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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「消失する黒の存在」
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消失する黒の存在 part26

 様子のおかしい白河(しらかわ)を見送った颯太(ふうた)唯香(ゆいか)はずっとその場に留まっていた。


 会議室にはある程度の防音工事が施されているとはいえ、廊下が円筒状になっており、その中央に会議室が設置されているという構造上、黒山(くろやま)と白河……もとい、渦夜(かよ)真輝(まき)が衝突する音が2人には聞こえていた。


 それだけ激しい戦闘だというわけだが、2人にはその真相が何なのかはわからない。あくまでも颯太が冷静に考えた結果として「誰かと誰かが戦っている」という予想がされているだけなので、会議室から聞こえる得体の知れない大きな音に唯香(ゆいか)は恐怖を感じていた。


 それに加えて、この建物はどこか不気味な雰囲気がある。青木(あおき)との戦闘終了後は体力的にも精神的にも気にする余裕が無かったので気にならなかったが、大音をきっかけにそれも恐怖を煽っている原因にもなっている。


 それ故、唯香は颯太にくっついたっきり離れようとしない。これがただの危険がない肝試しなら颯太の鼓動はかなり速くなっていただろうが、このような緊張感の中ではただただ警戒心だけがあった。


 その警戒心は機能しており、颯太は「誰かがこちらに近付いている」ということに気が付いた。


 颯太から漂う空気が変わったのに唯香も気付く。



「───颯太?」


「静かにしてろ。誰か近付いてきやがる」


「う、うん」



 颯太的にはせめて唯香だけでも安全な場所に置いておきたい。とはいえ、隠れる場所すらない。唯香を庇うようにしながら、颯太は入口側の方を見た。



「あぁ? 老人……?」



 状況的に心霊現象とも捉えられるが、颯太はその老人男性から確かに「何かの気配」を感じていた。自分達に害のあるものではなく、むしろ希望を持たせてくれる何かのように感じる。


 最初に声を掛けたのは老人の方だった。



「おや? 道にでも迷ったのかね?」



 その老人はこの建物をよく知っているようだった。だからといって警戒心を解いて良いわけではないが、颯太は一応会話に応じた。



「いえ。ここに先輩が捕らえられているって聞いて、他の先輩と助けに来たんすけど……」


「ほほう。つまり君達は、透夜(とうや)君の後輩だというわけかね……?」


「あー……黒山先輩の後輩っす」



 颯太が黒山を先輩呼びするのは随分と久し振りのような気がするが、これは老人と話を合わせる為だ。正直なところ、颯太は「透夜とは誰なのか」を黒山だと予想はしていたものの、確信がなかったので苗字と先輩呼びをしたのだった。


 その予想は的中しており、それを聞いた老人はどこか嬉しそうに2回頷いた。



「うんうん。彼は良い後輩を持ったものだね」


「お爺さん、一体何者なんすか……?」



 気付けば唯香も興味津々な様子で話を聞いている。



「私はね、彼がいた児童擁護施設で働いていた者だよ。恐らく、ここには竹刀を持った女の子……奈月(なつき)ちゃんも来ていることだろう? 彼女もかつて同じ施設にいたのだよ」



 颯太と唯香は老人がもたらした情報に驚き、2人して目を見開いていた。


 だが、それは序の口に過ぎない。続く老人の言葉が更に2人を驚かせた。



「私の名は虹園(にじぞの)。ここの所有者である光輝(こうき)という男の父親でもある」



 その発言を耳にし、颯太は自分の感覚に逆らって相手を敵とし、身構えた。しかし、一方で老人は少し悲しそうな表情に変わった。



「我が子の名を出すと、こうして構えられる悲しき事……。君達の反応は当然のものだね。だけど、私は君達と戦いに来たのではない。我が子の間違いを正しに来たのだよ」



 それを聞いても颯太は身構えたままだった。直感では「虹園老人は嘘を付いていない」とわかっていても、それを保証する要素がない。仮に相手が何かしらの能力を持っていたとしても、互いに能力を使えない状態ではあるが、それでも予想出来ない攻撃だってあるかもしれない。


