善意の裏切り part4
転校してきて最初の休日が訪れた。
黒山としては、まだあまり知らないこの地を白河に案内して貰おうと思っていたのだが、幸いなのか残念なのか黒山に先約が入った。
その先約は施設へ黒山を迎えに訪れたようで、対応した白河が黒山を呼びに部屋へ向かう。
「黒ー! 梨々香ちゃん来たよー」
「───ああ」
黒山はあまり気乗りしないようだった。女の子に呼ばれておきながらこういう態度を取るのは、非モテである同級生からは敵意の目で見られるきっかけとなってしまうが、黒山のひと言で白河は気乗りしない理由を少しばかり納得してしまった。
「本当は白にこの辺を案内して貰おうと思っていたんだけどな……」
近くにいないと聞こえないほどの呟き。それを聞いた白河は困った顔で笑った。
「僕が案内するのと梨々香ちゃんが案内するのでは大した違いはないよ。むしろ、僕よりも前からここに住んでいる梨々香ちゃんの方が詳しいと思うしさ」
「そう言われてみれば、確かにそうか」
「それに、僕と一緒に来てもいつも通りお嬢が一緒だよ? お嬢には外出してもらわないのが1番なんだけど、性格上、他人の決め事には従わないからさ……」
「白も大変なんだな」
黒山が真顔で同情する。ぱっと見では、それが本心からの同情なのか、それとも上っ面だけのものなのかがわからないので、白河はそれが面白かった。
「さ、あまり女の子を待たせてはいけないよ」
「ああ、そうだな」
既に身支度が整っていた黒山は白河と片手で軽くハイタッチをしてから部屋を出ていった。このハイタッチは虹園の管轄下にいた時やっていた、2人が仲良かった証でもある。
廊下を歩き玄関に向かうと、そこには学校では着てこないようなフリフリの可愛い服を着た梨々香がいた。黒山よりもっと幼い施設の子供達が物珍しそうに梨々香を黙って見ている。
「……その格好で行くのか?」
思わず黒山は聞いてしまった。この際、似合っている・似合っていないが問題なのではない。むしろ似合ってはいるが、黒山のイメージ的には戦闘に適しているとは言い難い。
しかし、そんな黒山の思っていることとは別に、梨々香としてはちゃんと理由があった。
「こっちの方が気分が出るの。魔法少女は可愛くなきゃ!」
「そ、そうか」
理解出来ない謎理論に黒山は心底困った。梨々香には悟られていないが、奈月と沙希の方がまだ余程理解出来たので、少しばかり「戻りたい」と思ってしまった。
「それじゃあ、行こう?」
「ああ……」
時刻はお昼を過ぎた午後のこと。施設で出される昼食の関係で、基本的には午前か午後のどちらかでないと外での活動が難しい。
そこで比較的、時間を取りやすい午後を選んだわけだが、明るく照らす太陽の光とは真逆に、黒山の心は沈み掛けていた。
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黒山や白河のいる児童施設は住宅の並んでいる場所の中にある。とはいえ、住宅街と呼べるほど密集しているわけではなく、そのほとんどの家が割と古い。なかには誰も住んでいない所謂「空き家」という存在もある。
その背景には、やはりこの辺りが田舎であることが挙げられる。付近に大学や専門学校のない場所である為に、都会である他県へ出てしまう若者も少なくない。
ここから割と近い方ではある紅ヶ原や瑠璃ヶ丘まで行けば、短期大学や専門学校もあるが、人気かと問われればそうでもない方だ。
黒山と梨々香は、そんな寂れた場所で重度の中二病患者を探す……というわけではなく、少しばかり歩いたところにある市街地で探す予定だ。とはいえ、あくまでも「学区内」での探索に限られる。
「本当は学区外も見回りたいところなの」
「気持ちはわかるが、それでは行動範囲が広過ぎる。俺達はまだ小学生だからな」
「…………」
梨々香としては、やはり決まりを破っても学区外を見たいようだ。1人では勇気が出ないが、今は黒山が一緒なので、万が一何かがあっても「どうにかなる」と思っている。
当然、本当に何かがあったとしても、梨々香と黒山であれば本当に何とか出来るだろう。しかし、黒山は「学区外へ行くときは保護者同伴」もいう決まり事を破ってまで重度の中二病患者と戦う必要はないと思っているので、決まり事を守るし、守らせるつもりだ。
