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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「彷徨う一途の不思議」
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彷徨う一途の不思議 part8

 黒山(くろやま)沙希(さき)の家を後にし、歩いて現在の住処である沙苗(さなえ)の家に向かった。


 夏の気温が高い中。タクシーを使うという手ももちろんあるが、体力的に余裕があったし、むしろゆっくりでも歩いて帰りながら考え事をしたかったので使わなかった。とはいえ、普段から黒の衣類を愛用している黒山は黒づくめであり、汗が止まらない。



「…………」



 腕で汗を拭いながら歩いていると、携帯端末が鳴った。正確には、サイレントモードにしているので振動で鳴っていることに気付いたのだが、画面を見てみると、電話の相手は沙希だった。


 迷わず通話を選択する。



「沙希か。どうした?」


『いえ。お祖母様を前にしたので落ち込んでると思ったのだけれど、その様子ではそうでもないようね。心配して損したわ』


「ああ。思っていたより、優しく接してくれたからな」


『そう……』



 通話越しに沙希の安堵した気持ちが流れ込んでくる。しかし、安心しきったわけではない。まだ何か心配していることがあるようだ。


 その点、沙希は隠したりすることはない。その会話が切り出させるのを待つことにした。


 その間、黒山は自身の変化に少しばかり驚いていた。2つの能力を持っていた時は他人の感情など関心がなく、それを受け入れようともしなかった。ところが、今の自分は違う。受け入れられないことの方が多いのは変わらないかもしれないが、まずは聞いてみようという意識がしっかり芽生えている。



『あ、そのね、透夜(とうや)……』


「…………」



 黙って待ち、聞く役に徹する。沙希はどう伝えたらいいのか考えながら心配事を口にした。



『お祖母様、変なこと言ってなかった?』


「変なこと?」


『うん。ほら、将来のこととか』


「…………」



 今度は黒山が悩む番だった。伊塚(いづか)の件を解決するのも大事だが、沙希のことを放っておけるわけもない。ここで沙希の祖母から「いずれ」の話をされたことを伝えるべきか、黒山は悩んだ。


 その時間は10秒も満たなかった。変な唸り声を上げたりせず、ただ無言で考えた結果、否定することにした。



「いや? 特にそんな話はしていなかったな」


『本当に? それだったら良いのだけれど……』



 黒山の本音としては、望まぬ結婚を強いられる沙希を助けてあげたい気持ちはあった。しかし、この問題は沙希だけのものではない。地嶋(ちしま)家の今後を左右する問題でもある。責任を取れるだけの力を持たない黒山が簡単に口出して良い問題ではないことをよくわかっていた。


 この問題に関して沙希が相談しなかったのは、沙希自身もそれがわかっていたからだろう。ましてや、好意を抱いている相手に知られたくない内容でもある。


 取り敢えず沙希は黒山がした否定の真偽を問わず、建前でも安心することにした。その証拠に話題を元に戻した。



『それで、お祖母様から有力な情報は得られたのかしら?』


「ああ。伊塚の探している津田(つだ)とはお祖母さんの事だというのは確信したが、お祖母さんからは否定されてしまった。まだ別の方向から調査する必要がありそうだな」


『そう。頑張ってね』



 沙希も詩織(しおり)と同様に黒山を手伝うことができない。それはまさに、彼女自身が望んでもいない予定が詰まっているからである。



「───ああ!」



 それを察している黒山は出来るだけ心配させまいと力強い返事を返した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから1週間程が経ち、祭りの日がやってきた。幸運といって良いのか、もしくは「不運ではない」といって良いのかはわからないが晴天に恵まれ、問題なく開催された。


 鳥居の前に立って黒山は神社の名前が彫り込まれているのに気付いたので見てみると、少し驚いた。その彫り込みを見るまで「瑠璃ヶ丘神社」だと思っていたが、正確には「瑠璃ヶ丘稲荷」だった。正確な名称を知ったところで何かが変わるわけではないが、多少なりとも衝撃だったので一生忘れることはないだろう。


