行き過ぎた反抗期 part12
「私たちも今日は帰ろっか」
「うん……!」
微妙な空気で黒山と別れた私たちも今日のところは帰ることにした。
私が彼にそんな質問をしたのには特別理由があったわけではないけれど、中学生の弟を持つ私にとっても他人事ではないような気がしたからだ。
……仮に反抗期を迎えても鎌田程ではないとは思うが。
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黒山の後始末。
黒山は詩織と真悠の2人と別れた後、会議室へと向かっていた。
実はこの部屋、条件付きで『ある人』の能力が発動されるようになっていた。
『誰の能力』かは知らないが、予め「もしも」の時を想定して「今回の出席者が全員揃っている状態で、誰かの能力が発動した時」という条件が揃うと、瑠璃ヶ丘高等学校という空間の集合から、会議室という空間を孤立させ、ダミー空間をそこに入れるという能力が発動することは聞かされていた。
この能力自体は、会議室という空間から出席者のうち1人が出ようとした時点で解除されるが、外部から誰かが入ってくることは基本的に不可能である。
基本的に……というのは、例えば黒山自身の能力で無効化することだったり、この能力を発動させた本人が何かしらコントロールした場合は別だということ。
つまり、雪消や梨々香が入ってこれたのは雪消が『誰の能力』かを知っていたからだろう。
黒山にとって『誰の能力』かはどうでも良かったので、余計な詮索はせず仕事に取り掛かった。
……というのも、予め聞いた話によればこの能力は僅かながら「痕跡」を残してしまうらしい。
そこで、その「痕跡」を消す後始末を任されたのだ。
しかし、実は黒山に「痕跡」を消す能力はない。
その代わり、そもそも能力が発動された事実を『拒絶』することで、会議室という空間が孤立した歴史が存在したことを拒み、無かったことにすることは出来る。
校舎内他の箇所とは、流れた時間に若干のズレが発生してしまうだろうが、数十分程度の話なので大した問題ではないだろう。
黒山は会議室の扉に触れ、能力を発動させた。
先程の詩織の質問とプラスして、自分にとって「1番辛い過去」を再体験した黒山は、必死に涙を堪えていた。
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翌日。
鎌田とその父は、再び学校に呼び出された。
ただし今回は複数の先生と懇談するわけではなく、校長との懇談となった。
「し、失礼します」
鎌田(息子)にとって、入学してから今までで初めて校長室に入ることになる。
退学処分を告げられる覚悟は既に出来ていたので、躊躇うこともなく入室した。
校長室は「本当に同じ学校の校舎内か?」と思ってしまうほど綺麗……というより、豪華だった。
まあ、他校の偉い人や来賓だったりが校長に用があって訪れることもあるので不思議ではないが。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
校長は奥にある自分の席から立ち上がり、すぐ目の前にある応接用のソファへ座るよう鎌田親子に促した。
「いえいえ、こちらこそご迷惑をお掛けしてしまって……失礼します」
鎌田(父)はそう言うと、軽く一礼をしてソファに腰掛ける。後に続いて鎌田(息子)もソファに腰掛けた。
2人が腰掛けたのを確認すると、2人から見て向かい側のソファに腰を掛けて「さて……」と話を始めた。
「私は一連の事件は浩二君が犯人だとは思っておりません。……しかし形はどうあれ、やったという証拠の方が目立っており、この件を知った保護者の方々や、お恥ずかしながら我が校の教職員も、浩二君を退学処分にしなければ納得できないという結果となってしまいました」
校長が現在の状況について報告してくれたが、鎌田(父)にはいまいち理解のできない内容だった。
というのは、我が子の処遇ではなく、やってしまったことについて証拠が上がっているにも関わらず、校長は「やっていない」と思っているからだ。
どういうことなのかを校長に質問するか悩んだが、校長が言った次の言葉にそんな迷いは消えてしまった。
それは、驚きのあまりその事について考えている場合では無くなったからではあるが。
「ですが、私としては若い芽を摘み取る行為はしたくありません。……そこで提案なのですが、浩二君を転校させてはいかがでしょう? 琥珀ヶ関工業高等学校はご存知ですね?」
「はい。ですがどうやって……? 今から勉強しても試験に間に合うか……」
