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善意の裏切り part13

 どうにか解放され、無関係者達の記憶を消した針岡と、疲れた顔をした大森はそれぞれ帰宅する……というわけにもいかず、現場で唯一無事だった白河から事情を聞かなければいけなくなった。


 とはいえ、小学校に残ったまま話をするわけにもいかない。結果、針岡が住むアパートの1室で話を聞くことになった。梨々香も現場に居合わせたが、事件発生当初は別のクラスで授業を受けていた為、事件発生とは無関係とし、帰宅している。ちなみに彼女と責任者である校長の記憶は消していない。



「……つーか、何で俺の部屋なんだー」


「妥当な判断だろう」



 針岡は不満があるようだった。彼等には「旧・虹園塾」のような拠点がない。本来は地元の高校生が主として重度の中二病患者を取り締まるのだが、2人の場合は「オブザーバーになる為の研修中」という立ち位置なので、否が応でも駆り出されてしまう。


 大体は現場での事件に対して、解決や鎮静化までは担当し、後の始末は上に委ねる。しかし、今回はかなり派手な事件となってしまったが故に、その後始末で上はかなり忙しいようだ。


 針岡自身、そういった事情は理解している。だが、自分の部屋を提供することはまた別の話だ。本人としては「一人暮らししている絶対的な不可侵領域に踏み入られたくない」という気持ちがあった。


 そんな針岡の感情を気にする様子もなく、その部屋に対する感想をボソッと呟いた。



「意外と綺麗にしてるんだな」


「おいー、聞こえてるぞー。意外とはなんだ、意外とはー」



 普段からやる気の欠片も見せない針岡が部屋を綺麗にしているのだから、彼を知る者からすれば意外に思えてしまうのも無理はない。どちらかといえば、ゴミ袋1つでも「めんどくせー」と言って片付けないような印象の方が強い。


 それが、コンビニ弁当を食べたあとのゴミを1つとして残さず、分別して捨てられている。家具もちゃぶ台やベッドやテレビ……と必要最低限に留めてあり、普段から整理整頓を心掛けているのか、余計なものが全くないのでスペースを取らない。



「……それで、僕に話を聞きたいってどういうことなんですか? 針岡さん」



 白河は珍しく不機嫌だった。現に今の発言も、呼び出されたことによる不機嫌と、白河にとってどうでもいいと思える2人の会話を聞かされたことに呆れた様子が伝わってくる。


 針岡はそれでも特に気にしなかったが、比較的短気である大森の顔は引きつっていた。



「生意気な小僧だな」


「大森。落ち着けってー」



 針岡は珍しく真面目な顔をして大森を制した。これで普段通りの覇気がない顔だったら喧嘩が起こっていたことだろう。



「そんなわけで、白河ー。あれは一体何だったんだー?」


「その前に教えて下さい。僕から話を聞くことって許可を得ているのですか?」


「はぁ。だからお前さんをここに呼んでるんだろうがー」



 針岡の溜息はわざとらしく大きいものだった。むしろ、それだけで治まっただけ良かっただろう。大森は竹刀袋から手を離そうとしていないどころか、右手を柄に触れるか触れないか、というところに置いている。


 一方、白河は驚きを示していた。色の能力者については、その情報を厳しく制限している。一時的な立場の者にはとても教えていい情報ではないので、許可を出した上の者達は、このまま2人をこの世界に留めるつもりだということが見えてくる。


 当然、それを本人達が理解しているのかは別である。だから白河は確認をした。



「話してもいいですが、後には引き返せませんよ? 2人はずっと重度の中二病患者と関わっていかなくてはならなくなる」


「無論、そのつもりだ」



 白河の心配は杞憂だったようで、大森は即答した。それを聞いた白河は頷き、針岡の方を見る。



「えー。それは困るなー。俺はさっさと卒業して無関係でいたいんだがなー」



 針岡の思惑的には、大学卒業に向けて重度の中二病も卒業するつもりだった。そうなればもう、この世界に関わる必要はない。


 そんな針岡のひと言で、白河の心配が杞憂でなかったことになった。それに対し、大森は竹刀袋に入れたままの竹刀を針岡の腹にぶつけた。



「うぐっ!?」


「今更何を言っている。私達はそういうものだろう?」


「いや、だから俺は───」


「くどい」


「くっ……」



 針岡は抵抗するのを諦めたようだ。人生を左右する重大な決断ではあったが、実を言うと今更、なのである。大学生にもなって重度の中二病を卒業出来ていない時点でもう遅いと言っていい。



