消失する黒の存在 part18
一方その頃、廊下では。
「消えた!?」
目の前で起こった現象に、奈月が驚愕を口に出した。
驚いたのは他のメンバーも同じだが、白河だけは冷静に自分達が進むべき道の先を見据えている。
「皆んな、先へ進もうか」
白河の提案に一同は更に驚いた。戦力分散のリスクという意味ではなく、一緒に来た仲間を置いていくという選択肢が理解出来なかったからだ。
「ふ、2人を待った方がいいんじゃないの!?」
詩織が声を荒げて白河に言った。しかし、白河はわざとらしく残念そうな顔をして首を横に振った。
「今のは水……水流迫という僕達と同じ、色の能力者の仕業だ。彼女の能力によって青を含めた3人は異次元空間へ飛ばされ、そして戦っているはず。彼らの勝敗が決するのを待ちたい気持ちはわかるけど、それがいつなのかわからない以上、ここで足を止めているほどの時間はないと、僕は思うんだけどね」
つい、一昨日に颯太と青木がぶつかり合い、その勝敗を知っている白河が「待たない」と言ったのには他にも理由がある。
水色を司る水流迫真波は『全てを浄化する為の水』という能力を持っている。青木と颯太と唯香を別次元に飛ばしたのはこの能力の効果ではあるが、より厳密に言うとこの能力には「必要なものと不必要なものを分別し、必要なものだけを固めておいておく」という効果がある。
その別次元には水流迫が必要だと分別したもの以外が入ることはできないし、存在していない。それはつまり、外では建物や通行人などの制約で本気を出せない重度の中二病患者にとって「制約がなく本気を出せる場所」ということでもある。
まさに青木はそれに当てはまる存在であり、一度は外で颯太に負けたとしても、水流迫の能力によって別次元に隔離された以上、真の本気が出すことができる。その場合、勝敗の行く末は誰にもわからないし、それがいつなのかもわかることができないからだ。
ただし、川の水がやがては海に合流するように、水には流れがある。それは水流迫の『水』にも言えることである為、例え勝敗が決することがなくとも、いずれは強制的に解放される。それは最長で12時間。それこそ待っていることなど出来はしないが、そういった意味では気休めであっても、颯太の方が有利ではある。
「白河くんの言う通りだと思うよ! 大丈夫、ふーたくんならきっと勝って戻ってくる!」
意外にも賛成したのは真悠だった。その言葉に諭されるかのように、皆続いて相槌を打った。
「それじゃあ、先へ進もう」
白河がそう言ったのをきっかけに、再び歩き出した。
白河がいたという「白の部屋」と黒山がいるという「黒の部屋」は隣同士だったというが、それにしては随分と間隔が開き過ぎている。
この建物は外から見た見かけ以上に、どうやら広いようだ。
青木の次に、また誰かが待っていたとは白河でさえ予想出来なかった。
「白、お前はここで一体何をしている?」
彼女も青木と同様に、既に戦闘の準備が出来ているようだ。真っ赤に染まった長い髪は、王者の風格を出している。
白河以外、その存在感の大きさに後退りした程だった。
「そう言う赤こそ、こんなところで何をしているんだい? 虹園光里の御守りはしなくていいのかな?」
「今現在、その必要はない。私のすべきことは侵入者の排除であり、光里様の邪魔をさせないことだ!」
「全く、僕は君を理解出来ないよ。どうしてそこまで虹園家の犬になれるんだろうね。虫唾が走るよ」
「私にとっては、お前を理解することが出来ないな。忠義の欠けらも持たない不逞の輩にどうして成り下がれるものなのか」
「僕は自由を謳歌しているだけだよ。君は時代遅れだねぇ、憐れみ……憐れみ……」
「馬鹿にするな!」
目の前にいる赤の女……赤羽根が右手を左から右へ、邪魔者を退けるかのように振ると、白河を始め一同は熱風に襲われた。
しかし、白河は平然と笑って立っているだけだ。
