決別する転校生 part19
すみません、今回も短めです!
「お前は、俺に何を求めてる?」
アディシェスは緑園坂に対してその意図を問う。ここまで自身に対して踏み込んできた相手は初めてなものだから、緑園坂の意図を知らずにはいられなかった。
「僕は緑園坂。君が、その場所から離れることを願っているのさ」
「…………」
「その場所」とひと言で言われてもピンと来ない……というのは無関係な人間だけである。《クリフォト》の一員である彼と、その存在を知る緑園坂にはそれだけで何を指しているのかがわかる。
いつの間にか真っ白なこの空間の床に邪悪の樹が描かれている。しかし、そこに他のメンバーはいない。ここは能力に目覚めた時とは違う場所であるからだ。
「ここから俺を出すつもりか?」
「そうさ。僕の目的はそれだよ。君はずっとそこにいるつもり?」
「俺は……」
どうでもいい。───と言ってしまえばいつも通りだ。しかし、アディシェスはその言葉を躊躇ってしまった。緑園坂は自身の能力を使ってまで、そこに何かしらの代償があるとわかっていながら自分に手を差し伸べる。
邪悪の樹に閉じこもり、アディシェスとして『無感動』を使用していた「何もない日々」から抜け出す機会を与えてくれている。アディシェスはそんな緑園坂を「信じてみてもいいかもしれない」と思った。
「俺は、戻れるだろうか?」
「戻るんじゃない、変わるんだ」
「…………!」
「植物は種から芽を出し、そして立派に育っていく。木は季節によって色を変えながら、大きくなっていく。人も変化しながら大きく、逞しくなっていくんだ」
「俺もなれるか?」
白い世界がどんどん深緑の地へと変わっていく。現代社会ではなかなか見ることの出来ないような心地の良い場所へと姿を変えた。
「なれるさ。さあ、1歩を踏み出そう」
「…………」
アディシェスは黙って頷き、邪悪の樹にあった自分の場所から離れていく。その1歩を踏み出した瞬間、真っ白な光に包まれて、彼はアディシェスでなくなった。
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アディシェスだった彼が警察に保護された後、緑園坂は心底ホッとしていた。それに気付いた青木がその理由を問う。
「まだ戦いの途中だってのに安心した顔してるのはどういうことだ? ええ、緑?」
「上手くいったからさ。あとはちゃんとした治療を受けてくれれば、大丈夫だと思う」
「へぇ、あいつがねぇ。ええ、緑?」
青木は緑園坂の能力について、ちゃんとは把握していない。何度か説明を聞いているはずなのだか、なかなか理解が出来ないのだ。ただ、緑園坂の能力によって、アディシェスだった彼が重度の中二病患者から卒業しようとしていることだけはわかる。
あれだけの激戦を繰り広げた青木にとっては、俄かに信じ難い話ではあるが───。
「それだったら、わざわざ俺が戦わなくても最初からお前さんの能力を使えばいいじゃねーか。ええ、緑?」
「あのねぇ。何度も言っているけど、僕の能力はそう簡単に使えないのさ。激しく戦って消耗した相手じゃないと受け入れられないからねぇ」
「……………」
緑園坂を疑うわけではないが、青木にとってその使用条件が既に理解出来なかった。確かに、緑園坂が出会い頭で能力を使っているところは見たことがない。しかし、この能力が実際のところ本当に消耗した相手にしか使用できないのかどうかは実のところ、能力を使用された相手にしかわからない。戦闘を行ない、心身共に疲れ果てた者でなければ味わうことの出来ない温かさと優しさが、緑園坂の能力には備わっているのだ。
「……それはいいとして。僕達はどうしようかな」
「そうだなぁ。ええ、緑?」
建物内へ赴き、味方を援護するのが最良だろう。もちろん、緑園坂は脱出補助の保険としてここに残らなくてはならない。───となれば「僕達」というよりも「青木がどうするか」である。
しかし、青木はわざわざ援護に行く必要があるかどうかを悩んでいた。正直なところ「面倒くさい」と思っているのだ。これが普段の仕事としてなのであれば別だが、今回は色の能力者が勢揃いしている。《クリフォト》のメンバーも決して油断できない相手だが、それでも色の能力者を打ち負かす程だとは思えなかった。
「行かないの? 青?」
「……いや、必要ないだろ。ええ、緑?」
「…………」
青木が思っていることを口にしたところで緑園坂は青木を薄情だとは思わなかった。
「まあ、僕もそう思ったりするけど」
緑園坂と青木は困ったように笑い合った。
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「おりゃっ!」
「ふんっ!」
水流迫の能力によって作り出された球状の水に覆われた場所で紫雲寺と『無神論』を司るバチカルは戦っていた。奇妙な点があるとすれば、紫雲寺が直刀を用いて戦っているのに対して、バチカルは素手で直刀を弾いている。
紫雲寺としては、その種明かしをさせたいところだが、声を出して話す余裕が無い程、バチカルの攻撃は素早く力強いものだった。
「はぁっ!」
気合いが込められたバチカルの正拳突きが紫雲寺の直刀に激しくぶつかる。直刀を割って砕いてもおかしくないくらいの衝撃が紫雲寺を襲い、堪らず後ろに下がった。
(なんじゃ……? 此奴は一体何者じゃ……?)