だが実を言うと、黒山は何処までが学区内なのかを知らない。一応昨晩、白河に聞いてはみたものの、やはり行ったことのない場所など黒山にはわからなかった。
幸いにも、どうやら梨々香の脳内からはそのことが抜け落ちているらしい。普通に考えれば、転校生である黒山に学区内がわからないことは明白なのだが。
しばらく駐車場や家が立ち並んでいるのが見える道を歩くと、やがて人通りの多い市街地に出た。都会に比べれば、人通りの数は微々たるものではあるが、それでもこの辺にしては多い。
舗装された歩道を歩く人々を見ながら、黒山はふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、どうやって重度の中二病患者を見分けているんだ?」
「うん?」
黒山は真面目な顔をして梨々香に問うが、当の梨々香はむしろ「何言ってるの」というような顔をしていた。
「そんなの、力を使っているところを見る以外に方法はないの。梨々香の『奇跡』を使えば、見えるかもしれないけれど、そんなことをしたら戦う前に梨々香の命が尽きるの」
「そうなのか」
基本的に、重度の中二病患者かどうかを見極めるには能力を行使しているところを目撃する以外に有り得ない。目視しただけで判別出来る黒山は極めて特殊な例なだけであって、梨々香の言うことの方が至って普通だ。
それを知っている黒山は、その点に関してだけは「それもそうだ」と思った。しかし、梨々香の『奇跡』がそんなに使い勝手の悪いものだったということに少し驚いた。
「それは、自分の目だけに『奇跡』を使うというわけにはいかないのか?」
それが出来れば、梨々香の目が特殊になるだけなので代償もそれだけ少なくなるはず。だが、梨々香は首を横に振った。
「梨々香の『奇跡』は自分に使う事が出来ないの。だから、戦う時も悪者の攻撃を1回1回防御しなくてはならないから、長期戦は無理なの」
「成る程な」
黒山はようやく、梨々香の『奇跡』という能力を理解する事が出来た。重度の中二病は患者の思い描いていた像とは形を変えて患う病気だ。梨々香からその説明を聞くまで黒山は「重度の中二病にしては便利過ぎる」と思っていたが、能力によって自身に『奇跡』を起こす事が出来ないのであれば、それが重度の中二病であることに納得が出来る。
「誰が重度の中二病患者かは俺が見る。俺は見ただけでわかるからな。それと、梨々香の代償は俺が『拒絶』をして無くすから、俺がいる間は気兼ねなく能力を使うといい」
「そんなことが出来るの? あと、何気にいきなり呼び捨て……」
「出来る。まあ、本当かどうかは実践してみてわかるだろう。俺のことを呼び捨てでいいから気にするな」
「すごいの! でも、名前が何だったか忘れたの……」
「透夜だ。次は教えないからな」
早速、黒山は辺りを警戒し見渡した。それは「時間が惜しい」という意味のものでもあるが、自分の名前を名乗るのが気恥ずかしいことを誤魔化す意味もあった。
一方で梨々香は忘れないように、何度もその名を小さく連呼する。
周囲から見れば、黒山の動作は挙動不審だと言える。だが、彼等はまだ小学生なので、周囲の大人達は彼等にしか見えない「子供の世界」が広がっているだけだと自然に認識するので、実際に黒山の動作を気にする者はいなかった。
「…………」
周囲を見たところ結局、重度の中二病患者は1人もいなかった。世間一般的に知られていない……いや、実際は隠されている病気なだけあって、そう簡単に患者は見つからない。
「梨々香」
「う、うん? 何、透夜?」
梨々香が反応した時、黒山の名を付け加えたのは慣れる為だろう。そのような意図があったことを黒山は気付かないまま、自分の率直な考えを言った。
「周囲にはいないようだが、どうする?」
「うーん、いないならいないでいいの。他を当たってみるの」
「わかった。ただし、学区外は駄目だからな」
「うん!」
笑顔で頷いた梨々香は別の方向に向かって歩き出した。その笑顔は心からのものなのか、或いは黒山を欺く為の前準備なのかは黒山にもわからないことだが、取り敢えずは梨々香の行く道についていくことにした。
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一方、白河は黒山には言った通り、裕里香と一緒にいた。黒山が施設を後にしてから白河も出発し、先に裕里香の家へ迎えに行った。
