消失する黒の存在 part5
鳩を追いかけた先にあったのは神社だった。
黒山と充は鳥居の前で止まったりせず、犯人確保の為に全力で走る。
「成る程な。確かにここなら鳩が密集しても違和感がない」
黒山は素直に感心した。
この神社の付近には駐車場がないので、参拝客は歩いて来なければならない上に、平日ともなればそうそう人が来ることはない。仮に誰か来たとしても、神社に群がった鳩に餌を与えているようにしか見えないだろうし、わざわざその様子をじっくり観察しようと思う人もいない。
人間とは不思議なもので、大人になれば「失礼」だと思って他人をあまり見なくなる。
「黒山先輩、彼っぽいですね」
充は少し息を切らしながら指を指した。
その先にいたのは、琥珀ヶ関工業高校の制服を来た男子生徒。充に射抜かれた鳩につつかれていた。
「いてっ! いてぇっ! 何なんだよ、お前!」
その鳩が「勝手に撤退」している時点で異変を察知し逃げていれば黒山達に見つかることはなかっただろうが、本人にとって残念ながら、その異変を確認する為に留まってしまった。
では何故、操り手である彼が鳩に突っつかれているかというと―――
「あの鳩には、自由を奪った操り手に対して仕返しをしてから野生に帰るという運命を辿らせました」
「……だからつつかれているのか」
間抜けな遭遇の仕方に拍子抜けした黒山は、充の解説を聞いて納得した。そして同時に、充が敵を逃さない為に「そういった工作」をしたことにほんの少し意外性を感じた。
普段、かなり性格良さそうに振舞っている充が敵に対しては、はっきり言って性格が悪いということに。
しばらく男子生徒の様子を見ていると、沢山つついて満足したのか、鳩は飛び立っていった。
「な、なんだったんだ、ほんと……」
鳩から解放され、うんざりしたような顔をする男子生徒。そして黒山と充の2人が自分を見ているのに気付いた。
そして赤面する。
「…………」
「…………」
「…………」
1人と2人は少し気まずそうに見つめ合う。黒山でさえ、意外にも「自分でもあれは恥ずかしいな」と思ったのだ。
このまま時間を無駄に過ごすわけにはいかないが、3人とも動くに動けなかった。
そこで止まった時間を動かしたのは、後から追いかけてきた女子生徒2人だった。
「えっ……」
黒山と充。2人の後ろから現れた女子生徒を見て、男子生徒は短く声を上げて驚いた。
そしてそれは鳩を介して監視されていた女子生徒も同じだった。
「えっ、どうして……」
口を押さえ、驚いている女子生徒にもう1人の女子生徒・沙希が問う。
「彼を知っているの?」
「え、ええ。彼は去年までクラスメイトだった人です……」
彼女にとって、その男子生徒が「元・クラスメイト」だということは、紅ヶ原女子高校へ進学する前……去年、まだ中学生だった頃にクラスメイトだったということだ。
2人は今年、高校生になったばかりの1年生だった。
充はこの時点で、男子生徒が能力を使って女子生徒を監視していた理由に大体の察しがついた。
「……だからといって、プライベートを覗き見していい理由にはならないよ」
「……は?」
充に憐れみの目を向けられながらそう言われた男子生徒は、充が「それを知っている」ことに驚いた。……というより「それを知られている」事実が信じられなかった。
結果として、とぼけるような反応になってしまった。
「とぼけたって無駄だよ。君は鳩を操って彼女をずっと監視していたのだろう?」
「はは、何を言ってんだ……。そんなこと、普通に考えて出来るわけないだろ……」
「じゃあ、聞くけど。さっき鳩につつかれていたのは何故だい?」
「し、知らねーよ。そんなの俺が聞きたいくらいだわ」
「では何故、君はここにいる?」
「参拝しにきたんだよ」
「学校帰りに? それに、参拝するなら君はあっちにいなくちゃおかしいだろう?」
充が賽銭箱がある方向を指差した。男子生徒がいる位置は「参拝しにきた」というには無理がありすぎる程、離れている。
「つ、ついでに鳩に餌をやってたんだよ」
「餌を持っていないようだけど?」
「……終わったんだよ」