「おらおらおらおら! 逃げてばっかりじゃ勝負がつかないぜ! ミヤビちゃんよぉ!」
罵倒するような雰囲気ではなく、元気に煽るような声でバチカルはそう言った。まるでこれが、戦いではなくスポーツだとでも言うかのように。
「ええいっ!」
ちょこまかと動いては攻撃するバチカルの戦闘スタイルは紫雲寺にとって小賢しく、鬱陶しいものだった。ひれ伏すように念じ、バチカルとの関係性で自分が優位に立てるよう能力を使用するが───。
「ふっ、はぁっ!」
「くっ!」
ひれ伏すどころが怯む様子も見せずにバチカルは突っ込んでくる。全く効力が確認されなかった。
またも力強い正拳突き。まともに受けることは出来ず、後方に下がって躱した。
「ふぅ……」
バチカルは汗を拭ってその場でピョンピョン跳ねている。そんな彼の格好は白いTシャツとジーパン。お世辞にもオシャレとは言えず、むしろダサいとさえ言える格好ではあるが、戦闘力だけはピカイチだった。
しかし、彼にとって紫雲寺との対決は退屈らしい。少しばかり興醒めな表情を見せる。
「別に女の子相手に期待なんかしてねぇけど、そろそろ飽きちまったな」
「…………む」
戦闘が始まってからというもの、ようやく話をしたかと思ったら、紫雲寺にとって不愉快なものだった。女子に対して期待していないという点もそうだが、自尊心の高い彼女にとって飽きられるというのは上に立たれているようで気に入らなかった。
「勘違いしておるようじゃが、妾は加減をしてやっただけ。図に乗るようならば痛い目見るぞ!」
「おっ? そいつはいいや!」
バチカルにとって、紫雲寺の言うことが真実であろうとハッタリであろうと、どちらでも良かった。警戒はするが期待はしない。彼は奇跡的な何かに期待することの出来ない性格を植え付けられているからだ。
その場で軽くピョンピョン跳ねて着地した直後、再び紫雲寺に攻撃を仕掛けようと走り出した。彼は見ただけでわかるような「武装型」を使用せず素手のまま突っ込む。それは完全に彼自身が鍛え上げてきた肉体による技だ。
先程のような、殆ど防御と回避だけのやり取りにならないよう、彼が接近し切る前に紫雲寺は手を打った。
「妾の本気、見せてくれるわ!」
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
緑園坂をまともに出したのは初めてですよね。色の能力者は攻撃的な能力を持つ者が多く、全体的に見て戦闘に向いていますが、緑園坂のように「重度の中二病を根本的に治せるための存在があってもいいのかなと思ったのです。
紫雲寺はいつも基本的に本気なのですが、彼女は雅故に泥臭い本気を好まない……といったイメージです。
最近は文字数が少ないですが、停滞させないよう走りますのでよろしくお願いします!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




