決別する転校生 part21
立ちはだかった無神論の相手を担った紫雲寺を置いて、Bグループは地下室を進んでいた。
地下室には、あちらこちらに小部屋がある。とてもじゃなく部屋に入る気は起きないが、それでもそこに閉じ込められている可能性もある。恐怖をどうにか支配して1つひとつ見ていくが、誘拐の被害者である4人の姿はない。
幸いなことに地下は1階にとどまっている。もっとも、そこまで地下のフロアを広げられるほどの経済力があったとも考えにくいし、そもそも単なる町の病院に地下室を広げる必要性も感じられない。
奏太の調査結果から見ても、人の記憶に残っている程度の歴史であれば、この廃病院に黒い歴史はない。嫌な雰囲気を感じてしまうのは、場所の印象によるものなのかもしれないし、ここで息を引き取った人の魂が彷徨っているのかもしれない。いずれにせよ、はっきりしたことがわかっていないわけなのだから、今の彼等には気にするだけ無駄なことだろう。
ようやく最後の部屋に辿り着いた。《クリフォト》に属する他のメンバーに遭遇しなかったのは幸と捉えるべきか怪しいと疑うべきなのかはわからない。
鍵とは本来、外側からではなく内側から自由に施錠と解錠が出来なければならない。外側からなら、施錠と解錠が出来る鍵が必要となる。ところが、最後の部屋には外側から施錠と解錠が鍵なしで自由に出来るようになっていた。
この廃病院が本当に患者を診る為の施設であったのだとすれば、内側から施錠と解錠が自由に出来ない最後の部屋は存在意義がおかしいことになる。
とはいえ、誘拐の被害者達を救出するだけにしか意識が向いていないBグループの彼等はそんな違和感に気付くことはなかった。解錠し、扉を開けて中を見ると、そこには彼等と年の近い少女が『1人だけ』いた。一同は驚愕するのと同時に、色の能力者である水流迫と橙田はその少女との面識があったので少しばかり安心した。
水流迫が能力を維持したまま少女に駆け寄る。
「優璃ちゃん、大丈夫!?」
「あ……」
そこにいた少女は藤波優璃。黄泉路が守護している少女だ。一方、彼女からすれば水流迫や橙田と面識はあっても名前までは正確に覚えていない。ただ、味方であることには変わりないので彼女は脱力した。
しかし、沙希はそんな優璃の姿を見て違和感を感じた。彼女に拘束されたような跡がない。特に危害を加えられていないなら幸いだが、誘拐されてからそれなりに時間が経っているにも関わらず、何事もないのは逆に不可思議だった。
水流迫に支えられて立ち上がった優璃の前に沙希が立つ。少しばかり性格のキツさが顔に出ている沙希に、怖がりな優璃は怖がって震えた。
「私は地嶋沙希。教えて欲しいのだけれど、あいつらの目的は何? 聞かされてる?」
優璃は全力で首を横に振った。そして、水流迫の後ろに隠れて沙希の様子を見る。
優璃の為人を知らない沙希からすれば「誘拐されたのだから、知らない人が怖くても仕方がないか……」と思うことしか出来ない。もし仮に、お互いが初対面ではなく為人を知っていたのだとしたら、沙希は間違いなく彼女に対して苛立ちを感じていたことだろう。
とはいえ、被害者には何も知らされていないということはわかった。沙希は携帯端末を取り出し、メッセージアプリのグループに優璃を地下室で確保したが、他の被害者が見つからなかった旨を伝えた。
それに倣って橙田も携帯端末を取り出して状況を共有した。この件限定で関わりを持っている代表者達と色の能力者達はメッセージアプリの共通グループに参加する程、慣れ親しむ気が双方になかった。故に状況を共有する人物がそれぞれ1人ずつ必要になってしまうが、携帯電話が普及したこの時代では特に負担ではない。
取り敢えず、優璃を部屋から出して黒山からの返信を待つ。ここで戦力を分散させてしまったり、無理に行動しては危険が増えるだけだ。幸いなことに、黒山は戦闘中ではなかったらしく、すぐに返信が来た。
『警官を向かわせる。それまで皆で守護しながら待機。俺は先に上へ向かうから、警官と藤波優璃が無事に脱出した後、上に向かってくれ』
具体的な指示が出たので一同はそれに従うことにする。橙田が最初に送ったメッセージには次々と既読がつくので、意外にも戦闘中ではないメンバーが多かったようだ。
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一方、瑠璃ヶ丘高校では───。
他の2校は代表者である2人の下に協力者という立場で重度の中二病患者としての能力を保持することが許されている人達がいる。
だが、瑠璃ヶ丘高校にはそういった協力者という人材はいない。故に、誘拐被害者を救出する上で代表者である充が留守番を担っているわけだが、彼も彼でただ事件が起こるのを待っているだけではなかった。
体力が許す限り、足が動く限り、彼は学校の近くや街を見回る。充の知ることではないが、実は他の2校も警戒して協力者を見回りに向かわせている。
奏太が人の過去、歴史を覗き見て収集する一方で充はむしろ、人の近い将来、運命を見て、これから起こることを予想する。
(うん……? これは一体……?)
