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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「彷徨う一途の不思議」
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彷徨う一途の不思議 part7

 黒山(くろやま)奏太(そうた)鎌田(かまた)と別れた時には沙希(さき)奈月(なつき)の2人は「旧・虹園塾」の教室から出始めていた。


 黒山は出入り口を出たところで沙希の名を呼んだ。



「沙希!」


「…………」



 沙希はすぐに振り返ることはなく、少しだけ間をおいてからゆっくり振り返った。一方、奈月はすぐに振り返っている。



「……何かしら? この夏に海にでも連れて行ってくれるってお誘い?」


「いや、そういうわけじゃないが───」


「わかってるわ」



 黒山が遊びに誘ってくることがないくらい、沙希でなくても奈月だってわかることだ。しかし、沙希は黒山に意地悪をしないではいられなかった。


 とはいえ、もちろん心の何処かでは期待していた。その儚い期待もすぐに消え去ったので、沙希は呆れたような顔をして用件を聞いた。



「それで、どうかしたの?」


「ああ。津田(つだ)という苗字に聞き覚えはないか?」



 沙希は少しだけ驚いた顔をした。それには理由があるのだが、すぐに「その可能性はないだろう」と打ち消した。



「ありはするけれど、その人は誰? 女子高の生徒?」



 もし、それで黒山が頷けばそれはそれで沙希的には「ムッ」とくる話なので更なる意地悪をするところだが、黒山は首を横に振った。



「いや、現在は高校生じゃない。50年程前に瑠璃ヶ丘高校を卒業しているから、68歳前後だと思う」


「…………!」



 沙希は更なる驚愕に襲われた。黒山が言った年齢的に、沙希の「心当たり」が該当したからだ。そうしてようやく、沙希の中で何かが繋がった気がした。気温は高く暑いにも関わらず、沙希は悪寒を感じた。



透夜(とうや)


「何だ?」


「定例報告会で言っていた件に関係しているの?」


「ああ、そうだ。報告でも言ったが、伊塚(いづか)という男子生徒は50年程前からずっと津田という女子生徒を待ち続けている」


「…………」



 報告を聞いていた時、正直なところ沙希は「自分には関係ない」と思っていた。だがこの時点で、彼女は無関係でいられないことを自覚し、黒山の方をまっすぐ見て、心当たりを話すことにした。



「心当たりはあるわ。だけど、確証がない。それでも聞く?」


「ああ、聞かせてくれ」


「わかったわ。……津田というのはね、私の祖母の旧姓よ。確か、そう」


「祖母の……?」



 黒山は沙希の両親とは会ったことがあるが、祖母とは会ったことがない。故に、その顔を思い浮かべられなかった。



「……沙希、沙希のお祖母さんに津田という男のことを聞いてもらえるか?」


「…………」



 沙希は首を横に振った。黒山は沙希が断ったことに驚きを隠せなかったが、奈月はもっと違うところで驚いていた。


 それは普段、自信に満ちて堂々としている沙希が弱気な表情をしていたからだ。



「ごめんなさい。だけど私、祖母が苦手なの。透夜の為だとわかっていても、出来ないわ」


「そうか……」



 黒山は無理強いをする性格ではない。だが、諦めもしていない。沙希にとって予想できないことを口に出した。



「では、俺が直接聞こう。アポだけ取ってもらえるか?」


「え、ええ……。でも後悔するわよ?」


「何故だ?」


「だって、こう……威圧感が凄いもの」



 沙希の祖母を前にして平静を保っていられるのは、沙希が知っている限りでは彼女の父である越郎(えつろう)だけだ。彼女自身とその母は威圧感と厳しい言動の所為で苦手意識を持っている。


 よって、黒山もその威圧感を感じ、直接話すことにしたのを後悔するだろうと思った。



「構わない。頼む」


「……わかったわ」



 沙希は渋々黒山の願い事を聞いて、祖母にその話をすることにした。本音を言えば、極力話す機会を作りたくないところではあるが「このくらい!」と自分を奮い立てた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 沙希の祖母との対談は黒山が思っていたよりも早く実現した。それはかなり急な話であり、定例報告会があった翌日の午後、すぐに話をすることになったのだ。



「…………」



 黒山は懐かしい道を歩き、沙希の家に向かった。小学生の頃と比べて色々なところが変わっているが、それでもその時の思い出は蘇ってくる。


 やがて沙希の家に着くと、今回は玄関から呼び鈴を鳴らした。今回……というのは、前回が小学生の身でありながら越郎と戦った時であり、その時は玄関ではなく沙希の部屋から見ることの出来る庭へと入っていった。今の黒山からすればやったこと自体はともかく、そのやり方を恥じている。