「本来ならば、転校試験を受けてもらわねばなりませんが、今回は特別。向こうの校長には貸しがありますので、浩二君1人ならどうにかなるでしょう」
「どうする、浩二?」
「…………。」
突然の提案に、鎌田(父)は驚いた。
本来ならば……というより、高校の転校とはそもそも、欠員募集が無ければ転校は不可能だし、県外への引越しだったり特別な事情があるわけではない。
ましてや、部活や学力で転校をしたいというわけではなく、問題児が学校を退学処分になってのことだ。認められるわけがない。
鎌田(父)はそう思っていたが、どうやら息子は別のことを考えていたようだ。
「校長先生。1つ質問」
「何かな、浩二君?」
「若い芽を摘み取りたくない……っていうのはどういう意味だ……ですか? 校長先生は俺の何を見ている? ……のでしょうか?」
普段、そう滅多に敬語を使わない鎌田(息子)は慣れない様子で、言葉を丁寧に変えていく。
本人は一生懸命だが、校長にとってそれはとても微笑ましく見えた。
「君には向上心が芽生えたようだね、素晴らしいことだ。……それはさておき、私が君の何を見ているのかと問われれば答えは単純。しかし、それはわかる人にはわかる答えであり、わからない人にはわからないものだ」
「……全く意味が」
「そのうちわかるとも。もし、この転校を君が受け入れるのであればその後のことは、針岡先生が導いてくれるだろう。だが、断るようであれば、君は自らの力で未来を切り開いていかなければならない」
意味はさっぱりだが、答えは1つしかなかった。
「転校……する方向で」
「校長先生、よろしくお願いいたします」
「わかりました。ではその方向で話を進めましょう。……浩二君、君が学校に通えるようになるのは3学期からだ。向こうに行ったらちゃんと勉強するんだよ?」
「はい……!」
「それから、説明については4時半頃、針岡先生が家に迎えに行くから、絶対に自宅待機していること。……いいね?」
「わかった……じゃなくて、わかりました」
「校長先生、ありがとうございます」
鎌田親子は校長に頭を下げ、校長室から廊下へと出た。
すると、鎌田(息子)にとっては割と予想できていた人物と会った。
……実際は「たまたま」なのだが。
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朝のショートホームルームもいつも通りに終わった。
皮肉な話で、鎌田がいない方がクラスにとっては普通となっていた。
1時間目も終わり、2時間目は移動教室だったので私は真悠と一緒に移動する。
会話の内容は至って平凡。
「昨日のドラマ見た?」とか「そういえば、他クラスの人から聞いたんだけど」とか。
すると、偶然にも校長室の前で鎌田親子と会った。
「あれ、鎌田じゃん。怪我は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。元から大したことねえって!」
親子揃ってどこかしら絆創膏やら湿布やらを貼っている様子を見ていると、なんだか笑えてきてしまう。
鎌田(息子)はともかく、お父さんには失礼だと思ったので満面の笑顔で誤魔化す。
「2人とも、浩二の為に色々ありがとね」
鎌田(父)はそう言うと、一回り以上も歳下の私と真悠に向かって深々と頭を下げた。
「いや、あの、頭を上げてください!」
「私達は、自分たちがしたいと思ったことをしただけですので……!」
「それでも父としてはとても嬉しいことなんだ。出来れば嫁に欲しいくらいの……」
「余計なこと言うんじゃねぇ、クソ親父! ……2人とも、ただの戯言だから気にすんなよ!」
「う、うん!」
「と、ところであんた、どうなったの?」
鎌田(父)がいきなり「嫁に……」とか言い出したのでびっくりしたが、どうにか話題の転換に成功した。
鎌田(子)は頭を掻きながら「あー……」と左端を見ながら、言うか悩んでいたようだった。
「……まあ、お前らならいいか」
「ん?」
「転校することになった」
「へー、転校ねぇ……って、ええ!?」
私も真悠もその結果に驚いたが、鎌田親子は2人して「無理もないな」という顔をしていた。
「どういうこと?」と聞いたら、ある程度答えてくれたので、大まかだが話は掴めた。
「……まあ、そういうわけだからよ。短い間だったが世話になったな」
「そっかぁ。まあでも、ただ退学になって路頭に迷うよりはいいものね……ちゃんと勉強すんのよ?」
「授業妨害もダメだよ? クラスの人と仲良くするんだよ?」
「うるせえやい! お前らは母さんか!!」
そんな突っ込みに、ここにいた4人は一斉に笑った。
その直後、鎌田(息子)は「母さん」という響きに少しだけ寂しそうな顔をしていたがあえて触れないでおいた。