「じゃあ、餌を入れていた容れ物は? その鞄の中に入っているのであれば、見せてもらおうかな。……ああ、でも安心して欲しい。君にもプライバシーがあるのだから、その容れ物さえ出して見せてくれれば俺達は君の言い分を聞き入れ、謝罪し、この場を去るよ」
「…………」
「さあ、出してごらん?」
もちろん、男子生徒が言ったことは全て嘘である。だからといって、彼が鳩を操って女子生徒を監視していたという証拠にはならないのだが、ここまで追い詰められた彼はそこまで頭が回らなかった。
「くそっ!」
結果、男子生徒は犯行を認め、逃走を図ることにした。
「来たれ翼。俺を守れ!」
男子生徒の声に反応し、既に彼の支配下に置かれていた鳥達は一斉に集まった。
黒山達にとっては驚くことに、鳩だけではなく烏や雀、燕もいた。
沙希はその鳥の集団がお互いに争わない様子を見て、納得した。
「確かに烏も支配下におけば、監視を担う鳩を襲うこともない……ということね。どうするの、透夜?」
「考えるまでもなく手はある」
沙希の問いに、黒山は表情一つ変えず真顔のままで即答した。
そして横目で充を見て、指示を出す。
「充。鳥の方は俺が相手をする。お前は、あの男子生徒の無力化をしろ」
「わかりました」
充は再び、左手に美しい銀の弓を発現させ、黒山は体から黒い煙のようなものを発生させた。
「その弓で鳥を射る気か? 無理無理、当てられない……って!」
男子生徒は充にそう言いながら、鳥達に黒山と充の2人を襲うように指示を出した。沙希ともう1人の女子生徒を狙わなかったのは、無視しても問題ないと思ったからだ。
「鳥の相手は俺だ! ……『拒絶』しろ。奴の操作を」
黒山は両手を広げて前に出して『拒絶』を使った。しかし、これ単体では1羽ずつしか相手に出来ない。よって『黒』をほんの少し併用した。
黒山を中心に、暗闇の領域が作られる。まるでその領域内に入れば、迷ってしまうような不気味さを感じさせるものだった。
指示通りに突っ込む鳥達が黒い領域内に入っていくと、中心にいる黒山を避けてどこかへ飛び去っていく。烏に比べて、小さい鳥は烏という外敵に驚いて一目散に逃げていった。
「何だ!? 何が起こっている!?」
鳥達が言うことを聞かずに飛び去っていくのを見て、男子生徒は目を疑った。
それもそのはず。このような現象を目にしたのは初めてだし、そもそも彼は自分以外の重度の中二病患者が存在していることを知らなかったのだから。
「そこっ!」
その隙を突いて、充は男子生徒に向かって光の矢を放った。その矢は見事、彼の額に命中し、命令を失った鳥達は「用がない時」の指示を全うする為、一時野生に帰って飛び去った。
「罪を……認める」
充によって「罪を認めて償う」という『運命』を与えられた男子生徒は力なく膝をつき、顔を伏せた。
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「では、彼の付き添いに俺が行きます」
充は黒山に言われずとも自ら針岡に電話し、今回の犯人を回収するよう手配した。
充の『運命』を操る能力上、男子生徒が逃走の為に暴れるということはないだろうが、それでも一応「念の為」ということで充が付き添うことになった。
これは充でなくて黒山でも良いのだが、充が「先輩に気を使った」のだ。
案の定、迎えはすぐに来た。運転手が針岡ではないことに驚いた充だが、黒山が頷くのを見てその運転手……中澤を信用することにした。
黒山と中澤の再開は冬休み明けに『スリー・オブ・ジャッジメント』が起こした事件の時以来となるが、互いに顔と名前を憶えていたようだ。
この神社付近に駐車場がない為、車を駐めた場所まで少々歩くことになるが、男子生徒的にはこれも「償いのうち」として認識され、素直に最寄りの駐車場へと項垂れて歩いていった。
黒山と沙希と被害者である女子生徒は、充と中澤と加害者である男子生徒が去っていくのを見送り、やがて見えなくなってから沙希は「さてと」と言って黒山の方を見る。
「結局、助けて貰ってしまったわね。どうもありがとう」