「皆んな、こんなのは雌犬による単なる虚仮威しだよ。僕にとってはくだらないが、忠義を重んじる赤がこの建物を燃やすような攻撃をするはずがない。……そうだろう?」
「お前ら全員をここで燃やし尽くしたい気持ちは山々だが、お前の言う通り、ここを燃やすわけにはいかない。仕方がないから、少しずつ排除させてもらうことにしよう」
赤羽根の炎が髪や服に燃え移っているように見えるが、それらが燃えて消えるような雰囲気は一切見えない。
そんな中、白河は一同の方へ振り返り、現状を説明した。
「そんなわけで、2回目となれば予想出来ると思うけど、再び水の能力で異次元に飛ばされる。幸いなことに、能力の性質上全員を飛ばすことができないから、誰かが赤の相手をしなければならないんだけど……」
「俺が行く」
白河の説明を聞いて、真っ先に立候補したのは鎌田だった。
「いいのかい? さっきと同じように僕達は君を置いて先に行くが……」
「構わねぇぜ。あの女、さっきから俺達を燃やし尽くすだの喧嘩売ってきてやがる。この喧嘩、買わねぇわけにはいかねぇだろうがよ」
「……わかった。健闘を祈るよ」
「はっ、負ける気がしねぇな! その代わり、ちゃんと透夜を連れ戻してこいよ」
白河に続いて鎌田以外の一同が力強く首を縦に振った。
それを見て「ニヤッ」と笑った鎌田は赤羽根を睨みつけ、履いているカーゴパンツのポケットに手を突っ込んで前に出る。
「てめぇ……さっき、燃やし尽くすだとかどうとか言わなかったか?」
「ふっ……。ああ、言ったとも。お前1人が前に出たということは、まずはお前から燃やし尽くせばいいということなのか?」
「はっ……ははは! 上等じゃねぇか! 最高の啖呵だぜ、それ! やれるもんなら……やってみやがれ!!」
鎌田が赤羽根に向かって駆け出す。その瞬間、青木や颯太達と同様に突如この場から消え去った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぉりゃああああ!」
深海のような風景など気にすることなく、鎌田が開幕から出した技は「炎拳剛波」。鎌田の右拳から出た拳の形をした大きな炎が赤羽根に向かって放たれた。
その大きさ、発動速度は以前よりも向上している。
「くっ!」
赤羽根を驚かせるのには十分だった。赤羽根は急いで両手を前に出し、鎌田の「炎拳剛波」と勝るとも劣らない大きな火炎放射を放った。
2つの炎がぶつかり合い、せめぎ合う。
「うおおおおおおお!」
「はあああああああ!」
その結果。互いの技は破裂し、そこから発生した突風に赤羽根と鎌田は吹き飛ばされた。
赤羽根は辛うじて転ぶことなく、後ろへ飛ばされながらも足を地面に着けて擦らせ、止まった。その直後、右手に赤い灼熱の剣を発生させ、鎌田をその剣で仕留めようと走り出した。
一方、鎌田は仰向けに転んでしまうも、咄嗟に後転して立ち上がった。灼熱の剣を右手に持って走ってくる赤羽根の姿が見えたので、それに対抗する為、鎌田は炎を右手に集め、炎を放出させると先端を尖らせた「炎槍」を作り上げ、迫り来る赤羽根に向かって炎槍を突き刺した。
予想外の攻撃であっても、赤羽根は対応した。灼熱の剣で鎌田の突きを回避し、返す刃で鎌田を襲う。しかし鎌田の動きも速く、右拳に近付くにつれて広く円になっている部分で灼熱の刃から身を守った。
灼熱の剣と炎槍の鍔迫り合いとなるが、鎌田は鍔迫り合いなどするつもりはない。左手で火球を握り、それを赤羽根に向けて投げつけた。
その火球は剣の鍔に当たって破裂した。その隙を突いて、鎌田は後ろへ跳ぶと1度、赤羽根との距離を作った。
赤羽根は灼熱の剣先を鎌田に向けたまま、話しかける。
「ふう。まさか、お前も炎の使い手だったとは。最初こそお前の言っていることが理解出来たなかったが、成程。確かにお前にとって私の言葉は挑発に聞こえるな」
「あれが挑発のつもりじゃねぇとか、どんだけ言葉のチョイスにセンスがねぇんだよ。けどまあ、口程にあるじゃねぇか」