「重度の中二病患者」という特殊な存在に精通した虹園は颯太の危機感に心底感心した。



「お若いのに大した警戒心だね。それで良い。……それはさておき、会議室に続く扉は何処か開きそうか知らないかね?」


「……知らないっすね」



 攻撃を仕掛けてこない以上、颯太は虹園老人を明確に敵と判断出来ない。それ故、受け答えは砕けた敬語である。



「ふむ」



 虹園老人は腰が少し曲がっているとはいえ、清潔感のある老人だ。白髪と顔に刻まれた皺が老齢を物語っているが、髭は剃ってある。髭のない顎を右手で撫でてから、また廊下を歩き始めた。



「こうしてはおれん。私は先を急ごうとするよ。またな、若人達よ」



 颯太は最後まで虹園老人から目を離さなかった。隣を通る際にも唯香を庇うようにしながら、体と目線を虹園老人に向ける。


 やがて姿が見えなくなってから、颯太は目を閉じた。



「……どうする? 颯太」



 唯香の「どうする?」とは虹園老人のことだろう。しかし、颯太の直感は彼が「普通の老人ではない」と訴えている。よって、その問い掛けには答えずに次の行動を取ることにした。


 目を開け、自らの右手のひらを少し見た後、唯香の方を向く。



「うん?」


「唯香、撤退するぞ」


「え? ……ええっ!?」



 それは先輩方を置いて、先に戦場から離れるということだ。これが戦争中であれば処罰を下されるだろうが、今は違う。


 颯太は唯香の身を案じて撤退することにした。



「いずれにせよ、俺は能力が使えねー。この先、何かあった時にお前を守れねーからなぁ。先生達のところまで戻るぞ」



 颯太の予想では、唯香がそれを却下すると思っていた。仮にそれが現実になろうとも無理矢理にでも外に連れ出すことを考えていたが、予想に反して唯香は素直だった。



「……うん、わかった」


「───よし。行くぞ」



 颯太と唯香は手を繋ぎ、出口に向かって歩き出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『くぅっ……!』



『漆黒』の弾丸を『純白』の網で受け止める真輝は、その予想以上な高威力に苦戦しているようだ。



『口程にも無いわね。その程度で私の邪魔をしないでくれる?』



 渦夜が常に『漆黒』を発動して能力の発動を阻害しながら真輝に攻撃を仕掛けている一方で、真輝は『純白』で阻害から許されながら渦夜からの攻撃を防いでいる。


 苦しそうな表情から一転、真輝の表情は微笑に変わった。それを見た渦夜は気に入らなさそうな顔をした。



『何よ?』


『いいえ。───ただ、やられっぱなしのも癪だも思いまして』


『はぁ?』



『純白』の網は『漆黒』の弾丸を包み込んで、それを大きな真っ白の球に変えた。その球を「お返し」とばかりに放つ。


 だが、それでも渦夜は動じることなく余裕そうに笑った。



『フフ。その程度で何よ』



 渦夜が両手を前に出す。そして同時に黒山も俯きながら両手を前に出した。


 すると、黒山の両手から『漆黒』の真っ黒なオーラが正面に向かって放たれ、オーラを浴びた大きな真っ白の球は何かとぶつかったように砕け散った。



『フフ。───んんっ!?』



 だが、真輝の反撃はここからが本題だった。3体の真っ白な熊が渦夜に向かって走り出していた。


 その熊は本物に程遠く、どちらかといえば大きなぬいぐるみが動き出したかのようだ。動かなければ、普通の女子ならその包容力に思わず抱き締めてしまうところだろうが、渦夜にとっては何もかもが生理的に受け付けられなかった。


 とっさにその熊達を『漆黒』で消し去ろうとする。


 当然、その熊達を消し去ることに失敗したりはしない。だが、その一方で大きさ故「簡単に消し去れない」のも事実。渦夜が熊達を消し去るのに集中している隙を突いて、真輝は更なる手を打つことにした。


