善意の裏切り part1
黒山が瑠璃ヶ丘高校に転入する時から遡ること5年───。
施設で奈月に喧嘩を売ろうとする男子達の相手が終わり、自分と他3人の男子が寝起きする部屋に戻ろうとしていた黒山を奈月が呼び止めた。
「ねえ、透夜」
「…………?」
呼び止められた黒山が振り返ると、ちょうど遊びに来ていた沙希も奈月の隣にいた。2人の表情は笑顔……ではなく、怒ったようで疑わしそうなものだった。
「どうかしたのか?」
黒山が改めてその用件を問う。すると、見合わせて頷いた2人がもう1歩黒山に近付き、奈月が口を開いた。
「ボク達に隠していることがあるでしょ?」
「…………」
「隠しても無駄よ」
問い詰められても全く答えないので、沙希が追い討ちを掛けた。
あまりに深刻な表情で問い詰める2人を見て、黒山は深々と溜息を吐いた。奈月の言う通り、確かに奈月と沙希の2人に対して隠し事をしていたので、それを黙っているのが面倒になったから溜息を吐いたのだった。
しかし実際は隠し事をしていたつもりはない。黒山にとってそれは特に言うまでもない程にありふれた出来事だからだ。
「転校が決まった。だから、別の施設へ行くことになる」
「「…………!」」
正直な話を聞いた2人は驚いた。出来れば、エイプリールフールの嘘であると思いたいところではあるが、残念ながら今は4月1日ではない。そんな願望は別に置いておくとして、2人の感情は驚愕から黙っていたことに対する怒りへと変わった。
真っ先に怒ったのは奈月だ。
「どうしてボク達に黙ってたのさ! ボク達は仲間だったんじゃないの!?」
沙希は完全に奈月と同じ意見だったので、奈月に憐むような表情を向けた後、黒山を睨んだ。
だが、黒山はそんな2人の感情を前にしても動揺することはない。
「黙っていたつもりはない。今まで何度も繰り返されてきたことだからな、言う必要はないと思っていた」
「あら。ということはつまり、私達に別れを言わずに去ろうとしたということかしら?」
「その時になれば言う。そういうものだろう?」
黒山には2人が何故そこまで怒るのかよくわからなかった。
しかし、それも無理はない。ここまで黒山に好意を抱いた人は、彼の送ってきた短い人生の中で初めてだったのだから。
「あーもう! どうしてこういう時に透夜は鈍いんだろ……」
「…………?」
奈月は何処かやりきれないような気持ちを感じていた。それも黒山には理解の出来ないことだが、沙希は同情するかのように奈月を後ろから抱き締め、肩の辺りで切り揃えられた髪を撫でた。
「透夜はそういう人でしょう? ───それで、次は何処に行くの?」
「実は俺にもよくわかっていない。ただ、県外に出るわけではないからな。そこまで遠くはないはずだ」
「そう……」
当然、転校先を告げられていないというわけではないのだが、そこまで何度も聞いたわけではないので黒山も場所がよくわかっていなかった……というよりも、ちゃんと覚えていなかった。
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黒山が奈月と同じ施設を去る前日。沙希と奈月はもちろん、同じ施設にいた男子達も黒山に別れを告げようと集まっていた。
黒山がこの施設を去るのは翌日の午前中。つまり、児童達は学校にいる時間なのでその時に見送ることが出来ない為、前日である今日が別れを告げる最後の機会だった。
「お前達、わかっているよな?」
黒山が男子達に問い掛ける。その意味は「奈月に戦いごっこに巻き込むな」だ。そして、それを男子達は間違うことなく理解した。
「わかってるっての」
「つーか、奈月の名前を出してたのは、名前を出さないとお前が本気を出さなかったからだからな!」
「……頼むぞ」
奈月が能力に目覚めて黒山と激闘を繰り広げて以来、男子達は奈月に喧嘩を売っていない。それは奈月の能力を恐れたわけではなく、黒山に恋する奈月の姿がどう見ても乙女にしか見えなかったからだ。それは小学校のクラスメイトも同じで、それ程に奈月の好意は周りから見てわかりやすかった。それにより、奈月を味方する女子も増えたことがあって男扱いされることがなくなっていた。
黒山が去ることでそんな奈月の姿も見れなくなるわけだが、それがなくとも皆、少しずつ心も成長している。男子達の言葉を聞いて黒山はほっとした。
男子達と入れ替わるように、奈月が黒山の前に立つ。
「透夜、本当に行っちゃうんだよね?」
「ああ。もう奈月のことを男扱いするやつはいない。だから安心してくれ」
「でもボク、透夜がいないと寂しいよ……。ちゃんとやっていけるかな?」
「大丈夫だ、奈月は強い。俺なんかよりよっぽど強い。短い間だったが、仲良くしてくれてありがとう」
「うん……うん。透夜、ずっと大好きだからね」
「……ああ」
