決別する転校生 part33
キムラヌートによって見事に薙ぎ倒された鎌田だが、彼は気を失っていなかった。ただ、意識は朦朧としているレベルであり、視点が定まらないものの聴覚は正常に働いている。
薙ぎ倒された後の戦況がどうなっているか、仰向けのまま耳だけで探ろうとする。すると、敵の男女が話している内容が聞こえた。───といっても、真悠は無事だったようでアクゼリュスと激闘を再開しているから、女の方……キムラヌートが最後に言った言葉は会話というより「言葉を残した」といったところではある。
鎌田はアクゼリュスが光里を連れてきていたことに気が付いている。赤羽根が光里の存在に気付いていたものだから、仲間の援護をしていた身としては、動きに変化のあった赤羽根に何があったのかもわかっていた。
だから「光里を連れて行く」という意味に捉えられる言葉が聞こえた瞬間、心の中で自分に喝を入れ、立ち上がった。
「ぐっ……待ちやがれ」
「え……」
キムラヌートは立ち上がった鎌田を見て驚いた。彼女の経験上、攻撃を与えて立ち上がった者などあまりいなかったからだ。
相手の能力が「防御に特化していた」という場合なら、珍しいが立ち上がってもおかしくはない。
だが、鎌田には防御特化の能力を発動させていた感触はなかった。攻撃を与えた際も防がれたわけではない。
つまりはしっかりと攻撃を喰らっているにも関わらず、鎌田という男はキムラヌートに勝利の結果を与えまいと立ち上がったのだ。
「あ? 何驚いた顔をしてやがる。てめぇが連れて行こうとしているその子も助ける為に、俺達はここに来たんだぜ? 負けてらんねぇだろうがよ」
「は? 渡すわけないし。どういう理屈であんたが立っていられるのかわかんないけど、何度でもぶっ倒してやるだけだから!」
キムラヌートの表情が驚愕から威嚇に変わる。そんな彼女の表情を見て、鎌田は獰猛な笑みを浮かべた。その笑みは「何処かアクゼリュスと似ている」とキムラヌートは思ったのだが、そんな感想が一瞬にして吹き飛んでしまう程、彼女にとって鎌田は予想もしない行動に出た。
「赤羽根ーっ! 何を呑気に寝てやがる! てめぇはヒカリサマを助ける為にここまで来たんじゃねぇのかよ!」
「…………」
赤羽根から返事はない。彼女はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。
もしかしたら……という希望を抱いて、光里も赤羽根の方を見る。いつだって負けを知らずに戦ってきた彼女なのであれば……ましてや、今はこうして仲間と共闘が出来るのだから、立ち上がって圧倒的な勝利を収めてくれるのだろうと期待してしまう。
しかし、それでも赤羽根が立ち上がることはない。
「赤羽根ーっ!」
鎌田は彼女を起こそうと叫ぶ。だが、キムラヌートは心底白けたような顔をして鎌田に冷静な突っ込みを入れた。
「いや、無理だし。あんたは奇跡的な感じがあるけど、これが普通だから。あたしの『物質主義』を受けて立ち上がる方が異常なんだからさ」
「……わかってねぇな。赤羽根って女は、自分にとって大切なものを守る時、すげえ強さを見せるんだぜ?」
「あんたこそ、わかってない。これが現実だから」
これ以上、話す時間をキムラヌートは与えなかった。今度こそ鎌田を倒す為、全力で駆け始める。
「炎鎧! からの、炎拳剛波!」
鎌田を炎の鎧が包み込む。その発動速度は、かつてよりも速くなっており、ほぼ一瞬で武装型が成り立っている。そしてキムラヌートに向け、巨大な炎の拳を放った。
「…………!」
インパクトはかなりあったようだ。『物質主義』による一撃必殺に耐え、それだけでなくこの大きさを誇る一撃。キムラヌートが過去に戦ってきた中でも、これ程までの強さを誇る相手は他にいない。
だが、処理できないというわけでもない。躱すのが最善策だといえる技だか、不幸にもここは通路。躱せる程のスペースに余裕がない。
それに加えて、横たわる仲間達に被害が起こらないよう、スレスレで攻撃を放っている。そのコントロールは鎌田の才覚があってこそ成り立っているものではあるが、キムラヌートやケムダーを感心させるには十分過ぎた。
とはいえども、今も戦っている真悠とアクゼリュスにも躱すか喰らうかの2択しかない。それでも鎌田は真悠の運動能力ならどうにかできると信じてこの技を放ったのだ。
「んっ!」
