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善意の裏切り part9

 目の前に立つ少年の腕が禍々しいものに変わり、いくら同じく重度の中二病患者であるオフィスレディでも驚きを隠せなかった。


 とはいえ、相手が小学生であることに変わりはなく、故に負ける気など少しもしない。



「格好良く決めてくれたところだけど、小学生に何が出来るの?」


「…………」



 挑発のつもりはない。ただ純粋に思ったことを述べただけだ。そして黒山もそれを挑発だと受け取ってはいない。しかし、それに対して答えることなく無言で流す。



「つまらない子」



 オフィスレディはそう言い残して、そこから姿を消した。……というよりも、黒山を攻撃する為に横へ素早く動いた。取り敢えずは黒山の視界から消えることで奇襲に近い攻撃を仕掛けようとしたのだ。


 流石に命を取ろうとまでは思っていないようで、無力化を狙って右手の爪で肩を引っ掻こうと手を伸ばした。その速さは尋常ではなく、外から見ている裕里香にも見えない。


 しかし、黒山はそれを禍々しい右腕で受け止めた。オフィスレディの爪も折れることはなく、ギチギチといいながら力をぶつけ合っている。



「驚いたよ、まさか反応出来るだなんて。それともマグレってやつ?」


「お前の動きは見えている。次は俺の番だ」



 黒山は1度後ろに下がり、仕返しとばかりにオフィスレディの視界から姿を消した。死角となる背後へと回り、禍々しい右腕の拳をオフィスレディの背中目掛けて振りかぶった。



「何の!」



 流石は猫人間というべきか。それだけ言って見事に黒山の攻撃を跳んで回避した。動体視力や跳躍力が人間のそれを超えている。


 そこから先は裕里香の目では追いつけない程の素早い戦いだった。互いの目的を果たさんと、本気をぶつけ合っている。


 しかし、オフィスレディは1つだけ勘違いをしていた。というのも、黒山の目的はオフィスレディを倒すことではない。


 もちろん、この場で倒せれば1番楽なのだが、不意打ちだったとはいえ、1度は黒山と白河の前から裕里香を奪った強者。そんな強者相手に1人で勝てるとは黒山自身も思っていないので、白河と梨々香がここまで辿り着くまでの時間稼ぎを真の目的としているのだ。



「お嬢!」



 負傷した裕里香の姿を見つけた白河の声が黒山の耳に届く。


 だが黒山はそちらに注意を向けない。いくら自分の限界を『拒絶』している状態だとはいえ、少しでも気を抜けば隙をつかれて全てが台無しになってしまう。オフィスレディと終わりの見えない攻防を続けながら、白河が参戦するのを待った。


 一方、白河は裕里香の意識があることを確認してもすぐに参戦するようなことはしなかった。


 一緒にいる梨々香をそのまま置いて先行するのも手だが、梨々香には裕里香を任せなくてはならない。梨々香であれば、もし万が一のことがあったとしても裕里香を守りきってくれるであろうことは信じて疑わなかった。


 息切れで苦しそうな梨々香をどうにか裕里香の元へと導き、呼吸を整える暇も与えずに裕里香を任せる。



「梨々香ちゃん、お嬢をお願い」


「う、うん……ま、まかせてなの」



 どうにか呼吸を整えようとしている梨々香を見て裕里香は「大丈夫なのか?」という感想を抱いた。呼吸を整えるのに精一杯な梨々香はまだ、裕里香が負傷していることに気が付いていない。


 しかし、その代わりに白河の異変に気が付いた。裕里香のことを任せたにも関わらず、黒山の援護に行こうとしない。



「ど、どうしたの? 現輝君?」


「…………」



 側から見れば、白河が何処か迷っているように見える。


 実はその通りで、白河は黒山の援護に入ろうか悩んでいた。2人の女子にはわからないことだが、白河は「もしかしたら、このまま戦わせれば黒が『黒』に目覚めるのでは?」と思ったのだ。


 同じ色の能力者にはわかる。今の黒山は『黒』に目覚めていないが、目覚めかけてはいる。何かあと1つ、特別な要素があれば目覚めることができるはずなのだ。


 しかし、その要素が何なのかはわからない。自分と同等以上の相手と対峙した時、勝つために目覚めるという可能性だってある。



(……いや、違うか)



 しかし、白河はそれを否定した。そもそも「色の能力」といえども重度の中二病であることには変わりない。───となれば、何か『黒』を想起させる心情の変化がなければ目覚めるはずがない。


 結局、このまま放置しても相手に逃げられるだけだろう。



「黒!」


「……ああ」



 黒山は1度、オフィスレディと距離を開けた。相手もいくら子供相手といえど、迂闊(うかつ)に深追などしなかった。


 黒山と白河が肩を並べる。2人は初めての共闘に何処か誇らしさを感じ、それを見ていた裕里香と梨々香もそんな2人の姿に格好良さを感じた。



「少年が2人。増えたところで、子供だということに変わりはない」



 とても子供には真似できない、小悪魔と大人の色気を混ぜた笑みをオフィスレディは浮かべた。手や足が猫のそれであり、更には尻尾も付いているのだからある程度の男性にはウケたかもしれない。せいぜい、猫耳が足りないのが残念なくらいだ。