「お前も私も治療したところで後遺症が残る。そうなれば無関係ではいられないだろう。……それより、あいつはいいのか?」


「ん、ああー」



「あいつ」というのは、情報関係を担当している引き籠もりのことである。しかし、針岡は首を横に振った。



「あいつはまだ変われる可能性があるだろー? 俺達は教師を目指しているからいいけどよ、あいつはそういうわけじゃない。将来の可能性を潰すのは酷だろうよー」


「そういうところは教師らしいんだな」


「教師志望、だからな。それはそれとして、話を進めるぞー。適当に座ってくれー」



 針岡の部屋は椅子がない。ちゃぶ台の近くに座布団を並べ、立っている2人に座るよう促した。白河と大森は向かうように座り、針岡はヒーターの電源を入れてから、大森の横に座った。



「それで、あいつは一体何だー?」



 今度の「あいつ」とは黒山を指している。針岡と黒山は「猫人間」の時に会っているが、白河の能力によって針岡の記憶から黒山は消されてしまっている為、針岡にとっては黒山を初めて見たことになる。


 せっかくそこまでして、黒山が注目されないようにしたというのに結果として無駄になってしまった。思惑通りにいかなかったが、この際仕方ないと白河は思うことにした。



「以前、僕の詮索をしないよう言いましたが、僕と同じように色の能力を持っている人達がいます。皆、僕と同い年ですが、黒……黒山透夜も同様なんです」


「…………」


「僕達のような存在を作り出したのは、虹園家。2人も名前は聞いたことがあるのでは?」


「ああ。重度の中二病患者を取り締まるよう言っているのはあの人達だからな」



 大森は当然のようにそう答えたが、針岡は心底驚いていた。その驚愕は顔にも出ている。



「そんな……虹園先生が……?」


「その娘が重度の中二病患者とはまた違う、特殊な能力者として覚醒したことが、事の発端です。以降、彼女は重度の中二病患者から狙われやすくなり、その対策として僕達のような色の能力者を作り出した」


「…………」



 その説明を聞いた直後、針岡の驚愕は解消された。というのも、針岡が頭に浮かび上がった人物は白河の言う虹園の父に当たる人だからだ。針岡自身、虹園先生には息子がいて、その息子に娘がいることを元虹園塾生から噂で聞いていた。



「僕達は施設で育てられました。本当の親が何をしているのかを知らない。その施設こそが、色の能力者を開発していた場所であり、僕や黒もそこにいたのですが、何故か黒だけは色の能力に目覚めることが出来なかった」


「それで今日、目覚めたということか」


「はい」



 大森の問いに対して白河は真っ直ぐ目を見て答えた。彼の様子からして、話の内容に嘘を感じられない。その代わり、大森と針岡は疑問に思う部分が多かった。


 最大の疑問点といえば、目覚める瞬間である。重度の中二病患者は「自分と対話する夢」を見た直後に能力を使えるようになる。今回の場合、新たなケースとして調査をするのが好ましいだろう。


 とはいえ、それを含めて全ての疑問を問い質すには時間が足りない。一応、白河が所属している施設には連絡されているものの、それでもあまり遅い時間まで拘束するわけにはいかない。いかに強い力を持っていようと、小学生だということに変わりはないのだ。



「それで、お前さんは虹園の娘を守るために重度の中二病患者となったんだろー? それが何でここにいるってんだよー」


「僕のクラスにいる富永裕里香は虹園光里と同じ存在だからです。他にももう1人だけ確認されたと聞いていますが、そこには別の人が守護をしています」


「ふーむ……」



 針岡は顎に手を当てて考える素振りを見せた。一方、大森はふと思い浮かんだ疑問……というか、本来なら何よりもまず聞かなければならないことを口にした。



「そもそも何故、その黒山はとやらは能力を暴走させた? 何かきっかけがあったのではないのか?」


「…………」



 白河はすぐには答えなかった。そのきっかけとは間違いなく、白河によるでっち上げの裏切りだが、正直にそれを答えればいいというわけでもない。


 とはいえ、正直なことを話したところでどうなるということはない。白河を指揮する権限を持つのは虹園であり、その場の判断で針岡と大森が白河に戦闘を仕掛けることなど出来ないが、それでも白河にとって面倒なことが待っているのは想像に難くない。結果、答えるまでに出来てしまった間を考えていたことにし、(とぼ)ける方向で話を進めることに決めた。



