消失する黒の存在 part4
その翌日。毎週木曜日の3時限目は「LHR(ロングホームルームの略)」がある。
その時間は全クラス共通でLHRとなっており、やること自体は疎らで、時に席替えとして利用するクラスがあれば、時期的に開催されるイベント事の準備に使われることもある。
これから文化祭シーズンに入っていけば、朝や昼休み、放課後以外でも準備に使えるし、何よりもクラス全員が準備に参加できる貴重な時間となる。
今回この時間を文化祭の準備として利用するのかどうかはクラスと担任の判断に任されるが、2年3組では早いうちに出し物を決めたいらしく、LHRの時間になった途端、今年の文化祭実行委員が教壇に立った。
「それじゃ、文化祭の出し物を決めるので意見を出してくださーい!」
実行委員は見るからに活発そうな女子だった。もっとも、遠慮気味で内気な生徒ではむしろ務まらない仕事であるに違いない。
「…………」
去年も文化祭を経験しているとはいえ、やはりそう簡単には意見が挙がらない。変な話、これから文化祭シーズンに入るとはいえ、乗り気な生徒は半分いるかどうかだ。もっと言ってしまえば、普段から大人しく目立たない生徒はこういった面でも目立つことはないので意見を出さないが、普段から目立っているクラスの中心的な生徒達が積極的に意見を出し、他の生徒は特別問題がなければそこに便乗して参加するという形がほとんどだろう。
しかし、そのクラスの中心的な生徒達も、今回はまだ具体的な意見を挙げようとはしていないようだ。
ここで教壇に立った文化祭実行委員が自ら意見を出した。
「去年と同じでダンスか……もしくは、何か新しいことする?」
何か新しいこと……といっても、残念ながら彼らにできることは精々「去年も先輩方がやったこと」である。
各クラスが文化祭で発表する出し物には制限時間が一応ある。わざわざタイムを計測して時間切れを知らせるようなシステムではないが、生徒会や文化祭実行委員会的にはある程度時間を定めておかないと、タイムスケジュールが組めなくなってしまう。
それにもう1つ。これは所謂「暗黙の了解」というものだが、結局のところ毎年、3年生は時間を超過する。
最後の年だということで誰も文句は言わないが、それに倣って下級生も時間を超過するようでは運営に困るので、2年生は制限時間内に収まるよう自重することとなる。
「やっぱり、今年もダンスでいく?」
文化祭実行委員の問いかけに、男子クラスメイトの1人が「それでいいんじゃね?」と言った。
「く、黒山はどう思う?」
文化祭実行委員は肯定的な意見を得て首を縦に振ると、一応、転入生として今年初参加の黒山にも意見を尋ねた。
まだやはり苦手意識があるのか、ほんの少し気まずそうな問い方だった。苦手意識があるにも関わらず黒山に問うのは、後から文句言われることと、クラスと黒山の不協和音を恐れたからである。
それ程までに1年ほど経った今でも、黒山の存在は異質なものだった。
一方、黒山は特に意見を持っていなかった。文化祭実行委員が恐れている程、黒山自身に協力しないつもりはない。
「……別にいいんじゃないのか」
「そ、そう? じゃあ、その方向で」
黒山も肯定したというとこで、2年3組の出し物はダンスに決まり、その内容について話し合いを深めていく。
どんなダンスをやるのか。それこそ、流行りに詳しいクラスの中心的存在が本領を発揮するところだ。
ーーーなのだが。
「結構、他人事って感じね」
文化祭実行委員を中心に話し合いを深めている一方で、詩織は文化祭実行委員に聞こえない声のボリュームで黒山にそう言った。
「……? そうか?」
「うん。何となくそう感じた、ってだけなんだけどね」
「…………」
「他人事」という程ではないが、確かに黒山は文化祭に対して無関心だった。
協力しないわけではない。だからといって、自ら率先して参加するつもりもない。
文化祭自体は7月。準備期間中の6月はギリギリここにいられたとしても、文化祭に参加できないのは明白だ。
黒山は無意識に「自分がほとんど部外者」だという雰囲気を出してしまっていた。
「黒山君に限ってないと思うけど、本番にいなくなるなんてことないよね?」
「…………っ!」
詩織の発言に、黒山は驚きを隠すことが出来なかった。
詩織は「本番をサボるなんてことないよね?」という意図での質問だったが、黒山にその発想はない。
「えっ、まさか図星……? そんなの、級長として許さないからね」
詩織も黒山の反応に驚いたようだが、すぐにほんの少し怒ったような顔をした。
目を細め、頬を少し膨らませ、唇を尖らせている。
「そんなことあるわけないだろう? 大丈夫だ、俺はずっとここにいる」
随分とスケールが大きいような答え方だったのに詩織は少し気になったが、ちょっとした言葉の選定ミスだと思って深く追求しないことにした。
結構、具体的なダンスの内容は決まらず、文化祭実行委員曰く「それぞれ考えておいて」ということで、内容の議論は次回に持ち越された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
