消失する黒の存在 part14
颯太の脳内にある「黒山透夜」という存在に、青木が作った「青木修平」という『虚像』が触れようとする。
『虚像』が触れれば、たちまち「黒山透夜」という存在は壊れゆき、やがてはそこに虚像が居座る。そうすることで、青木は完全にこの瑠璃ヶ丘から「黒山透夜」という存在を消し去ることが出来る。
しかし、虚像がそれに触れた瞬間、むしろ『虚像』の方が跡形もなく『破壊』された。
「なんだこれは!? ええ、下級生!?」
自身の能力で作った『虚像』が『破壊』されたことを悟り、青木は激しく動揺した。沢山汗を垂らしているのは、決して暑さのせいだけではないだろう。
一方、颯太は白けたような顔を青木に向けていた。
「……前、深夜にあったあの気持ちわりー感じは、おめぇの仕業だったのか」
「気付いてたってのか? ええ、下級生!?」
「うるせーなぁ。んでぇ? 周囲の記憶操作までしておめぇは一体、何を企んでやがる?」
「ちっ!」
青木は舌打ちをして颯太との距離を少し広げた。
颯太はまだ攻撃するつもりはないようだ。それを利用し、青木は目を瞑って深呼吸をすると、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。考えること僅か2秒。全部を話すわけにはいかないものの、このまま敵対するよりかはある程度だけ事情を話して味方になってもらったほうが都合良いという結論に至った。
青木が両手を広げて颯太に語り掛ける。
「仲直りしようか。ええ、下級生?」
「あぁ?」
予想しない展開に颯太は眉を顰めた。
そんな颯太の態度を気にすることなく、青木は話を続ける。
「俺の目的は1つ。黒に変わって、梶谷詩織を重度の中二病患者から守ることだ。その為に槙田の力が必要なんだ。ええ、下級生?」
「おめぇ、ここに来て間もないくせに、唯香の能力がなんだかわかってるのか?」
颯太によるその疑問に、青木はキョトンとした顔を見せた。そんな青木を颯太は鋭く睨んでいる。
「なんだかって……敵を引き寄せる能力だろう? ええ、下級生?」
その答えに颯太は鼻で笑った。やはり青木は唯香について何もわかっていない。この様子では黒山から何も教わっていないのだろう。その現実が颯太にとってまた滑稽で面白かった。
「はっ! わかってねーなぁ。おめぇの言う敵ってのは重度の中二病患者のことだろ? 唯香が……あいつが引き寄せるのは重度の中二病患者だけじゃねー。引き寄せられた男、全部だ」
「それって本当なのか? ええ、下級生?」
思っていた能力と違ったのだろう。青木の表情は驚いたものに変わっていた。
しかし、あくまで驚いただけだ。企みを変えるつもりはなかった。
「だとしても、重度の中二病患者が引き寄せられることもあるんだろう? だったら身代わりとしては上等だ。ええ、下級生?」
「……それを俺が許すとでも思ってるのか?」
「別に許してもらう必要などない。結局は本人がやってくれるかどうか、だからな。ええ、下級生?」
「あぁ?」
颯太が右足で地面を軽く踏むと、颯太の持つ能力『破壊』によってアスファルトがひび割れた。それは颯太が青木に対して明確な敵意を抱いたことを意味する。
「唯香は俺が守る。だからよぉ、唯香を危険な目に遭わせようってんなら、俺がぶっ潰す!」
「…………」
青木はこれまで、数々の重度の中二病患者と敵対してきた。しかし、颯太ほどに敵意を剥き出した強敵に出会ったことがない。そんな青木の足を竦ませる程、颯太の殺気は確かなものだった。
だが、青木としてもここで引くわけにはいかない。色の能力者として自分を奮い立たせる。その証拠に、黒色だった青木の髪が青色に変わった。
「邪魔すると言うのなら排除するぞ。ええ、下級生?」
「上等だぁ!!」
颯太は再度アスファルトを踏みつけ『破壊』した。石ころ大に成り果てたアスファルトは衝撃によって宙へ浮かび、それを手に取ったらすぐに青木に向かって投げつけた。
青木は下手に動かず、冷静に石ころの軌道を予測して避ける。
避けられることを想定していた颯太は、青木の注意が石ころに向いている間に走り出していた。これだけ回りくどい攻撃をするよりも、直接相手に触れて『破壊』した方が勝負を付けるのに早くて楽だ。
一方、青木は石ころを躱した直後に颯太が走って寄ってきているのに気付き、離れる形で走りながら、両手で『全てを戦慄させる為の青』を颯太に向かって放った。
当然、それに反応できた颯太は迫り来る青色のオーラを『破壊』する為に右手を出す。
しかし、その青色のオーラは『破壊』されることなく颯太に直撃した。直後、颯太は走る足を止めた。
「あぁ? 『破壊』できねーのが気掛かりだが、こんな虚仮威しがなんだってんだぁ!?」
颯太は再び走り出す。今度は青木も逃げずに、颯太に応戦しようと前に出た。
「壊れちまえよ!」
颯太が遠慮なく青木の骨を『破壊』しようと右手を前に出すが、青木に触れることが出来なかった。