「ふっ……。だが、勝つのは私だ! これ以上、光里様の邪魔をさせない!」
「上等じゃねぇか。けどよ、俺にも勝たなきゃならねぇ理由がある。透夜は認めてくれねぇだろうが、それでも1度……いや2度、拳を交えたダチだ。ダチを助けるために俺ぁ、てめぇを倒すぜ?」
互いに引けない意思を見せ合うと、赤羽根は灼熱の翼を背中に広げた。燃え盛るその翼は、不死鳥を連想させる。
灼熱の翼を羽ばたかせ、ふわりと舞い上がり、そして剣先を前にして突進し、鎌田を襲う。
「そぉりゃぁっ!」
それに対し鎌田は声に出して気合を入れると、炎槍を解除し、代わりに「炎盾」を炎で作り出した。その盾は鎌田1人を丸々守ることができる程の大きさを誇っているが、それは同時に小回りが効かないことを意味している。
しかし、赤羽根は猛スピードで炎盾と激突した。火花の代わりに火の粉が周囲を舞う。
炎盾の防御力よりも赤羽根の攻撃力の方が1枚上手だった。灼熱の剣先は炎盾を貫通し、鎌田に突き刺さろうとする。
「くそっ! ……なんてなぁ!」
「っ!?」
貫通し切ったその瞬間、炎盾は大きく爆発した。だが、その爆発は炎を纏っている赤羽根にとって痛くも痒くもない。爆発で少しの間、視界から鎌田が消え去るが、当てずっぽうでも赤羽根は灼熱の剣を横に薙いだ。
灼熱の剣は何かに当たった。しかし、それは赤羽根の知る限り、肉を切り裂く感覚ではない。
視界が晴れる。すると、そこには確かに鎌田がいるが、剣撃は見事に防御されていた。
「武装型は……イメージ」
かつて、黒山に教わったコツを自分に言い聞かせるように呟く。鎌田の体は灼熱の剣を防御した右腕から広がっていくように炎の鎧が形作られた。
黒山の「拒絶弾」のような非実体的な攻撃を防御するために編み出された「炎騎士」。それに対し今回、赤羽根が使った灼熱の剣のような物理的な攻撃を防御するために新しく編み出された「炎鎧」。
前回が「騎士」のイメージに対して、今回は「武者」のイメージだ。
だが、鎌田の新たな「全身武装型」はこれだけに留まらなかった。
鎌田が抜刀の構えを取る。すると、そこに炎が渦巻き、やがて真紅の太刀が現れた。
「へっ! こいつを見せるのはてめぇが初めてだぜ? 受け取りやがれ……俺の本気をよぉ!」
背中に備え付けられた筒が炎を吹き出し、鎌田は猛スピードで赤羽根に迫った。そして真紅の太刀を抜刀し、すれ違いざまに一閃。まるで空間をも切り裂くようなその一閃に赤羽根は驚かされたが、それでも黙ってやられる赤羽根ではない。
彼女とて、純粋な戦闘力では色の能力者の頂点に君臨する。名実ともに王者である赤羽根は鎌田の一閃を両手で持った灼熱の剣で防御し、振り返って叩きつけるように灼熱の剣を振るった。
鎌田も抜刀術1つで倒せるとは思っていなかったのだろう。同じように真紅の太刀を振り下ろそうとしていた。
互いの剣がぶつかり合い、火の粉が散る。今度は互いに押し退けようと鍔迫り合いになり、2人が本気を出せば出すほど、それに連動して剣にも炎が燃え移る。
腕力では女性である赤羽根の方が分が悪い。鎌田に押し負け、若干後ろに下がってしまうが、続く鎌田の横薙ぎにも対応して更に半歩下がって回避した。直後、反撃に右下から左上に向かって剣を振るうと、その剣筋をなぞるかのように炎が燃えた。
それは攻撃というよりも目眩しの効果があり、ほんの少し鎌田の視線から消えた瞬間を狙って、空に飛び上がると、鎌田を見下ろした。
「機動力は大したものだが、果たしてこれは避けられるかな?」
「ああん?」
鎌田が真紅の太刀を構え直した瞬間、赤羽根が再びその場から消え去った。
―――と思うと、赤羽根は鎌田の右斜め後ろに移動していた。
鎌田がそれに気付いた時には遅く、最初の斬撃が鎌田の鎧にぶつかった。鎌田は負けじと反撃を試みるが、そこには既に赤羽根の姿はない。今度も後ろかと思い、素早く振り返るが誰もいない。その瞬間、今度は斜め上から頭を叩きつけられた。
「ってぇ!」
