消失する黒の存在 part20
「アアアアアアアアガガッ!!」
颯太はなおも吠え続ける。すると、それに呼応して暴風が更に強くなり、ついにはその空間にある僅かな水をも巻き込むと、まるで暴風雨のようになった。
一方、颯太自身は両足で強い突風を起こし、空を舞う。
颯太の怒りを買った青木はもちろん、守られる対象である唯香でさえ暴風雨によって服が濡れた。制服のシャツ姿ではなく、水で下着が透けて見えない色の私服を選んで着ていたのが唯香にとって不幸中の幸いだった。
といっても、仮に制服だったところで今の唯香にはそんなことを気にしている余裕はない。
暴風雨に曝されるのは、自分に起こる危険が何なのか具体的に予想ができなくても人の心に恐怖を与える。唯香と青木は颯太の起こした暴風雨に畏怖していた。
「なんだよ……なんだよ、なんだよ、なんだよ! ええ、下級生!?」
青木はこれまで、重度の中二病患者の頂点に立つのは「色の能力者」だと思ってきた。事実、彼の経験したなかで自分に勝ってきた者はいなかったし、前回颯太に負けたのだって全力を出せない状況にあったからだ。
水流迫の作る異次元空間なら周囲を気にして手加減する必要はないので、それならば颯太に勝てるものだと思った。
しかし、颯太の起こした暴風雨を見て恐れを抱いている。勝てるかどうかの問題ではなく、それに立ち向かうことが既に無謀だと感じたのだ。
『壊れた颯太』は青木が抱いた恐怖など知る由もなく、ただただ「壊すべき相手」として敵意を向ける。
突如、颯太の額に第3の目が現れて開眼した。従来からある左右の目は白目を剥いたままで、額の目だけがギョロリと周囲を見渡し、敵である青木と目が合ったところで止まった。
第3の目は青木を見つめ、口は怒りに狂ってただ歯を食いしばっている。今にもギチギチと音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばっているが、そんな効果音の代わりに颯太の両手には小さな渦巻きが出来ていた。
右手の渦巻きを「ウゥガウッ!」と威嚇するような声を出しつつ青木に向かって投げると、正気だった時とは比べ物にならない程の大きな竜巻が発生し、青木を襲った。
「なんだってんだよ! ええ、下級生!?」
青木は『虚像』で自分の分身を作り、竜巻を躱す為の足止めとして使った。『青』の武装型で鬼にし、竜巻と青い色の鬼がぶつかる前に唯香の反対側へと逃げる。
「唯香を囮にし、颯太を正気に戻す」という方法も一瞬だけ考えた。だが、青木の経験上では暴走した重度の中二病患者には理性がない。唯香を囮にしたところで颯太は遠慮なく唯香と青木を諸共『破壊』しようとするだろうし、唯香を失ってしまったのでは青木にとって挽回のチャンスを逃すのと共に、更に怒り狂った颯太によって殺されてしまう可能性も充分にあり得ると判断した。
今度は左手の渦巻きを投げつけられ、先程の同じように大きな竜巻が発生する。
「やっばいな……! ええ、下級生!!」
青木はその竜巻にも同じ方法を使って回避した。今もまだ右手の渦巻きが起こした竜巻は消えずに残っているので、その竜巻に巻き込まれないよう、僅かな吸引を丁寧に察知しながらもどうにか颯太の前まで走り抜ける。
颯太が暴走した直後に吹き飛ばされた青い色の鬼達は既に消滅していた。同じように『虚像』で数を増やし『青』で武装型を使ったところで、大きな突風に飛ばされるのが関の山だ。最早、その手は使えない。
青木は「本気の本気」を使う決心をした。
「俺の本気の本気を見せてやるから喜べ! ええ、下級生!?」
青木は『虚像』と『青』の真なる併用を開始した。
まずは『青』の武装型で青い色の鬼になり、金棒を両手に1本ずつ持つ。そして『虚像』を使って体をみるみる大きくしていった。