そんな中、気付けば似たような運命を辿る人達の姿が見えるようになってきた。今は何事もなく、それぞれの目的に向かって歩く人達が皆一様に怯える姿が───。
「あっ!」
そんな人達を見ていると、充を心の底から驚かせる存在が視界に入った。誘拐被害者の1人である唯香が疲れた顔で歩いているのだ。充はすぐさま駆け付けた。
「槙田さん! 大丈夫!?」
「あ、萩野くん……!」
唯香はよく知る人を見つけて気が緩んだようだ。危うく倒れそうなところを充が支えた。
そんな2人の姿を物珍しく見る人達がいたが、そんな人たちの視線も気にならなかった。
「逃げ出してきたのかい? いや、今はそれよりも警察に保護して貰わないと……」
充が携帯端末を取り出した瞬間、唯香は充の手を握って通報を無理やり止めた。
「やめて!」
「えっ……? 何故?」
充は唯香の必死さを訝しげに感じた。誘拐被害者であるにも関わらず、警察への通報を嫌がるなど普通ではない。
とある事件では犯人によって乱暴されそうになったが、その犯人が乱暴をやめて優しくなり、尽くしてくれたことによって逮捕された犯人を庇うようになってしまった例も実際にはあるが、充はそれを知らない。取り敢えず、通報を恐れる理由を尋ねることにした。
「どうして嫌がるんだい? 君は被害者なのに」
「警察官が、人間に見えないの……」
「人間に見えない……? まさか───」
充の中で違和感の正体がわかった。すれ違う人の恐怖に怯える様子。そして、幻覚でも見せられているのではないかと思えるような唯香の発言。
それはつまり、唯香は逃げ出してきたのではなく、《クリフォト》のメンバーである醜悪によって「連れ出された」ということだ。唯香を解放した後、この街で何か起こすつもりだということもわかる。
「ああ……まずいな、これ」
充は通報を止めようと一生懸命に手を押さえる唯香の手を引き剥がし、急いで電話の相手を颯太に指定して電話を掛けた。その横で操作を見ていた唯香は、電話の相手が颯太だとわかっているので今度は止めるようなことはしなかった。
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黒山の指示により地下室で待機していた颯太は携帯電話が鳴ったことに気が付いた。地下室だということもあって電波はそこそこ悪いが、圏外ではないのはありがたかった。
相手が充だとわかるので、颯太は迷う事なく電話に出た。
「どうした、充?」
『槙田さんをこちらで保護した! けど《クリフォト》の1人である醜悪がこの近くにいて、何かを企んでいるようだ!』
「あぁ? まじかよ!?」
颯太の驚く声に一同が驚いて颯太の方を見る。しかし、颯太が謝罪の気持ちを感じていない程に緊急性のある話だということに、まだ誰も気付いていない。
『正直、応援が欲しい。颯太、誰かこちらに来れそうかな?』
「唯香が保護された以上、ここに用はねぇから俺が行く。それまで唯香をしっかり守ってろ! いいな?」
『了解だ、待っているよ』
通話を切った颯太は、相手が年上ばかりだというのにも関わらず、敬語を使わずに発言した。
「瑠璃ヶ丘がやべぇらしい。唯香があっちで保護されたってらしいから、俺は戻るぜ」
しかし、ここは地下である。地下でなければ『破壊』を使ってでも向かうところだが、ここで『破壊』を使ったところで、その先にはまた『破壊』を使って穴を掘っていかないといけないのでショートカットにはならない。
そこで橙田は水流迫の方を見て提案した。
「水、せめて彼を入口まで送れないか? そしたら後はどうにかできるだろ」
「ああ、うん……そうだね……」
水流迫には『破壊』で能力によって作られた水の世界を壊されそうになった過去がある。かなり不安そうな表情を颯太に向けた。
先程、紫雲寺とバチカルを閉じ込めた時点で水の世界を水流迫が作っていたことは颯太にもわかっている。颯太は頭を下げてお願いをした。
「壊したりしないからよ、だから頼む!」
「……わかった」
大切な誰かを守る為だという理由が、颯太にはある。そんな思いやりを信じて水流迫は能力を使った。
颯太は1度、水の世界に1人で閉じ込められる。かつて青木と戦った場所だ。そしてすぐに水の世界から追い出され、そこは廃病院の入り口だった。
「ありがてえ。そして、これは無駄にしねぇ」
颯太はここにいない水流迫へ礼を言ってから能力を発動して突風で空へ浮かび上がり、そして移動する台風のように瑠璃ヶ丘へと空を飛んで移動した。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
今週は何とか書くことができて良かったです。
そういえば、例の「厳選と戦い」ですが、5戦中2勝という微妙な結果でした。
話は変わりますが、読んでくださっている方々にとって嬉しいと思ってもらえるような話をさせていただくと、今回は来週分も書き終えています。つまり、既にもう、来週の更新は約束できると言うことですので、お楽しみに!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