キムラヌートは右手の手刀で炎拳剛波に対抗する。過程を要さず、結果だけが重要視される彼女の『物質主義』は期待を裏切らず、炎拳剛波を見事に無効化させて淡い火の粉が辺りに散った。
「大きさなんて関係ない」
キムラヌートは短くそう言って再び駆け出す。炎拳剛波を躱すならともかく、手刀1本で無効化させたのは「流石」としか言いようがない。
「炎拳……纏火」
それでも鎌田の闘志は失われていない。むしろ、鎌田にとって自分の力を試す最高の機会になったと感じさせた。
今度は炎の拳が放たれることなく、鎌田の拳に宿される。普通では考えられないほど、鎌田の両手は激しく燃え盛った。
鎌田の背中にあるブースターが炎を吹き出して前進させる。そうしてキムラヌートとの距離が縮まると、お互いに右手の拳を突き出し合った。
キムラヌートは結果を作り上げるだけの、見掛けは何の変哲もないパンチ。そして鎌田は放った瞬間に大きな拳となる、近接型にした炎拳剛波の改良版だった。
互いにぶつかり合い、大きな破裂音を残して仰け反る。しかし、それでも攻撃を終わりにさせまいと鎌田は踏ん張って左の拳を前に出すが、それは相手も同じ。柔軟な身体能力を活かして後方転回(バク転)をしつつ、右足で鎌田の顎を蹴り上げようと動いていた。
「うぐおっ!?」
「くっ!?」
結果的に先程と同じく破裂音がして、鎌田は尻餅をつき、キムラヌートはバランスを崩して後方展開が上手く決まらず横に転倒した。
しかしすぐに立ち上がって構える。元々武装型を使っていないキムラヌートはすぐに立ち上がれるが、炎鎧を使っている鎌田はなかなかそうもいかない。やむを得ず一旦炎鎧を解くが、その隙をキムラヌートは見逃さなかった。
「これで終わり!」
変な話、キムラヌートにとって相手を倒したいのであれば、わざわざ攻撃の姿勢と行動を取らなくても良い。ただし、純粋に相手と戦闘をした場合……特に一撃で決まらなかった場合は「勝利のイメージ」が浮かびにくくなってしまう。『物質主義』による過程を要さない勝利とは、明確な勝利のイメージが思い浮かんで初めて成り立つもの。そこが少し使いにくい部分ではあるが、鎌田がこうして隙を見せた以上、そのイメージは揺るがない。
「ただ踏みつける。」そんな行動だけでキムラヌートは勝利を収めようとした。
「炎の一蹴」
しかし、こういった状況で追い詰められることを鎌田も想定をしていた。2度と敗北を喫しないよう、対策と研究を日々続けているのだ。
鎌田はダンスでも踊るかのように、両手を床について身体を持ち上げ、右足でキムラヌートの右足を力強く蹴った。炎が纏ったその蹴りは普通の蹴りと威力が大きく異なる。
だが、それでもキムラヌートを打ち負かすには至らない。せいぜいとどめを避けられたというくらいであって、キムラヌートには「炎のダメージ」すら与えられなかった。
「てめぇもとんだ規格外だな。普通なら火傷もんだぜ?」
「それを言うならあんたの方こそ、よ。あたしの攻撃を受け止めながら、やられないんだし」
ただ、このままでは平行線になりかねない。むしろ、鎌田はある程度の武装型を使用して戦っている一方、キムラヌートは能力の「さわり程度」しか使っていない。
正直なところ、キムラヌートが武装型を会得しているのだとしたら、鎌田の方がやや競り負けている。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
この前、職場の先輩に「理不尽なこともあるが、それを乗り切って物を言える人になって欲しい」と言われました。
それに対する私の答えは「いや、その前にやる気が無くなるでしょう」でしたが、先輩の仰ることもわかってはいるんです。
でも、2つのうち1つを優先してやっても、2つとも両立しようとして作業時間が多くなってしまっても、どちらにせよ何かしら言われてしまうのです。
そんな状況で高みを目指せるわけがない。やる気を失うだけだというのに。
ただまあ、失望されるということに慣れていない私は結局、足掻いてみることしか出来ないのですけどもね。
話は変わりますが、来週はまた執筆を邪魔する存在が襲来します。
ひと月に一回くらいでいいのに……。
また文字数が少ない状態での更新になるかもしれませんが、何かとご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