 今まで大して祭りに参加したことのない黒山は、ここまで足を運んだ人が思っていたより少なかったので「こういうものなのか」と思った。屋台は全く無いというわけではなく、3件くらい設置されているが、そのどれもが食品を扱っていない。くじ引き、ダーツ、射的とどちらかといえば子供が楽しめそうなものだけだった。



(……いやいや、違うだろう)



 つい、祭りの様子が気になって観察してしまったが目的は違う。ただ黙って観察しているわけでは何も情報を得られないだろうから、黒山は68歳前後の高齢者に声を掛けてみることにした。



(…………ん?)



 まずは探すところから始まるわけだが、黒山の方に近付く意外な人物を見て目を見開いた。



「やっほー、黒山くん! 手伝いに来てあげたよ!」


栗川(くりかわ)。何故ここに?」



 元気よく手を振ってきたのは真悠(まゆ)だった。祭りだということもあって浴衣……ではなく普段着だったが、スカートではなくショートパンツを着用している辺り、戦闘も想定している。


 ───と、黒山は勝手に思った。



「んー? 黒山くん1人だと苦戦すると思ってさー!」


「それはありがたいが……」



 ふと、黒山は気になった。この祭りを調査してみるという話は確かに詩織と真悠の2人にもしたが、時間までは言っていない。真悠はどうしてこの時間だとわかったのだろうか。



「なにー? また、人のことをお荷物だと思ってたり!?」


「違う。そういうわけではないが、どうして今の時間だとわかった? 俺はそこまで言っていないはずだろう?」


「ふっふーん!」



 真悠は誇らしげに胸を張った。服越しにもわかる2つの山を見れば、きっと真悠の隠れファン(?)達は(まぶた)に焼き付けるだろうが、黒山はそこには関心がなく「何なんだよ」と思っただけだった。



「私、こう見えて結構顔が広いんだよー? 黒山くんらしき人の目撃情報を貰えるようにお爺ちゃん達に頼んでおいたんだー!」


「……何?」



 黒山は真悠の言っている意味がよくわからなかった。いや、言っていること自体は言葉として理解出来るが、誰に頼めばこうなるのかが理解出来ないでいた。



「そんなことより! 調査開始だよっ!」


「あ、ああ……」



 真悠は素早い動きで黒山の背後に回り込むと、最大限の力で背中を押した。油断していた黒山をよろけさせるだけの力はあり、わけもわからぬまま調査を開始した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 物事には良い面と悪い面がある。良い面の方が大きく見えると、人はしばしば悪い面の方を見誤ってしまいがちだ。現に黒山は調査の過程でそれを思い知らされた。



「……はぁ」



 黒山は溜息にも聞こえる息の入れ方でベンチに腰掛けた。その手にはラムネ……ではなく、自動販売機の冷たいブラック缶コーヒーが握られており、真悠は黒山からの御礼である500mlの緑茶を両手で持って黒山の隣に座った。2人の距離感は人1人分もないが、それは互いに「意識するべき異性」として見ていない証が出てしまった結果だ。


 正直、黒山は真悠が来てくれてかなり助かっていた。本人が申告した通りに顔は広く、運営や足を運んだ参加者を含めて殆どが真悠のことを知っていた。おかげで調査自体は問題なく進んだ。


 ───が、調査対象以外の高齢者も真悠に気付いて話しかけてきたのに加え、黒山を彼氏だと誤解するので、それを解くのに疲れてしまったのだった。



「ごめんねぇ、黒山くん。まさか、皆んな揃って同じ誤解をしてくるだなんて思わなくて……」


「それは構わない……いや、結構疲れたが……。それにしても、栗川は本当に顔が広かったんだな」


「うん! 皆んな、お祖父ちゃんの知り合いなんだよ!」


「ああ、成る程。そういうことか……」



 黒山はようやく、真悠が最初に言っていたことの意味がわかった。


 祭りの運営には真悠の祖父と知り合いの者がいて、孫である真悠とも知り合いだからこぞって真悠の彼氏と思しき人物を見つけてやろうということだったのだろう。調査のついでに毎回出てくる誤解がそれを物語っていた。