更に翌日、金曜日。
いつも通りに早く登校した黒山は、いつも通りに自分の席から窓の外を眺めていた。
黒山には「見ただけ」で重度の中二病患者かその予備軍か普通の人かがわかる。
こうして窓の外を眺めながら登校してくる生徒を見て判断し、校内で起こり得る事件を事前に止めようとしているのだ。
異常がないことを確認していると、黒山の携帯が鳴った。特に歌に興味を示さない黒山は、着信音をデフォルトのままにしている。
「…………」
画面には沙希の顔写真と名前。そして受話するか否かを問うボタンが表示された。
着信音をデフォルトのままにするくらいなので、着信画面を黒山がカスタマイズすることはないのだが、以前、沙希と奈月によって勝手に変えられたのだ。
もちろん、奈月から着信があれば奈月の顔写真が表示されるようになっている。
躊躇うことなく、黒山は電話を取った。
『もしもし透夜? 私。沙希だけれど、おはよう』
「ああ。どうかしたのか?」
『どうかしたのか? ……じゃなくて、ちゃんと挨拶を返しなさい。人としての基本でしょう?』
「あ、ああ。おはよう。それで、どうかしたのか?」
『よく出来ました。少しばかり相談があるの』
水曜日の定例報告会で怒らせたばかりだが、今はもう怒っていない様子だ。
それどころか「言わせた」とはいえ、しっかり挨拶を返した貰えたことに沙希は満足したようだ。確かに、普段から挨拶を返さない黒山が返す瞬間は希少価値と言える。
御満悦。
少し浮かれたものから真剣なものへと気持ちを切り替えるのに、ほんの少し間が空いた。
『……相変わらず不審人物は見つからなかったけれど、透夜の言った通り「不審な鳥」は見つかったわ。もっと詳しくいえば、鳩ね』
「鳩?」
『ええ。やけにずっと近くで止まっている鳩がいたのよ。単体でしかも、暗くなりかけてもだなんておかしいと思わない?』
おかしいかどうかを判断することは、黒山にとって正直なところ難しい。鳩の習性に詳しかったり、普段から鳩を観察している人間であれば沙希の言うことがわかっただろう。
「…………」
黒山が沈黙した意味を察した沙希は補足で説明を加える。
『鳩は本来、暗くなれば烏等の外敵から身を守る為に巣へ帰るわ。私がおかしいと思ったのは、暗くなっても巣へ帰らないことと、その鳩が烏に襲われることがなかったことよ』
「……つまり、鳥が持つ習性を無視させ、意のままに操る重度の中二病患者がいる可能性があるということか?」
『ええ』
黒山は沙希の言いたいことはわかったものの、それでも意図がわからない。
仮に鳩が操られていたとしても、黒山にはその鳩を見たところで操り手がわかるわけではないのだ。
黒山がその意図について考えようとしたが、考える暇も与えずに沙希が相談を持ちかける。
『透夜にお願いしたいのは、その鳩に掛けられている操作を無効化して欲しいのよ』
「やったところでどうなんだ? 所詮は一時凌ぎにしかならないだろう?」
『確かに一時凌ぎね。だけど目的は、それを重ねることによって犯人を炙り出すことよ。きっと犯人は何が起こっているのかを確かめる為に出てくるはず』
黒山は沙希の意見にも一理あると思った。鳩の視界に移らないように、鳩に対して『拒絶』を使えば、無効化のからくりを悟らせることなく、犯人が鳩にかけた能力の効果を無効化でき、犯人の混乱を招いて炙り出しに繋がる可能性がある。
しかし、これには問題もある。そもそも犯人が出てくるという保証がないわけだし、狙った効果を発揮させるまでに時間が掛かり過ぎてしまうこともあり得る。
いくら沙希の頼み事だといえど、協力し切れる内容ではなかった。
「流石にその相談には協力出来ない」
『……そう』
沙希はわかりやすく残念そうな声色で返事をした。
「協力出来ない……が」
「え?」
しかしそれは、沙希の案に賛同できないという意味であり、黒山は黒山で別の案が浮かんでいた。
「充の能力を利用すれば、犯人に辿り着ける」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日の放課後、沙希と黒山と充は紅ヶ原女子高校の前で集合した。
女子高の前に他校の男子生徒がいる光景はかなり異質なものだと言える。沙希が事前に学校へ伝えてあるため、黒山と充の2人が不審者として扱われることはないが、それでも紅ヶ原の女生徒からは白い目で……見られることはなかった。
黒山の容姿はどちらかといえば整っている方だ。雰囲気と性格が捻くれているのでモテないが、黙っていればいい男ではある。
そして充。言うまでもなく充の容姿は優れている。同級生、上級生、下級生を見ても女子ばかりの女子高生にとって、充の姿は「心を奪われる存在」だと言っても過言ではない。
白い目どころか、声をかけようかどうかを決めかねているような女子生徒の姿がちらほら見受けられる。
黒山と充にとって困る状況へと陥る前に、沙希と「視線を感じる」と訴えている女子生徒が校門から出てきた。
「2人とも、お待たせ」