「全く心当たりはありません。僕も黒を止めようと思ったのですが、威力が強過ぎてどうすふことも出来なかったんです」


「…………」



 実際、白河は黒山の暴走による攻撃を防御していた。外の様子を目で確認することすら出来ない程に防御を固めていたわけなのだから、その様子を見ていた大森としても納得せざるを得なかった。


 本音では白河現輝を疑っていたとしても───。



「わかった。───私はこんなところだが、もういいだろう? 針岡?」


「んー? ああ、そうだなー」



 これ以上、質問したところで前には進まない。彼が何を隠していようとも、それはいつか、思い掛けないところで明かされることもある。2人はそう考えて今回はこれで終わりにすることとした。



「そういうわけだ、針岡。私とこの小僧を送っていけ」


「えー……」


「お前は小学生と、か弱き女子をほったらかしにするつもりか」



 時刻は19時少し前。本格的に冬が近付いているので暗くなるのも早い。確かに「普通の(おんな)()ども」をそのまま帰らせるのは危険だが、相手は自分以上に戦闘力を持った者達。今更、針岡が心配して送っていく必要もないように思える。



「なーにが、か弱きだー。俺より余程強いだろにー……」


「それとこれとは別だ。それとも何だ? 針岡がこんな時間に1人で歩いて帰れと言ったことを言いふらしていいのか?」


「わ、わかった、送ってくー」


「よろしい」



 針岡は渋々、ヒーターの電源と部屋の照明を切り、白河と大森を車で送っていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、携帯電話の着信音で針岡は目覚めた。彼は普段から非日常に触れている身ではあるが、昨日の出来事はその中でも際立って非日常だったからか、どうやら疲れて寝落ちてしまっていたらしく、携帯電話に目覚ましを掛け忘れたようだ。



「んおー……」



 目を開けることすらしんどく、ほとんど視界が頼りにならないので手の感覚だけを頼りに携帯電話を探す。


 枕のすぐ横に置いてあったようで簡単に見つかったので、すぐさま通話に応じた。



「針岡ですー……」



 寝起きの通話とは意外にも相手に伝わりやすい。相手は病院の看護師であり、針岡が寝起きだということも気付いていただろうが、そこに触れたりせず本題だけを告げた。



「病院の田中と申しますが、黒山透夜君の目が覚めましたのでお越し頂けますか?」


「あーはい、わかりましたー」



 ───と、たったそれだけの会話だけで通話を終了し、ようやく目が開くようになった針岡は身支度を整えて黒山のいる病室へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 真っ暗闇のなかで女の声が響く。



『それで、いつまでこうしているつもり?』


「どうでもいいだろ。もう、何でもいい」


『…………』



 初めて会った時とは見違えるほどの幼さを見せる黒山を前にして、女は違和感を感じつつも、その可愛さに愛おしさを感じていた。


 それでも黒山をこの世界に留めておくことなど出来ない。女は、外の世界で何者かが暴走を止めたことに気付いていたからだ。



『これまでにない大きな拒絶……それが、透夜の黒になる』


「何……!?」


『お目覚めの時間よ。大丈夫、周りが透夜の敵でも私だけは味方だから。いつか、身を委ねるその日を、今も楽しみにしてる』


「……気持ち悪い」



 黒山はそれだけ言って光の中に包まれると、やがて知らない天井が視界に広がった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



針岡は自車で病院へと向かい、予め病室を聞いてきたので迷わず病院の中を歩く。


途中、ナースセンターがあったので一応声だけを掛けていき、そして病室へと向かった。



「失礼しますよーっとー」



 看護師の付き添いはない。健康面では異常がないことから面談の許可は出ている。


 病室は4人部屋だった。窓側のベッドで起き上がって座っている黒山は、ただ窓の外を眺めていた。


 相部屋である患者達は物珍しそうに針岡の姿を見る。そんな視線に居心地の悪さを感じつつも、真っ直ぐ黒山の方へ向かって歩く。



「初めましてだなー、黒山透夜君よー」


「…………」



 話しかけられて、ようやく黒山は針岡の姿を確認した。しかし、黒山の脳内には「この男とは猫人間との戦いで会った」という記憶がある。「初めまして」という挨拶に違和感を感じつつも、その記憶にある男性と人違いであるという可能性を有力とした。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


自分で書いて読みながら思ってます。「こんな考え、小学生に出来るものか」って。

しかし、難しいところですよね。結局のところ、大人が書いているのだから考え方は大人に近くなる。今より知識のない小学校時代の自分がどんな考え方をしているか、考えたところで話は進まない。


とはいえ、元より「色の能力者」の中では白河という存在は策士にするつもりでしたので、これで良いのかもしませんが。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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