消失する黒の存在 part17
白河が提案した作戦を実行する為、一同は翌日……日曜日の早朝に旧・虹園塾へ再度集合した。
流石に針岡1人で移動させられる人数ではなかった為、針岡は部下の中澤をも巻き込み、車2台で色の能力者が集う会議室のある場所へ一同を送った。
本来なら立ち入り禁止とされたその建物へ、立ち入る資格の無い者達が入っていく。その様子を見送りながら、中澤は針岡に問い掛けた。
「良かったんですか、針岡さん?」
「まあ、良くはないだろーなー」
まるで後先のこと等考えてないかのように針岡は答えた。その態度が中澤を不安にさせたが、その不安は針岡にもしっかり伝わっている。
「……お前さんは、俺に指示されてやったと答えりゃいい。それによー」
「…………?」
「白河現輝の能力によって本来の記憶を取り戻すことができたけどよー、そんな強引な方法を知らないところで取られてるって思うと、ちょっとムカつくよなー」
青木によって知らずのうちに記憶をすり替えられる前、針岡は各書類にある黒山透夜の名前を青木修平に変えるよう、指示を受けていた。その当時は疑問に感じていたが、ただひと言「上からの指示だ、従え」と言われていただけなので、それに従ってきた。
しかし、記憶がすり替えられた後は、それが「ただの訂正」だと勝手に解釈することが出来てしまったので疑問に思うことが出来なかったし、逆に「何故、透夜の名前を入れてしまっていたのか」というミスの原因へと目を向けるところが変わってしまったので、正しい記憶が戻った今、名前の訂正をする際に感じた疑問を打ち消す真の答えが自ずと見えてくる。それを考えると、針岡の心は怒りでいっぱいになった。
「それは、わかる気がしますが……」
中澤も、少々強引な手段を取ろうとする虹園家に何かと不服に思うところがあったのだろう。針岡の真意を知らずとも、その気持ちには共感した。
そんな部下の様子に、針岡は少し誇らしげに鼻を鳴らす。
「ふっ。まあ、ちょっとした反抗だー。たまにゃ、部下の反乱を恐れるようになってもらわねーとなー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これから突入するけど、準備はいいかい?」
白河は一緒に来た詩織、真悠、奈月、沙希、唯香、颯太、鎌田の7人に問い掛けた。この場にいない奏太は充と共に留守を守ることになっている。
7人はほぼ同時に首を縦に振った。
「それと、梶谷詩織さん。例のモノはちゃんと持ってきてくれたかな?」
「う、うん。もちろん」
詩織が白河に言われて鞄から取り出したのは、以前黒山に渡された御守りだ。本来は詩織と真悠に1つずつと渡されたものだったが、自己防衛力が備わってしまった真悠には無用のものとなったので、まだ使用していない真悠の分は詩織が持っている。もう1つ、詩織の分は既に使用済みで御守りとしての機能はない。
「その御守りは今回の作戦に必ず必要となるものなんだ。しっかり持っていて欲しい」
「うん、わかった」
「よし、それじゃあ……行くよ!」
白河が入り口の扉を開けた。重いガラス製の扉がゆっくりと開かれていく。
続いて、正面に見えた会議室の扉を開けようとする。しかし、鍵が閉まっていた。
「……やっぱりか」
白河は開かない扉を見て、そう呟いた。その呟きの意味を理解できていない7人に向け、説明をした。
「予想はしていたけど、やっぱりあっちは僕達の動きを察知していたようだね。まあ、伊達に重度の中二病患者を取り締まっていないということさ」
そこで颯太が首を傾げた。
「こんな扉、ぶっ壊せばいいだろ」
そう言って、颯太が右手で扉に触れようとする。それを見た白河は慌ててそれを止めた。
「ま、待って、落ち着いて」
「あぁ?」
颯太は性格と持っている能力上、まだるっこいのが嫌いだ。だが確かに、颯太の言う通り扉を壊してしまえば突破するに楽だと言える。
それでも、白河は左手を『白』と『容赦』で武装型を発動させ、颯太の右手を掴んで止めたのだ。
「黒にどういう意図があるかわからないけど、君と唯香の能力は何故か伏せられて報告されていないんだ。もしかすると、君達2人の能力が切り札として使えるかもしれないから、その時まで隠しておいて欲しい」
「…………ちっ」
颯太は気に入らない様子だったが、それでも一応納得したようだった。唯香がフォローに入って颯太をどうにか宥める。
そんな颯太を唯香に任せ、白河は周囲を観察した。