相変わらず凛々しくそう言った沙希に続いて、今回の被害者とも呼べる女子生徒は黒山と充に対してお辞儀をした。
それに合わせて充も頭を下げる。
ちなみに今回、奈月がいないのには理由がある。用事を優先させたかったということもあるが、特に今回の案件では奈月の出番はないと予想されるからだ。
「それでは行きましょう」
そう言って歩き始めた沙希に続いて、被害者の女子生徒。そして黒山と充の順番で歩き始めた。
「充、準備はいいか?」
「ええ。確実に仕留めます」
黒山は予め、充に作戦を伝えてある。その作戦を成功に導く為、充はすぐに能力を発動させられるよう「半分発動状態」を維持していた。
といってもまだその時ではない。気温上昇の流れに乗るかのように、6月直前とはいえ日が長くなっているので、操られている鳩を特定するにはまだ数が多過ぎる。
―――と思ったのだが。
「……黒山先輩」
充が小声で黒山を呼んだので、黒山も小声で応じる。
「どうかしたか?」
「不自然な運命の辿り方をしている鳩がいます。……というか、規模にばらつきがあるとはいえ、ここにいる殆どの鳥は辿るべき運命を人為的に捻じ曲げられているような……」
「わかるのか?」
「はい」
充は充で確信を得ているのだろう。黒山の確認に対して自信を持って頷いた。
充は『運命』の能力を持っている。使った対象の運命を変えられる効果を待つので、充は見ただけで対象の運命がどうなっているのかがわかる。
「手筈通りに出来そうか?」
「もちろんです!」
「……沙希、始めるぞ」
黒山が承認したとはいえ、沙希は少し不安そうだった。
黒山と違い、彼女は充の能力を間近で見たことがない。詳しい効果も知らない為、不安になるのは無理もないことだ。
充は瞬時に銀色の美しい弓を左手に発現させ、弓を引いて光の矢を電線に止まる鳩を目掛けて放った。
もしその鳩が野生そのものであれば躱されていたかもしれない。しかし、まるでラジコンのような存在へと成り下がった鳩は、自らの野生に従って弓を躱すことが出来なかった。
命中した瞬間、鳩は何やら「明確な目的」を得たかのようにその場を飛び立った。
「行きましょう」
「ああ。沙希はその女生徒を頼む。結果を見にくるかは自由だが、警戒を怠るなよ?」
「わかったわ」
黒山は充の後に続いて鳩を追いかけた。
今回の作戦のうち「鳩に操り手を攻撃する運命を辿らせる」という第1ステップは取り敢えずのところ順調と言える。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。前回とは無関係になってしまいますが、オマケとしてこんなのをどうぞ。
「恋愛」
「お土産を渡したいから」と恋人に言われた私は、仕事終わりに待ち合わせ場所のコンビニに寄った。
ただ渡してさよならでは味気ない。私と恋人はそのコンビニで飲み物と、胃を満たさない程度のお菓子を買って、コンビニに備え付けられた飲食スペースの席に座り、ついでに少し話をしていくことにした。
どんな話題から発展してその話になったのかはイマイチ思い出せないが、私はかつてその恋人に言われた言葉を出した。
「恋は下心。愛は真心」
初めてその言葉を聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。
感情とは案外、言葉にしてみると難しいものだ。それが恋や愛といった人によって様々な形をしているものなら尚更難しい。
恋人にその言葉を教えたのは中学時代の先生らしい。
しかし私は、今になっても理解し難い点があった。そもそも「下心とは何か?」「真心とは何か?」といった答えを知らないのだ。
そこで私は、その意味を恋人に質問してみた。すると恋人は。
「下心って、触れたいとか……かな。一方、真心は守りたい……みたいな気持ちじゃない?」
と私に言った。心当たりのある私は、更に言葉を返す。
「うーん。付き合って数年経つけど、私は今でも触れたいという気持ちはあるぞ。それに守りたいという気持ちなら、私は随分前から持っていたよ。……そうだな、君が『テストの点数が悪いと親に叱られる』と私に言ってきた時だっただろうか。私はそれ以来、君に勉強を教えるために勉強することとなったのだからな」
「えぇ、そんなに前から?」
「そうだとも。今も、この先君を守れるように働いて力を蓄えているからね」
そう言いつつも、私はふと気になったことがある。
私にとっての「恋愛」とはそういった形として表に出ているが、恋人にとっての「恋愛」とはどういった形で出ているのだろうか。
仮にそれを質問したとしたら、きっと「どうしてわからないの?」怒られるに違いないので、私は恋人にそれを問うことが出来なかった。
私にとっての「真心」とは「守りたい」という気持ち。恋人にとっての「真心」とは、もしかすると、2人の思い出や記憶を辿っていけば「それっぽい」のは見つかるかもしれない。ーーー終わり。
妄想を文字にするのが、私の「小説を書くきっかけ」ですが、案外、日々を過ごす中にもネタはあるのかもしれないと、最近になって思います。
それではまた来週。次回もぜひ、読んでください!