「……とはいえ、お陰で調査が順調なのも事実だ。感謝する」


「へっへーん!」



 真悠はまたも胸を張った。今回の黒山は無関心というわけではないが「それ、流行っているのか?」と疑問に思った程度だった。


 それはそれとして、ブラックの缶コーヒーを飲みながら得られた情報を脳内で整理した。といっても、実はその殆どが似たり寄ったりの情報だ。


 共通しているのは「津田は地嶋グループに嫁入りしたことで人生勝ち組」だという話と「誰も伊塚の消息を語ろうとせず、濁す」ということだけだった。ただし、どうやら高校在学中には問題が無かったようで、伊塚も卒業生だったこともわかった。



(……ん、待て?)



 しかし、伊塚が卒業生だという情報には矛盾がある。何故なら伊塚は、開かずの間となっている教室の状態を自身が在学中の状態で凍結させているはずだからだ。



(いや、そもそもそれは───)



 よく考えてみれば、開かずの間の状態は伊塚によってもたらされた情報でしかない。この時点で黒山は、開かずの間にいる伊塚が嘘を付いている可能性があるのと、伊塚以外の誰かが事件に加担している可能性を考えた。


 ふと、祭りの風景を見る。そこに自分と同じくらいの若者はいないが、町内の関係で参加している若い成人はいた。逆に子供もいて、親から貰ったであろう小遣いで景品を手に入れるべく屋台に挑戦している。


 もっと奥を見れば、木陰で涼む作業着を着た若い成人男性の姿が───



「は……!?」



 黒山はその成人男性の姿に既視感を覚えたので勢いよく立ち上がった。それに真悠が驚く。



「えっ、なに!? なに!?」


「栗川。あそこにいる奴、何処かで見たことないか?」


「えぇ?」



 真悠が目を凝らして黒山の指差す先を見ると、確かに既視感のある男がいた。実際、知っている本人よりも大人ではあるが、それが誰なのかすぐにわかった。



「あれは……伊塚さん!?」


「そうだ。事情はよくわからないが、行ってみる」


「わ、私も!」



 真悠は急いでペットボトルのキャップを閉めて立ち上がり、黒山の後を追って伊塚らしき成人男性の方へ向かった。その男は近付いてくる黒山と真悠をじっと見ている。



「伊塚なのか……?」



 黒山がボソッと伊塚らしき成人男性に問い掛ける。大声で無かったのは、彼の姿が他の人からも見えているという確証が無かったからだ。


 伊塚らしき成人男性は話し掛けられたことに目を丸くして驚いた。開かずの間でずっと恋人である津田を待っている時の清潔感ある学生時代とは打って変わって、この伊塚は髭を生やし、伸びた髪はボサボサになっている。



『俺が見えるのか……?』



 黒山はゆっくりと頷き、真悠は小振りで2回頷いた。



「お前は伊塚なのか? 本当に伊塚(いづか)(いさむ)なのか?」


『あ、ああ、そうだが……。何でお前達は俺の名前を知っているんだ? というかどうして俺が見える?』



 黒山は無意識に真悠と目を合わせた。どうやらこの伊塚は同一人物であっても、開かずの間にいる伊塚とは記憶を共有していないらしい。幽霊が分裂するだなんて話も聞いたことないので、目の前に起こっている現象は不思議そのものだった。


 まあ、幽霊が教室にいるという話自体が不思議なのだが───



「俺達はお前が在学していた瑠璃ヶ丘高校の教室で、高校時代の伊塚勇と出会った。彼が抱える問題を解決すべくここへやってきたら、大人になった伊塚勇……つまりは、お前と会ったわけだ」


