決別する転校生 part8
世の中には自分の本性を上手く隠して人と接する者もいるが、詩織達4人の少女を見下ろす2人の男と1人の女は、人相と話し方が見事に一致していた。
「はっ、ビビってる奴がいるじゃねーか! ここまで絵に描いたようだと可愛いもんだなぁ!」
「それには同感だわ。食べてしまいたいくらいねー?」
2人が話題にしている少女はたった1人しかあり得ない。何故なら、その怯えている少女以外は3人に対して敵意の視線を向けているだけだからだ。
「よせって言っているだろう?」
「はぁ? つかよ、ビビってる奴以外の顔が気に入らねーなぁ。1回痛い目見せねーと駄目なんじゃねーのか?」
「危害を加えるな。その時はすぐにくる」
「てめぇが指図するんじゃねー。いつから俺達のリーダーになったつもりだぁ?」
言い争いを始めそうな2人の男。怒りの表情と常に冷静を心掛けたような澄ました表情が睨み合っている。
それを止めたのは色っぽく話す女だった。
「そこのイケメンが勝手にリーダーやるのは、あたしも気に入らないけどー、確かに残酷がやるとあの子達が死んでしまうかもしれないから反対ね。かといって、あたしがやっても依存症になってしまうだけだし、醜悪がやっても精神が狂いそうだしねー」
「いや、俺の『醜悪』は加減の調整が出来る。だから少しばかり部屋の雰囲気を変えてやろうと思ったのさ」
醜悪と呼ばれた男はその名に反して爽やかな笑みを浮かべている。ようやく考えが纏まったのか詩織達に話しかけた。
「君達に恨みがあるわけではない。けど、俺達の目的を果たすには必要なんだ。脱出を試みたりせず、素直に協力して欲しい」
「協力……? あなた方は一体何を企んでいるのですか!?」
カイツールにそう尋ねたのは光里だ。流石は色の能力者と幼少期から共にし、束ねているだけはあって、こういった「非日常の避けたい出来事」に対しても耐性を持っているように見える。
「あ? 勝手にごちゃごちゃ───」
「よせ」
残酷が光里に狼藉しようとした瞬間、カイツールが右手でそれを制した。
アクゼリュスはカイツールを睨みつけ、その手を退けようとするが、一緒にいる女からも咎めるような視線を受けているのに気が付き、舌打ちをして詩織達に見えない部屋の扉を右足で蹴った。
やはり金属製の重い扉なのだろう。蹴ったときの大きな音に4人は驚いてしまった。
「すまない。彼はこういう人間なんだ。それで目的に関してだが、教えるわけにはいかない。けれど、君達は俺達のような……重度の中二病患者だったかな? それに狙われやすいんだからおおよそわかっているんじゃないか?」
「カイツール、話し過ぎだと思うなー」
「ふっ、そうだな」
彼等の余裕そうな表情。そして顔を顰めて黙る光里。3人が退出しようと背中を向けた瞬間、裕里香が吠えた。
「おい待て! 現輝は何処にいやがる!?」
「あぁ?」
喧嘩腰に言われたのが更に気に入らなかったのだろう。アクゼリュスは「堪忍袋の尾が切れた」とでも言うかのようにわざと足音を立てて裕里香に近付くと、彼の右手に音もなく鉄パイプが現れ、それで裕里香を殴ろうと振り下ろした。
「アクゼリュスッ!」
カイツールの咎める声が聞こえる。しかし、アクゼリュスの怒りは止まらない。振り下ろされた鉄パイプは鈍い音を立てて裕里香を殴りつけ、彼女を黙らせた。
「見たかよ、おめぇら! 歯向かおうとすりゃこうなるからよー、覚えとけよー?」
満足したアクゼリュスは裕里香の様子を見ることもなく部屋から退出して、そのまま何処かに行ってしまった。
そんなアクゼリュスを責めたい気持ちがカイツールにはあったが、だからといって4人の少女が脱出しやすい状態で置いておくわけにはいかない。扉を閉めてから女と一緒にアクゼリュスを追う。
扉が大きな音で閉まったのと同時に部屋の中に異変が起こる。壁は鉄格子のような姿に変わり、その奥には椅子に座って4人を監視する看守の姿が見えた。
そして天井には無数の大きな針。まるで、彼女達が何かしらの行動を起こそうとした途端、落下させて4人纏めて始末しようとしているかのようだ。
倒れた裕里香がゆっくりと体を起こす。
「あ……? 殴られたはずなのに痛くないぞ?」
彼女が言った通り、殴られたはずなのに外傷が一切ない。しかし、それはアクゼリュスの『残酷』が見た目だけの効果だというわけではない。
『やれやれ、物騒な男がいたものね』
4人の声ではない女性の声が聞こえる。その正体に詩織と光里は気が付いていた。
「あ? なんだよ、この声……」
裕里香がそう言った瞬間、裕里香が座っているすぐ側の床から御守りが黒い光を帯びて浮かびあがると、真っ黒なドレスを着た女性の少し透けた状態に形を変えた。