いくら「炎鎧」で身を守ろうとも、衝撃を殺し切ることはできない。特に頭の衝撃は、想像していたよりもなかなかに痛いものだった。
「くそがっ!」
鎌田は出鱈目に真紅の太刀を振り回す。しかし、それが赤羽根に当たることはなく、今度は背中を蹴られ、うつ伏せに倒れた。
「くほぉっ!」
トドメとばかりに赤羽根が鎌田の背中を目掛けて、急降下で剣を突き刺そうとする。
防御する術もなく、簡単に起き上がれない鎌田の背中を赤羽根の灼熱の剣が貫いた。
赤羽根は「勝った」と思った。しかし、その割には剣に背中を貫いた感触がない。
「なーんてなぁ!」
「なにっ!?」
鎌田の声が聞こえた瞬間、刺されたはずの鎌田は揺らいで消えた。それに目を奪われていた赤羽根は周囲への注意力が散漫しており―――
「お返しだぁ!」
頭上からの鎌田の攻撃に対応することが出来ず、真紅の太刀による峰打ちを頭に喰らい、赤羽根は衝撃で意識を失った。
「やれやれってなぁ!」
鎌田はうつ伏せで倒れた直後に「陽炎」を使っていた。タイミングがずれれば相手にバレてしまう、所謂「幻影の身代わり」だが、背中に灼熱の剣先が刺さる直前に悟られず離れられることが出来たので、どうにか反撃の隙を作ることが出来た。
「陽炎」はこうした1対1で相手のみを意識しなければならない状況にはかなり有効である。もし、他に誰かがいて、赤羽根が他の誰かによる攻撃を懸念していたとしたら「陽炎」は成功しなかった。
「さーて、どうやって合流したもんかな」
鎌田が気絶した赤羽根に背を向けて、辺りを見回していると、気絶したはずの赤羽根が音も立てずにゆらりと立ち上がって、浮かび上がる。
そんな赤羽根に気付かなかった鎌田は、圧縮された炎の圧を背中に受け、吹き飛ばされた。
「ぐおっ!? いってぇなぁ!! ……ああん?」
鎌田が起き上がって凝視した先、そこには不死鳥が炎の息を吐きながら翼を羽ばたかせていた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
本当は颯太と青木の戦いの続きを書こうと思ったのですが、先に白河達の行動を書いているうちに鎌田と赤羽根がバトり始めちゃって、書けませんでした……。
それではまた来週もぜひ読んでください!
作品には関係のない話です。
目黒女児虐待死のニュースを最初に見たとき、心を痛めたと共に父親に対する怒りが湧きました。
そして今日、母親の初公判詳報を読んだのですが、私は更に心を傷めることになります。虐待そのものもそうですが、結愛ちゃんが許されよう・愛されようと必死になっている姿が、彼女の書いた文と部屋に貼ってあったという決まりごとの紙。そしてまだ小学生にもなっていない女の子では難しかろう九九の表等から想像出来てしまう、伝わってきてしまうのです。私の想像以上に、結愛ちゃんは必死だったかもしれません。
このような悲しい出来事がきっかけとなって法改正がされたわけでございますが、こうして起きない限りは対策樹立することが出来なかったのが悔やまれてなりません。
彼女にとっての冥福が何なのか、それはわかりませんが、それでも「あの世」があるのであれば、私は、私には想像し得ない彼女の幸せを祈ります。それと共に、この悲劇を絶対に忘れることなく、自分に子が出来たとき、目一杯の愛を注ぐことを誓います。
悲劇に対して、あまり美しい言葉で飾るのは良くないように感じられますが、どうかこれを読んでくださった皆様も胸に刻み、忘れないで欲しいです。
真実は当事者にしかわかり得ないことですが、読んだ感じだと母親も夫婦間という見方では被害者であるように感じられます。
もちろん、親としては加害者なのでしょうが「父と母の権力が対等ではない」という状況を避けなくてはならないことも、今後の私の人生において1つの教訓として胸に刻みます。
初公判詳報を読むまでこの悲劇を忘れていた自分が、私は恥ずかしくてなりません。