その直後、ニヤリと笑った青木の右ストレートが襲ってきたので、颯太は急いで両腕を合わせ、前に出して防御した。
そして態勢を整える為に後ろへ大きく跳んだ。
「あぁ? こりゃ、どういうことだ?」
今度は颯太が困惑する番だった。颯太が右手を出した時、青木に避けられたわけではない。「自分から触れることが出来なかった」のだ。
その正体は『恐怖』。颯太の脳内にある実体験を基に、青木にあらゆる手段で攻撃することを『恐怖』だと認識しまっているのだった。
「さっきの威勢はどうした? ええ、下級生?」
颯太が訳の分からない『恐怖』について考える隙を与えず、青木は攻撃する。純粋な体術は少し劣るものの、黒山と一緒のものだ。
「くそったれ!」
不幸中の幸いか。防御する分には『恐怖』を感じない。隙を見つけて反撃を試みるが、やはり青木に触れる直前で『恐怖』を感じて止まってしまう。更にその隙を突かれて、颯太は攻撃を受けてしまった。
青木の左フックが颯太の右頬に直撃する。
「ってえな!!」
怒りに任せて蹴りで反撃をする。しかし、また青木に当てることが出来なかった。
状況をみれば防御に徹した方が良いのかもしれない。だが、それでは勝負がいつまで経っても決まらない。今後、唯香を巻き込もうとさせない為に、颯太はどうしても勝ちに拘らなくてはならなかった。
反撃を出来ない一方、青木は遠慮なく攻撃を続ける。
防御するが、それでも限度がある。全てを防御出来るわけではなくやはり所々攻撃を受けてしまう。
青木の右ストレートが颯太の眉間を捉えた。
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一方、充は唯香に対して少し、気まずそうにしている。
しかし、真悠によって縁を『斬られた』唯香はそれほど気まずい思いはしていない。感覚的には、颯太の大親友という風に見ているので、むしろ好感を持っている。
だが、充としては4月の一件とプラスして今回の件でも唯香を巻き込みかけているのを気にしていた。
「萩野くん」
「え、な、なんだい?」
充はそんな唯香に話しかけられて驚いた。まさか話しかけられるとは思っていなかったからだ。
「2人とも、遅いね」
「……確かにそうだね」
割と陽気な顔をしている唯香。その一方で、充は真顔で頷いた。
青木と颯太の2人が戻ってこない。これだけ時間がかかっているということは、ただの「話し合い」で済んでいないということだろう。いくら『運命』の能力を持つ充といえど、やはり能力を発動している時でないと人の運命を見ることができない。
予め見ておくべきだった、と充は後悔した。
「ふーた、戦ってるのかな……?」
「えっ!?」
平和主義でトゲのない唯香がこんな予想をしたことに充はまたも驚かされた。充も同じように予想していたので尚更のことだ。
しかし、予想の割に唯香の表情は穏やかだ。そこが充にとって理解できない点である。
「多分、そうなのかもしれない。……でも、その割に槙田さんはあまり心配そうじゃなさそうだね」
「んー?」
唯香が空を仰ぐ。その瞬間、充は唯香が穏やかな表情をしている理由がわかった気がした。
「ふーたなら大丈夫だよ。絶対に負けない!」
「…………」
それは圧倒的な信頼。4月の一件を乗り越えた2人だからこそ、入学前よりも2人の絆が強くなったのだろう。
しかし、それでも充は納得が出来ない。何故なら相手は、数多の重度の中二病患者を無力化し、取り締まってきた青木だ。身を以て颯太の強さを知っている充でさえ、流石に颯太が勝てるとは思えなかった。
「しかし、槙田さん。相手は青木先輩なんだよ? いくら颯太でも流石に危ないんじゃ……」
「大丈夫だよ」
充の不安を払拭するかのように、唯香は笑顔を向ける。
「根拠はないんだけどね。だけど、ふーたは絶対に勝って戻ってくる……!」
「……うん、そうだね」
結局、充はこう答えることしか出来なかった。
巻き起こっている事態が想定通りなのであれば、代表者として止めに行くのがベストなのだろう。
しかし、友人の「男を賭けた戦い」を止めるべきではないと、充は思った。
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「っはぁ、クラクラしてきたぜ」
青木の拳をまともに受けた颯太は視界が揺らいできたのを自覚していた。それは、それなりにダメージを受けてしまっている証拠だ。
そんな颯太を見て、青木は心から驚いた。正直なところ、青木からすればこの一撃で勝負が決まったと思っていたからだ。
「随分と堪えるなぁ。ええ、下級生?」
「あぁ?」
視界が揺らいでも、颯太の瞳から闘志は消えていない。それどころか、むしろ燃え上がっているように見える。
気温が高いにも関わらず、激しく争っている2人はお互いに汗まみれだ。息を切らしながら、頭から垂れる汗をワイシャツの半袖で拭った。