そんな彼女は他でもない。黒山と同じ『漆黒』を扱った故人、黒井渦夜である。
渦夜は光里を横目で見て皮肉で答えた。
『まあ、何処ぞの悪魔家系の末裔を助けることにならなくて良かったけど』
実のところ、裕里香がアディシェスに殴られる直前、詩織はこっそり御守りを発動させていた。白河に誘拐される時は使用する余裕がなかったが、今回は間一髪で間に合ったようだ。
殴られたように見えたのは、攻撃の威力を御守りがこっそり『拒絶』していたが、殴られたように見せた方が都合良いので、怪我してしまうだけの威力だけを殺し、押される力はそのまま利用したのである。
しかし、それを知っている詩織でさえ、御守りの変わった姿が渦夜であることに驚きを隠せなかった。
「あれ、どうして?」
詩織の問いに渦夜は小悪魔的な笑みを返した。
『さあね? けど、あんたを救うのにこの姿の方がいいと思ったんじゃないの?』
「透夜が……?」
詩織は更に驚愕したが、渦夜の言っていることは単なる憶測に過ぎず、彼女自身は御守りがどういった仕組みで出来ているのかを知らない。
基本的に御守りは、黒山と一緒にこれを製造する梨々香が持つ「幼少期の黒山」というイメージが反映される。しかし、それは黒山が『漆黒』に目醒める前までの話であり、それ以降は黒山が持つ『漆黒』のイメージが姿として反映されてしまっているのだ。
これは黒山自身も気付いていないことである。
「えっと、確かお名前は───」
『渦夜よ。被害者の名前を忘れるだなんて、流石は悪魔の家系ね』
光里は生前の渦夜と面識がない。渦夜の方が歳上であり、当時はお互いに面識を持たせる利点がないと虹園家が判断したからだ。それ故に、1度は名前を聞いているとはいえ、光里の記憶から抜け落ちていても無理はない。
だがそれは第3者から見た意見であり、彼女を守るために被験体となった渦夜からすれば不愉快な話だった。
「渦夜さん。あそこに看守のような人がいますが、見られて平気なのですか?」
『ん、看守?』
渦夜には看守の姿が見えなかった。それどころか、4人の少女達とは違って、出口の扉も正しい位置で見えている。
この違いは、カイツールが『醜悪』を使用した対象が部屋ではなく、4人の少女に対してのみであるということ。それはつまり『醜悪』によって世界の形が変わるのは能力を使われた者から見える世界のみであり、実際の形は何ひとつ変えられないということだ。
「えっと、渦夜……さん?」
『うん? 何?』
詩織は渦夜の名前を呼びながら、ふと思った。
黒山を連れ戻す際、黒山の心世界で一緒に行動したが実際にこうして名前を呼ぶのは初めてである。
その為、呼び方に少しだけ迷いがあったのだが、渦夜はそれを気にしていないようだ。虹園家の者である光里には辛辣であるものの、黒山に認められた存在である詩織を相手する時はわかりやすいほどに気さくだった。
「そこで怯えている子も可哀想だし、私もなんか気になっちゃうから、あれを『拒絶』してくれる?」
『ん。まあ、いいけど? ただ、その光景を忘れちゃ駄目よ?』
「え、なんで?」
『そりゃだって、あんた達にこの能力使ったやつは、ずっと能力の効き目があると思ってるからよ。そいつらが来たら、ちゃんとこの光景が見えているフリをしなさい』
「ああ、そうか……そうね」
『───はい』
渦夜はあっさり『醜悪』を『拒絶』してみせた。この程度を使用する分には造作も無いようだ。
「ありがと」
黒山を連れ戻す際には、殆ど敵だった渦夜だが、最後に交わしたあの会話を忘れていない。今や、黒山の味方である渦夜に対して詩織の態度も軟化していた。
『どういたしまして。ところで、私は併用を頑張っても1回くらいしか使えないから気をつけてよ?』
「うん、わかってる。最悪、御守りはもう1個あるから」
『ふーん? それ、あいつらにバレないよう気を付けなさいよ』
「もちろん」
渦夜は元々『漆黒』の発動に心が耐えられなかった存在だ。『黒』は単体での効果がないから、実質『拒絶』しか使えないということでもある。しかし、その代わりにかつての御守りよりも効果の時間が長くなっているようだ。
『さて、私の存在も見られると厄介だから戻るわよ。くれぐれも変な気を起こして、焦らないようにね?』
「うん」
詩織は頷きながら、意外な考えが脳裏をよぎった。
もしかすると、黒井渦夜という人間は面倒見が良い女性だったのではないか、と。
渦夜は詩織が頷くのを見てから先程と同じように光りだし、元の御守りへと形を戻した。
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「───ふう」
