消失する黒の存在 part15
「ああああああ!」
生まれてこのかた17年。重度の中二病患者と戦い始めてから約10年。青木は空中で吹き飛ばされた経験は初めてだ。
故にどうしたらいいのかわからない。「武装型」で着地をすれば無傷で済むだろうが、その代わり建物を壊してしまう恐れがある。だからといって、このままでは着地に失敗して大怪我……最悪、死もあり得るだろう。
「ぬおっ!?」
どうしたものか考えていると、急に空中で誰かに抱きとめられた。白い翼が見えるが、それが充のものではないことは顔を見なくてもわかる。何故なら青木は明確に『白』の気配を感じたからだ。
出来るだけ人目につかないように速く。尚且つ、衝撃で足を痛めないように気を遣って降りた。
白河と青木が正面を向き合う。青木は自分自身が青い顔をしている一方、白河は優しく微笑んでいる。
「助かったぜ。ええ、白?」
「どういたしまして」
青木は白河に心から素直に感謝した。しかし、同時に疑問でもあった。白河が担当しているエリアがここから近いのは青木も知っていることだが、自分のエリア外……それも学校終わりにいるのが謎でならなかった。
聞いてはいけないことではないはず。そう思って、青木は白河に疑問を投げかけた。
「それにしても、なんでこんなところにいるんだ? ええ、白?」
「偶々だよ」
白河は微笑を崩すことなく即答だった。
青木は「嘘を吐くとは限らない」と思っていたが、同時に「嘘を吐かないとも限らない」と思っていた。当然、この時の白河が「嘘を吐いている」ということくらい青木にもわかっている……というより、白河は最初から「嘘を吐いている」ことを隠す気がなかったようだ。
追及するにも真正面からという手段は使えない。「嘘を吐いている」と指摘すれば白河と1戦交えることになりかねないからだ。これはどんな重度の中二病患者にも言えることではあるが、黒山の『拒絶』や白河の『白』とは相性が悪い。
今度は白河に対しての追及をどうしたものかと考えていると、白河が微笑んだまま意外なことを尋ねてきた。
「ところで、青。君は一体、誰に飛ばされてきたんだい?」
「んあ? 嶺井ナントカって下級生だけど? ええ、白?」
「へえ。それはまたなんでかな?」
「……何やら『男を引き寄せる体質』だかを持っているっていう女生徒を梶谷の身代わりとして協力してもらおうとしたら、そいつが邪魔してきたんだ。悔しいけど、俺の能力が通用しなかったもんで負けちまった。ええ、白?」
流石の白河にも今の情報には驚愕を隠せなかったようだ。微笑みが一変、目を見開いて驚いていた。
「そ、それはつまり、青の能力が2つとも通用しなかったってことかい!?」
「あ、ああ。『虚像』はすぐに『破壊』されてしまうし『青』による『恐怖』も克服されてしまったんだが。ええ、白?」
「……ばらしい!」
「……? ええ、白?」
更に白河の表情は変わった。まるで、世紀の大発見をした学者のような輝いた顔で地面を見ている。
「素晴らしい! ならば僕はこうしていられないな。それじゃあ、青。また!」
白河は『容赦』を使って再び舞い上がった。『白』を併用して白い翼を広げているのは、目的地へ到着した際に早く『白』による『帳消し』で着地したいからだ。
「お、おおう。ええ、白?」
青木は唖然として白河の行動を眺めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「「あ!」」
ポケットに手を突っ込んで歩く颯太の姿が見えた唯香と充は声と動きを揃えて颯太の元に駆け寄った。
2人に違った点があったとすれば表情だろう。当然とばかりに誇らしげな顔をしている唯香に対し、充の表情は驚きに満ちていた。
「あぁ? なに2人して変な顔してやがる」
―――と、2人の表情に対する颯太の評価に差異はなかったが。
「ふーた!」
「っ!!」
唯香は勢いよく颯太の左腕に抱きついた。颯太自身に抱きつかなかったのはまだ恥じらいがあってのことだろう。といっても、颯太を恥じらわせるのにはこれでも十分であり、困ったように赤い顔をしながら空いた右腕で自身の後頭部を優しく掻いた。
「あっ! ふーた、怪我してる……。大丈夫?」
颯太の怪我を見て、唯香は突然心配そうな顔に変わった。「本当によくコロコロ表情が変わる」だと颯太は思いながら「んなもん、いつものことだろ……」と呟いて唯香から目を逸らした。
「まったく、颯太には本当に驚かされるよ」
充も更に1歩近付いて話しかける。距離的には友達としては比較的普通なくらいだ。もう少し近寄っていたら「友達としては近い」くらいになるだろう。
颯太は充の顔を見て冷静な表情を取り戻した。
「あぁ? 別にどうってことねーよ」
「そうやって颯太は言うけど、相手は青木先輩だよ? 今まで何人もの重度の中二病患者を無力化してきた人なんだ。まさか本当に勝ってくるだなんて……」
「…………」
颯太は急に黙り込んだ。そして徐々に皺が寄っていく眉間を見た唯香と充の2人は、颯太の表情が見せる思案が気になった。
垂れる汗が気にならないほど颯太は考える。自分が持っている情報を2人に共有するのは良いが、2人が混乱してしまうのではないだろうか。或いは、笑って信じてもらえないのではないか?