『高校時代の俺と……? その俺は、教室にいるのか?』


「ん? ああ、そうだ」



 黒山は伊塚の反応に違和感を感じた。普通、他の場所に過去の自分がいると言われれば驚いたり疑ったり、場合によっては「からかわれている」と思って激怒する者だっているはずだ。それなのに、この伊塚は黒山の言葉をあっさり信じてしまっている。



「伊塚。高校時代のお前は教室でずっと津田という女生徒を待っている。どうにか解決する方法はないのか?」



 この質問に対して、黒山は返ってくるであろう答えをある程度予想していた。きっと、高校時代の伊塚と同じく「津田を連れていけばいい」という答えだ。


 しかし、その予想は大きく外れた。



『そりゃ無理だろ? だって津田は……。だが解決する方法はある。俺はそれを知っている。だから頼む、俺を教室まで連れて行ってくれ』


「何を言っているんだ───?」



 伊塚の返答には情報量が多過ぎて、黒山でも瞬時に把握しきることが出来なかった。脳内でその返答を繰り返す度、もたらされる情報に疑問が浮かぶ。



「待て。確かに津田を連れて行くのはお前の言う通りに無理だ。まず聞きたいのは、何故お前が解決方法を知っている? いや、そもそもお前はあの教室に高校時代の自分がいることを知っていたのか?」


『ああ、知っていた。そして探していた。俺は俺の中にもある問題を解決する為に高校時代の俺自身を探していたのだ』


「ならば自分で教室に行けないのは何故だ? お前は瑠璃ヶ丘高校の卒業生であり、その場所もずっと変わらないんだぞ?」


『場所はわかってるに決まってるだろう! だが、俺は自力でここから移動することが出来ないのだ。あの場所にいる俺もそうだろう? 津田を待つという使命に囚われてずっと動くことが出来んはずだ!』


「ああ、確かにそうだな……」



 言い合う2人の剣幕に割り込めないでいた真悠だが、黒山が落ち着いたところで黒山の左腕を右手の人差し指でツンツンした。



「ん、どうかしたか? 栗川?」


「いやーね、伊塚さんって地縛霊なのかなぁと思ってー」


「地縛霊……?」



 伊塚の方を見るが、彼もそれがどんな意味を持っているのかよくわかっていないようだ。もちろん、そもそも幽霊やオカルトの類と接点がない黒山にもそれがどんな意味なのかはわからない。ただし、詩織や光里(ひかり)の超能力を除く。



「えーっとね、何だっけ。ほら、例えばだけど、ここで何か事故にあって死んじゃってそれを受け入れられないとか、ここに何かしら思い入れがあるばかりにここで留まっているとか?」


「成る程な。……というか、そもそも伊塚は自分が死んでいることを自覚しているのか?」



 それは真悠に対する今更な問題提起でもあり、伊塚に対する疑問でもある。伊塚は自らの両手を見て縦に頷いた。



『確かに俺は死んでいる。だが、何故かここにいる。思い入れといえば、確かにあると言えるだろうな』


「津田とこの祭りに来たからか?」



 黒山の推測……というか、確信は伊塚にとって鋭すぎるものだった。またも目を見開いて黒山を見ている。



『お前たちはつくづく俺を驚かせてくれるな。確かに祭りに参加したからこそ、思い入れがある。それが良いものなのか悪い者なのかは別としてな。それで、俺の願望は聞いてくれるのか?』


「いいだろう」



 黒山は真悠と相談することなく決めた。元より真悠は反対するつもりは無かったから問題はないが、だからといって何も思わなかったわけではない。彼女としてはせめて、確認の目配せくらいは欲しかったと思うが、それが黒山に届くことは決してなかった。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


週1の更新で申し訳ありませんが、また来週もぜひ読んでください。よろしくお願いします!

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