 とはいえ、それこそまだ小学生である2人はオフィスレディの姿に興奮など覚えなかった。



「確かに。お姉さんの言う通り、僕達はまだ子供だ。だけど───」


「だが、化け猫など敵ではない」


「ふーん?」



 オフィスレディは「猫人間」として、戦闘を避けてきたからなのか、黒山と白河が揃っても負ける気などしなかった。もちろん、黒山と白河は勝てる気しかしていない。


 再び黒山が高速で動き出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃。


「猫人間」の噂を聞いて調査していたのは、何も黒山と梨々香だけではない。むしろ「その世界の専門家」がこの件について、小学生よりも早く解決に向かうべきだった。


 私服姿の若い男が建物の陰に隠れて様子を見ながら、やる気のない声で誰かと電話をしている。



「あー……確かに、戦闘中だわー」



 目線の先には禍々しい両腕を駆使して戦う少年と、両手両足、尻尾だけが猫のそれである女性が戦っていた。



「っていうかー、あれが本当に猫人間なのかー? 噂よりも人間に近いけどよー」



 電話の相手は彼と一緒に重度の中二病患者を取り締まる者。しかし、その相手から無理難題を押し付けられているのか、男はかなり面倒臭そうな表情を浮かべている。



「あの中入ってくなんて無理だろー。俺の能力は戦闘に不向きだからよー。……ってか、猫人間も猫人間だけど、あの子供は何者なんだー?」



 男は全てを見ていたわけではない。仲間から指示され、向かった先で戦闘が始まっていたのだ。


 入っていくタイミングを窺っているうちに、少年がもう1人増えた。



「あー、子供がまた増えたわー。しかも、髪が白いんだけどー。本当にまあ、めちゃくちゃだわー」



 もしかしたら、戦闘が止まったその瞬間が入っていく絶好のタイミングだったかもしれない。しかし、男はどうしてもその行く末が気になって仕方なかった。


 電話の向こうからそれを咎める声が聞こえる。



「大丈夫、大丈夫ー。なんかあいつら、只者じゃない感じするからさー。ほら……」


「もう決着がついたー」



 そう言った直後、専門家である男でさえ何があったのかわからない程、すぐに決着がついた。


 それはほんの一瞬、黒髪の少年が動いた途端あっという間に終わった。ただわかるのは、黒髪の少年が、元の姿に戻ったオフィスレディの動きを背後から止めていることだけだ。


 能力も恐るべきだが、その身体能力も侮れないことがわかる。



「さーて、ここからは大人の出番かねー」



 専門家である若い男は、通話を切って少年達の元へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 黒山が高速で動き出したとはいえ、先程の速度と変わりはない。動体視力が高いオフィスレディに追えない速度ではなかった。


 しかし、先程と違って警戒すべき少年はもう1人いる。白河の動きにも警戒しつつ、黒山を迎撃しようと左手の爪を黒山に向けた。



「っ!?」



 オフィスレディは声に出せない程、驚愕した。禍々しい両腕だったはずの黒山が素手に戻っているのだ。ここでまさか、捨て身で来るとは思わなかった。


 出した左手はもう引っ込めない。このまま貫くことを覚悟したオフィスレディだが、自分の脳内に描いていた展開とは全く別の出来事が起こった。



(お前の猫を『拒絶』する!)



 黒山の広げた両手から黒いオーラが放たれる。それを浴びたオフィスレディの体は元の姿に戻り、爪もいつも通りのネイルアートされたものに変わっていた。


 その現象でさえ驚きなのに、更に黒山はオフィスレディを驚かせた。突き出したまま引っ込めない左手を自身の左手で引っ張り、オフィスレディの体勢を崩す。そのまま背後へと回り、抵抗できないよう両腕をオフィスレディの脇へ突っ込み、そのまま手を肩へ持っていって動きを抑えた。


 しかし、それだけでは意味がない。黒山の『拒絶』による能力解除は本当に瞬間的な効果しか持たない。ここでまた猫人間の姿になれば、するりと抜け出されてしまう。


 現にオフィスレディはそうしようとした。しかし、白河から出ている「白い霧」が能力の発動を阻害した。



「あっ、あれ? 変身が出来ない!?」


「残念。もう猫人間にはなれないよ」



 白河は余裕そうな笑みを浮かべている。それは勝利を確信した証だ。


 オフィスレディが「何を根拠に……」と思った途端、意識を失った。それは黒山の『拒絶』によるもの……ではなく、白河の『容赦』による反則的な催眠術の効果だった。


 最後に黒山が『拒絶』を発動し、白河が出した「白い霧」は彼らの付近から消えた。



「ふぅ……」



 完全に戦闘は終了。白河は脱力しようと一息入れた。それを黒山は咎めようとせず、気を失ったオフィスレディを抑え込んだまま、白河に後始末の相談をしようと口を開きかけた。


 その瞬間、何処かやる気に欠ける表情と声をした若い男に横から声を掛けられる。



「うーん、見事なもんだなー。お疲れさーん」



 少し場違いな入り方をしてきた若い男に、黒山は警戒の眼差しを向けた。

読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。


来週はゴールデンウィーク。だというのに、書ける時間が設けられるかどうか怪しいです。


少しだけでも更新はいたしますので、来週もよろしくお願いします!

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