そこが颯太を悩ませる唯一の点であるのだが、頭から垂れた汗が顎へと流れ、やがてアスファルトの上へと落ちた時、颯太は重々しく口を開いた。
「おい、2人とも」
「ん、なーに?」
「なんだい?」
3人は揃って真剣な顔をしている。普段平和主義で笑顔が通常である唯香でさえ、その表情は真剣そのものだ。
「俺は正直、あの青木って奴を知らねー。俺の記憶だと、ここを守ってきたのはあいつじゃなくて黒山透夜って奴だったはずだ。あの青木って奴は、ここら周辺に能力を使って記憶をすり替えてやがる」
颯太の「爆弾発言」とも呼べる発言に、予想通り唯香と充の2人は驚いていた。唯香はずっと信じられなさそうな顔をしているが、直後に充はどこか心当たりがあるような顔をした。
「にわかには信じがたいけれど……颯太の言うこともわからなくない気がするよ。確かに、今までここを守ってきたと言う割には、槙田さんの『体質』を頼ってきたりと、どこかおかしい気がするんだ」
「はっ! 流石はわかってんじゃねーか、充」
「でも私も簡単に信じられないかな……。まあ、今までと接し方がどこか違った気がするから、違和感を感じなかったわけではないけど……」
颯太が想定した程ではないが、やはり2人とも困惑している。特に、颯太の言うことを信じるには根拠が乏しい唯香は不安そうな顔をしていた。
「変なこと言ってわりーな。無理に信じろとは言わねーよ……」
颯太は腕に抱きついた唯香を優しく振り払ってから、再びポケットに手を突っ込んで歩き始めた。
その後ろ姿に充が疑問を投げかける。
「だけど、颯太! これからどうするつもりなんだい!? とてもじゃなく、青木先輩が槙田さんを諦めるとは思えないんだ……!」
颯太は立ち止まって首だけ振り返って充を見る。
「よくわかんねーが、お前は立場的に青木の野郎を止められねーんだろ? だったら何度でも俺があいつをぶっ飛ばすだけだ」
颯太の表情は獰猛かつ、自信ありげなものだった。
確かに、今日の結果からすれば颯太が負けることはないかもしれない。だがしかし、青木はあの手この手を使って唯香を詩織の身代わりとして囮にしようとするだろう。
充はそこが心配だった。それ以上、颯太に対して上手く返せるだけの言葉が出てこなかった充は黙り込んでしまう。すると、颯太は再び歩き始めた。
―――その瞬間。
「!?」
自分の真後ろに誰かが現れたのを察知した颯太は勢いよく振り返る。
「その話、僕も混ぜてくれないだろうか?」
そこには3人が知らない『白』の男が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
その気配は容易に心を許して良い存在ではない。颯太と充はほぼ同時に警戒心のレベルを引き上げ、何があってもすぐ対応できるように構える。
「混ぜる……ってのはどう言う意味だ? 青木のように俺と戦うってのか?」
颯太は明らかにわかりやすく殺気を出している。並みの相手なら動揺するところだろうが、目前の『白』は姿勢どころか表情も変えなかった。
「まさか! 僕はどちらかというと君の味方だよ。えっと……嶺井君っていったかな?」
「あぁ? なんで俺の名前を知ってやがる? それに味方ってどういうことだぁ?」
「名前は青に聞いた。さっき、君に飛ばされてきたところを僕が救ったのさ。それと味方だっていうのは、ここにいるべきは青ではなくて黒だということに対してだよ」
「黒ぉ? つまり、黒山透夜がここにいたことを憶えているってことか?」
颯太の疑問に対し、微笑んだままゆっくりと頷く。
「僕の名前は白河現輝。黒をここに連れ戻す為に協力するよ」
自己紹介をした白河は両手を広げた。すると、白河が自身の能力『全てを帳消しとする為の白』を発動し、白い靄が充と唯香を包み込む。
「おい!? 何しやがる!?」
颯太が咄嗟に2人を助けようと1歩前に出る。それに対して白河は武力を行使して止めようとするのではなく、ただ左手の平を颯太に向けただけで制止させた。
颯太自身、見かけより害があるように感じなかったということもある。
白い靄が晴れると、唯香と充の2人は揃って驚いた顔をした。もちろん、突如として「白い靄に包まれた」ということもあるが、1番はその効果を実感したからだ。
唯香が驚いたままの顔で颯太を見た。
「ふ、ふーた……」
