善意の裏切り part11
翌日───。
給食を食べた後の昼休みに、白河は裕里香に「昨日の話」をすることにした。
他の児童は大体、体育館か外で遊んでいる時間だ。学校としては、休み時間に体を動かすことを推奨しているので、児童の言うところ「先生がそうしろって言ったから」という理由で渋々遊んでいる児童もいる。
とはいえ、それは強制だということではない。偶に勧められる程度で呼び掛けられるものの、教室に残って絵を描く児童もいる。そんな中、食後に激しい運動をしたくない裕里香は、いつも教室に残っていた。
白河が黒山に「話すよ」と目線で送る。すると、黒山は頷いてから立ち上がり、他クラスである梨々香の元へ向かった。
黒山が教室から出て行ったことを慎重過ぎるくらいに確認した後、1人で席に座っている裕里香に話しかけた。
「お嬢」
「あ? ───ってか現輝、そんなにキョロキョロしてどうしたんだよ? なんか気持ち悪いぞ」
「うん? いや、これはね。あれだよ……うん」
「はあ?」
裕里香は半ば「どうでもよさそう」な表情で白河の方を見た。そのお陰で、白河の性格悪い部分が出てきて、ようやく本題に入ることが出来た。
「お嬢。昨日の出来事、詳しく知りたいんじゃないの?」
「そりゃあ、知りたいな。けど私、現輝に言ったっけ?」
その質問は「黒山にして欲しかった」という意味ではない。単に「言った記憶がない」というだけのことだ。そこは白河も勘違いすることなく理解している。
「黒から聞いたんだよ。だから僕が説明することにしたんだ」
「何が、だからなのかよくわからん。まあ、私からすれば、どっちから説明されようと関係ないんだけどな」
「そんなことはないよ。だって黒が仕向けたことだからね」
「はあ? なんだそりゃ。現輝、冗談でも言っていいことと悪いことがあるの、知らねーのか?」
「…………」
席に座って話を聞く裕里香と、立って話す白河。自身の横に立つ白河を裕里香は睨んで見上げた。
白河の表情は至って真面目だ。いつもは話す時に必ず微笑を浮かべているにも関わらず、この時においては冗談を感じさせない表情だと裕里香は感じた。
「仮にあいつが犯人だったとして、証拠はあるのかよ?」
「無いよ。だけど黒は昨日、お嬢に説明するのを拒んだよね?」
「……ああ。時間が時間だったからな」
「確かに時間が帰宅時間を過ぎていたけど、帰りながら話せばいいじゃあないか。そこまで長い内容じゃない。それってつまり、黒にとってその質問が都合の悪いものだったからでしょ?」
「……だとしても、目的はなんだよ? それにあいつ、真っ先に私を助けたろ」
「それが本題だね。重度の中二病患者は不思議なことにお嬢のような存在を欲しがろうとするんだよ。黒もそうだったんだ。特に黒は、本来目覚めるべきだった『黒』に目覚めていないからね」
ここで1度、白河は裕里香の反応を窺った。意味がわからない点があったにも関わらず、裕里香は表情を変えないで睨んだまま、質問することなく「続けろ」と言っただけだった。
「そこで猫人間をお嬢に仕向けた。2人は顔見知りではないだろうけど、梨々香ちゃんと猫人間を調査すると見せかけて、お嬢が現れるのを待ったんじゃないかな」
「そんな様子はなかったぞ」
「演技だよ」
「…………」
「お嬢を真っ先に助けたのは、僕や梨々香ちゃんも一緒に向かっていたからだよ。黒と猫人間は仲間じゃないから共闘は出来ない。仮に共闘したとしても、僕と梨々香ちゃんを相手取るには勝ち目がない。だから、お嬢を助けることにしたんだよ」
「……あり得ない話じゃないだろうけど、いまいち信じられないな」
「だろうね。だけどよく考えてみてよ。お嬢がこんな目に遭ったのは初めてだ。それは黒が転校してきてからだ」
「…………」
裕里香は白河の話を信じるかどうか悩んだ。今の説明では腑に落ちない部分が多い。だが、あり得ない話でもない。自分自身、振り返ってみると黒山に心を許したまでの時間がやけに短かったように感じる。
既に裕里香は白河を睨んでいない。その代わりに何処か虚空を見つめている。それが悩んでいることの現れだと白河は思い、最後の後押しをした。
「きっと増えていくよ、お嬢が狙われる場面がね」
「現輝の話がマジならそうかもしれねーな、それならそれで、透夜の白黒がはっきりするだろ」
「……そうだね」
裕里香の出した答えは、白河にとって予想外のものだった。彼女の性格であれば、事実確認をする為にすぐ本人へ直接聞くからだ。