ひと段落がついたので沙希は意識を自分の身体に戻した。実をいうと、渦夜が『拒絶』を使った際に沙希の能力も『拒絶』されてしまった。
黒山は必ず相手の能力を確認してから『拒絶』するが、渦夜の場合は関係なく使用出来るようだ。同じ能力でも使用条件が同じだとは限らないということである。
もっとも、同じ能力を持った者がすぐ近くにいて比較されるということが殆ど無い稀少なケースなので、その真相は誰も知らない。
「詩織達は無事か!?」
黒山は沙希の代償を『拒絶』しながら、期待の眼差しで沙希を見た。そこには「無事でいて欲しい」と願っているのが窺える。
場違いな感情ではあるかもしれないが、基本的に感情を動かさない黒山が詩織に対して心配を露わにしているのが、沙希にとって少しばかり妬ましかった。
───が、それはそれ。これはこれである。
流石は地嶋家の令嬢なだけあって、本音と建前の区別はちゃんとつけられる。
「取り敢えずは無事よ。新しい御守りの効果もちゃんと確認出来たわ」
「そうか……」
黒山は少しばかり安堵したようだ。それと同時に「御守りを渡しておいて本当に良かった」と心底思った。
「で、場所はわかった?」
奏太が沙希に問う。しかし、沙希は顎に右手を当てて少し考えてから首を横に振った。
「外の景色は全くわからない場所ね。少しカビ臭いような気がしたから、地下かもしれないわね」
「地下のある建物か……」
今度は奏太が右手を顎に当てて考える番だった。地下まで構えられる程の建物は限られており、尚且つ「人に怪しまれない場所」となると、更に限られる。
しかし、心当たりがあってもそこへ突入できるかどうかは難しい。
その結論は取り敢えず保留。奏太が針岡の方を見ると、針岡は頷いて答えた。
「場所については奏太と話を纏めておくー。アタリが付いたら連絡するから、ちゃんと確認できるようにしとけよー?」
針岡が代表者達の表情を確認すると、皆一様に頷いてみせた。
こうして、臨時の報告会が終了し、針岡と奏太は場所の特定に取り掛かった。
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カイツール、アクゼリュス、そして一緒にいた女性はリビングのような場所に戻った。
姿勢良く椅子に座った気の弱そうな女……不安定が立ち上がって問う。
「あのっ……彼女達の様子はどうでしたか……!?」
その問いに対し、アクゼリュスが得意げに答えた。
「はっ、問題ねーよ。けどまあ、うるせー女がいたからよぉ、お灸を据えてやったぜ?」
現場を目撃した2人以外の《クリフォト》メンバーは驚愕のあまり息を飲んだ。むしろ、カイツールは白河が怒りだすのではないかと心配だった。
「白河君、すまない。止められなかった」
カイツールにとって意外なことに白河は怒りださなければ、動揺する様子すら見せなかった。だが、むしろそれが恐ろしく感じさせる。
「ん? 別に殺してしまったわけではないんでしょ?」
白河がアクゼリュスに問う。しかし、アクゼリュスは不真面目にも両肩を少し上げて「さあ? 知らね」とだけ答えたので、それをまたカイツールが咎める。
「アクゼリュスッ! 少し勝手が過ぎるぞ!」
「はあ? うるせーあいつが悪いんじゃねーか」
カイツールは再び白河を見た。相変わらず白河に表情はない。
「───まあ、別に僕は協力している立場だから文句は言わないよ。だけど、君達が求めている存在はまだ4人しか確認されていないんだ。無闇に傷付けたり、殺めたりすると目的が達成できなくなるよ。わかっているかな?」
「…………」
これには流石にアクゼリュスも黙り込んだ。彼は短気な性格に加えて『残酷』を持ち合わせているが故に手が出やすいが、自身の目的が危ぶまれると何も言い返せない。
「わかってくれているならいいよ。君達の焦りもわからなくはないし、僕もそろそろ、第2段階へと歩き出さないと、だね」
少しばかり楽しそうな微笑を浮かべた白河の姿を《クリフォト》の9人は黙って一斉に真っ直ぐ見ていた。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
昼間は暑くて、休みでも大変です。ようやく気温が落ち着いてきたと思ったら深夜なので困ります。
この夏、色んな方にこの作品を読んで頂けたようでとても嬉しいです! 励みになります!
登場人物である彼らがこの最終章でどんな風に動いてくれるのか、私も楽しみです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