 白河から少し離れ、詩織に話し掛ける。



『詩織さん。貴女にお願いがありますの』


「え、私!? あとなんで、私の名前を……」



 詩織の反応は当然のものだろう。しかし、真輝には細かな説明をしている余裕がないので強引に話を進める。



『説明は出来ませんわ。ですが、貴女にしか出来ないことですから、それだけは説明致します。……いいですか? ワタクシの能力で彼の能力を無効化します。ですからその隙に……』



 真輝は続きを沙希(さき)に向かって話した。



『沙希さんの能力で詩織さんを彼の中に送り込んで下さい』


「えっ。でも、私の能力は自分しか入れなのだけれど?」



 沙希に指摘されるが、真輝にもそんなことはわかっている。彼女は白河を通じて詩織達の情報を白河が知っているだけ入手していたのだ。



『それもワタクシの能力で拡張します。そんなルール変更でさえ容赦されてしまうのですわ。……そうしましたら、詩織さんは彼を引っ張り上げて下さいませね』



 再び詩織の方を見る。だが、詩織は困惑しているようだ。



「でも、どうやって引っ張り上げれば……?」


『具体的には言えませんが、彼に声をかけるのです。貴女が彼を説得出来れば、自ずと彼は目を覚まし、あの性悪女(しょうわるおんな)の支配から逃れられるでしょう』



 詩織の不安は多い。そんな話をされたところで、きっといざやってみれば戸惑ってしまうだろう。


 しかしそれでも、詩織は「やらなければならないこと」だと心の中で感じていた。



「……わかった、やってみる」



 詩織の決意を聞いて、真輝は「聖女の微笑み」という形容が似合うような、慈悲に溢れた笑顔を詩織に向けた。


 直後、すぐに白河の元へと戻って渦夜の反撃に備える。それと同時に渦夜は3匹の可愛い熊を消し切った。



『なーにぃ? 人が熊退治をしてる間に、あの子達と悪巧み?』


『仰る通り。ですが、貴女にそれが看破出来て?』


『うっざ』



 渦夜は『漆黒』の翼を羽ばたかせ、真輝に向かって一気に距離を詰めた。だが、それは一方的なものではなく、真輝も同じように翼を羽ばたかせて接近していた。


 ほぼ同時にお互いの「武装型」を発動させる。渦夜は禍々しい魔剣を。真輝は神々しい聖剣を。


 2つの剣がぶつかり合って、灰色の火花を散らした。それはかつて、黒山と白河がぶつかった時にも出たものと同じだ。


 しかし、真輝はただぶつかり合うのが目的ではない。灰色の火花が発生したのと同時に、聖剣から「白く輝く包帯のような帯」を5本出して、それを黒山に向かって同時に放った。帯は黒山を拘束するのではなく、ただ手足と(ひたい)に触れているだけだ。


 その行動に渦夜は見事に驚き、正面の真輝を睨みつけた。



『どういうつも……』


『今です!』



 渦夜の問いを無視して出された真輝の合図を引き金に沙希が能力を発動。沙希の精神体が詩織の精神的を黒山の心中へと導いて送った。


 それは現実的な時間でいうと1秒にも満たない。ほんの一瞬だけ気を失った沙希は立ちくらみ程度によろめき、黒山の心中へと入っていった詩織の体は倒れそうになった。



「奈月!」


「わかってるよ!」



 沙希と相棒なだけあって、奈月は詩織の体がどうなるかを予想していた。まさにその予想通りだったので、詩織のすぐ近くに待機していた奈月はすぐに彼女の体を抱きとめ、そのままゆっくり寝かせた。