左右を見ると、左側は厚い金属の非常用扉で頑丈にロックされている。本来は不審者の侵入や火災の広がりを防止する為のものではあるが、虹園家は何かしらの意図があって使用しているようだ。
だが、白河には1つ解せない点があった。黒山のいる部屋「黒の部屋」に行くには入り口を入って右側に行く方が近いのだが、何故、敢えて「黒の部屋」に近い方へ行かせるのか。
「……右側へ行こう」
意図はわからないが、白河は7人を右側へ誘導した。こちらも非常扉が閉まっているが、中央の小さなドアが半開きになっている。明らかに怪しく見えるが、どちらにせよ左側から回っていくことが出来ないので右側から行くしかない。
その小さな扉を開けて、潜るように通っていくと、そこには「白の部屋」に続く入り口があった。名前が表記されているわけではないが、扉の色が真っ白だったので、誰にでも大体の予想はつく。
「白河君も、ここにいたの?」
その扉を見て、詩織が問い掛けた。白河は寂しそうに微笑んで首を縦に頷く。
「僕もここにいた。中央の部屋は今、会議室として使われているんだけど、元々は僕達……色の能力者が皆んなで食事を取る場所だったんだ。僕達が部屋を出ることが許された時間は、食事の時と学校の時だけ。あとは体術を学ぶ時だったかな。遊びに行くことも許されなかったから、小さい頃はそれ以外の時間をずっとここで過ごしていたんだぁ」
そう言って白河は「白の部屋」に続く扉を開けた。会議室の扉と違って鍵が閉まっていなかった。
白河が先に入って明かりをつける。すると、白河に続いて部屋に入った7人はほぼ一斉に驚いた。何故なら、その部屋は「潔癖」と言っても良いほどに真っ白な部屋だったからだ。
「……僕の部屋なんてまだマシな方だったと思う。この部屋以外は僕も見たことがないんだけど、僕達を色の能力者にした人達……虹園家はこうやってそれぞれ対応した色の部屋に入れることで、能力に目覚めさせようとしたんだ。だけど、こんなのはとても人道的とは言えない。自由がないからね。だから、この場所に触れることは禁忌とされているんだよ」
白河の説明を受け、完全に理解出来た人はあまりいなかったようだ。そもそも、それを経験したことがない身として、それが理解出来るかどうかと言えば、難しい話だ。
そこで、鎌田は白河に1つ疑問を投げかけた。
「んで、何でわざわざここを立ち入り禁止にしたんだ? そんな過去を知らなけりゃ、どうってこたぁねぇだろ? 俺は前に、透夜からこの場所に関して脅かされてたからよぉ」
白河は横目で鎌田を見た。
「黒の警告は間違ってなかったんじゃないかな? いくら、国から秘密裏に許されている組織と言えども、この方法は褒められたものじゃない。この場所の存在を誰かが外部に漏らすことがあれば、必ず誰かが調べようとする。重度の中二病患者という存在自体を公にしていない以上、その対策として作られたこの場所も知られるわけにはいかないんだよ。……それに」
「それに?」
白河はその先を話すかどうか悩んだ。その話が拡散されてしまおうが白河にはどうでも良いことではあるが、その話の惨状を想像させるにはあまりに酷く感じるからだ。
だが、この先にある白河の目的を果たすためには遅かれ早かれだと思って、話すことにした。
「うん。それに、僕達はあくまでも『成功例』であって、そこには『失敗例』も存在しているらしい。僕はその人達を知らないし、見たことがないからわかったようなことは言えないけど、それを調べられて知られることが、虹園家としても都合が悪いんだと、僕は思う」
白河の中で「比較的マシ」だと思われている「白の部屋」で驚いた7人は、その『失敗例』がどういうものか想像した。
この、色の能力に目覚めさせる方法は精神的にかなりダメージを受けることが想像される。その『失敗例』は精神的に崩壊した末、一体どうなってしまうのか……。
7人はゾッとした。
「さて、僕がいた部屋はこんなところでいいよ。まずは出ようか」
白河に続いて、7人も「白の部屋」を出る。その正面にはまた会議室に続く扉があるので、白河は一応開けてみようとしてみるが、やはり鍵は閉まっている。
「困ったな……」
白河が困ったような顔をして呟いたので、真悠が「どうしたの?」と尋ねた。
白河は本当に困った様子だった。
「僕達、色の能力者はお互いに色の気配を感じることが出来るんだけど、どうにもこの建物は黒の気配で充満してるんだ。これでは黒の居場所もわからないし、潜伏しているかもしれない色の能力者がどのタイミングで出てくるかわからない。申し訳ないけど、各々警戒して欲しい」
7人は再び一斉に頷いた。そして、白河は会議室の扉を諦めて、円に沿って曲がっている廊下を再び歩き始めた。