 それ以降、沙希の家には近付いていない。かつて奈月を入れて3人で仲良くしていたとはいえ、沙希の家へ遊びに行くということは全く無かった。それは「不快な思いをさせまい」という沙希の陰に潜んだ思いやりがあったからだ。


 出てきたのは予想通り沙希だった。沙希が同席する予定はないが、案内と給仕程度はするようだ。


 扉についた短い金属パイプ達がぶつかり合って奏でる音は変わらない。当然、黒山は初見なので知らないが、沙希は黒山と初めて会った時のことを思い出していた。



「透夜と初めて会った日、この音を聞きつけた母に物凄く怒られたわ」


「……この音は、その時にはもうあったものなのか」


「そうよ。懐かしいわね」



 黒山は自分が脱いだ靴を揃えて置き、沙希が出してくれたスリッパに履き替えた。黒山自身、履いたことのないような程よい柔らかさの白いスリッパは間違いなく高価なものだろう。


 沙希の案内で廊下を進んでいき、応接間の前で止まって沙希が扉を3回叩いた。すると、扉の奥から壮年の割にはハリのある女性の声が聞こえた。



「……身内なのにノックするのか?」


「そういう決まりなのよ」



 余所余所しい家内の決まりを間近で見た黒山は、その時点で驚愕してしまった。夏だというのに廊下はどこかひんやりしており、緊張も相まって黒山はむしろ寒さを感じている。



「失礼します」



 沙希に続いて挨拶をした黒山は真っ直ぐと沙希の祖母を見る。その時、黒山は違和感のようなものを感じた。というのも、沙希は「威圧感」だと言っていたが、黒山にはそれと同時に「苦労人の雰囲気」も感じられたからだ。



「それでは、私はこれで失礼します」



 沙希は一刻も早く祖母から逃げたかったのだろう。流石に他の来客があった際にはこんな粗相をしないだろうが、今回は黒山なのでそれも許される。


 扉がパタリと閉められたのを耳で聞き取り、黒山は前に出て自己紹介をした。



「初めまして。黒山透夜と申します。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」



 自己紹介を受け、ソファに座っていた沙希の祖母も腰を上げた。短く切り揃えられた、年齢の割には美しい黒髪と金の色のをしたフレームの眼鏡が祖母の品格を証明しており、決して柔和な笑みを浮かべず、強い目力で黒山透夜という男を観察する。



「初めまして。沙希からお話は伺っています。それから沙希の父……越郎からも貴方のお話を伺いました。あの2人から認められるとは、お若いのに大したものです」


「恐縮です」


「どうぞ、お座りて」


「失礼します」



 黒山は祖母に促されて対面のソファに座った。それと同時にお茶を持って応接間に入ってきた沙希がテーブルの上に置いていき、またそそくさと応接間から出て行った。



「……孫の非礼をお詫びします」


「いえ、お気になさらず。俺は……そう、彼女の友人ですから」


「そう言ってくださるとありがたいですが、親しき仲にも礼儀あり。やはりあれでは駄目なのです」


「そうかもしれません。ですが、今回は容赦してあげて下さることを俺からもお願いします」


「……わかりました」



 祖母に促され、黒山はお茶を一口飲んだ。僅かに遅れて祖母も一口飲んでゆっくりとテーブルの上に戻した。それは会話を本題に切り替えるという間を意味している。



「さて、それで御用件とは一体なんでしょう? 確かに瑠璃ヶ丘高校は私にとっても母校ではありますが、大して意味のあるお話は出来ないかと」


「実は人探しをしておりまして。伊塚という男から津田という女生徒を探して欲しいと頼まれましたので」


「えっ」



 先程まで力強かった祖母の表情は、本題の内容で打ち壊された。驚愕という表現ではないまだ足りないほどの驚きを感じたようだ。


 だが、流石は地嶋(ちしま)家の人間。すぐに表情を戻した。



「津田というのは、私の生家の名です。そして同級生に伊塚という人はいました。……ですが、彼は───」


「何かご存知なのですか?」


「…………」



 祖母がその先を答えることはなかった。きっと、それはあまり気安く話題にあげてはいけない内容だからだろう。その詳細こそはわからなかったが、伊塚の探している津田が沙希の祖母であることに間違いはなかった。