それに合わせて、慌てて隣にいた女子生徒も「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いや、別に。取り敢えず、事件解決で良かったな」
黒山の言葉に2人の女子生徒は頷く。そして「ちゃんと説明してやれよ」と黒山は沙希に視線を送る。
好意を抱いている相手に見つめられて恥ずかしがらない沙希ではなかったが、黒山が見てきたその意味を勘違いすることもなかった。
「前にも言ったかもしれないけど、これは刑事事件として挙げることは難しいの。貴女も驚いたでしょうけど、普通は鳥を操って人を監視させるだなんてあり得ないなら、証拠も出せなくて……」
「はい、わかっていますよ。……彼はこれからどうなるんですか?」
「二度と鳥を操るなんてことがないように、そんな力を無くす治療が始まるわ。そして貴女は、この件に関して記憶を失うの」
「記憶を失う……? 私、被害者なのに……?」
沙希は非常に申し訳なさそうな、少し悲しげな顔をした。黒山は沙希がこんな表情をしているところを初めて見た。
「そう。嫌なことは忘れてしまうのが1番……というのが建前だけど、本当はこの事件を解決する為に使った現実離れした能力に関する記憶を残してはいけないのよ」
「そう、なんですか……。そうですよね」
沙希の発言……というより、重度の中二病患者を取り締まる代表者達が守っているそのルールは「黙っていて欲しいことだけど、あなたは信用できないから記憶を消すね」と言われているようにも捉えることが出来てしまう。
沙希としても心苦しかった。
記憶を消すということは、その女子生徒が受けた被害の辛さ、重みを平気で軽くしてしまう行動だからだ。
「そういうわけだから透夜、私はこの子を針岡さんの元へ連れて行って記憶を消して貰い、そのまま帰宅するわ。本当に今日はありがとう」
沙希はそう言って、女子生徒の腕を引いて神社を後にした。歩き始めこそ、女子生徒は「引っ張られる」ような形でだったが、次第にどちらかというと「後をついていく」ように去っていった。
2人を見送った黒山も、そのまま神社を後にしようと1歩踏み出した。その瞬間、色の気配……それも『白』の気配を感じた。
その気配がする方向に目を向けると、上空から音もなく舞い降りた男子が現れた。
「やあ、黒。久しぶりだね」
「白……」
黒山の目の前に現れたのは、満面の笑みを浮かべた白河現輝だった。
実を言うと、黒山は白河が現れたことにそこまで驚いていない。虹園光里から話があり、その内容が「色の能力」を持つ者達へ伝達された時点で、白河が現れることは予想出来ていた。
「黒。まさか、虹園光里の言うことを聞くつもりなのかい?」
舞い降りた時こそ笑みを浮かべていた白河だったが、この問いを黒山に投げかけた瞬間は真剣な表情となっていた。
対する黒山も真剣な表情で返す。
「そのつもりだ。そういう命令だからな」
「命令……? 黒、そこに君の意思はあるのかな?」
黒山自身、白河の言いたいことがわからないわけではない。だが、同じ場所で始まりを迎えた者同士として、その疑問は愚問だった。
「白……お前なら知っているはずだ。俺達の意思なんて関係ない」
「確かに僕達に選択権は与えられていない。だけど、僕達は無知だったんだ。その気になれば、虹園家の言うことなんて跳ね除けられるはずだよ。黒にはあるだろう? 『拒絶』という能力が!」
「…………」
白河の言葉を受け、黒山は目を瞑って言葉を選ぶ。
虹園光里の目的は黒山にもわからない。だがしかし、それが命令である以上は聞き入れなくてはならないし、黒山の持つ『拒絶』と『黒』の能力は虹園家に刃向かう為に使用して良いものではない。
「それでも俺は、虹園光里の命令に従う」
終始真顔で、幼い頃から刷り込まれてきた考えに沿って行動する黒山。
黒山の言葉1つひとつに表情を変え、今まで見てきたものによって独自に作られた考えに従う白河。
2人は本当に対照的だった。
黒山の「それでも」に白河は「信じられない」と言わんばかりの顔をする。