「僕と黒は部屋が近かった。次にあるのが黒のいる場所なんだと思うけど……」
白河がそう説明していると、丁度「白の部屋」と「黒の部屋」の中間位の場所に誰か立っているのが確認出来た。
その男は、正しい記憶が戻った今でも、全員の記憶にある者だ。
「まさか、こんなところで会うとは。ええ、皆んな?」
そこにいたのは、既に戦闘態勢に入って髪色が青になっている青木だった。
白河が前に出て、微笑む。
「やあ、青。僕も驚いたよ、まさか君がここにいるとはね」
「それは俺の台詞だ。まさか、裏切るとはなぁ。ええ、白?」
「僕からすれば、今も君達が虹園家に従っている意味がわからないよ。……さて、邪魔をするのは結構だけど、この人数とプラスして僕がいる中で君が勝てると思っているのかい?」
「ははっ、まさか! 白のことだ、予想はしてるんだろうが俺以外にも召集が掛かっている。もちろん、全員とはいかなかったけどな。ええ、白?」
「……成る程ね」
白河が他の7人にはわからない納得を示した直後、颯太と唯香の視界が揺らぎ、廊下から颯太と唯香と青木の3人が消えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこは「幻想的」というのに相応しい場所だった。
足は地に着くのに、周りはディープブルーに覆われている。アクアリウムを彷彿とさせるが、本当に深海にいるのではないかと思わせられる。
颯太と唯香はそのドーム状の中央に並んで立っていた。
「ふーた」
「あぁ?」
「なんだろ、ここ。凄く綺麗な場所だね」
「……いや、何感動してやがる。さっきまで俺達は廊下にいたはずだろ」
「確かにそうだけど……せっかくなんだから綺麗な場所を満喫しないと勿体無いよ」
「はあ……能天気なやつだ」
颯太と唯香が辺りを見回していると、僅かな水を踏む音が聞こえた。そこにいたのは、廊下で立ちはだかった青木だった。
「敵ながら、それは同感する。ええ、下級生?」
唯香は颯太の陰に隠れるように1歩下がり、颯太は青木を鋭く睨みつけた。
「あぁ? 人の名前もまともに覚えられねーとは、馬鹿なのか? あぁ? 馬鹿なのか?」
「上級生に対して馬鹿呼ばわりするとは、本当に礼儀がなってないな。それと2回もとはな。ええ、下級生?」
「はっ、うぜー。んで? ここはどこで、何で俺達がここにいる?」
青木から青いオーラが滲み出ている。颯太は目配せで唯香を更に下がらせ、指の関節を鳴らした。
「もちろん、仕返しだ。そして俺は、その子を連れて梶谷の身代わりとし、やり直す。ええ、下級生?」
「懲りねー奴だなぁ。そんなに俺にぶっ壊されたいのかよ?」
青木は一瞬にして青い色の鬼になり、颯太は突風を起こして急激に接近した。振った金棒と颯太の右手が激突し押し合っている。
「ヨケナイノカ? エエ、カキュウセイ?」
「勘違いすんじゃねーよ」
颯太は右手で金棒を押さつつ、左手で金棒に触れた。すると、金棒は木っ端微塵になって消えた。
颯太は右手で金棒の力を『破壊』し、左手で金棒そのものを『破壊』したのだ。
「コレナラ、ドウダ? エエ、カキュウセイ?」
青い色の鬼は左右の手に1本ずつ金棒を作って握り、構えた。だが、それだけでは颯太には通用しない。
「本当に懲りねー奴だな。何度でもぶっ壊してやるよ」
「グフフフフ」
青い色の鬼は颯太の言葉に笑うと、分身して同じ青い色の鬼が増えた。皆が皆、明らかに颯太へ敵意を向けている。
『青』で武装型を発動させて青い色の鬼になっている一方で『虚像』を使って数を増やしたのだ。
「あぁ? うぜー」
颯太が驚きもせずそう呟くのと同時に、青い色の鬼達は一斉に颯太へ襲い掛かった。その数は目算で10体。颯太はその場で立って止まったまま、両手に小さな風の渦巻きを作って攻撃を待った。
読んで下さりありがとうございます!
ここだけの話、今週分を書き始めている時は「颯太の『破壊』で鍵閉まってる扉を壊せばいいじゃん」っていう発想がありませんでした。
ただ、書いているうちに円筒状の建物を攻略する際、わざわざ本命から遠ざける仕掛けをするのって現実的に考えると難しいなぁと思った瞬間、どれだけ扉が閉まってて鍵を掛けてあっても、颯太なら突破できるじゃん。と気付いてしまったので、急いで使わない理由を書き足した所存です。
まあ、最初に待ち受けていたのが青木だったので、あまり意味はなかったのですが、それは単なる結果論だと思ってください……。
それではまた次回!来週もよろしくお願いします!