白河は長期戦になることを覚悟せずにはいられなくなったが、彼が思っている程、事態はそこまで深刻ではなかった。
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一方その頃、黒山は梨々香と話していた。───といっても、黒山が一方的に襲撃したようなものだが。
梨々香のクラスにおいても、教室内にはあまり児童がいなかった。彼女はこの時、黒山が来ることを知らなかったので、自分の席に座って絵を描いていた。
「……梨々香は絵を描くんだな」
「うん! ……って、ええっ!?」
描いているところを見られて恥ずかしかったのか、梨々香は焦ってお絵描きノートを机の中に隠した。
「と、透夜! 来るなら言って欲しかったの!」
「そうか、それは悪かったな」
「というか、勝手に他クラスの教室に入ると怒られるよ?」
「先生が見ていないなら別にいいだろう。……まあ、関係ない話は置いておくとして、大丈夫だったか?」
「大丈夫なの! ちょっと衝撃だったけど、猫人間の気持ちも少しだけ、わかった気がするから」
梨々香も重度の中二病患者だ。やはり、何処か裕里香を欲してしまう本能的なものが僅かに働いたのだろう。
それでも、彼女を襲撃しないだけマシなのかもしれない。もし梨々香が裕里香を襲ったのだとしたら、梨々香を止めるのはかなりの困難だ。下手すると、梨々香が代償により命を落としてようやく終息するような事件にもなり得る。
「そうか。大丈夫ならそれでいいんだ。邪魔したな」
黒山は別にそこまで長くいるつもりはなかった。むしろ、様子だけ確認したらそのまま外へ出て適当に遊ぶ予定だったのだ。
「あ……」
黒山が去ろうとしたのをすぐに悟った梨々香は短い声をあげた。流石にそれを無視する程、この時の黒山は薄情ではなかった。
「どうかしたか?」
「う、ううん。せっかくなら、もうちょっとお話したいと思っただけ……」
「…………」
黒山は「仕方ないな」とか「やれやれ」などを言いたげな表情をせず、いつもの無表情で梨々香の前にある席に座って彼女の方を向いた。
自分の願いを叶えてくれたことに、梨々香は少しばかり意外感を感じた。それと同時に、どうにか話題を考える。
しかし、どうしても昨日の出来事しか頭に浮かばなかった。やはり昨日の出来事を通じて感じる不安はある。
「昨日みたいなことがまた起こるのかな……?」
不安げな表情を浮かべる梨々香に対して、黒山は変わらず無表情を貫いている。梨々香の目を真っ直ぐに見て、首を縦に振った。
「裕里香が狙われる可能性は高いだろう。裕里香自身がそういう状態だからな」
「そう……なの……」
「けど、その為に白がいるわけだし、いざとなれば俺と梨々香が協力すればどうにかなる。梨々香の能力は可能性が無限大だからな」
「う、うん……」
黒山に太鼓判を押されたことで、梨々香の不安げな表情が照れ臭さに変わった。もちろん、黒山もお世辞でそう言ったわけではない。だがその一方で、実は自嘲の発言でもあった。
黒山の能力は、対重度の中二病患者でかなりの需要があると言える。代償として、思い出すことを拒んでしまうような辛い過去を当時と同じ衝撃で思い出してしまうが、それを表情に出さない人間性が適正を証明している。
しかし、梨々香ほどの自由度がない。梨々香は相手や味方を無傷で無力化するだけの力があるが、黒山は所詮、戦うことでしか無効化することができない。『黒』が使えないことを含めて、何処か梨々香に劣等感を感じていないと言えば嘘になる。
しかし、そんな感情も梨々香に伝わることはなかった。
「じゃあ、裕里香ちゃんが狙われる前に私達で倒していけばいいの!」
「ああ、そうだな……」
梨々香の意見に黒山は賛成だった。個々ではどちらにも欠点のある能力だが、組めば敵なしだということは2人ともわかっていた。
その後、テンションが上がった梨々香は少し暴走し、魔法少女として今後の衣装を考えていたノートを取り出して「どれがいいと思うか?」と黒山に問い、そして困らせた。
その後、梨々香が自分のしたことを恥じたのはいうまでもない。
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しかし、現実は黒山と梨々香が考えていた程、甘くはなかった。
というのも、猫人間の時のように裕里香を危険な目に遭わせるわけにはいかないので、出来るだけ裕里香を巻き込まないよう、重度の中二病患者を無力化しなくてはならない。
黒山は見るだけで重度の中二病患者かを判別出来るが、危害を加えてこない相手を攻撃するわけにもいかないので常に後出しとなる。