何も無ければ本当に何もない休日として終わるのだが、予め裕里香から呼び出しを受けていると付き合わなくてはならない。それが白河が虹園家から与えられた役目であるからだ。
「あれ、透夜がいねーじゃねーか」
開口一番、迎えにきた白河に向かって言ったひと言がそれだった。白河としては色々と突っ込みたいところはあるが、まずは黒山がここにいない理由から話すことにした。
「用事があるからだって。だから、いつも通りに僕と2人だよ」
「用事?」
「うん」
裕里香の家を後にした2人は市街地に向かって歩き出した。黒山が不在である理由を「用事」とひと言で述べたが、わざわざ細かく説明するつもりは全くなかった。
その点、裕里香も細かく追求することはない。ただ「ふーん」と興味の有無がはっきりしない返事ではあったが、黒山についての話題はここで終わる。
───はずだった。
「ん? おい、現輝」
「どうしたんだい、お嬢?」
裕里香が前に向かって指を差す。人に指を差すなど、白河としては咎めたい行儀の悪さではあるが、指差す方向を見て唖然としてしまった。
というのも、そこには黒山と梨々香が2人でいる光景があったからだ。
「ほーう? 私を差し置いて他の女子とは、なかなかにいい度胸してるじゃん?」
「いや、お嬢。あっちの方が先に黒と約束してるからね?」
「関係ねーよ。……それにしても、あのフリフリな女子は誰だ?」
裕里香はお金持ちのお嬢様だとはいえ、その性格はどちらかというと男勝りである。一方、梨々香の中身は知らないので置いておくとして、外見はまさに「女の子らしい」ものだ。流石の裕里香でも梨々香のことが気になった。
そんな裕里香の隣で白河は2つのことに驚愕した。1つは裕里香が女子に関心を持ったこと。そしてもう1つはクラスが違うとはいえ、同学年である梨々香を知らないことだ。クラスの数は2クラスなので、いかに裕里香が他人に興味がないのかよくわかる。
「あのね、お嬢。あの子は同学年の小泉梨々香ちゃんだよ」
「へー、よく知ってるじゃん」
「知らない方がおかしいと思うよ?」
白河の突っ込みに対して裕里香は睨んで反応した。つまり「それ以上言うな」ということを目で訴えているわけで、それを察した白河はそれ以上言わなかった。
「まあ、それはそれとして。他人に興味があるだなんて珍しいじゃないか、お嬢?」
「ふん。透夜がどんな女を好きだなんてわからないけど、私のお気に入りである透夜に手を出すなんて、ちょっと気に入らないじゃん?」
「ああ……そういうこと……」
白河は理由を聞いて心底呆れた。転入してきて間もないのに、クラスの中でも1位2位を争う気難しさの裕里香に気に入られる黒山には驚くばかりだが、普段大した自身の感情や欲を隠さないくせに、こういう時にはあまり素直にならない裕里香には呆れてしまう他ない。
「つーか、それにしたって何であの2人が一緒なんだ? 幼馴染とかそういうのか?」
「それはないよ。僕は黒と小さい頃一緒にいたけれど、梨々香ちゃんのことは知らなかった。ただ単に仲良くなっただけの話だと思うよ?」
「…………」
白河は隠し事をしているが、嘘は言っていない。しかし、裕里香はこのことに関しては鋭く、胡散臭いと思った白河を再度睨みつけた。
「な、何かな?」
「現輝。さては、私に隠し事してるだろ?」
「してない、してない!」
本当はしている。───が、それを正直に話してしまうと、黒山と梨々香の関係以外にも裕里香自身のことで隠していることも話さなくてはならなくなってしまう。出来れば、そんな事態を避けたかった。
それでも裕里香は睨んで問い詰めようとする。しかし、少しの間だけ睨みつけるだけで、すぐそっぽを向いてしまった。
「まあ、今日のところはいいか。早くしないと限定スイーツを食べ損ねるから」
「あ、うん。そうだね、早く行こう!」
どうやら2人の関係を模索する欲よりも、食欲と限定が強かったようでどうにか逃げ切ることが出来た。白河としては、こんな胃の痛くなるやりとりはもうごめんなので、帰ったら黒山にしっかり注意をしておこうと心に決めたのだった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
無人島開拓が楽しいのですが、ふと冷静になってみると、自由だったのが徐々にタヌキの言いなりになってしまっている気がします。
それではまた来週。次回もよろしくお願いします!