当然ながら、黒山は奈月の「大好き」を正しく理解していない。いつもならそれに突っ込みをいれる奈月だが、ついには涙を堪え切れずに泣き出してしまった。
逃げるように沙希と入れ替わる。
「一応、私からも透夜にありがとうと言っておくわ。お陰で掛け替えの無い友達と出会えたもの」
「奈月だけだったら心配だったが、沙希がいてくれるから俺も安心してここを去ることが出来る。奈月のことを頼んだぞ?」
「言われなくても、よ。だけど、私だって貴方が去ることが悲しく感じるのだけど? 私には慰めの言葉とかはないのかしら?」
「…………」
正直、黒山は奈月のことを頼む以外に言葉を考えていなかった。沙希には心の余裕があり、そこまで別れを惜しむとは思えなかったからだ。現に沙希は奈月よりも心の余裕を見せているが、実は単に強がっているだけだというのを黒山は見破れていない。
「ないのかしら?」
「その、なんだ。能力はあまり使うなよ? もう助けてやれないからな」
「だったら無理にでも残って私を助けてよ。あれがないと、周りが何を考えているのかよくわからなくて恐ろしいもの」
「無茶を言って、俺を困らせるのはやめてくれよ……」
「ふふ、もちろん冗談よ。私も奈月に負けないくらい貴方のことが大好きなのだから、新しい場所に行ってもあまり女の子に優しくしたら駄目よ?」
「俺は別に優しくしているつまりは無いんだが……」
「そういうところよ。私と奈月は友達だから良いけれど、もしも貴方に好意を抱く女の子が増えたら、その時は修羅場を覚悟しなさい」
「言っていることがよくわからないが、十分に注意する」
「約束よ」
黒山はよくわからないまま、沙希と指切りを交わした。
といっても、その指切りには大してあまり意味がないのだが、それを言ってしまうのは野暮というものだ。
奈月と沙希は、黒山にとっても忘れられない程大切な存在ではあるが、2人との別れを惜しむことが出来ない。何故なら彼の持つ『拒絶』がそういった感情を感じさせないからだ。
翌日、奈月達が登校する為に施設を出る時、少しだけ話をすることが出来たが、学校が終わって帰った時には黒山の姿がなくなっていた。
「そこまで遠くはない」という彼の言葉を鵜呑みにした奈月と沙希は、その後に寂しさから「詳しい場所を聞いておけば良かった」と後悔することになる。
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新しい施設に到着し、部屋へ案内されて荷物を片付ける。そこまで荷物がないので時間も掛からなかった。
相部屋となる児童の名前を見ておこうと、棚に貼られた名前を見て驚いた。何故ならそこに「白河現輝」という名前があったからだ。
やがて下校時間になり、児童達が次々に帰ってくるなかで、ついに黒山と白河は再会を果たした。同姓同名という可能性も考えてはいたが、やはりそこにいたのは黒山の知っている白河だ。
「白!」
「うん? 黒じゃないか! 久しぶりだね」
施設の玄関で再会した2人は部屋に向かって歩き出す。ランドセルを置いてから手洗いとうがいを済ませ、部屋で積もる話を始めた。
「どうして黒がここに?」
「俺にもわからない。ここで何か起こっているのか?」
「うーん……起こっていないわけではないけど、僕と黒をここで一緒にしてどうするつもりなのかは、僕にもわからないなぁ」
「何が起こっているんだ?」
「うん、それは学校に行ってから説明した方がわかりやすいと思う」
「そうか。───白がいるということは、他の皆もいるのか?」
黒山の疑問は浮かんでもおかしくないものだ。
というのも、唯一「色の能力」に目覚めることが出来なかった黒山は、失敗作として誰よりも早く色の能力者が育った場所を追い出されている。むしろ、ここに白河がいることの方が彼にとっては異常に感じることである。
「いや。他の皆がどうなったのかは僕にもわからない」
「どういうことだ? 虹園は何を考えているんだ?」
「あの人が何を考えているのかは全くの謎だけど、僕にわかっていることはただ1つ。ここには虹園光里と同じ存在がいるということなんだよ」
「何!?」
黒山にも光里が「どういう存在」なのかはわかっている。追い出された格好ではあるが、その前に光里と会ったことがあり、彼女が普通の人には出来ないような特別なことが出来るという話はしっかり聞いていたのだ。
黒山や白河は物心がついた時から重度の中二病という存在を知っているが故に、自分達が特殊であり、何も知らない部外者からすれば光里と大して変わらない存在であることに気付いていない。
「ああ、でも黒。今のは基本的に秘密だから人に話したら駄目だよ?」
「最初からそんなつもりはなかったが……わかった」
「それにしても、黒をここに連れてくるだなんてどういうつもりなんだろうね? まあ、僕は嬉しいからいいけど」
