと向かった。そしてその先に白河と、捕らえられている詩織と裕里香がいる。
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水流迫はたったこの1エリアだけで3つもの戦いが起こっていることに危機感を覚えていた。幸いにも相手は「誰と敵対しているか」を意識しているので混戦にはなっていない。
だが、それも時間の問題かもしれない。目の前で本気を出している相手……ケムダーの攻撃が広範囲なのであれば、ケムダーに対して注意力を割いていない味方がやられてしまう可能性もある。
(やるしかない……よね)
水流迫はそう自分に言い聞かせて能力を発動した。あやとりをするかのように右掌と左掌を向かい合わせると、そこに球状の水が3つ出来た。
「あ、少し待ってくれ」
水流迫がそれぞれを球状の水に閉じ込める直前、橙田は水流迫に待ってもらうよう言った。その理由は少しばかり奈月を援護する必要があるように感じたからだ。
「ほい……っと」
「おっ!」
奈月の竹刀が「化け物殺しの剣」に変わった。ケムダーの「本気の姿」はどう見ても異形のものだ。橙田はこれが役立つと思った。
奈月はそれに驚きつつも感謝して、橙田に目配せで感謝の意を伝える。橙田はそれに頷き、水流迫に「いいぞ」と合図をした。
すると、真悠とアクゼリュス。赤羽根と鎌田とキムラヌート。沙希と奈月とケムダーの3組に分けて閉じ込めた。残りは戦闘不能の為除外した。
「橙はいいの?」
「ん。他に敵がいるかもしれないし、水を守らないとな」
「うん、よろしく」
「…………」
実のところ、橙田は真悠に加勢しようかと考えていた。水流迫を守らないといけないのも確かだが、不思議と「手出し無用」だと言われているような気がしたし、それに加えてお互いに能力を知らなければ連携も取れない。ならば真悠の要求通りに任せるのが効果的だと判断したのだ。
「この辺りの代表者達は大したものだ。色の能力者達に匹敵する勢いなのだから」
「うん、確かにね。私達だけじゃ、ここまで来れなかったもの」
匹敵する……は買い被りかもしれないが、それでも他の場所で戦っている代表者達に比べたら彼等はかなり優秀だと言えるだろう。
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真悠とアクゼリュスは場所が変わったにも関わらず、止まることなくお互いの武器をぶつけ合っていた。
わざわざ確認するまでもなく、踏み込んだ際に聞こえた水の音で場所が変わったのだと理解できる。だが、アクゼリュスとしてはこのまま平行線の戦いをするつもりはない。場所も変わったところで、本来の目的を果たす為に動き出した。
距離をあけ、真悠に話しかける。
「俺の目的はさぁ、残酷を楽しむことなんだよぉ!」
「……へぇ。それで?」
真悠はアクゼリュスを煽る。普段のアクゼリュスなら怒りに任せて攻撃をするところだが、これから成し得る残酷を考えれば気にする程でもない。
アクゼリュスは残酷の段階を1段繰り上げた。
「こいつはぁ、どうだよ!?」
鉄パイプを鞭に変え、真悠に向かって振るう。
「ん」
突然変わった攻撃方法に対して、後ろに下がり回避した。地面を叩きつけた鞭は水飛沫を上げてアクゼリュスの元へ戻っていく。
「へぇ、まだ隠し技が」
「こんなもんじゃねーぞ?」
アクゼリュスはどんどん鞭を振るって攻撃をする。下手に刃を向ければ巻き取られる可能性もあったので真悠はまず、回避し続けて動きを観察して対処することにした。
しかし、アクゼリュスの鞭は軌道を読むのに少し難しい。颯太のような『破壊』なら鞭を壊して対処できるが、そうでなければ鞭を使う相手との戦闘経験がない限り、まずは慣れていくしかない。流石の真悠でも回避し続けるのは困難でダメージを受けてしまう。
「いつっ……!」
鞭の効果は至って普通。そこに特殊な付与効果はないと思われた。
「あひゃっ……あひゃ……あははははっ!」
アクゼリュスは攻撃を止めたかと思うと、鞭で傷付く真悠の姿に興奮して高らかに笑った。それを真悠は心底「気持ち悪い」と思った。
だが、すぐにその感想は打ち消される。何故なら、アクゼリュスが興奮した瞬間、鞭の長さが増えたからだ。
せっかく間合いを掴んでも、ダメージを受ければこうして間合いが変わっていく。
「くっ……!」
真悠は痛みに耐えながらも両手に持った刃を構える。真悠は消極的な対処をやめて、攻め込むことにした。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
「愛されている」という実感は永続的なものではないと思っています。実際、私がそのような実感を持つ時は満たされた気分になりますが、その3日後くらいにはわからなくなっているからです。
ふと、11歳の時に何を求めていたのか、考えさせられました。それはやはり、9歳の頃……小学3年生から抱き続けてきた「誰かに愛されたい」だったと思います。もっと具体的に言えば「誰かにとっての特別になりたい」という欲求でしょう。
案外、今もその欲求は変わっていません。恋人がいるだけ当時よりはかなり恵まれていますが、文字で表されるだけの言葉にあまり実感が持てないのです。直接言ってくれることは、まず無いのです。
きっとこの欲求は満たされない日の方が多く、一生彷徨い続ける命題です。いつか「愛されるということはどういうことか」というのを明確な答えとして持てるようになりたいですね。多分、私のこの命題は「純粋な愛」というよりかは「性的な愛」というニュアンスの方が正しいのかもしれません。
それではまた次回。例の如く、執筆の時間を奪う存在が襲来しそうなので短くなるかお休みになるかのどちらかだと思っていますが、よろしくお願いします!
ちなみに今回で100万文字超えたようです。
お、おお……。