休み時間は10分間。あと少しで2時間目が始まってしまうので、ここで別れることにした。
「じゃあな、2人とも。元気でな!」
「うん! 鎌田もね!!」
「またね!」
鎌田(父)は最後まで腰が低くかったが、それでも去っていく後ろ姿は「男前」だった。
……しかし、黒山は今後の鎌田についてどこまで知っているのやら。
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時は過ぎ、放課後となった。
鎌田の問題がある程度落ち着いてきたので、特にこれといって悩むようなことはなかったが、今日は一度も黒山と話していない。
いつも通り、隣の席にいた。
転校してきて以来、今も出し続けている「近付くなオーラ」にはもう慣れてしまったし、進路指導室で衝突した後のようにオーラが増しているわけでもない。
なのに話しかけられなかった。
真悠も今日は一度も黒山と話していないようだったが、気にしている様子は無かった。
いつもなら、まだ帰る支度をせずに窓の外を見ている黒山は珍しく帰る支度をしていた。
既に帰宅の支度が整っている私は真悠の席で真悠と話しながら、何気彼の様子も観察していた。
「しーちゃん、聞いてるー?」
「え、あ、うん。聞いてる聞いてる!」
「……黒山君が気になるの?」
「なんかその言い方だと、まるで私が黒山のこと好きみたいな感じだけどそういうわけじゃないから! ……まあ、席が隣なのに今日は1回も話さなかったなぁって」
「しーちゃん昨日、ぶった上に失言までしたもんねー……気まずいのも無理はないよ」
「うーん……」
せめて一言。昨日のことを謝っておきたかった。
しかし、私が話しかけるか否かを悩んでいるうちに黒山の帰る支度は整ったようで、本当に珍しく早めに教室を出て行こうとした。
私や黒山の席が窓側に対し、真悠の席は割と出入り口側にある。
教室を出る為には、黒板側の出入り口から出て不自然に3組の教室分遠回りをするか、真悠の席の付近を通っていかなければならない。
黒山はわざわざ遠回りをする気もないらしく、自然に私たちの横を通り過ぎようとした。
「黒山君!」
言葉もまとまらないまま、私は彼を呼んでいた。
いつも通り、彼は無言で私を見る。
「えっと……その……」
「……昨日のことなら気にしていない。だから、梶谷も気にしなくていい。それじゃあな」
私は何も言えず、黒山はそのまま去っていった。
「しーちゃん、よく頑張ったよ」
「そう……かな?」
「でもあと1歩、惜しかったね……」
「うん」
「しーちゃん。私ね、思ったんだけどさ」
「……?」
「黒山君って、悲しいこととか慣れ過ぎちゃっているよね」
真悠の言う通り。確かに、黒山は悲しいこととか負の感情に慣れ過ぎていると思う。
先程の「気にするな」も実に自然で普通だった。
(黒山本人が気にするなって言っているんだから、大丈夫だよね……?)
私は自分にそう言い聞かせて、明日からはできるだけ普通にしようと決めた。
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「ほんとに来やがった……」
鎌田は家に帰ってから、大人しく自宅待機していたのだが、まさか本当に針岡が来るとは思っていなかった。
「よう、鎌田。ちょっと今後のことを話したいからついて来てくれー」
「は? うちでするんじゃねぇのかよ?」
「ああ、それはまた冬休み前くらいになったらだなー。お前さんに転校を勧めた理由を教えてやるよ」
「……わかったよ」
鎌田は父に「ちょっと先生と話してくる」と言って出て行くと、近くに駐めてあった針岡の車に乗り、とある建物に連れてこられた。
「んだよ、ここは? ……変なことするつもりじゃねぇだろうな?」
「ちげーよ! ……ここは『虹園塾』って呼ばれてた場所でなー、俺が子供の頃通ってた塾だった」
「だった……って、潰れたってことか?」
「まあ、そんなところだなー。すごーくスパルタで一部では有名だったんだけどな。今じゃ、そっこー潰れるくらいな」
「へー。んで、ここがなんだってんだよ?」
「中に入ればわかる」
「…………。」
鎌田は言われた通り、中に入ると学校でよく使われている椅子や机が『コ』の字で並んでおり、教卓から見て右側に黒山がいたことに驚いた。
驚いたのは黒山も同じだが。
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「今後、鎌田はどうなるのか」を黒山が知ったのはこの時が初めてだった。
そして同時に、清村が休学届けを出したことも知った。