「そうだな。俺も白がいてくれたお陰で少し気が楽になった。明日から登校する予定だから、その時に色々と教えてくれ」
「任せておいてよ! ああ、そうだ。ここの子達も皆、いい人だから後で紹介するよ」
「ああ」
正直、そこまで友達を作るつもりのない黒山には余計なお世話だったが、嬉しそうにしている白河を見て「まあ、いいか」と思うことにした。
白河にはそこまで積もる話はなかったが、追い出された後の黒山には色々なことがあったので、話すよりも聞く方が中心となった。
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「転校してきました、黒山透夜です。よろしく」
愛想のない挨拶に小学生であっても新しいクラスメイトは困惑した。とはいえ、幸いにも白河が同じクラスに所属していたので白河が真っ先に拍手を送った。
「それじゃあ、透夜君はあそこに座って」
「はい」
30代くらいの男性教員に指示を出され、黒山は用意されていた席に座った。横には白河の席。これは、黒山が出来るだけ早くクラスに馴染めるよう、白河が担任である男性教員に進言した結果だ。
休み時間、例の如く黒山の周辺にはクラスメイトが集まり、白河が笑いながら黒山に話しかける。
「それにしても、今まで聞いたことのないくらいに暗い挨拶だったねぇ」
「仕方ないだろう。俺にはこういう挨拶しかできない」
「別に責めているわけではないよ。それにそういった意味では、そこにも元気のない人がいるからね」
「…………?」
白河の向けた視線の先。そこは黒山の前に座っている女子児童が白河のことを睨んでいた。
「おい、現輝ー! まさかそれ、私のことじゃねーだろうなぁ?」
彼女が言葉を発した途端、周りの雰囲気が少しばかり変わったのに黒山は気付いた。どうやら彼女を怒らせるのは、このクラスにおいて良くないことらしい。
しかし、その点において白河は流石『白』なだけあって、調和をもたらす。彼女と上手く付き合えるのは白河くらいだと誰もが思っていた。
「そりゃあ、お嬢以外いないでしょう」
「はあ!? 私はいつでも元気だっての!」
「おっと! お手洗いに行きたくなったので失礼。黒、一緒に行こう」
「え? いや、俺は別に───」
黒山は尿意を感じていたわけではないので白河の誘いを断ろうとしたが、半ば無理やりに立たされた。黒山も力は強い方だが、白河も同じように鍛えられてきた為に強い。特に抵抗したわけでもないのもあって、殆ど自然な形で黒山は連れ出されていた。
白河が本当に尿意を感じたのかは別として、向かっている先はトイレだった。黒山がそれを確認できたのはトイレに着いてからだが、その間も白河は黒山にとって大事な話をした。
「黒。さっきの子が虹園光里と同じ、不思議な女の子だ」
「さっき……? 白がお嬢と呼んでいた子か?」
「そう。彼女の名前は富永裕里香っていうんだけど、ああいう性格だからちょっと扱いに難しいんだ」
「そうか。……皆、あの子のことをお嬢と呼んでいるのか?」
「いや? 僕が勝手に呼んでるだけ。まあ、彼女の家はお金持ちだからね、何不自由なく過ごせているのが見てわかるからそう呼んでいるのさ」
「嫌味な奴だな……」
仇名を付ける事自体、黒山は特段悪いことだとは思わないが、それでも「きっかけ」が捻くれていることに少々呆れた。
「黒、お手洗いはここだからね。漏らした理由に、わからなかった、は通用しないから気をつけてね」
「誰が漏らすか。俺達はもう12歳になるんだぞ」
「はは、冗談だよ」
この時の黒山は白河のことを嫌ってなどいなかった。むしろ、同じ場所で幼少期を過ごした仲間だとさえ思っている。しかし、かつて一緒に過ごしていた時と比較して、どこか彼の性格が捻くれてしまっていたことだけは既に気が付いていた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
黒山と白河が小学生です。一応、6年生くらいの設定かな? 5年生??
取り敢えず、黒山と奈月が沙希と仲良くなってから1年後の話になります。
この時点では、まだ黒山は代表者ではありません。ただ、本人の意思と関係なく重度の中二病患者が現れるところに移されています。
裕里香は「悪を裁く審判の歌」で出したキャラクターです。読んでくださってる方は「お嬢」という仇名で呼ばれているのに心当たりがあったのではないでしょうか? というか、あるといいなぁ。
さて、花粉症です。今年もマスク着用の後……マスク? そんなものはない。というわけで、クスリで我慢するしかなさそうですね。つら……。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