「ウグオオオオオォ……!」
巨大な青い色の鬼が吠える。それはまるで地鳴りかのようで、異次元空間を揺らした。
体長はおおよそ20メートル。そのサイズ故に、立っているのがやっとのようだ。巨大な青い色の鬼は両方の金棒を一気に下へ叩きつけるように振り下ろした。
「アアアアアアアアァ!!」
颯太も負けじと発狂し、両手に作った渦巻きを振り下ろされる金棒にぶつける。すると『破壊』しようにもサイズが大き過ぎて『破壊』しきれないようで、若干颯太が押され気味になった。
「アアア……ガッ!!」
金棒を両手で『破壊』することを諦め、颯太は一瞬だけ強い突風を足元に起こし、その勢いを利用して右足で金棒を蹴った。更に足で突風を起こし、金棒から弾け飛ぶように離脱する。
間髪入れずに突風で移動して巨大な青い色の鬼の左頬へ飛び蹴りをした。
すると、巨大な青い色の鬼は『破壊』されてバラバラに崩れていく……と思いきや、勢いよく破裂した。予想外の破裂に颯太は怯む。
青木の攻撃はこれで終わりではない。破片の1つひとつが両手で1本の金棒を持った青木に代わり「金棒を構えて急降下する青木」と「青い色の鬼に変わった青木」の2種類に分かれた。
急降下する青木達は暴風雨に巻き込まれそうになるが、そこを青い色の鬼達でカバー。そして金棒の代わりにバットを持った青い色の鬼達が、金棒を構えた青木達を颯太に向かって四方八方から一斉に打ち飛ばした。
雨が目に入って怯みそうになるが、青木達は我慢をする。突然に現れた多数の青木に対してまともな判断が出来ないのか、颯太は片っ端から突風で吹き飛ばしていく。
やがて吹き飛ばされなかった青木達が颯太の目前まで迫り、次々に金棒を横に振ったり、下に振り下ろしたりした。
颯太が防御に回る。しかし、抑えきれる数は限られていて攻撃を受けてしまう。
「ア……ガッ、アガッ!」
もし、颯太が暴走せずに正気であったら攻撃を受けることがなかったかもしれない。理性を失っているからこそ、颯太の行動には合理性がない。
青木はそこを突いたのだ。
しかし、暴走した颯太とて、ただやられるだけの存在ではない。鬱陶しい青木達をまとめて排除するべく、自分を中心にして竜巻を起こした。颯太は竜巻の殻に篭ったのだ。
いくら青い色の鬼に打ち飛ばさせて勢いを付けても、颯太の竜巻には手も足も出なかった。更に、青木の予想に反して竜巻に巻き込まれた青木達は、巻き込まれた瞬間に『破壊』されて消えた。
地面で待機する青い色の鬼達と青木本体が残った時点で颯太は竜巻を止めた。空中移動の手段を持たない青木が空中から落下してる隙を狙って、颯太は急接近した。
「くそってんだ、ええ、下級生!」
青木は近付かせまいと金棒を振る。しかし、颯太の左手に『破壊』され、右手の拳が青木を襲った。
それは明らかに顔を狙ったものだが、青木はどうにかギリギリ左腕でガードした。その瞬間、ガードした左腕の骨が折れた。骨折の痛みで青木の目に涙の粒が溜まる。
颯太は「今度こそ」と言わんばかりにとどめを刺そうとしつこく迫る。話の通じない猛獣……いや、最早自然災害を前に青木は生還を諦めた。
「ふーた、ストップ!!!」
突然大声をあげた唯香に驚いて青木は目を見開いたが「どうせ無駄だ」と思った。いざ迫りくる颯太を見ると、やはり敵意むき出しのままだった。せめて目に映る恐怖の記憶からは逃れようと目を瞑る。
颯太の左拳が青木を捉える瞬間、死を覚悟するほどの激痛が走る。……と思いきや、自分が緩やかに降下していくのを体感した。
「…………!?」
青木が再び目を開けると、敵意むき出しだった颯太は第3の目を開眼させたまま、従来の両目に黒目が戻っていた。どうやら唯香が発した声には効果があって、颯太を正気に戻したようだ。