 答えられないという沈黙の状況を放置しておくのは祖母にとって得策ではない。意味ありげな疑問を出すことで追及を逃れた。



「彼は、どんな話を貴方にするのですか?」


「どんな……と言いますと?」


「例えば高校生活の話です」


「そうですね。……とにかく、津田という女生徒を待っているという話と、あとはお祭りの話をしてくれました」


「お祭り、ですか」


「ええ。一緒に行くのが楽しみだと」


「そうですか」



 祖母はもう驚くことをしなかった。黒山の知る伊塚の状況的に自身の知る伊塚と共通点はあるが、それでも一致はしていない。何故なら、伊塚は当時のまま教室に残っており未来に進めていないが、祖母は今を生きているので話が繋がっていないからだ。



「でしたら、学校内に私の旧姓と同じ苗字の方がいるのでしょう。そちらを探すのが良いのでは?」


「いえ。伊塚は現在を1966年と言っていました。その時代に在学していた津田さんを探しているのです」


「……からかっているのですか?」



 黒山のなかではそれが現実の問題として定着しているが、確かに何も知らない人からすれば「からかっている」と思うだろう。黒山にはその意識が欠けており、それは失言だったと言える。落ち着いて否定することに専念した。



「申し訳ありません。そんなつもりはありませんでした。……ところで、お祖母さんの同級生にも伊塚という人がいたそうですが、彼は今、何をしているのですか?」


「この歳になればこの世を去る人も出てきます。彼もその1人でした」


「そうですか」


「貴方のお友達である伊塚君の為にも、津田さんが見つかると良いですね。津田さんは行方不明なのですか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


「でしたら悪いことは言いません。同じ女性としては津田さんにとって恐怖でしかないと思います。ストーカーの加害者となる前に、貴方のご友人である伊塚君を説得した方が良いでしょうね」


「そうかもしれません。本日はありがとうございました」



 これ以上の追求は逆効果だ。「あくまで他人の話題である」という話の流れになった時点で敗北は決まってしまったので、黒山は潔く撤収することにした。立ち上がると、それに合わせて祖母も立ち上がる。どうやら玄関まで送ってくれるようだ。


 沙希としてはその役を自分がやりたいところではあったろうが、祖母がいるのでそういうわけにもいかない。今頃彼女は大人しく自室にいることだろう。


 黒山がスリッパを脱いで揃えて置き、靴に履き替えると祖母がなかなかに思い切った質問をぶつけてきた。



「黒山君。貴方から見て、沙希はどう見えますか?」


「えっ」


「異性として、好きかどうかのお話です」


「それは……」



 黒山の答えは決まっていない。というか、わからない。確かに沙希は奈月と同じくらいに古い仲ではあるが、恋愛感情を抱いているか……彼女を特別として見れるかどうかは別だ。しかしそれをはっきり言って良いのかが悩みのポイントだった。



「俺は、沙希を友人として見てます。恋心を抱いてるかは、俺自身もわかりません」


「そう。それなら安心しました」


「…………?」



 黒山には祖母が安心した理由がわからなかった。割と中途半端ではっきりしない答えだったのだから。


 しかし、祖母が気にしていたのはそこではない。人生経験に基づいて黒山に助言をする。



「越郎は貴方のことを気に入っているようですが、貴方が地嶋グループを継ぐには荷が重すぎる。もし、貴方と沙希が恋仲であれば辛い現実を強いることになっていたでしょうから」


「それはつまり……沙希が結婚すると?」


「まだ先の話ですが、その時はそう遠くないうちにきます」



 まだ実感のない話をされても黒山には適切な返しが出来ない。今の様子では許嫁のような存在はまだいないとしても、それは時間の問題なのだということだろう。答えのわからない返答から逃れる為、わざとらしく俯いて見せることで会話に間を置いた。



「……お邪魔しました」



 地嶋家を出る為玄関の扉を開けると、あの小さな金属パイプがぶつかり合って鳴る音が聞こえた。沙希の祖母に向かって一礼をしたが、黒山の脳裏には音と連動して沙希の暗い表情が浮かんだ。


 沙希は昔から自分の家を嫌っていた。家族のいない黒山にはわからないことだったが、自分の歩む人生を自分で決められないという点では彼女の気持ちがわかったような気がした。


 有力な情報を得られたのは間違いないが、だからといって解決の糸口が見えたわけではない。だが、祖母の話が意味のあるものであったことを黒山は後になって気付くこととなる。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


頑張ります。


それではまた次回。来週もぜひ読んでください!

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