「───さてっと!」



 奈月はすぐに立ち上がり、竹刀を構える。能力は使えずとも剣がある限り奈月には戦う意思がある。何があっても詩織を守れるように備えたのだ。


 沙希と奈月は鬼の形相をしている渦夜の方を見た。当然、渦夜には何があったのかわからなかったが、その真相とは別に不意を突かれたのが気に入らなかったようだ。



『あんた達……生きて帰れると思わないことね!』


『貴女のお相手はこのワタクシですわ!』



 沙希や奈月に攻撃する隙を与えず、真輝が聖剣を縦に振った。もちろん、渦夜はそれに反応して防御をする。



『どこまでも邪魔をぉ!』


『あら渦夜さん? そのようなお顔をされては品格を疑われますわよ?』


『ふんっ!』



 渦夜と真輝の戦闘は激化していく。魔剣と聖剣の攻防だけに留まらず、オーラによる攻撃や、弾丸、更には『漆黒』の枝や『純白』の帯の攻防も繰り広げられ、まさに「人智の及ばぬ領域」となっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 真っ暗な闇。視界だけでは自分が地に足をつけているのかが全くわからない。


 ただ、足が何かを踏みつけている感覚はある。それは草原ほど柔らかなものではないし、アスファルトほど硬いものでもない。


 不思議な感触ではあるものの、とりあえず自分が「歩行可能な場所」に立っていることに、詩織は安心した。


 そして、ここが「黒山の心の中」だということもわかる。彼の心に常日頃から触れてこれたかというとちょっと微妙なところではあるが、それでも触れたことのある雰囲気が自ずと詩織に居場所を教えた。


 とりあえず歩いてみる。すると、詩織にとって「出来れば聞きたくなかった声」が聞こえてきた。



『ちょっと! あんな甘い食べ物でカロリーゼロとかあり得る!?』



 紛れもない、それは黒山を操る渦夜の声だった。


 詩織にとってはそこまで近付いたつもりは無かったのだが、どうやら渦夜に気付かれたようだ。暗い虚空に向かって叫んでいた渦夜だが、詩織に気付いた瞬間、見ていた紙を放り投げて彼女に近付いた。



『おっと……全く、こーんなところまで来ちゃうなんて、私の予想以上だわ』


「え?」



 詩織は渦夜の発言が理解出来なかった。それではまるで、外で暴れていた理由が嘘みたいだ。


 そう思ってみると、外で暴れている同一人物とは少し離れた印象を感じさせる。基本的な容姿は変わらなく美しいが、どこか「だらしなさ」が出ていて、本来の美しさを阻害しているような印象だ。


 渦夜は何かを思い出したかのように『あー!』と言った。



『そういえば説明してなかったものね。私は渦夜であっても、復讐に対して迷っている渦夜。外で暴れている私は、復讐心だけが勝手に動いているってわけ』


「そんな話……信じられない」



 詩織の本音に渦夜は深い溜息を吐いた。とはいえ、外で暴れている自分の行ないを思うと、詩織の態度も納得できるものだ、と渦夜は思った。



『まっ、信じられないなら別にそれはそれでいいけど。……ってそうじゃなくて! あんた、透夜を目覚めさせに来たんでしょう?』


「そうだけど?」



 詩織の態度は強めだ。状況から察するに、間違いなく渦夜の方が年上なのだろうが、詩織は敬語を使ったりしない。渦夜の方も『むしろ面白そう』と言わんばかりに笑みを浮かべていた。



『ついておいで、透夜のところへ案内してあげるわ。───どうやら、あんたにはその資格があるようだしね』


「資格?」


『ええ、そうよ。透夜の過去……覗いたんでしょう?』



 詩織は目を見開いて驚いた。それが資格となっていることにもだが、過去を覗いたことがばれていることにもだ。



『まあ、信じるのか信じないのかは、あんたの勝手だけど』



 渦夜は詩織の答えを待たずに歩き出した。渦夜に対する疑念はあるが、それでも意外と詩織は素直に渦夜の後を追った。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


白河&真輝の『全てを容赦する為の純白』は全て容赦=「望んだこと、なんでも許されちゃうよね」という解釈です。

とはいえ、それでは些か力バランスがおかしくなる気がするので、そのうちに欠点を出せたら良いなぁと思います。


ちなみにですが『全てを拒絶する為の漆黒』とはやはり同等くらいのつもりです。こっちは「全部嫌!」ですからね。


それではまた次回。来週もぜひ読んでください!

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