颯太が下から起こしている風が、2人の降下を緩やかにしていた。
「骨を折った感触に憶えがある。……これ以上、やらなくても充分懲りたよなぁ?」
青木が辺りを見回すと、既に暴風雨も消えていた。まだ空中に残っていた小さな水滴が宙を舞い、キラキラと光っている。
「……負けを認める。まあ、悪くない敗北だな。ええ、下級生?」
「知らねーな。生憎と、俺は敗北したことねー」
「ならば一層、先輩を敬えよ? ええ、下級生?」
「チッ……」
颯太はあからさまな舌打ちをした。青木が強がりで痛みを誤魔化すように再び目を閉じる一方で、唯香は正気に戻った颯太を見て胸を撫で下ろした。
やがて颯太と青木が緩やかな着地を果たす直前、3人はこの異次元空間から姿を消した。
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気付けば颯太と唯香は元の同じ場所に戻っていた。しかし、戦闘前と違って目の前に青木はいない。
暴風雨によって濡れた服も元通りに乾いているので、心身の疲れ以外、不快に思えるところは無かった。颯太の額にあった第3の目も今は姿を消している。
「うっ……はぁぁぁ」
颯太は戦闘の疲れが出たのかその場に座り込んだ。そんな様子を見て唯香が微笑む。
「ふーた、お疲れ様!」
「…………ああ」
颯太の素っ気ない返事に唯香は口を尖らせた。それは颯太の照れ隠しとかではなく、颯太の意識が唯香の言葉ではなく別の方向に向いていたからだ。
颯太は自分が暴走した瞬間のことを思い出す。
―――が、はっきりとした風景は思い出せない。というよりも、身体が勝手に能力を使って暴れている一方で颯太は「内なる自分」と対峙していたのだ。
颯太が持つ『破壊』の代償は「破壊そのものを楽しんでしまうこと」。それはつまり、言い換えれば「人らしさを壊してしまうこと」でもある。
能力に目覚めた際、もう1人の自分からちゃんとした説明を受けていたつもりで、実は案外大事な部分……もう1人の自分にとって都合の悪いことは隠しているのではないかと思えてきてならない。
「ま、今考えることでもねーか」
「ん?」
颯太の独り言を聞き逃してしまったのか、唯香がそれを聞こうとする。しかし、颯太はそれを無視して詩織達の後を追いかける為に立ち上がろうとした。
「…………あぁ?」
結果として、颯太は立ち上がれなかった。立ち上がろうとすると、まるで目が回ったような感覚に陥るからだ。
「え、どうしたの? ふーた?」
「くそっ、立てねー」
何度もトライするが一向に立ち上がれない。唯香はそれを見て「クスッ」と笑うと、颯太の横に座り込んだ。
「ちょっと、休憩しよっか」
「あぁ? 何言ってんだよ、早く追わねーと!」
「いいの、いいの!」
唯香はそう言って、両手で颯太の頭を抑えるとそれを自身の腿にまで持っていった。
これすなわち「膝枕」。
「あ? ちょっ、おい!」
颯太は抵抗して起き上がろうとするが、今度は起き上がることすらままならない。
唯香は右手で颯太の頭を優しく撫でる。
「ふーた、いっつもありがとね」
「んだよ、改まって」
「ふーたは昔から私を守る為に戦ってくれる。今回は青木先輩っていう強敵相手だったから、きっと疲れちゃったんだよ」
「だからって、止まってる場合でも……」
右手で颯太の頭を撫でながら、今度は左手で颯太の両頬を掴んだ。颯太の口がアヒルのように尖る。
「言ったでしょ? 私たちは黒山先輩を取り戻す手伝いが出来ればいいの」
颯太の抵抗が小さくなる。目を見てみると、閉じそうになる瞼に抵抗している。
「だから、少し休憩! おやすみ、ふーた……」
唯香は両頬を掴んでいた左手を離し、それを颯太の両目を覆うように乗せる。そしてどかすと、颯太は深く呼吸をしながら眠りに落ちていた。