「だけど黒! 虹園家は1度、君に失敗作の烙印を押して追い出したんだよ!? それが……色の能力に目覚めて、元より持っていた『拒絶』の能力との組み合わせが強力で戦果を上げているからって、今更飼い主面するような奴らに、なんで君が言うことを聞く必要がある!? 僕にはわからない、わからないよ」
「…………」
「君の考えは白じゃない……。本当に黒だよ……」
「だが事実、俺がこうしてここへ戻ってきたのも虹園家の采配だ。去年の俺は虹園先生の指揮下にいただけであって、命令に従っているということ自体はずっと変わらない。……白、はっきり言うが、俺からすれば『今更なんだ』という話だ」
「……確かに、虹園先生だけは君を見捨てなかった。だから僕は虹園先生の指示に従う分には黙ってきた。だけどやはり、虹園光輝と光里の指示を認めるわけにはいかない」
「お前に何が出来る? 俺達は所詮、暴走した重度の中二病患者を無力化することしか出来ない」
「そんなことはない。僕は必ず、君の考え……黒を白に変えるよ」
「宣戦布告か? 一体、何回目だ……と言いたいところだが、それは俺の台詞だ。お前は俺が倒す」
「…………悲しいかな」
白河は本当に珍しく、悲しげな表情をした。『白』である彼は、どんな時も負の表情をしない。
それ程に黒山の考え方・人生の歩み方が悲しく思えたのだ。
それから白河は黙って黒山の横を通り過ぎ、最後に止まって問いかけた。
「……今回のこの話、梶谷詩織さんは知っているのかい?」
「言っていない。というか、口止めされている。俺の代わりに青が来るからな」
「そうか、そうだったね。皆の記憶を塗り替えてまで、光里は君を手に入れようとしているんだね」
「…………」
黒山は白河の言っていることの意味が理解できなかった。
その意味を問おうと、遅れて振り返るが、そこには既に白河の姿はなかった。
小さく溜息を吐き、沙苗の家へ向かって歩き出した。
読んで下さりありがとうございます! 池田陽太改め、夏風陽向です。
名前を改めて心機一転……という程の大したことではありませんが、頑張ります!
さっそくオマケの方を……。
「最後の家出」
私の中学校生活を振り返ってみると、やはり1番に出てくるのは「家への不満」である。
クラスメイト達と比べると、明らかに異なっている……というよりも、劣っているとさえ言えてしまうような家庭環境に、私は小学校6年生の頃からずっと不満を感じており、中学生になってから高い頻度で親と喧嘩し、そして家出をした。
意外にも私は友達を頼ることがなかった。
頼れる友達がいなかったわけではないが、実際に迷惑を被るのは友達のご両親であると私は考えていたので、頼ることが出来なかったのだ。
祖母の家に無理やり泊めてもらったり、深夜帯にこっそり家に帰ったりといった家出だったが、最後に家出をしたのは高校1年生の頃だった。
原因は父との喧嘩。何故、父と喧嘩したのかは忘れてしまったが、とにかく腹が立って家を飛び出したのはよく覚えている。
その最後の家出で私がしたことは「好きだった人達の家の付近まで行く」という、一見、すごく怪しい行動を取った。
その時の私の目的は1つ。自分勝手に「さよなら」と呟くことだ。
その「さよなら」は、もう2度と関わり合うことのないであろう好きだった人達に向けるものでもあり、そして同時に「好きという気持ちを抱いていた過去の私」に対してのものでもあった。
私にとって、それは「大人になろう」というケジメの1つだったのだ。
その日は結局、全員(といっても3件くらい?)回ることが出来、どうしようか悩んでいるところで、与えてもらったばかりの携帯電話に父から謝罪の電話が掛かってきたので、そして帰ることにした。
以来、何かと衝突はあったものの家出をすることは無くなった。
今になってみると、これを家出と呼べるのかどうかは微妙なところだが、これは私にとっての反抗の仕方だったのは間違いないので、その日を境に、私は少し大人に近付けたのであろうことは、今でも胸を張って言えることだし、甘酸っぱく良い思い出でもある。ーーー終わり。
それではまた次回……来週もよろしくお願いします!
何かもっと恋愛的要素のあるおまけにできるよう、考えておきます!