「生憎と、負けられねーんだよ。唯香は、俺が守らなくちゃならねー……!」
「その気持ちは尊重する。だったら、梶谷の身代わりとなる槙田を守ればいいだろう? ええ、下級生?」
「そうじゃねーよ。危険から遠ざけた上で、あいつを守るんだ。つーか、しーちゃん先輩を守るのは黒山透夜がやるべきことだろうよ!」
「……黒の名前を出したところで、俺以外の誰がそれを信じる? ええ、下級生?」
「…………」
「これ以上、邪魔されても困るしさ。倒して治療行きだ! ええ、下級生!?」
再び青木が颯太に殴りかかる。颯太も構え直し、カウンターを狙う。
青木の右ストレートの軌道を颯太の左手がずらした。左手と入れ替えるように、颯太も右ストレートを放つ。
青木は防御の姿勢を取らない。『青』がもたらす『恐怖』によって、颯太の右手が自分に届くとはないとわかっているからだ。
そしてその通り、颯太は青木を攻撃することに怖気付く。頭ではわかっていても、心がついていかない。
「……黙れよ」
颯太が呟く。青木は首を傾げ、再度右手を振りかぶった。
「黙れ言ってんだよ!」
颯太はそう叫んで、止まりかけた右手の拳を前に出した。
「ごふっ!」
完全に油断した青木は颯太の拳を左頬に喰らった。今度は青木の視界がチカチカする。
「は、はあ!? なんで攻撃できるんだよ!? ええ、下級生!?」
「うるせーな」
動揺する青木に対して颯太は冷静だった。心臓の鼓動が速くなり、再び額の汗を右腕の半袖で拭った。
「恐怖っつーのは、生存本能として必要なもんだ。けどなぁ、人間は時にそれを乗り越えることが出来んだよ!!」
「ふん! だが、お前のそれはただの無謀だ! ええ、下級生!?」
青木が再び殴りかかろうと寄ってくる。右手を振りかぶったところで、颯太は瞬時に左足で青木の横っ腹を蹴った。
「がはっ!」
青木は他の色の能力者と同様に、体術をある程度学んでいる。しかし、所詮それは付け焼刃であり、洗練されたものではない。実戦経験で勝る颯太の敵ではなかった。
身を以てそれを知った青木は戦法を変えた。颯太との距離を少し話して「武装型」を発動した。
金棒を持った、大きな青い色の鬼が颯太の目の前に現れる。
「コレデオワリダ……。エエ、カキュウセイ?」
「はっ!」
青い色の鬼が金棒を振りかざす。普通なら逃げ出す光景だろうが、颯太は鼻で笑った。
振りかざされた金棒を横に跳んで避け、威力が無くなった瞬間を狙って、颯太は金棒に右手で触れた。すると『破壊』の能力が発動し、金棒は木っ端微塵に砕け散った。
「ダカラ、ナンダ? エエ、カキュウセイ?」
青い色の鬼は動揺する様子を見せず、再び金棒が虚空から現れ、右手に握られた。
一方、颯太はそんな状況で場違いにも腹から笑っていた。
「ナニガ、オカシイ? エエ、カキュウセイ?」
「あぁ? これが笑わずにいられるか! おもしれー……おもしれよー! おめぇ!」
青い色の鬼は金棒を振り回した。触れる隙さえ作らなければ、金棒を『破壊』されることはない。
そして颯太も、金棒が止まらなければ触れることが出来ない。金棒そのものを『破壊』出来ても、その威力を『破壊』することが出来ないのだ。
「あっはははははぁ!!」
颯太が高らかに笑うと、颯太を中心に竜巻が起こった。
「ヌゥ!?」
青い色の鬼はその竜巻に近付くことができず、金棒を振り回していた手を止める。皮肉にも、本能が「近付いてはいけない」と訴えているのだ。
竜巻は徐々に青い色の鬼へ近付いていく。攻撃力が上昇した分、俊敏性が大きく落ちた青い色の鬼は竜巻から逃げることができず、巻き込まれた。
「グオオオオ……!」
やがて、竜巻のてっぺんに放り出された。自由に身動きのできない青い色の鬼はもがく。
そうしてる間に、颯太が目の前に現れた。『破壊』のバリエーションで起こした突風で加速し、右手を振りかぶった。
「俺は下級生なんて名前じゃねー……唯香を守る男、嶺井颯太の名前を心に刻みやがれ!」
「グオオオオ!!」
青い色の鬼は咄嗟に金棒で防御を試みる。しかし、颯太の右手が触れた瞬間『破壊』され、粉々に砕け散ると、颯太の右手が青い色の鬼の胸に強く当たる。
そしてその直後、青木の「武装型」は『破壊』され、「青い色の鬼」という外装が砕け散り、更に右手の拳から『破壊』のバリエーションで巻き起こした突風が青木を吹き飛ばした。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
颯太は随分前から出そうと思っていたキャラなだけあって、戦闘させるのが書き手としては楽しいです。
多分、今回の章はなんだかんだ長くなる気がします。物語の本筋がかなり動きますからね。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします! 来週から2週間、書ける時間が取れるか不安しかないですが。