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「あっ……! ああ、良かったぁ!」
颯太と唯香と青木を異次元空間から脱出させることが出来て、水流迫真波は椅子があるにも関わらず、床にへたり込んで安堵した。
ここは「水の部屋」。水流迫が能力の行使に集中しやすいようにこの場所を選んだ。それと同時に、詩織達を迎撃する為の能力者達が集まるところでもあった。
水流迫の目の前左に1つの水晶玉が浮いている。正確には水晶……石英ではなく、水流迫の能力によって作られた水の玉だ。その水の中には小さな不死鳥と小さな炎を纏った男がいる。
先に入った3人を脱出させることが出来たとはいえ、まだ能力を行使している。故に、まだ気を抜くことは許されない。
水流迫は骨折の痛みを訴える青木が虹園の部下に手助けされながら立ち上がったのを見て、椅子に座り直した。
「ご、ごめんね、青……。早く出してあげられなくて」
能力行使状態を維持しながらオドオドした口調と表情で青木に謝罪を述べた。水流迫は色の能力者でありながら傲慢さを一切持たない。逆に、どんな状況でもこうしてオドオドしているのが水流迫の性格だ。
青木はそんな水流迫の謝罪に対して右手の肘から上を上げることで応えた。
「あ、あの男子、やばいよ! あんな風に暴れられたら……!」
「ん、ああ。わかっている。ええ、水?」
水流迫は颯太の暴走を見てかなり衝撃を受けたようだ。
水流迫の作る空間は姿形を自在に変えることは出来ないが、水流迫の意思で中に入れた人を出すことは出来る。しかし、颯太が起こした暴走は水流迫にとって2つの問題を生み出した。
1つは颯太を暴走した状態で強制解除すれば、颯太がこの建物を『破壊』してしまう可能性が大だったこと。もう1つは暴風雨によって異次元空間の姿形に干渉されている為、異次元空間そのものを維持するのに精一杯だったことだ。むしろ、2つ目に関しては「一切干渉不可状態」だったと言っても過言ではない。
水流迫の説明を最後まで聞かずとも、青木にはそれがわかっていた。
だが―――
「曲者に敗れ、のこのこと逃げ出してきたのかえ?」
雅色の着物を着た女。紫雲寺薫は青木の敗北が気に入らなかったようだ。水流迫が覇気のない声でそれを咎める。
「ちょ、ちょっと紫! そういう言い方は……」
「お黙り。……ま、足止めを果たしただけでも良きかな。残りの曲者は妾が仕留めてみせるわ。それと水、妾のことは紫ではなく雅とお呼び」
紫雲寺はそう言い残して詩織達を迎え討とうと歩き出す。カーペットと足が擦れる音だけが聞こえ、青木は紫雲寺を呼び止めた。
「待ちな。ええ、紫?」
「……何か?」
色の能力者同士が仲良いとは限らない。青木と紫雲寺は特別仲が良いわけでもなければ悪いわけでもない。しかし、青木を見る紫雲寺の目は完全に見下したものだった。
そんな紫雲寺に青木は警告をする。
「奴ら、思った以上に強いぜ? せいぜい、油断しないようにするんだな。ええ、紫?」
「ふん。余計なお世話じゃ。其れよりも妾を雅と呼べるよう、練習しておくとよいぞ」
紫雲寺は扉をあけて部屋から出た。扉が閉まる音を確認してから、青木は虹園の部下と共に怪我の治療をすべく病院に向かった。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
1つひとつのシーンを描写するのに精一杯で話があまりちゃんと進んでないような……? と感じる今日この頃です。
来週は火対決を書きます。余力があれば、紫雲寺にも活躍してもらいませう。
それではまた来週。次回もぜひ読んで下さい!