今回の召集は針岡によるもので「臨時」扱いだ。
幸い、メンバー誰も部活等をやっておらず、これといって予定も無かったので全員集まっていた。
針岡は、暴行事件から今に至るまでを「教えていい範囲」まで説明し、メンバーに鎌田の紹介をした。
「つーわけで、鎌田は今日から琥珀ヶ崎の代表2人目だー。よろしくな」
「はぁ!? おい、全く意味わかんねぇよ! 代表ってなんだよ!?」
この場にいる鎌田以外のメンバーはそれで理解できるが、肝心の鎌田本人は要領を得られないでいた。
「針岡さーん、ちゃんと鎌田君に私たちのこと説明してないのー?」
「奈月。私は最初から期待などしていなかったわ。どうせ説明していないだろうと予想はしてたもの」
「災難だわ……。ちゃんとした説明もなしに連れてこられただなんて同情するわ……」
「…………。」
4人思ったことは同じ(黒山がどう思っていたかは誰もわからなかったが)意見だったようで、一斉に針岡を睨んでいた。
「わかった、わかった。俺が悪かったよー。……いいか、鎌田。俺たちは稀に起こる科学じゃ証明できず、警察でも解決できないような事件を解決・事前阻止する為に戦っているんだわー。そんなわけで、お前の力を貸して欲しい」
「……よくわかんねぇけど、転校生……お前もそうなのか?」
「そうだ。俺は元々、別の場所で戦っていたが、こっちが結構手こずっていると聞いて転校してきた」
「ああ、そういうことだったわけか。……だが、拒否権はあるはずだよな? 俺はごめんだぜ」
「えー、協力料でるよ?」
「いらねぇよ」
断固として参加を拒否する鎌田に針岡は困っていた。
どうやらどうしても参加させなければならないのだろう。
何度も繰り返されるその問答にみんな見飽きたところで、黒山が発言した。
「鎌田。場合によっては清村と戦うこともある」
「なに?」
かつての鎌田にとって、清村は「弱い存在」なのでどうでも良かった。
しかし、自分を退学させたいだけなのにも関わらず、2年生の5人まで巻き込んだ。
自分自身にも巻き込んでしまった罪の意識はあるが、巻き込んだ清村も今は「許せない存在」だ。
「今後、お前や2年生の5人のような被害者が出る可能性もある」
「俺の力で止められるってのか?」
「そうだ。俺にはわからないが、針岡よりもっと上の奴はそう思って転校を提案したんじゃないのか?」
「……かもしれねぇな」
鎌田自身にも思い当たる節があった。
校長に言われた言葉……その意味がようやくわかった。
針岡は好機と見たのか、もう1度鎌田に聞いた。
「どうだー、鎌田? 俺たちと一緒に戦わないか?」
「……あんたの誘いには乗りたくねぇが、黒山の誘いには乗ることにしてやるぜ」
基本的に、鎌田は琥珀ヶ崎付近の時間に当たることになるが、そこについては誰も言わなかった。
現在、琥珀ヶ崎の代表である奏太は戦闘向けでは無いので、鎌田は大きな戦力となるだろう。
両親が離婚して以来、心がすれ違っていた父とも正面からぶつかり合い、自分を友達として大切にしてくれた2年生の5人や、2人の女の子との別れ。
そして新しい仲間と言えるであろう4人との出会い。
今の鎌田 浩二にとっての反抗とは、単に大人へ楯突くのではなく、「勝手な都合で巻き込まれる理不尽」に対する抗いとなった。
その抗いで燃え盛る炎は今後、誰かにぶつけて発散するものではなく、誰かを理不尽から守るための炎となることだろう。
「行き過ぎた反抗期」……終。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
ついに「行き過ぎた反抗期」が終わりました!
実は最初は、鎌田という人間をもっと凶悪にして、清村という人間は存在しない予定でした。
そして黒山たちが解決する為に動いている以上、鎌田に刑事罰を受けさせたくなかったのです。
しかし、親の世代やもっと上の世代ならある程度、口頭注意や謹慎処分で許されたことも、現代においてはすぐ退学となるでしょう。
それになんといっても、不良生徒には「違反行為」がつきものです。
ですが、それって見方によっては「未成年の犯罪を許容」してしまうことにもなり兼ねないと思いました。
この作品はフィクションですが、フィクションだからといって、未成年の犯した罪が許されることがあっていいのか? 例えば喫煙のような殺人でなければいいというものなのか?
実に難しいところだと思います。
さて、堅い話はここまでとして……
次回は新章に入るのか、それとも中間に極短編を挟むのか……悩んでいます。
次回も来週の水曜に更新させていただく予定なので、お楽しみに!