「あぁ? おい、大丈夫か? 唯香?」
「う、うん。ただ、ふーたの言う通りだったんだな、って」
「あぁ?」
颯太が訝しげな顔をする。唯香は出来るだけ齟齬がないよう、言葉を慎重に選んでいるようだ。
「あ……っとね、白い靄に包まれた瞬間ね、思い出したの。4月の時、私たちを助けてくれたのって黒山先輩だったんだなって……!」
「ああ、俺も同じだよ……!」
唯香と充はまだ驚いたままの顔でお互いを見て、ゆっくり頷いた。そして颯太は白河を睨みつける。
「こいつぁ、一体どういうことだぁ?」
颯太の質問を受け、白河は「疑問に思うのも無理はないだろう」と言わんばかりにうん、うんと頷いた。
「彼らの記憶が改変されていたのは、青が持っている『虚像』の能力が、皆んなの脳内にいる黒の立ち位置を奪ったことから起こっているものなんだ。そこで僕の能力である『白』による『帳消し』を使えば、その『虚像』を本来の形に戻すことが出来るんだよ」
「あぁ? つーことは、この街から消えた黒山透夜の記憶を元どおりにすることができるってことかぁ?」
「その通り。だけど、今すぐにそれをやるわけにはいかないんだぁ」
「どういうことだ?」
白河の表情が一層、笑みを増した。
「先に黒がこの地に戻らないと、その所在が不明で大騒ぎになるんじゃないかなぁ? それならさ、黒を連れ戻すのが先だし、黒の能力があればもっと簡単に記憶を戻すことができる」
白河はあくまで黒山を連れ戻すことを目的として、颯太に協力しようとしている。しかし、白河の目的と颯太の目的が等しくイコールで結ばれるわけではない。颯太は「はっ!」と鼻で笑った。
「なーにを勘違いしてるんだか知らねーが、俺は唯香さえ巻き込まれなけりゃそれでいい。あんたと俺じゃ目的が違う」
「そうかなぁ? 黒と青の2人を元の場所に戻せば、以前の平穏が戻るじゃないか。そうすれば、黒の性格上、そちらの彼女を巻き込むことはないと思うんだけど?」
「その通りだろうな。けどよ、それとこれとは別問題だ。どんな奴が現れようと俺がぶっ飛ばすし、そもそもわざわざ俺が出ていくまでもなく、あんた1人でどうにかなるだけの力はあるだろ」
颯太の白河に対する主張は疑問形ではない。最早、白河がそれだけの実力者であることは、見ただけで颯太にはわかる。何故なら颯太自身、白河と敵対したとして勝てる確率が3〜4割程度だと感じたからだ。
ところが一方で、白河はその評価に対して苦笑気味だった。
「それは買い被り過ぎだよ……。確かに、1対1であれば相手が黒でない限り、そうそう負けないだろうけど、数の暴力を前にしたら僕も勝ち目がないよ……」
「どうだかなぁ?」
「まあ、それに。君だけでそれを決めてしまうのは早計だと思うよ?」
「あぁ?」
白河がそう言って見た先を颯太も追って見る。そこには唯香がいた。彼女は戸惑う様子を見せず、はっきりとした意思を持って、颯太に意見を述べる。
「ふーた、黒山先輩を連れ戻しに行こ!」
「……はぁ?」
唯香に危機感が足りていないのは今に始まったことではないが、颯太は本気で理解出来なかった。
「俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ! でも、黒山先輩を連れ戻すことが私にとっても……先輩方にとってもプラスなんじゃないかと思う……!」
「駄目に決まってんだろ。これ以上、危険に首を突っ込むな」
「じゃあ、私だけで行く」
「あぁ!?」
終わりの見えない2人の議論に割って入ったのは充だった。
「颯太。行ってきてくれないか?」
「はぁ? 充、お前まで何言ってやがる!?」
「別に、颯太は黒山先輩を連れ戻しにいく槙田さんを守っていればいい。その間、こっちは俺が守るよ」
「……くそっ!」
議論は2対1。民主主義に則って答えは決まった。
この展開に、白河は大変満足そうだ。
「方向性が決まったところで、君たちにはお願いがあるんだ」
白河は3人を集め、黒山を連れ戻しに行く上で必要なお願いを託した。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
白河がお願いしたことは一体なんなのか!? 次回をお楽しみにしてください!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