当然、裕里香に対してアクションを起こした場合や、それ以外に迷惑を掛けた場合にしか黒山と梨々香は行動できないので、その動きは裕里香にも察知されていた。
裕里香は自分の目で黒山の白黒をつけるつもりでいたが、黒山と梨々香の行動を見ている限りでは黒に見えないので悩んだ。
猫人間との戦闘から3ヶ月。気温が低く、厚着をしなければ凍えてしまうような時期になり、ついに裕里香は黒山に直接問うことにした。
休み時間。寒さに耐えられないとばかりに、ストーブの周りを取り囲むクラスメイトを余所に、裕里香は後ろを向いた。
そこには黒山の席がある。黒山は寒さに強いわけではないが、それでも短い休み時間の間は自分の席に座っている。
裕里香が見ていることに気が付いた黒山は裕里香に「どうかしたか?」と問う。
「透夜。お前、猫人間を私にけしかけたって本当か?」
「…………」
黒山は内心で「はあ?」と思ってしまう程、呆れる質問だった。彼からすれば、何がどうなったらそういう疑問が出てくるのか理解出来ない。
「そんなわけがないだろう。大体、どうしたら俺にそんなことが出来るんだ?」
「だよなぁ」
黒山のひと言はほとんど自虐のようなものだった。彼自身、コミュニケーションが苦手だという自覚があるからそう言ったわけだが、それは裕里香にも伝わり、それだけで説得力がある。
「……って、透夜は言ってるけど、どうなんだよ現輝?」
裕里香がほとんど睨むような目で白河を見た。一方、白河も普段見せないような真剣な顔をしている。
「黒。嘘は良くないよ」
「何? 白、冗談で言うのはやめろ」
「本気だよ。だって、君がこの学校に来た途端、お嬢が襲われるようになったんじゃないか」
「何を言っている?」
黒山は明確な反論をしなかった。白河が冗談でも言ってはいけないことを口にしているにも関わらず「白河が能力で裕里香の記憶を誤魔化している」と言わなかった。
それも込みで裕里香に説明した、と勝手に思い込んでいるからだ。
「それからも君は機会を待っていた。お嬢を狙う敵をやっつけている一方で、お嬢が油断するのを狙っていたんだ」
「違う! 俺は梨々香と奴らを無力化していただけだ」
「だから、それが演技だって言っているんだよ。梨々香ちゃんも騙されて可哀想にね」
「白、どういうつもりだ……?」
「黒。君は裏切り者だよ! 僕達の味方をするように見せて、ずっとお嬢を狙っていた!」
「違う! だから俺は!」
「違わないよ! じゃあ、君はどうしてここに転入してきたんだい? お嬢の力が目的だったからだろう! 失敗作の烙印を押された君はこうすることで、自分の力を誇示するしかなかったんだもんね!」
「───っ!?」
黒山は反論が出来なかった。白河の真意を知らないので、白河が本気で自分を疑っているとしか思えなかった。それが衝撃で言葉を失ってしまったのだ。
それを裕里香は図星だと判断した。
「透夜。あんた、私を騙してたってわけか」
「違う」
「この期に及んでまだ否定するわけ? 私だけじゃない。梨々香も騙して……。危うく誑かされるところだったわ」
「違う」
「もういい」
裕里香に失望され、黒山は全ての発言を撤回して貰うよう白河の方を見る。しかし、白河の表情にあったのは、黒山に対する侮蔑だけだった。
「最低だよ、黒」
「違う! 俺は……俺は……」
これだけ異質な騒ぎ方をすれば、やはり目立つ。クラスメイトは勿論、授業の準備をしていた先生でさえ、話の内容に興味を持ったのか聞き耳を立てていた。
とはいえ、児童間でのトラブルを教員として放置するわけにはいかない。その仲違いを仲裁しようと先生が近付く中、黒山の内心には『拒絶』が今までにない程、大きく出来上がっていた。
ヒソヒソと小声で話すクラスメイト達の声が聞こえる。
先生が仲裁しようと話しかけてくる。
裕里香が敵意を持った表情で睨むのが見える。
そして白河が汚物を見るかのような表情を向けている見える。
耐え切れなかった黒山は、ついに爆発した。
「うううあぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあ!!」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
ようやくクライマックス。この過去編、長くなってしまったのが自分でも驚きです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




